終末世界でTS吸血と妹が旅をするようです 作:西春江
――国連配達屋。
滅びに向かうこの世界において、文字通り『生命線』であった。
国が物資を支給するためには人類圏外を渡り歩く必要がある。当然、素人が死地に踏み込んだら死ぬだけだ。
だからこそ、我の妹は、我の誇る配給シスターは優秀なのである。
そして、この職には利点が多い。国からの直接的な支給、コロニーでの優先的な物資の交換、情報の独占、
まぁ端的に言えば「夢のある公務員」というやつだ。
「配達屋……それは夢のある聖職、滅びゆく世界で死地に身を投じ、救いを待つ民のために――」
「さっきからうるさいです! 歩けるようになったのなら早く立ち上がってください!」
ガスっと遠慮のない衝撃が我を襲った。痛む腹部を抑え、ゆらりと立ち上がる。
「うぐっ……。負傷者、しかも肉親への扱いがなっていないぞ配給シスターよ……」
現在、グリフォンを討伐した我は血液の消耗で身体が麻痺。隠れながらビルの隙間を縫い歩いていた。
「次からはあの大技は禁止ですからね」
「安心せい。もうあの大技は使わん。ていうかできん」
「は?」
「いやぁ、お前に良いところを見せようとして――殆どの血液を消耗してしまった」
呆れた瞳で我を眺める配給シスター。
い、いやだって、久しぶりに妹に会えたのだぞ?兄として多少の虚勢を張りたくなるのは、種族を超えた本能ではないだろうか。
呆れを隠そうともせず、彼女は鞄をゴソゴソと漁り始めた。
「本来、童話生物にこれを横流しにするのは禁止されているのですが、背に腹は代えられません」
ポイっと無造作に投げ渡され――空中で鮮やかにキャッチ。流石我。
だが、手の中に納まったそれを見て、我は眉を顰めた。
――ナイフだった。
「あっぶ!? 主何を考えてナイフなど投げておる!?」
「とりあえず、この都市から脱出するまではそれでお願いします。本当ならあのグリフォンの核も取り出したかったのですが……あれ以上はあの場所にいるのは危険すぎますからね」
独り言をぶつぶつと呟きながら、空を仰ぐ。
数秒して、こちらに多眼を向ける。
「……実際、ヴァンプさんってどれぐらい強いのでしょう。見た目は可愛いだけで、格としては『伝説』ぐらいはありそうですけど」
「ほぉ、そこが気になるのか。よかろう。高貴なる吸血鬼の真髄、妹とあらば特別に語ってやっても――」
「やっぱり大丈夫です。なんか言い方がムカつくので」
冷めた態度で、配給シスターは歩き出す。
我もそのあとに続き、投げ渡されたナイフに改めて興味を移す。
ただの鉄塊、というわけでは無い。
――
童話生物の体内に存在する核を加工、精製した物品、それらをまとめて
所持するだけで身体能力が跳ね上がエル者、物理法則から逸脱するもの、あるいは天変地異を引き起こしたことがある思骸もあると聞く。
衰退した人類が、地獄となったこの世界で生き残れている理由の一つだった。
新たな相棒を天に掲げながら聞いた。
「配給シスターよ。この
「ありません」
目もくれず、即答された。
「何を言っておる。
「それは神話や伝説から回収された
じゃあ何だ。これは外れということか?アンコモンということか?
「ちなみに……この元になった童話……物語は何なのだ?」
「私が住むコロニーにボブという名の男性がいたんです」
配給シスターが語りだす。
「ボブにはメアリーという名の妻がいました。ですが、ボブは飽きてしまったのかヒンドリーという名の新たな女性に靡かれ」
「まさか」
「はい、その時にできた世間話、ていうか不倫への陰口から発生した童話生物の成れの果てです」
「ボブ!」
最悪だ、不倫が元の
「コロニーに到着するまでの辛抱です。それでまでに童話生物を討伐する機会も幾らかあるでしょうし、そのうちボブとは別れられますよ」
「我の
せめて名前だけはかっこいいのにしたかった。止まらない強欲、沸き立つ色欲、不滅の欲……不滅のボブ……?
名称に悩んだ時だった。
「ストップです。ヴァンプさん」
配給シスターが制止の手を前に出す。
その多眼が何かを発見したようだった。
「何かいますね」
我らが歩いているのは崩壊した都市。亀裂に入るビル群に折れた街灯、そして舗装されていたはずの道路に、何か奈落のような陥没穴があった。
覗いてみると。暗く巨大な空間が広がっていた。壁面には緑の苔が群生しており、ぽちゃぽちゃと水滴が落ちる音が反響していた。そして――深淵の奥深く、何か生き物もいる。
血液を消費し、眼を強化する。すると、奥には苔の生えた巨躯、蛙のような異形がそこにいた。
「おそらく童話生物だの。無視でよいのではないか」
「いえ、この先に脱出口と依頼があるので」
「脱出口? 主、毎回この地下通路から来ていたのか?」
「以前までは……今回もここから来る予定だったのですが、使えなくなってたんですよねぇ……」
不思議そうに地下を眺めていた。
「では、行きましょう」
短く応じるや否や、配給シスターは躊躇なく深淵へと身を投げた。数秒の後、地下の水たまりへと着地する音が聞こえた。
「思い切りが良すぎるぞ配給シスターよ!」
我もその間髪の無い行動に続き、暗闇へと身を投げた。浮遊感の後、数秒して水面へと着地する。
「あ、来ちゃったんですかヴァンプさん――正面、来ます」
配給シスターが即座に銃を構えた。
トリガーに指先をかけ、発射――響く轟音。マズルフラッシュが地下を刹那の朝へと変え、直後に蛙の断末魔が響いた。
辺りには錆びた鉄の匂いと、生暖かい水の匂いで充満していた。
「――多いですね」
一瞬だけ明るくなった世界には、片手で数えきれないほどの異形がいた。
「お主、一人だった場合マズかったのではないか?」
「いえいえ、私一人でも余裕でしたよ? ……本当です。そんな目で私を見ないでください」
文句をいいながらも、彼女は次弾を放つ。着弾。
「ヴァンプさんは後ろで待機してください。私が倒――」
配給シスターの弾幕を搔い潜った蛙が、我に向かって跳躍した。咄嗟に半身をずらし回避。着地した蛙が二度目の跳躍を叩きこもうとしていた。
先ほど貰ったナイフ――基、ボブを構える。それを見た配給シスターが、声を荒げた。
「ちょ、ヴァンプさん!? 逃げてください! その思骸では」
だがもう遅い。
蛙は舌を伸ばし、我の獲物を奪おうとしていた。地面蹴り上げ、一気に距離を詰める。
「――童話生物を殺すことができません!」
切っ先を蛙に向け、横一閃。
溶けるようにナイフが食い込み、力任せに振り下ろし――真っ二つに分かれた。
鮮血が宙を舞う。
「うそ」
それを見た配給シスターが唖然としていた。
おぉ、思ったよりボブが強い!これなら、我の貴重で高貴な血液を消耗しなくとも済む。
だが、だ。
やはり、かっこいい所を妹に見せておきたい。そういう欲があっても、当然なのではなかろうか?
我は妹の視界に入りながら不敵に笑い。
「ふっ、ふはははははっ! 『怪談』にも成れん童話が、我の覇道を邪魔する出なっい!」
蛙が何かを感知したのか、数匹の群れが地を蹴った。
指先を蛙に蛙に向け、血液を凝固させる。体が高揚する感覚に心臓が早鐘を打つ感覚。紅の弾丸を解き放つ。
紅い弾丸は蛙の胴を穿つち、鮮血が宙を舞っていた。
わかる。わかるのだ。今後ろにいる妹が我を見る目、それはもう尊敬に満ちていことを。
「道を開けろ有象無象よ」
天に手を掲げる。赤が収束し一になる。槍を解き放としたその直後――配給シスターから蹴りが入った。
視界が世界を周回する。
「ふぐ!?」
地を数度回転し、ようやく衝撃が落ち着く。慌てて上体を起こす。つい先ほどまで我がいた場所に、蛙がプレスしていた。
その隣には配給シスター。発射、着弾。蛙の頭部から赤い霧が生まれる。
彼女はピンクと白の振袖をぶんぶんと揺らし、叫んだ。
「血液は節約と何度も言っているじゃありませんか! 私一人でも余裕なので、ヴァンプさんは血液を節約! 今すぐ避難です!」
ヘルメット越しの電子音は、声を荒げたせいか割れていた。
数分して、炸裂音が収まった。
『戦闘が終わったら来てください』と言われていたので、我は急いで配給シスターの元へと向かう。
配給シスターは水溜りの上で立ち尽くしていた。
周りには十を超える蛙の死体。死骸は血液を垂れ流し、水と紅が混ざり異質な匂いを充満させていた。
我に気づいた彼女がゆっくりとこちらに視線をずらし、
「だから言ったでしょう?」
配給シスターは多眼ヘルメットをスライドさせ素顔が露になる。額には薄っすらと汗が生まれ、呼吸が少し荒かった。
「私一人でもやるれると」
どやっ――と効果音が聞こえてきそうなほどの自信に満ちた笑みだった。