漆黒の帝王、カスケードが踠きながらウマ娘世界を駆け抜ける話   作:みのまむし

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カスケード、良き旅を






うだつの上がらない中年トレーナーと漆黒

1988年 年末 〜中山競バ場〜

 

「『トレーナー…、貴方との契約を解消したいんです。貴方と走っても私は上に辿り着けない』…てか。ふざけるんじゃねーよ」

 

 

『私の才能と貴方の経験では釣り合いは取れないと思います』

 

 

「俺がどんな思いでお前ら小娘の世話して来たと思ってんだ…」

 

 

『トレーナー。貴方のトレーニングは正直言って古臭い』

 

 

「大の大人がよぉ、小娘たちに振り回されて

俺の半分しか生きてない青二才どもが」

 

 

『何とかなる、何とかなる…貴方はいつもごまかしばっかり!…結局、一度も勝てないじゃない!』

 

「トレーナーはなぁ、魔法使いじゃねーんだよ。

ウマ娘の才能を発揮させる手伝いをするだけなんだよ。

才能なんて無いくせに重賞取りたいだと?掲示板入れなかったらトレーナーの責任?ふざけ……!」

 

男は右手に持ったビール缶を投げつけようと振りかぶり…止めた。

残ったビールを一気に飲み干し近くのゴミ箱へ放り投げる。

 

 

乾いた音を立て空きカンはゴミ箱に…入らなかった。

 

「…ハハ、ゴミ箱すら言う事聞かねーか」

 

新しい缶ビールを開ける男の胸にはトレーナーバッチ。

男は辛うじて中堅どころに手が届くレベルのトレーナー。

なんとか重賞に送り出すのが精一杯、やっとこさ送り出した担当ウマ娘も掲示板に入った事はない。

 

トレーナーになってはや今年で十年、新人と呼ばれる程若くもなく、ベテランと呼ばれる程熟練しているわけでも無い。

自分自身の才能が何とはなく見えてきた、そんな末端トレーナー。

 

 

半ば伝説の、皇帝たるシンボリルドルフに見そめられた『皇帝の杖』たる優秀な若手トレーナーを筆頭に、優秀な若手達が彼を楽々と追い越して行くのを複雑な目で眺めていた。

 

彼の担当になるウマ娘達も才能溢れる、とは言い難い。

 

「俺だって才能溢れるウマ娘と出会えばG1の一つくらい獲らしてやれたさ…」

 

 

嘘だった。

 

 

自分自身がトレーナーとしての力量を見極め線を引き始めていた。

このまま惰性でトレーナーを続け歳をくって引退。

人生いっちょあがり、までが容易に想像できる。

 

 

 

つまらない脇役の人生。

 

 

 

視線の先には正しく時代の寵児。

二人の主人公達が観衆達の感情を最高潮へと引きずり上げる。

 

 

今日のメインレース。

『有マ記念』

 

『流石の末脚だ!!

 

タマモクロスか!?

 

オグリキャップか!?』

 

歓声が湧き上がる。

世代最強の呼び声高いタマモクロスと地方から出世街道を駆け上がる時代の寵児(シンデレラ)、オグリキャップ。

 

二人のウマ娘達の激走を男は直視出来なかった。

とても眩し過ぎて。

男はウマ娘ではない、だからあのステージ、ターフに立つ資格がない。

 

男は彼女達のトレーナーではない、だから隣で喜び合う資格がない。

 

 

男には彼女達の様な才能あるウマ娘と契約する機会なんて一度たりとも訪れなかった。

 

だからこそ直視する事が出来なかった。

熱狂する客席のファン達ではない。手に汗握るウマ娘関係者でもなかった。

 

このレース場で自分自身だけが『異物』だった。

少なくともこの時点ではそう思っていた。

 

 

だからかも知れない。

皆がレースに夢中な中で、トレーナーであるその男に『彼女』の声が聞こえた。

 

このレースに熱中しているのに熱狂はしていない彼女の呟きが。

 

 

『何故誰も、いない?』

 

 

そんな呟きが聞こえてしまった。

 

ウマ娘だ。一人のウマ娘が食い入る様に先頭を駆けるウマ娘達を睨みつける。

背丈はまだ低い、本格化には早いだろう。

黒毛でやや手入れの浅いボサッとしたウマ娘がボソリと。

 

 

『何故、オレはあそこ(ターフ)にいない?』

 

 

羨望だろうか?

それはそうだ。こんな大舞台でのレースをウマ娘たちは目指して、今日も何処かでトレーナーともにトレーニングをしているのだ。

大舞台で走るウマ娘たちを羨むだろう。

 

 

 

『何故ここに、アイツがいない…?』

 

 

 

違う。

これは怒りだ。

掴んでいる手すりが軋みを上げる。

 

コイツは癖ウマ娘だ。

それも飛び切り強情な。

少なくとも他ウマ娘に抜かれて『無理〜…』とあごを上げる娘たちとは別種の生き物。

プライドが高く先頭を走る事を目的とする一流ウマ娘の卵…かもしれない。

 

…なんてな。

 

 

「なぁ、お嬢ちゃん。お前さん、あそこを走りたいか?」

 

 

わずかに首を振り否定した。

うん?やっぱり見込み違いだったか?

 

 

「勝ちたい」

 

 

ポーカーフェイスに隠れた目だけが異様にギラギラと熱を帯びていた。

 

 

ハハッ!そうだよな。ウマ娘ってのはそうじゃなきゃいけない。

 

 

「じゃあ嬢ちゃんが目指さないといけないのはトレセン学園だ。

どこかの学園に入ってレースに出る。

そうすれば、その先で……」

 

トレーナーである男はゴール板を駆け抜けたオグリキャップを指差した。

 

 

「勝者になれる」

 

 

だが目の前のウマ娘の視線は勝ったオグリキャップを見ていない。

 

 

『タマモクロス』

 

 

ウマ娘として小柄な白い白髪、芦毛と呼ばれるバ体。

オグリキャップと健闘を讃えあう彼女を凝視していた。

 

「それで…アンタは、何をするんだ?酒と煙草まみれでおせっかいな酔っ払いのアンタは」

 

「俺はトレーナーでな。ウマ娘を鍛えるのが仕事だ」

 

「アンタ、調教師(テキ)か」

 

「敵…てき、いや調教師(テキ)か。古風な呼び方知ってんな。

走り方のいろはから勝つコツまで何でも教えてやる」

 

「走り方は知っている。

勝ち方も知っている。

ただ今のオレには『意味』だけがわからねぇ」

 

「意味?よく分からんがそんなもん走ってれば最後には見つかるんじゃねーか?ウマ娘だろ?

なんだったら俺も手伝ってやるよ」

 

眼前のウマ娘は変わらず食い入るように彼方のタマモクロスを凝視…いや最早、睨みつけていた。

何かを確かめる様に。

だがその耳は興味深げに少しだけコチラに向いた。

 

「ウマ…娘の『意味』は走り続ければ最後には見つかる、か?

シンプルだが非常にわかりやすいね。

じゃあアンタのトレーナーとしての『意味』は見つけてんのかい。

新米じゃないんだろ?」

 

「あん?

まぁ、俺はトレーナーだからな。

ウマ娘の成長を手助けして一回でもG1獲らしてやれれば満足だな。

今日もスカウト空振りで腐ってたところだしよ」

 

 

男は懐から名刺を差し出した。

取り出した名刺は汗に濡れたのか若干薄汚れている。

あまり他人に渡すにはマナー違反である、が初対面で見るからに子供なウマ娘には丁度良いだろう。

 

 

「俺は中央のトレーナーでな、縁があったらまた会おうぜ」

 

 

ヒラヒラとやる気のない態度で男は去っていく。

大した期待をしたわけでもない。

実際に一週間もしたら男は渡した名刺の事なんて忘れていた。

他トレーナーのスカウトに溢れたウマ娘を見つけ、鍛える日常。日々の忙しさに想い出も、記憶もすぐに泡の様に消えた。

 

 

 

 

 

1995年 春 〜中央トレセン学園〜

 

桜の舞い散る中、男はとあるチームの練習場を目指していた。

 

季節が過ぎるのは本当に早い。

あれから季節が巡り、何回もの新入生が学園の門をくぐった。

 

相変わらず男は陰気な中堅どころの平凡なトレーナーのままで、酒と煙草の量は相変わらず。

新入生のスカウトも上手くいかず、上手くいったとしても何とか、未勝利ウマ娘を一勝させるのが精一杯で。

 

若手の才能あるトレーナーが才能あるウマ娘をスカウトし手を取り合って駆け上がっていくのを横目で眺め、酒と女に逃避しながらただ日々を生きていた。

 

 

昨年はフジキセキというウマ娘が鳴物入りで入学した。

 

男にしては久々に熱心にスカウトしたのだ。

彼女用のトレーニングメニューすら用意し必死にプレゼンと共に提供できるであろう未来のと、辿り着かせてみせると熱意を語ってみたのだ。だがそれすら他トレーナーと比べれば制度も、経験も足りていなかった。

結局は初老のベテラントレーナーにスカウトされたのを乾いた心で見ていた。

 

そんな態度が滲み出てしまったのだろう。

悪手と知りながら、普段なら避ける癖ウマ娘や、まだ自身の実力も現実も身の程すらも分かっていない未熟なウマ娘すら声をかけ、目の前でスカウト名刺を破り捨て踏みつけられた時は流石に凹んだ。

 

普段なら生意気盛りの反抗期ウマ娘の戯言なんて受け流せる…のだが、男が思っていた以上に精神的に行き詰まっていたらしい。

反射的に胸ぐらを掴み取っ組み合いのケンカ寸前までいった。

無論、覚醒前とはいえウマ娘の力なら成人男性でもビンタ一発で吹っ飛ぶ。

止めてくれた周りのトレーナーには感謝しかないが。

 

 

「やりきれねーよなぁ」

 

 

まずい事に理事長の耳にも入ってしまいお小言を貰う事になった。

 

 

「隣のたづなさん、マジにおっかなかったよな」

 

 

それが良くなかったのか、辛うじてスカウトできた幾人かのウマ娘も、こんな問題トレーナーしかスカウトしてもらえなかったのかと、やがて自身の才能に見切りをつけて早々に学園を去ったり別トレーナーに移っていった。

 

 

結局担当ウマ娘すらいなくなり、男は臨時教官として本格化前のウマ娘達を指導していた。

学園から基本給は出るがウマ娘達はレースに出る訳ではないので担当ウマ娘のレース勝利ボーナスもない。

 

あまりやりたがるトレーナーは少ないし、トレーナー目線で言えば閑職もいいところ。

 

中の下、いや最早それ以外。それが現在の男に付けられた格付けだった。

 

予想通りフジキセキは早速メイクデビューを一着で駆け抜け鮮烈なデビューを飾った。

初老トレーナーと喜び合う姿を遠目に眺めて落ち込み、トレーナーとウマ娘の勝利を素直に賞賛してやれない自身の小ささに気づき更に落ち込んだ。

 

 

 

道中、道行くウマ娘達の会話が聞こえる。

 

『ナリタブライアンさん、カッコ良いわよねー。何て言うか肉食獣って感じで!私もあれくらい迫力があればレースでコースどりが楽に…』

 

『アンタバ鹿ぁ?どうしたらアンタから三冠ウマ娘並のオーラが出てくんのよ?ミジンコの方がまだ迫力あるわ!

カッコ良いなら断然フジキセキ先輩でしょ!

デビューから無敗の朝日杯勝利!何よりあの美貌!あぁ、一度で良いから枕元で『お休みポニーちゃん』って囁いてくれないかなぁ、きっと熟睡できるに違いないわ!』

 

 

チームリギル。

トレセン学園名門中の名門。

 

男の狙いはリギルに入るであろう将来有望なトップウマ娘…ではない。

有望なウマ娘はその場でリギルにスカウトされトレーナーも決まってしまう事がざらだ。

 

リギルトレーナーのお眼鏡に叶わず、見所のあるウマ娘。そんなギリギリのラインが男の目当てだった。

 

 

 

道中道行くトレーナー達の会話が聞こえる。

 

『いや〜、今年もリギルのスカウトレースが始まりますね。相変わらず羨ましいなぁリギルトレーナーさん。模擬レース開催出来るほど勝手に新入生が集まって』

 

 

『悔しいが実力はトップクラスだからな。彼女、お前の同期だろ?

だがお前もスジは悪くない。そのサボり癖と誰彼構わず足を触る癖さえ無くせばチームくらい作れるだろうに』

 

『あーあー、聞こえない、聞こえないですよ、先輩。それより今年も実力ウマ娘達がそろってるみたいじゃないですか。まだ世間では名も知られていない原石達のお披露目、楽しみだなぁ』

 

『注目は前評判高い四人組か?オレも注視しているが。

たがなぁ、原石以外の大部分は未勝利で学園を去るんだぞ。お前も一人でも多くスカウトして磨いてやれよ。

トレーナーってのはいつも有望なウマ娘ばかり担当できる訳じゃないんだからな』

 

『人にはペースってモンがあるんですよ、ペースが。

ん?コースに向かってんの…あれ、『フジキセキ』と違います?何で朝日杯勝利バがいまさらリギルのトライアル走るんだ。故障したって話でしたよね?』

 

 

 

外野の似た様な目論見のトレーナー達の会話を聞いていたらすぐに次のウマ娘達がゲートに入った。

チームの小振りな発バ機ゆえゲートに入るのは全八頭。

 

中央に集められたダイヤの原石達。

距離は芝の1200m、距離としてはやや短めだが新入生の模擬レースとしては一般的だろう。

 

3枠3番が噂のソックリさんか。遠目だが確かに背格好は似ている気がする。

しかしフジキセキか。チッ、嫌な記憶を思い出させやがる。

 

 

『ガシャン!』

甲高くも野太い金属音と共にゲートが開く。

さてさて注目の3番は…

数回瞬くをした後に気がつけば大勢が決まっていた。

 

一歩。

完璧なスタートを決める

 

二歩。

ハナを取ってインへ切り込む

 

三歩。

最内より加速を始める

 

はっ……?

洗練されたフジキセキとは異なる他者を跳ね除ける強引な走り。

一歩間違えれば内枠のウマ娘達にぶつかりかねかない、経験の浅いウマ娘の自滅になりかねのい走り。

 

逃げ…ウマなのか?

第1コーナーで先頭をかけ抜け既に後続と三馬身以上差をつける。

 

一瞬、緊張で掛かったか?とも考えたが第2、第3コーナーを超えてもペースが落ちない。

入学したての新米ウマ娘には中々のハイペース。

後続は最後の直線でタレてくる事を期待して、捲る事を狙っているのか無理に差を詰めないようだ。

 

第4コーナーを超え最終直線。

そのペースは変わらずタレる気配は見られない。

むしろココからが本番、とばかりに足を踏み出しペースを上げる。

後続ウマ娘達が『嘘だろ』みたいな絶望感を漂わせながら必死に追い縋るが後の祭り。

 

そのままトップを維持し、悠々と走りゴール板を駆け抜ける。

大きく消耗した気配もなく、やや息は荒いがそれだけ。

 

一着を取った事が嬉しくないのか、そこに喜びはない。やや遅れてゴールした後続のウマ娘達をつまらなそうに一瞥しただけ。

 

この様子なら1600mでも走り切るスタミナはあるだろう。

 

喜色を浮かべ駆け寄ってきたリギルトレーナーが合格を告げ勧誘し始めた。

 

そりゃそうだよな。

 

強いウマ娘は有名トレーナーが囲っていく。才能あるウマ娘は実力トレーナーが囲い込みそのトレーナーはますますノウハウを蓄え名声を得る。もう十年以上、男に叩きつけられた現実だった。

 

だが何か様子がおかしい。

ウマ娘はリギルトレーナーに軽く会釈するとそのまま歩き出した。

 

瞬時に周りのトレーナー達の視線と温度が猛禽の如く切り替わる。

『リギルに入るハズの実力ウマ娘』から『あのリギルトレーナーの勧誘を断った実力ウマ娘』を見る目に。

 

瞬く間に見物トレーナー達に囲まれて名刺を渡される。あっという間に彼女のポケットはトレーナー達の名刺であっと言う間に膨らんでいく。

 

男も駆けつけようとしたのだがどうしても背格好から去年の『フジキセキ』にした失敗が脳裏に過り二の足を踏んでいた。

遠巻きに一目見れば競争倍率が高く宝くじレベルなのは間違いない。それでも諦めきれず、一応名刺だけでも渡しとくか、と名刺入れを確認しながら歩き出す。

 

と、タイミングが悪かったのか彼女に駆け寄るトレーナー達の一人が彼にぶつかり名刺が散らばる。

 

先日、雨の中で出来た水たまりに落ちアッというまに泥に塗れる。

 

慌てて汚れた名刺を拾うが、泥に薄汚れた名刺を貰ってスカウトを受ける優良ウマ娘など皆無だろう。

 

 

『まったく。ほんと俺ってやつはよ…』

 

 

ぼやきと愚痴。最早怒りすら湧かず名刺を拾い集める。

だからこそ、そのウマ娘がコチラに向け一直線に歩みを進めているなんて気づきもしなかった。

 

名刺を拾い終わりふと誰かの影を感じ目を上げれば件のウマ娘がジッとコチラを凝視している。

 

よくよく見ればやはりフジキセキ…ではなかった。去年スカウトの際に話した彼女とは違う。

 

髪の長さは前髪がやや長く、その両目を隠していた。時折揺れる前髪から覗く瞳にフジキセキの様な温和さはカケラもない。

むしろ殺意すら宿る殺し屋の如き眼光。

 

次には雰囲気だろうか。フジキセキには話している時に背景に花でも咲いている様な明るさをこれでもかと自己主張してくる。

だが目の前のウマ娘にはそれが全く感じられない。

 

くろ。

真っ黒。

漆黒。

そう、漆黒だ。

 

まるで背景を墨汁で塗りたくったような暗い雰囲気がこのウマ娘にはあった。

全てを、回りのウマ娘の全てを自身で塗り潰すようなそんな色。

 

人参より肉が好きってタイプだな(想像)。

はっきり言って怖い。自身の半分も生きていない筈のウマ娘に怖気づいていた。

 

絶対気性難だ、コイツ。やっぱ関わり合いたくねぇな。

拾った名刺を握りつぶし再びポケットに突っ込む。慌てて回れ右をしようとして…

 

「よぉ、縁があったな。おっさん」

 

回り込まれてしまった。本気のウマ娘からは逃げられない!

 

 

『あ、あの。お…俺、いえ、ワタクシメニナニカゴヨウデショウカ』

 

モゴモゴとよく分からない事を口走る。ついでに冷や汗も浮き出る。

男は突発の事態に弱かった。

 

「相変わらず煙草と酒くせぇな、おっさん。百メートル先からでも分かったぜ」

 

クク…と何がおかしいのか、ひとしきり笑った後でゆっくりと何かを持った右手を出した。

 

「『約束』だ。

まずは走り方から教える、だったな。代わりにオレがアンタをG1トレーナーにしてやる。よろしくやろうぜ相棒(トレーナー)

 

そのウマ娘、カスケードが取り出したのは男が今し方落としたはずの一枚の名刺。

ではなかった、その名刺よりもやや時間を経て色褪せた名刺。

 

 

 

男は知らない。

陰鬱とした人生の歯車が、静かに回り出したことを。

 

 

この眼前ウマ娘に脳を焼かれ、灰色に色褪せた男の世界が漆黒のごとく塗り潰される事を。

 

 

 

 

そして最後に。

この二人の出会いの結末が、最悪の別れとして終わる事も。

 

『漆黒の帝王 カスケード』

かつてそう呼ばれた競走馬は。今、再び走り出す。

 

 

 

 

 

 

カスケードが入厩(にゅうきゅう)しました。

 

 

トレーニングを開始しますか?

→はい

→いいえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜中央トレセン学園 三女神像前広場〜

 

 

 

「なんだ、タマ。えらくご機嫌だな」

 

「何やオグリ。そう見えるんか?いやウチにもよう分からへんけど、何かな。懐かしい匂いがするんや」

 

オグリと呼ばれたウマ娘は鼻をひくつかせながら首をかしげる。

 

「特に食べ物の匂いはしないが…」

 

「食いモンちゃうわ!…なんや疑っとるんか?ウチの勘は当たるで。

何なら前にビビッと来た時には笠松で宿敵に出会えたんやからな!」

 

何処にでもあるいつもの会話。笑いながら教室に向かう二人の芦毛ウマ娘。

 

そんな二人のウマ娘を運命の三女神像がただ静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 








※『カスケード』
『みどりのマキバオー』における主人公ミドリマキバオーの最高にして最大のライバル、世代最強馬。
前半マキバオーの軌跡は打倒カスケードを掲げ、その漆黒の影に追い縋るところから始まる。
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