聖女がネクロマンサーに進化した 作:純愛やぞ!
よろしくお願いします
「……!目が覚めましたか、あなた?」
柔らかく暖かい、相手を思いやる声。目を開くと、いつも見ていた白髪の少女が微笑んでいた。
「こコは、ドコだ?」
なんだか喉の調子が悪い。思った通りに声を出すことができない。
「私の隠れ家の一つです。あなたを治療するために、ずっと側に居る必要がありましたから」
治療、治療と言ったか?俺はそれほどの怪我を負っていたのか。しかしおかしい、直近の記憶がまるで思い出せない。
それに、もっとおかしいのはこの状況だ。何故ならば、目の前の少女は……
「治療ハ、ドうシたんダ?仕事ガ、溜まっテいるダロ」
「ああ、心配ご無用ですよ、あなた。だってもう、仕事をする必要がないんですから」
「……ソンなハズは、ナいだロう。聖女ハ、何時だっテ必要トされてイるだロウに」
聖女。それは特別な存在だ。その唯一無二の回復能力はどの戦場でも引っ張りだこだったから。死者以外なら全て治せる、女神の代行者。
そして今は隣国の武帝国との戦争の真っ最中。前線のテントで怪我人を治療するために待機しているはずだ。なのに、俺のために時間をかけるなんて……。
そんな俺の疑問を見越してか、聖女は微笑んだまま俺に告げた。
「私はもう、聖女ではないので。寧ろ賞金首ですよ」
「ハ?」
あり得ない、あり得ない!冗談にしては笑えない、苦言を言おうとした口は、聖女の差し出した紙を見て自然と閉じてしまった。
「ナ、なんデ……。何ガあっタんダ、セラ」
「私はただ、私のために行動しただけですよ」
そっと、セラは片手を俺の頬に添える。柔らかくスベスベとした手は、脆いものを扱うように繊細な手つきで俺を撫でた。
「他の人なんてどうでもいい。ただあなただけに生きていて欲しかったの、クイト。あなたさえ居てくれたら、他に何もいらない」
セラの目は真っ直ぐ俺を見つめていた。その瞳は以前見た優しい視線ではあった。しかしどこか違和感の残る、歪みを孕んだものに変わっていた。
「クイト、私の最愛の人。永遠を共に過ごしましょう?」
「………アぁ、ソウだナ。セナ」
状況はよくわかっていない。俺の知らない間にセラはとんでもない罪を犯したかもしれない。それでも、セラは俺の愛しき人に違いなかった。
複雑な心境をおくびにも出さず、ただセナを抱き締めた。セナは一瞬震え、直ぐに抱擁を返した。
「ずっーーと、イッショですよ?」
◇◇◇
クイトが目覚める三年前。セナとクイトは武帝国との戦争の最前線にいた。戦火の勢いは最高潮に猛り、必然兵士同士の衝突も激しいものとなっていた。
「大丈夫ですか、クイト?またこんなに怪我をして……」
「なに、問題ない。セナが治してくれるだろ?」
「もう、そういう問題ではないんです!」
類いまれなる回復能力を持つ聖女に、一騎当千の剣の腕を持つ騎士クイト。彼らは戦場で猛威を振るい、戦況を優位に進めていた。
だが、そんな力を保持する者が武帝国の標的にされることは必然だった。
突如、大地が鳴動する。セナとクイトは瞬時に意識を戦場のものへと切り替えた。
急いでテントの外に出た二人は、辺りの地形が一様に盛り上がっていることに気づく。テントの周りを囲うように大地が壁と化していた。
「敵の魔術か!これほどの規模は集団魔術でしかあり得ない」
「それに不味いです。ここは戦線の後方地帯、戦える人員が足りないです!」
クイトは混乱の最中冷静に状況を分析していた。自分が抜けたとはいえ他にも頼りになる者はいる。それなのに前線を突破されるのはおかしい。何やらキナ臭い。
「チッ、セナ。俺の側を離れるなよ。どうやら狙いは俺たちかもしれない」
「……わかりました。頼みましたよ、クイト」
「任せろ、セナ」
クイトの読み通り、これは武帝国が送った少数精鋭の部隊が仕掛けた、二人を殺すための作戦。前線にできた僅かな隙を縫って後方まで前進してきた。
彼らはセナとクイトを殺すためだけに組まれた部隊。当然、対策法も考えていた。
「っ!これは、魔力封じか!」
「私は、完全に足手纏いのようですね」
魔力封じ。名の通り、周囲の魔力を沈静化させ魔術の発動を阻害する装置。武帝国が発明した兵器の一つだ。
「大丈夫だ、俺が全て片付ける」
しかしクイトには関係のない話。彼は己の剣のみでこれまで生き延びてきた。セナの護衛騎士は、生半可な腕では認められないのだ。
背中に据え付けた剣を鞘から抜く。須臾、クイトは剣を振るう。目で追うことが不可能な神速の剣技。たった瞬き一回ほどの時間で、接近していた武帝国の兵を斬った。
だが、これは始まりに過ぎなかった。その後も莫大な数の敵兵が攻め、クイトは全て切り払った。それでも敵はまだ尽きない。
「ハアッ、ハァッ。不味い、敵の術中に嵌まった!確実に俺たちの知らない技術で殺そうとしている!」
「クイト……。すみません、奥で発動している何らかの魔術の影響なのは分かるのですが……」
セナは爪が手のひらに食い込み、血が出るほど強く握りしめていた。クイトに守られているだけの自分が、非力な自分が憎くてしょうがない。
せめて疲労回復さえできればいいのだが、隙もなく敵が押し寄せてくれるので休息する間もない。
このままではジリ貧だとセナは理解していた。何か行動を起こさなければ、二人揃って死んでしまう。だからセナは覚悟を決めた。戦場で迷うことは死ぬことと同意義。セナに迷いはなかった。
「クイト。私を置いて術師を殺してきて。そうすればおそらくこの兵士は消えるから」
合理的な判断だ。窮地を脱するにはそれしかないだろうということも理解していた。だが。
「決してそれは認めない。俺はセナの護衛騎士だ!俺だけが生き残るなんぞ死んでも御免だ!」
「けれど、それしか方法がないんです!今最も忌避することは二人揃って死ぬことです!だからせめて、最善の選択を……!」
「ならば!これしかあるまい!」
「きゃっ!」
クイトは片手で剣を握り、空いたもう片方の手でセナを抱えた。
「しっかり俺の首に腕をまわせ!決して振り落とされないように、強く固く!」
「あなたは所々で滅茶苦茶なんですから!けれど、信じますよクイト」
「万事任せておけ」
セナがしっかりとしがみついたことを確認したクイトは、強く踏み込み敵兵へと突っ込んでいった。目指すは術師、ただ一人のみ。
片手の剣技は、然れど衰えず。セナに傷一つつけさせずに遂に術師のもとへたどり着いた。
「まさか、ここまでとは……!?」
術師は酷く驚きながらも杖を構えた。彼とて歴戦の兵士、決して判断には迷わなかった。
「遅い」
それ以上にクイトの剣が早かった。杖ごと術師の体を一閃し、命を奪った。それと同時に、膨大な数の兵士は消えていった。魔術によって構成された兵士だったのだ。
術師の側に置いてあった筒型の装置を蹴り壊す。すると魔力が再び活性化した。魔術封じはもう機能しない。
それは作戦の失敗に等しい。大地を操作する集団魔術を操作していた敵兵は直ぐに魔術を放棄し、逃走した。
「……生き残れましたね、クイト。本当にありがとうございます」
「礼には及ばんさ。それが俺の仕事だからな」
「それでも。あなたがいてくれたからこうして私は無事に生きている。心から、感謝します」
「……仕事である以上に、愛する人なんだ。守って、当然だろう」
「まあ!ふふふ、私も愛してますよ、あなた」
照れたのかそっぽを向くクイトを見て朗らかに笑うセナ。ここが戦場だとしても、そこには確かに幸せがあった。
クイトが血を吐き出して倒れるまでは。
「がはっ!う、うぇ、うう゛あぁ」
「クイト!【癒しの光】……なんで、なんで治らないの!」
踞り苦しみ悶えるクイトに、セナは覚えている全ての回復魔術を唱えた。しかし、一向に良くならない。
「クイト、クイト!駄目です!ああ、目を閉じないで!
【主の恵み】【慈悲なる雨】【灯す光】これも駄目なの?お願い、死なないでクイト……」
「あ゛あっ、セ、ナ。泣くな、セナ。お、前の悲シむ顔ハ見たく、ない」
「喋らないで!呼吸を整えてください!」
セナはクイトの手を握りながらもう一度魔術を唱える。それが駄目ならもう一度、それが駄目ならもう一度。何度も何度も唱えたセナは、遂に魔力が枯渇した。
それでもクイトは治らなかった。
二人は知るよしもなかったが、クイトが苦しめられている原因はあの術師の魔術だった。無限の兵士を呼ぶ魔術、それの効果はもう一つ存在していた。兵士を殺した数に比例して呪いが蓄積する魔術。
クイトは術師を殺すまでに千を超える兵士を斬った。それによってクイトにかかった呪いは、邪心の呪いに匹敵するほどの効力と化したのだ。
稀代の聖女であるセナでも解呪できないほど、強固な呪いであった。
「セナ。笑ッテ、生きテ、くれ」
「クイト、嘘、嘘ですよね。怒りますよクイト。だ、から、お願いです。目を開けて、クイトぉ」
クイトは呼吸を止めた。セナは戦場で泣き叫ぶことしかできなかった。味方の兵士が迎えに来るまで、ずっと。
それからセナは、取り憑かれたように死者の研究を始めた。セナは聖女であるが、死者を蘇生する力は持っていない。それは禁忌とされていたからだ。
そんなものセナにはどうでもよかった。禁忌などくだらない、クイトを蘇らせるのに煩わしいとさえ考えていた。
戦場で聖女として癒す傍らで、そこらに転がっている死体を使って実験を繰り返していた。誰かに見られると面倒なことになるので、深夜にひっそりと。
そしてクイトが死んでから僅か一年で、限定的な死者の蘇生に成功した。意識は無く、こちらの言うことも理解していなかったが、自らの足で立ち上がり動いたのだ。
これはクイトの復活の第一歩だ。これを足掛かりに更なる研究を進めよう。クイトの頭蓋骨を胸に抱きながらそう決意したセナだったが、順調にはいかなかった。
研究成果がバレた。クイトが亡くなってからの聖女の行動を不審に思っていた騎士団長が、捜査官に報告。それを受けて捜査をした結果、発覚に至ったのだ。
「抵抗するなよ聖女……いや、異端者」
「私を捕らえようと?ふふ、ふふふ。邪魔、してくるんですね?お前たちは」
「総員構えろ」
前線に建てられた要塞の一室で、セナは追い込まれた。今までのセナならば何も抵抗できずに捕まっただろう。しかし、研究を進める上で新たな魔術を手に入れたセナにとって、危機でもなんでもなかった。
「おいで。【肉樹の生誕】」
「なんだ、コイツは……!?」
セナが懐から取り出した何かが、急激に成長を始めた。植物のように伸びるそれは、しかし赤黒い肉のようなもので、見るものに不快感を与えるには十分なものだ。
「さあ、食べていいですよ」
セナの命令を聞くや否や、肉の触手は近くの兵士を巻き付けて大木のような本体に取り込み始めた。要塞は恐慌に包まれた。
「いつの間に、こんな化け物を!」
「失礼ですね、可愛いではないですか」
「狂ったな。当然か、異端者だものな」
騎士団長は剣を抜き放つと共に、肉樹を切り刻む。肉樹は痛がるように触手を震わせ、騎士団長に狙いを定めた。
「手数を増やせば勝てるとでも思ったか。甘いわ」
襲いかかる数多くの触手をいなし、すれ違いざまに切り捨てる。多方向から襲われようとも、背中に目が付いているのかと思うほど攻撃が躱される。
「終わりにしてやろう。【終の一閃】」
騎士団長の剣に魔力が纏い、剣先がさらに魔力で構成される。肉樹は直感的に防がなければならないと勘づき、触手を絡めさせ防御を固めた。そして剣が振り下ろされた。
肉樹は防げたと確信し、残心を取っている騎士団長に触手を仕掛けようとした。しかし、意志に反して触手は全く動かない。肉樹が不思議に思ったとき、突如肉樹は真っ二つに切断された。ここで漸く、縦に一閃入れられたことに気づけたのだ。
そして肉樹の触手は力無く地に臥した。
「しかし、失敗したか。私もまだまだだな」
騎士団長は一人呟く。部屋に居たはずのセナは、忽然と姿を消していた。見れば、彼女がいた付近の壁に穴が空いている。肉樹に構っている間に逃げたのだろう。
「そこまで限界だったなら、相談の一つや二つ、いつでも聞いてやったのにな」
ありもしない想像をし、直ぐにそれを馬鹿らしく思った騎士団長は踵を返した。今回の件を早急に報告しなければならない。
それからの騎士団長はいつも通りに見えたが、どこか黄昏る時間が増えたという。
◇◇◇
要塞から逃げてから二年。今日この日、漸くクイトを完全に蘇らせる手段を獲得したセナの手は、知らぬ内に震えていた。
もし失敗したら?私のことを覚えていなかったら?暴走して遺骨が崩壊したら?特に、クイトの遺骨を媒介として発動する魔術なので、失敗してしまえば二度と挑戦できないというのが影響していた。
しかし、それでも。セナのクイトに会いたいという思いを強めると、そんな不安は消えていった。ただ今は、クイトを抱き締めたい。それに比べると失敗の不安なんぞ些末なものだった。
「お願い、生き返って。【天地転倒】」
この三年間でセナは理解した。生物を蘇らせる魔術を完成させるのは不可能なことに。何かしらの法則がはたらいているのか、命に関連するものを操作する術式は魔力が必ず誤動作を起こすことを発見した。
それならばどうすればいいのか。考えた末にセナは思い付いた。別の魔術を組み込んでカモフラージュすれば可能ではないかと。
その考えに基づき完成したのが【天地転倒】。この魔術の効果は『対象の状態を反転させる』こと。空に浮かぶものは地に埋まり、燃えるものは凍り、生きているものは死ぬように。
今までの魔術は蘇らせることを目標として作られたものだから法則がはたらいた。しかしこの魔術の効果は反転することにある。死者が生き返るのは副次効果でしかない。言い換えれば、偶然の産物。
果たしてこの考えは通用した。実験として鼠、魚、犬、そして人間と試してみたが、全て成功した。この理論は間違えていなかったのだ。
そして今、その効果がクイトの遺骨を対象として発動する。幾数もの魔方陣が遺骨の上に重なって現れる。魔方陣が同時に紫に発光した瞬間、天は落ちた。
まるで逆再生のように肉が骨を基点として、肉体を構成していく。血管ができて、皮膚が全身を覆う。窪んでいた眼孔には目玉が、口内には歯茎や舌が、あの日のクイトが蘇る。
数分後、クイトの肉体は完全に完成した。生前となんら変わりの無い姿に。
「クイト、クイト、クイトぉ!」
それを目にした瞬間、セナはクイトを抱き締めてポロポロと涙を流した。ずっとずっと、会いたかった。その想いが抑えきれなくなったのだ。
クイトの胸板に耳を当てる。どくん、どくん。力強い心臓の動く音がはっきりと聞こえた。それにセナはまた泣きそうになってしまう。
暫くそのままの体勢でいると、クイトが僅かに動いたことに気づいた。目を覚まそうとしているのだ。
セナは起き上がり涙を拭う。久しぶりに顔を合わせる愛しい人には、そんな顔を見せたくなかったから。
そしてクイトがゆっくりと目を開けた。どこかぼんやりしていて、まだ寝ているように思える。そんな彼を起こすように、セナは優しく囁いた。
「……目が覚めましたか、あなた?」
クイトはどうやら混乱しているようだが、記憶には問題なさそうだ。ちゃんと自分のことを、愛しい人だと言ってくれる。
クイトから抱き締められたとき、この三年間が報われたのだと感じた。だから、セナもいつかのようにクイトを強く固く抱き締めた。
「ずっーーと、イッショですよ?」
狂気にも近い愛をクイトに囁きながら。