終末世界でTS吸血と妹が旅をするようです   作:西春江

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一話 『きゅーとでハイパーな吸血鬼らしいです』

「ありえない。人類は衰退したはずだ」

 

 窓に反射する『それ』が、瞳を丸くして口を開けて呆けていた。まさに阿呆の面構えよ。

 新品未使用のキャンバスに等しい白髪、紅く、燦然と輝く瞳。年齢は十代中盤、少女と呼ぶのにふさわしい可憐さを備えていた。

 

 だが、我が住まうこの死に絶えた都市で、我以外の人間を滅多に見ることは無い。ましてや、これほどまでに目を引く白髪赤眼の少女など、見覚えが無い。

 

「いったい、なにが」

 

 本来ならば、不法侵入罪としてこの小娘を我が餌にしても良いのだが、あいにくそうもいかん。

 我は配給#B@d2m6*――配給シスターより、殺生を固く禁じられている。

 もっとも、今の我にとって彼女を殺めることは、約束云々を抜きにしても不可能なのだが。

 

 ――なぜなら、窓に映る呆けている少女こそが。

 

「なぜ我が女子(おなご)になっているのだぁぁぁぁぁァァァ!??!」

 

 我の絶叫が、狭く、埃っぽい部屋に反響した。深夜、窓外のカラスがバサバサと黒翼をまき散らしながら飛び去っていく。

 

 

 

 現状把握。

 気づいたら女になっていた。

 

 我がだぞ?数千年の歴史を持つ誇り高き吸血鬼だ。それが何故、たった数時間できゅーとな白髪女子に変わる。

 

「いや、理由はわかっているのだ。理由は」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、虚空に向かって呟いた。それは自分自身の怒りを収めるためか、はたまた焦っているのか。

 正直に言おう。その両方だ。

 

「これだから人間が嫌いなのだ。嫌いだ嫌い。衣食住を揃え生活に不満が無くなったら、次は承認欲求。映画に漫画に小説。これだから人間は……はぁ……」

 

 怒りを虚空に向かって発散しても、この貧相な体が元に戻るわけでは無い。とりあえずは服を着るとしよう。

 

「体が縮んだせいでいつの間にか服が消えておるわ」

 

 昨日まで着ていた服がベッドの上に転がっていた。

 あれを着るのは得策とはいかないだろう。歩くたびに服がずり落ちるのを心配するなぞ、面倒がすぎる。

 

「さ、配給シスターが置いていった服はどこにやったか」

 

 置いていった服。というより洗濯を任せ放り投げられた服。

 妹の服を勝手に拝借するのは聊か……いや、かなり問題が起きそうだが、人類圏外を裸でうろつくよりはマシだろう。

 

 そもそも、不用心に服を放置していったあやつが悪い。

 我、何も悪くない。

 

「ふん、ここだったか」

 

 数分して、クローゼットの隅で白いワンピースとサイケデリックなケープを発見した。

 漆黒の生地に、淡く発光する回路のような線が幾本も走るケープ。滅びゆくこの世界で、滅多に見ることのない近未来的代物。

 ワンピースはサイズが小さかったが、今の我なら問題は無い。

 

「これが配給シスターにバレたりでもしたら我は一体どうなるのだ」

 

 運が悪い場合、物資の配給を止められるやもしれん。

 ……それだけは駄目だ!奴から渡される嗜好品を我は存外に楽しんでいるのだ!

 

 吸血鬼にとって、時間はある意味で大敵なのである。

 

 

「案外似合うものだな! ふははっ! 流石我! 悪くは無い!」

 

 鏡の前でふらふらと踊る我。

 清楚、可憐、様々な言葉が沸くように生れてくる。

 

 以前は丸眼鏡をかけたイケメン男爵のような姿だったせいでこのような服を着ることは無かった。そのせいか、ヒラヒラと舞う布の束は新鮮さを感じさせてくれる。

 

「だが、これ以上は面倒だ。素早く根源を排除せねば」

 

 どこの馬鹿がこの衰退しかない地球で創作などしたのだ。我にとって、『上書き』は死因になるやもしれんのだぞ。

 

「さ、そうと決まれば行くと――ん?」

 

 玄関に向かおうとした時だった。

 一瞬の違和感。

 

「鏡!」

 

 鏡から、我が消えていた。先まで反射していたはずのそこには、無。何も映っていなかった。

 原因は考えずとも明白だった。

 

「やはり、上書きが進んでおるのか。鏡に映らない吸血鬼なぞ久しく見んぞ……」

 

 ドクン、と心臓が早鐘を打つ。

 このままでは上書きが進行すると、我の弱点がさらに増えていくかもしれん。それだけは阻止せねばいけない。

 

 それでも我は特段焦っていなかった。

 きっと、鏡に映らないという小さな上書きで済んでいるからだろう。

 鏡に映らない程度、特段問題なぞ起き……

 

「む、結構あるな。シャワーとか、洗顔とか、それに我のニューボデェィィーが見れぬではないか……」

 

 はぁ、とため息を一つ。気にしても仕方がない。さっさと行動に移さないと、被害が増すだけだ。

 配給シスターが置いていったハイテクケープを羽織り、玄関へと向かう。

 こうして外出するのは何時ぶりだろうか。数か月、もしやすると半年ぶりかもしれない。

 配給シスターが物資を届けてくれる分、外へ出る意味が全くないのだ。

 

「感謝せねばならんな」

 

 扉へと手をかけ、ノブをゆっくりと回す。

 

 埃っぽい風が鼻腔を刺激する。

 扉の開いた先、そこに広がっている景色は普段と変わりないものだった。

 上から下にめがけ、落雷のような亀裂が入っているビル群。血管が如く膨れ上がった道路。

 

 遠く、数キロ先には、人類全盛期の頃からは想像もできないような異形の生命がいた。鳥のような頭に、獅子を思わせる胴体。

 あれらを見れば嫌でも理解させられる。やはり、人類の栄光はとっくのとうに消滅しているのだと。

 

「ふん、だからこそ我がこの姿になった理由が――」

「うそ」

 

 背後から柔らかい声が聞こえ、咄嗟に振り返る。そこには重武装の人間が立っていた。

 

「配給シスターか」

「は?」

「珍しいのう。この時期に来るとは」

 

 散弾銃をこちらに構えていた。

 まるで暗視ゴーグルのような何か、六つの多眼ヘルメットでこちらを睨んでいた。そして、服装はピンクと白の振袖の付のパーカー。

 皮膚は一切見えないが、この服装には見覚えがある。

 

「我だ我、朝起きたらこうなっていたわ……。どうした配給シスターよ。何か言え」

「いや、え? は? ヴァンプ、さん?」

「あぁそうだとも」

「そりゃ、そうです、よ、ね」

 

 ようやく理解したのか、銃先を下に向ける。

 多眼ヘルメットがぷすーっと気の抜ける音を立てスライドし、素顔を明かす。

 少女だった。

 

「えぇぇぇ……。どうしちゃったんですかそれ」

「我が聞きたいわ」

 

 ヘルメットの向こう側にいたは、我唯一の家族「妹」だった。数か月に一度、危険を冒して我の元まで物資を配給してくれる。

 兄思いの妹。否、姉思いの妹。

 

「ていうかそれ、私の服じゃありませんか!?」

 

 おっと、厄介なことに気づきおった。

 鬼の形相で詰め寄ってくる配給シスター。

 

「まぁ待て、配給シスターよ。確かにこれはお前の服だ」

「ですよね?」

「だがな。お前が置いていったんだから我の物と言ってもよいだろう」

 

 そんなわけはない、という表情でこちらを睨むシスター。

 てか待て。我が悪役のような空気になっているが、洗濯を任せ服を投げ捨てていったのはお前ではないのか?

 

「……はぁ、もういいです。――で……ヴァンプさんは上書きの原因を探しに行くおつもりですか?」

 

 声のトーンが、一段低くなった。

 

「そうなるな」

「一人で?」

「あぁ」

 

 深い溜息を吐く配給シスター。何かおかしなことを言っただろうか。

 

「改変されたんですよね? 大丈夫なんですか?」

「それは理解している、だが座して死を待つわけにもいかぬだろうよ」

「……この世界を、たった一人で?」

 

 そう言って、配給シスターは我から視線を外す。向かった先は崩壊し、沈黙した都市の残骸。

 多眼ヘルメットが駆動音と共にスライドし、小さな電子音が鳴る。

 数秒、崩壊した都市を眺め、

 

「この辺りに数体の童話生物が潜んでいます。今はヴァンプさんのテリトリーなので襲ってはきませんが、都市の外はわかりませんよ」

「む。だが、我は高貴な」

「改変されたのでしょう? 死因の一つや二つ創られているのでは?」

 

 配給シスターの声は、ヘルメットを通して電子声として返還される。それでも、冷たい声で警告されているのだというのは何となく理解した。

 

「それは我もわかっている。だからと言ってここで待つなんてことが……」

 

 そして、ある一つの可能性に思い至る。

 ま、まさかこの少女は、我の妹は、

 

「……ようやく理解したんですね。それじゃ、上書きの原因を探しに行きますよ」

 

 顔を上げると、そこには頬を赤らめながら遠くを眺める、我の妹がいた。

 

「なんと殊勝なのだ主は……!」 

「あぁもう、止めてください。勝手に死なれては面倒なんですよ……!」

 

 照れ隠しの毒舌と共に、彼女は歩き出す。

 妹とこうして肩を並べ歩くのは、幾年ぶりだろうか。あるいは、初めての経験かもしれない。

 

「とりあえず物資を――ヴァンプさん! 童話生物が来ます!」

 

 配給シスターの叫び声と共に、大気を震わせる轟音が空間を引き裂いた。

 視界を埋め尽くした『それ』は巨躯。鷲の頭部と獅子の胴を備えた伝説の獣。

 

「うそ!? グリフォン!?」

 

 配給シスターがその存在に声を震わせる。

 グリフォンは最短距離で彼女へ肉薄し、その鋭利な爪で命を断ち切ろうとしていた。

 頼みの散弾銃は、衝撃か遠くへと転がり、抗うすべはない。死を待つのみ。

 彼女の瞳が、みるみると絶望の色へと染まっていく。

 

「グリフォン」

 

 その名は多岐に渡る伝説で語られてきた。ある時は黄金の守護者。ある時は神々に(かしず)く忠実な下僕。ある時はその死骸が万病に効く宝そのもの。

 ――古来より、絶対的な強者として君臨する童話だ。

 だが、童話は紙の束を超え、身をもって顕現していた。

 

「まぁ、そのような大層で派手な伝説で無くとも、獅子が生身の人間に襲い掛かれば、結末は唯一にして死のみだろうが」

 

 『伝説』は我の声など気にも留めない。

 それもそのはず。奴の敵は武器を持った人間。ただの少女なぞ、後でいくらでも処分できる端役に過ぎん。

 

「所詮、鳥頭よのう」

 

 ――夜天へ、手を掲げる。

 紅と黒が収束し、一本の槍へと変貌を遂げた。それは鮮血を極限まで一に凝固させた執念の結晶。

 グリフォンはようやっと己の死を悟ったのか、咄嗟に飛び去ろうとしたが――

 

「せいっ!」

 

 以前とは違う。可愛らしくも凛とした声と共に、紅の槍が投射される。

 逃走など不可能。肉を穿ち鮮血を咲かせる重厚な音が響き、辺りに腐した鉄の匂いで充満する。

 

「ふん、出力は変わっておらんらしい」

 

 地に付したグリフォンは、赤黒い花を咲かせていた。

 へたり込んでいるシスターの前に行き、手を差し出す。以前として、表情は恐怖そのものだった。

 

「配給シスターよ。このようなところで暇をしている時間は無いぞ。元の姿に戻るため、足を急ごうではないか。このままでは……」

 

 伝説の断末魔を背に、我は告げる。

 

「――我が死んでしまう」

 

 童話生物。

 その名の通り童話から出てきたかのような存在で、等しく摩訶不思議な力を持っている。

 勿論この我、吸血鬼も童話生物の一類だ。夜を支配する象徴にして、不死の王と畏怖された存在。

 

 だがそれは、昨日までの『伝承』に過ぎぬやもしれん。

 

 童話生物。

 それは時代によって定義を変える、不確かな伝承の具現。

 ある時は血を求め夜を支配する残虐な化け物、ある時は血に飢え理性さえも失う血鬼。ある時は十字架と大蒜が苦手な古き良き蝙蝠。

 人類が造る『童話』こそが、我という個を形作る肉体となる。

 

「さぁ、伝説を造る旅――冒険の始まりだ! 配給シスターよ!」

 

 そして現代――滅びゆく人類が最後に夢想したのは、旧世代のオタク文化に侵された『きゅーとでハイパーな吸血鬼』であった。

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