終末世界でTS吸血と妹が旅をするようです   作:西春江

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三話 『もう三話目ですけどねヴァンプさん(笑)』

「流石我の妹だ……」

 

 感嘆するのも束の間、何を思ったのか配給シスターが蛙の死体の前でしゃがみ込む。おもむろにナイフを取り出し――死体を切り刻み始めた。

「これじゃない、こっちでもない」などと呟きながら、幾体もの死骸を解体していく。

 まさに狂気。

 

「人間こわぁ……」

「な、なんですかヴァンプさん? 何度も言ってますが、そんな目で私を見ないでください。これは必要な工程なんですから」

 

 我に背を向け、また死体を切り刻み始める。

 

「……少し待て。そんな苦労せずとも」

 

 そう言って、我は死骸の山に向かって手を掲げた。直後、熟した果実が潰れるような湿った音が響き、死体から球体が飛び出してくる。回収すると、それは緑に輝く宝石のような結晶だった。

 

「主が欲しているのはこれであっておるか?」

「え、すごいですねヴァンプさん。吸血鬼の力、でしょうか」

「あぁ、そうだとも。……で、これは一体なんなのだ?」

 

 無造作に、結晶をポイっと投げ渡す。

 

「これは童話生物の心臓……『思塊(エンドロール)』と呼ばれるものです。これから思骸(バイオキルン)を作れたり、大金に換えられたりするんですよ」

 

 ……ほぉ、あれが噂に聞く思骸の素材だったのか。確かに、死体を切り刻むほどの価値はある……かもしれない。

 

「む?」

 

 そして我は気づく。 蛙の死体は軽く十を超えているのに、回収できた思塊(エンドロール)が一つだけだったことに。

 

「あれだけ蛙がいたのに一つしか回収できなかったぞ?」

「あぁ、この童話生物は集団で一の個体なんですよ」

 

 群れで一つの個体、か。我が言うのもおかしな話だが、やはり童話生物とは理を外れた存在なのだろう。

 我が興味深げに死体を眺めていると、急に配給シスターが薄く笑い始める。

 

「ふへっ……」

「……」

 

 思塊(エンドロール)を眺める彼女の様相が、少し……いやかなり気持ち悪かった。

 配給シスターが満足げに立ち上がり、手に入れた結晶を愛おしそうに磨きながら歩き出す。

 

 そうして数分。ようやく地下路の終着点へと到着した。

 

「ここです」

 

 配給シスターが指をさした先には、一枚の扉があった。だが、ドアノブもなければスライド用の溝もない。救いようのない欠陥構造にしか見えぬ。

 

「どうやって開けるのだこれ」扉を叩く我。

「お待ちを」

 

 配給シスターがタブレット型端末を取り出し、手慣れた手つきで操作を始める。

 数秒タブレットを睨んだ後、扉に淡い光のラインが灯った。直後、触ることなく扉がスライドする。

 感嘆の声を漏らす我。

 

「流石は我の妹」

「やめてくださいそれ……。ほら、目的地に到着しましたよ」

 

 開けた視界の先には、広大な空間が広がっていた。

 亀裂の入った壁や崩落寸前の天井が続いていた道中とは、明らかに空気が違う。文明の気配が微かに残っていた。

 天には照明があり、淡い光で広大な空間を照らしていた。壁や天井にこそ苔が生えているが、崩壊の兆しは一切見えない。

 

「ここは国連の管轄地域だったんですよ。とはいっても半年に一回程度しか調整に来ませんが」

「まぁ……あれが生きていると管理せざるを得まいな」

 

 配給シスターの多眼が見つめる先、そこには黒い列車が一台止まっていた。恐らく、あれはまだ現役。

 

「そういうことです。あれなら都市の外まで一瞬ですから」

 

 配給シスターは迷いのない足取りで列車へと向かう。

 再びタブレット型端末を操作し、列車の扉を開放する。

 

「まずこの子で一番近くのターミナルまで向かいます。そこからは徒歩ですね」

「一時の休憩という奴だな…………むっ」

 

 我が扉を掻い潜ると、列車の中に一人、先客が一人いた。

 だが――

 

「やはり死んでましたか」

 

 座席に眠るように横たわるのは、見るも無残な腐敗死体であった。

 傍らには配給シスターのものと酷似した鞄が転がり、周囲には近未来的な装具が散乱している。とはいえ、それらの殆どは既に機能を失い、ガラクタへと成り果てているようだが。

 そして、当たり前かのように死体を眺める配給シスター、それを見て我は一つの考えに至る。

 

「依頼というのはこれのことだったのか」

「えぇ」

 

 配給シスターは淡々と呟くや否や、死体を無造作に持ち上げ列車の外へと投げ捨てた。

 直後、躊躇なく死体を漁り始める。懐を暴きカバンを破る、終いには腕や足などの体の部位を斬り落とし始め、その工程に一喜一憂していた。

 

 正気か、こいつ。

 

「なんですか、ヴァンプさん」

「……これが人間のやることか?」

 

 彼女はやれやれといった様子で深いため息をつくと、死体の腕を引きちぎった。あろうことか、その腐った指先を我に向け、説教を垂れるようにぶんぶんと振り回す。

 

「これは私たちの為になるんですよ! 死体の中には思骸……【栞】が入ってるかもしれないんですよ!? 先ほども思いましたが、甘すぎますよヴァンプさんは!」

「わかったからその指を我に向けるな!」

 

 我が、おかしいのだろうか。

 

 数十分後。ようやく死体を漁り終わった配給シスターが立ち上がる。返り血を拭いながら近寄ろうとする彼女に対し、我は無意識に一歩距離を取った。当然だろう?

 

「……………………」

「で、これで依頼は終わりなのか配給シスターよ」

「……今回の依頼は行方不明になった国連配達屋の捜索です」

 

 我は、あのボロボロになった肉の塊に視線を落とし、

 

「ふむ、ということは」

「この配達屋は兄弟だったはずなので、もう一人いると思うんですけどぉ――あ、あれですかね」

 

 またあの凄惨な死体解体ショーが始まるのかと億劫になりながら、配給シスターの後につく。だが、そこにはあったのは死体では無かった。

 それを見て、鼻を鳴らす。

 

「……ふん、配達屋というのは頭がネジが緩んでいるらしいな」

 

 列車の座席に、ぽつりと衣服が脱ぎ捨ててあった。……ここで、脱いだのだろう。何故?露出癖?

 呆れて物も言えぬ我を余所に、シスターはあっさりと衣服に背を向けた。

 

「む、よいのか? まだ死体は発見しておらぬだろう」

「はい、死体確認の依頼は今を持って終わりました。脱出を再開します」

「あれが……死体ぃ?」

 

 配達屋というものは、よくわからん。ただの衣服が死体に見えるなんて……。

 人類圏外で装備を脱ぐ=死。という意味なのだろうか、ありそうな気がする。

 

 哀れな死体(衣服)を眺めていると、列車がガタンと一度大きく揺れた。軋み音を上げながら、ゆっくりと速度を上げ始める。

 配給シスターを横目に見ると、タブレット型端末で何かを熱心に操作しているのが見えた。きっと、この列車を制御しておるのだろう。

 邪魔をしては悪いと思い、我は近くの座席へと身をゆだねた。

 

 

 身を休めていると、正面に座る配給シスターが「そういえば」と話を切り出した。

 

「どうやってボブであの蛙を殺したんです?」

 

 どうやら我のエピソードが聞きたいらしい。我も妹に語ってやりたのだが……特段語ることなど無い。

 

「何も特別なことはしておらん」

「は? 吸血鬼の力を使ったとかではなく? なにも?」

「あぁ」

 

 そう答えると、少女は一度沈黙し、

 

「ふむ……ヴァンプさんには配達屋の才能があるかもしれませんね」

「な……」

 

 唐突な賛辞が我を襲う。

 ひ、久しぶりに褒められたかもしれない。

 格好をつければ蹴り、良い所を見せても蹴り、まさかこのような機会が来るとは。

 

「核をあんな早く回収する術、私も持っていません。それに不倫から生まれた思骸をあれだけ上手く使えるとは……。不倫程度ですよ? 不倫」

 

 ん、これ褒められてるのか?

 

「主、本当は我を小馬鹿にして興に乗っているのではなかろうな?」

「いえいえ、思骸の力を引き出すには才能がいるんですよ。ボブであれだけやれるとは……これからが楽しみという話です」

 

 嬉しい、嬉しいのだが、配達屋の才能かぁ……。

 

「……配達屋というのは常に死体を漁り、面倒な依頼に疲弊するのが続くのだろう?」

「まぁ……大抵はそうですねぇ。今回の依頼は行方不明者救助の名誉ある依頼だったはずなんですけど」

「残っていたのは死体だけか。……まぁ、我は死体を見つけるその行為も、十分名誉な行為だと思うがの」

 

 その言葉に、意外そうな表情を浮かべた。そして何かを言いかけ、口を噤んだ。

 それを薄目で見て、瞼を閉じる。

 

 列車の振動だけが、静かな空間に心地よく響いていた。

 

「ふん……」

 

 ――ヴァンプさん。これから始まるのは、輝かしい英雄譚です。さぁ、行ってください。

 

 古い、古い、記憶。

 だがこの記憶は――今は邪魔なだけだ。

  

「どうしました? ヴァンプさん」

「いや、何でもない」

 

 無意識に口角が上がっていた。

 不死王たる者が、過去に縋り懐かしんでしまうとは、配役に合わないことをしてしまった。

 

 不思議そうにするシスターを見下ろし、我は問う。

 

「それで、どうするのだシスターよ。次の旅先は決まっておるのか」

「ふーん、そうですねぇ」

 

 鼻を鳴らし、端末を起動するシスター。液晶にはレーダーやマップが明滅していた。

 

 ――その時だった。

 

 先まで暗闇を通過していた列車が、遂に月明かりを浴びた。

 地下から地上へと、昇ったらしい。

 

「……地上へと繋がっていたのか。知らなんだ」

 

 窓外、蒼い月が昇っていた。その背後には、我が第二の故郷である都市。

 あの都市から出るような日が、こんなに早く来るなどとは思いもしなかった。

 しかも、隣には配給シスター。

 

 何が起こるかわからないものだ。

 

 我が感慨に耽り都市を眺めていると、配給シスターが隣に歩み寄る。

 

「ヴァンプさんが予想している上書き地点を今後――『楽園』と設定します」

「ほぉ、良いのぉ。それっぽくて」

「かっこよくてつけたのではありませんよ? ヴァンプさんを改変するほどの人口、文明、それらを鑑みた結果の名称です」

 

 にやけておると、横腹に肘鉄を貰った。

 こいつ。

 

「楽園に至るまで、多くの童話生物と出会うでしょう。本来、あんな化け物は回避するのが常識なのですが」

「我が狙われているのだな」

「……恐らく。グリフォンの襲撃、それ以外にも、都市の探索中に何度も接敵しかけました。あんなこと……そうそう起きません」

 

 楽な旅路では無いということだろう。だが、

 

「心が躍るのぉ、配給シスターよ」

 

 そんな我を見た配給シスターが薄く笑い。

 

「……そうですねぇ。ある意味で心は踊りますね」

 

 お互い、言葉は同じでも内に秘めた意味は違っただろう。

 配給シスターが窓の外、遠くを見据えていた。彼女は何を想ったのだろう、我と同じか、先の言葉と同様に違うのか。

 

「次の目標地点は楽園。その道中にある――コロニーです」

 

 彼女の声は微かに上ずっており、どこか上機嫌だった。まるで、ようやく夢が叶ったかのようだ。

 そんな彼女を横目に、我は過去に思い耽る。

 

「ようやく、ようやくよのう……」

 

 ――貴方のやりたいことは何ですか? では、この英雄譚などいかがでしょう。

 

 懐かしい呪縛のような記憶に、笑みを浮かべる。

 

「今なら答えられる。主がくれた夢――『冒険』じゃ」

 

 配給シスターに聞こえぬよう、小さく呟いた。

 

 ――蒼い月が、今宵も燦然と都市を輝かせていた。

 目標地点は『楽園』。人口・文明ともに良好。この滅んだ世界で、我を上書きするほどに力を保持する勢力。

 そこは真の安息か、それとも。

 いや。結末を明かすような愚かな真似は、一塊の『童話』としてできん。

 ただ一つ、理解しているのは――そう。

 

 新たな童話の一ページが今、開かれたのだ。

 

 

 

 *

 

 

 【依頼:行方不明配達員調査・完遂報告書】

 

 調査対象:配達員036、037号。

 配達員036:指定地点にて遺体で発見。死因は飢餓と推測。腐敗進行度から、既存のあらゆる秘術・思骸を用いても蘇生不可能と判断。遺体は丁重に埋葬。

 配達員037:遺体未発見。現場にて衣類と装備類のみが残存。状況から童話化現象だと推定。救助に向かう途中、蛙のような童話生物と交戦・討伐。推定037号。

 証拠写真および座標データは別途送信。

 以上。

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