幼女転生 ~二度目の異世界でも本気出す~   作:Eureka_HAMELN

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1 『プロローグ』 ~二度目の不合理~

 

 最愛の副官に右手を握られ、今はなき第二〇三航空魔導大隊の面々に見送られながら亡くなっていく。散々な人生ではあったが、良い終わり方なのではないだろうか。

 呼吸が浅くなっていくのが分かり、段々と視界が暗くなっていく。

 

 

 分かっていたことであるが苦しいな、死ぬというのは―――

 

 

 しかし、二度の人生を合計しても平均寿命にも満たなかったか―――

 

 

 ふっと一瞬楽になり、視界が晴れる。

 

 ああ、でもこれは知っている。エンドルフィンによる臨死体験というやつだ。

 間もなく私は死ぬ。

 

 

 ヴィーシャ、そんなに泣かないでくれ―――

 

 

 折角満足して死のうとしているのだから―――

 

 

 でも、そうだな……もう少し長くこの世界で穏やかに過ごしたいものだった―――

 

 

 もし、もう一度まともな世界でやり直せるのであるならば―――

 

 

 今度こそ平和に、そして愛する仲間達と共に穏やかに過ごしたいものだ―――

 

 

 最後に残された聴覚だけが心肺停止の音と誰彼のすすり泣く音を拾った。

 

 

 「きっと、きっとまたお会いしましょう。社長―――」

 

 

 ああ、また会えるさ……どこかで………きっと…………

 

 

 最後にそう思い、薄れゆく意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず言われた通りに詠唱して、狙って撃ってみろ。

 

 そう催促されるがままに放った水魔術とやらは用意された的を打ち抜くどころか、けたたましい轟音をたてながら地面を根こそぎ抉り取っていった。

 唖然である。

 本人以外の全員が目を見開いて硬直している。

 もう一度確認するが、一言一句言われた通りにしただけである。

 

 「て…天才じゃ、1000年に一度なんて次元ではない。人類史上最高の金の卵かもしれんぞ!!」

 

 そんな中、本人だけが諦観した目で思いっ切りため息をついてやった。

 どうしてこうなったのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い檻の中の箱庭。

 出身地、現在地、親の所在云々など一切の見当もつかない。

 何でも、物心がついたときには既にもうここで手錠をつけられて壁に付していたのであるから、もはやどうしようもない。

 はっきりとわかるのは、身体はターニャ・フォン・デグレチャフという前世のまま、要するに私の理想から最もかけ離れた姿であるということ。年齢は……前世でいえば孤児院から士官学校に入学した時ぐらいのような気がする。如何せん体形が栄養失調気味であるため良く分からない。 

 「檻の中」といったが、状況から考えて生まれて間もなく親に奴隷として売られたと考えて間違いなさそうだ。おおよそろくでもない親である。

 

 さて、前世では存在ⅹのことを悪魔と呼んでいたが訂正させてもらおう。

 鬼畜だ。比類なき私利私欲の化身である。

 自分を信仰してほしい、というどうでもよくて聞くに堪えない理由から他人を三度目の人生、あまつさえこんな地獄のような環境に送り出すとは。

 あのような超常の存在が無能すぎて崇めるに値しない存在ⅹである事を再度絶望せずにはいられない。

 悪いが私は馬鹿ではないのだ。こんな目にあわされたところで神への信仰心など微塵も生まれない。というか生まれるわけもあるまい。逆に考えてなんでこんなことをして敬ってもらえると思っているのだ。

 感性のどこかしらに問題があるとしか思えん。

 さっさと失職してしまえクソ野郎が。

 

 そういうことだ、聞く耳を持っているのならば早くここから出してくれ。

 貴様が欲しいものはこの環境では手に入らないのだ。

 そもそも、そんなに私に感謝してほしいのならば遺言くらい覚えていたらどうだ?

 「愛する仲間達と共に穏やかに過ごしたい」と願ったのだ。それでなんだ? この様は。

 

 最近は過度のストレスで髪の色が一部白くなってきたのだ。

 運よく言語の教本と、ある程度の歴史書が置いてあったので、全くすることがなかったわけではないのだが、もう飽きた。もう十分である。

 私は生産性のない時間を過ごすことが前世どころか前々世から大嫌いでね。

 外の世界がどんなものか、実際のところ現在地が何処なのかもわからないのだ。

 

 そんなことをいつも通りタラタラと考えていた今日この頃である。

 

 

 次の瞬間、収容所の扉が内側から蹴り飛ばされた。

 

 木製の扉は悲鳴のような音を立てて砕け散り、蝶番ごと吹き飛ばされて床に転がった。粉塵が舞い、腐臭と汗の混じった空気がかき乱された。

 咄嗟に目を細める。反射的な動作だった。もう既に数年間この檻の中で過ごしていたが、前世で叩き込まれた危機回避の癖は未だ死んでいなかったらしい。

 耳鳴りがする。いや、違う。低く、重く、湿った音。これは馬の鼻息だ。

 現れたのは、馬に跨ったままの大男だった。

 さすがの私も目を疑った。突然、本当に突然収容所の扉が蹴破られて乗馬した大男がずかずかと歩いてやってきたのである。

 常識的に考えれば、屋内に馬で侵入するなど正気の沙汰ではない。だが、その男は常識という概念を最初から考慮していないらしかった。

 右手には鈍器。左手には、見覚えのある薄汚れた看守の頭髪という何とも物騒な光景であった。

 この収容所の管理者だった者だ。生きてはいるようだが、抵抗の意思はとうに失われているらしい。床を引き摺られるたびに、情けない音が響く。

 男は周囲を一瞥すると、吐き捨てるように言った。

 

「ここが問題になっていた奴隷の収容所か。……なるほどな」 

 

 視線が、檻の中をゆっくりと舐める。まるで数を数えるかのように。

 同情でも憐憫でもない。名前を付けるとしたら状況確認という言葉が最も近い目であった。

 

 「確かに劣悪な環境だ。聞いていた以上じゃな」

 

 そう言ってから、男は初めて声を張り上げた。

 

 「おい貴様ら! 管理者は確保した! 連れていって取り調べろ!」

 「それと―――残っておる奴隷は全員保護回収じゃ! 即刻ここを封鎖しろ!」

 

 そこからは一瞬であった。ぞろぞろと兵士たちが来て我々は命令通り回収され移動させられた。

 他の奴隷達も困惑しているものの、数年間こんなところに幽閉されている身からすれば当に青天の霹靂というやつであった。

 私からしても状況が動いたのならば、それだけで十分だった。はっきり言って希望だの救済だのは後回しでいい。まずはこの停滞が破壊されたという事実こそが、何よりも価値を持つ。とは言ってもこれは恐らく、気まぐれな暴力でも、酔狂な略奪でもない。

 

 嵐のような男である。だが、嵐とは往々にして、腐ったも空気さえも一掃するものだと思い知らされた。

 

 

 嵐は、確かにやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保護、という言葉は聞こえはいいが、実態は隔離である。

 もっとも、あの檻の中と比べれば天国のような環境であることは否定しない。手錠は外され、共同ではあるが寝台が与えられ、一応の食事が出る。それだけで評価は十分に高い。おかげで体力もずいぶん回復した。

 しかし、初めてまともに外の世界を見たが、疑問は膨らむ一方である。

 なんせ我々の搬入方法が馬車だったのだ。

 それに加えて窓の外から見える景色はまるっきり11〜13世紀にかけての中世ヨーロッパの都市だ。少なくとも、行き当たりばったりに形成されたスラム都市ではない。繁栄の仕方から見てウィーンやパリあたりかと思ったが、その線はすぐに霧散した。石畳の材質は地域ごとにばらつきがあり、補修の痕跡も統一されていない。建築様式も混在しており、時代の断絶が見えないのだ。本来であれば、これほどの規模の都市が発展する過程には、明確な歴史的層が生まれるはずである。にもかかわらず、この街は、言わば寄せ集めに見えた。あたかも、異なる文化圏の断片を無理やり一つの枠に押し込めたかのように。

 加えて、人種的に意味不明が過ぎる。そもそも先日奴隷収容所に殴り込みに来た筆頭……と思われる大男でさえ肌は黄色人種寄りであったし、それにも関わらず体格はアジア系のそれではなかった。言わずもがなであるが、仮にアジア圏だったとすると、こんなロマネスクやバロック様式の建築など存在するはずもない。

 そして何より……。

 

 「あの、看守の方…その耳と尻尾は何でしょうか…?」

 

 「……? あ…獣族を見たことがないのですか、フィリップ様にあまり色々話し過ぎるなと命令されておりますので詳細は言えませんが、こういう種族も世界にはいるんですよ」

 

 

 いてたまるか。

 

 

 そう悪態を付ける気持ちを飲み込み無理やり納得した。というかさせた。

 獣族…まぁ概念自体の知識はあるがそういう問題ではない。

 要するになんだ? 前世と前々世の知識も常識もノウハウも通用しない世界に、生まれながらの奴隷として送り込まれたということか?

 冗談ではない。

 何が権力の基準かもわからない世界でどうやって生き残ればいいというのか。

 

 「今は不安かもしれませんが、とりあえずここは安全です。恐らく今日中には解放されるとも思いますよ」

 

 そうか……取り敢えずまずは自由にさせてくれ。こんな幼女が一人で生きていける世界とは到底思えないが、とりあえず現状を確認したいだけなのだ。

 

 「次の十人を出せ」

 

 「あ、ちょうど来ましたね。それでは時間です。参りましょう」

 

 身元不明、年齢不詳、親なし。

 ついでに言えば、一人は精神年齢が外見と著しく乖離している可能性あり、だ。

 まぁそんなこと彼らは知り得ないがな。

 取り敢えず、経歴不明の奴隷なんていう厄介な存在を無条件で孤児院に送れるほど、この世界も平和ではないらしい。

 どうやら魔術の適性を測る、とのことだ。

 そもそもこの世界にも魔術という概念があるのだな、と純粋に驚いた。

 ずっと監禁生活だったとはいえ、生まれてこの方聞いたこともないということは、前世に同じくそれなりにこの世界でも魔術の素質がある者は貴重なのだろう。こんな幼女でも利用価値があると考える程には。

 

 

 改めて見ると、本当に立派な城塞都市である。ここは城下町の端のほうであるが、それでもしっかりと城が目視できる。町の衛生の整い具合から見ても相当に繫栄している都市なのは間違いない。 

 私は施設内の廊下に通され、囲まれる形で三人の人間を観察していた。向かう先は恐らくこの馬鹿みたいに広い庭である。

 一人は軍服姿の男。階級章からしてそれなりの地位にあるとみていい。

 一人は年配の魔術師らしき人物。視線が露骨に値踏みするそれだ。

 最後の一人は書記官。すでに私を物件として記録する気満々である。

 

 ――なるほど。面倒な手続きが始まったわけだ。

 

 「名前は?」

 「……ターニャ・フォン・デグレチャフ」

 

 ……嘘ではない。

 この身体がそうである以上、それ以上でも以下でもない。

 

 「家名があるのか…? ……まぁよい。 魔術の経験は?」

 「ある程度」

 「ある程度、とは?」

 

 正確に答えると長くなる。

 長くなる説明は往々にして嫌われる。

 

 「基本的に、言われた通りには出来ます」

 

 場が一瞬静まった。

 年配の魔術師が興味深そうに顎鬚を撫でる。

 まぁそりゃあそうなる。

 だが噓を吐くものではない。実際基本的な干渉術式ならば平均よりは扱える自負がある。

 

 「ほう……では、確認してみるかの」

 

 私は内心で溜め息をついた。

 来たか、能力測定という名の時間の浪費である。

 そもそもこの状況で出来ないのに出来ると虚勢を張る馬鹿など存在しない。もし仮にいるとしたら救いようのないレベルだと言わざるを得ない。

 

 「心配せんでいい。初歩も初歩じゃ。水魔術の基礎だ」

 

 水魔術……? 

 いや、なんだそれは?

 

 そう言って、私の疑問を他所に彼は簡単な詠唱を口にし始めた。

 どういう仕組みか杖の先にみるみる水が集まっていき、こぶし大の大きさになったところで発射され、設置されていた的に命中して破壊した。少なくとも人体に当たれば無事では済まないだろう威力である。

 

 だがはっきり言ってそんなことはどうでもいい。

 なんだ? 今のは?

 前世で見た術式干渉とは全く異なる。エネルギー弾ではなく正真正銘、水を発射した魔術だ。

 

 「私が知っている魔術とはだいぶ違うのですが……」

 「そうなのか? まぁよいだろう。取り敢えず言われた通りに詠唱して、狙って撃ってみろ」

 

 私は頷いた。

 こうなったら余計な工夫も口答えもしない。

 言われた通りにやる。それが一番早く終わる。

 この際魔術の適性はあってもなくてもいい。というよりも無いほうが良い。この時代の貴族にこの年齢と立場の状態で目を付けられるのは、あまりよろしくなさそうだからな。

 

 先ほど魔術師が言っていた詠唱と同じように言葉を並べていく。幸い前世で魔力の扱い方は心得ている。

 魔力の流し方、構成、出力制御。

 

 ……驚いたな。

 本当に魔術を流して詠唱するだけで水が生成される。これなら魔力の流し方さえ分かってしまえば、究極誰にでも扱える。単純に比較できるものではないが、コスト面を考えると前世の演算宝珠よりも遥かに普遍性に優れる。

 ……なるほど、雑だが合理的ではある。

 

 詠唱をなぞり、魔力を流し、指定された的を狙って射出した。

 

 『 水弾 (ウォータ―ボール)

 

 次の瞬間。

 

 

 轟音。

 

 

 視界が揺れ、空気が震え、地面越しに衝撃が伝わってくる。

 水は弾丸ではなかった。言い表すとすれば奔流だった。

 的のあった場所を中心に、地面そのものが抉り取られ、粉砕された土と水が混ざり合い、無惨なクレーターを形成していた。

 

 

 ……おかしいな。

 

 

 詠唱は正確。

 魔力配分も詠唱の中で自然に溜まった分だけで、余計な増幅は一切していない。なのに、結果だけがどういうわけか暴走している。

 嫌な予感と最悪の予想が頭を掠めた。

 

 顔を上げると、案の定三人とも固まっていた。

 書記官はペンを落とし、軍人は口を半開きにし、魔術師は震えている。

 

 「て……天才じゃ……」

 

 掠れた声で、彼が呟く。

 

 「千年に一度なんて次元ではない……人類史上最高の……金の卵かもしれんぞ……!」

 

 私は思い切り、深く、ため息をついた。

 

 ――どうして、こうなった。

 

 どうしてもこうしてもない。忌々しくも存在xの祝福(のろい)は存続中であるらしい。間違いない、どうせそうに決まっている。

 生産性を求めて最短経路を選んだ結果がこれである。

 また目立つ。

 また面倒が増える。

 

 存在xめ。

 貴様は本当に、学習能力というものがないらしい。

 私は内心で毒づき青筋を浮かべながら、抉れた地面と興奮する大人たちを眺めた。

 

 どうやらこの三度目の人生も、

 穏やかとは程遠い方向へ進み始めてしまったようである。

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 

 神は死んだ。

 神はもはや人間の希望でも、慰めでもない。

 

 人は神を失ったがゆえに、

 世界の意味を自ら背負わねばならなくなった。

 

 もはや誰も、

 「それは神の御心である」と言って

 苦しみから逃れることはできない。

 

 生きる理由を問う者は、

 神ではなく、自分自身に問い返される。

 

 ――それでもなお生きよ、と。

 

 

      ニーチェ

       『ツァラトゥストラはかく語りき』より

 

 

 

 






<ステータス>(随時追加)
・ターニャ・フォン・デグレチャフ
→存在xの祝福の効果で魔力出力が通常の6倍





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