地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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一話 壮大なる計画

 

 彼女は前世から、ウマ娘という存在を知っていた。

 

 ──ウマ娘

 実在した名競走馬の魂と名前を受け継いだ存在

 

 容姿に優れ、身体能力は人智を超える。

 ターフの上を駆ければ観衆の視線と注目を一身に集める。

 

 人間とは比較することすらおこがましい脚力でコースを駆け抜け、その姿は熱狂を生み、時として理性すら吹き飛ばす。

 

 要するに、最高に可愛くて、最高に尊い存在であり、競馬ファンすらも篭絡させる魅力を持っていた。

 

 彼女は前世で、そんなウマ娘たちを何度も何度も育成してきた。

 

 時間と労力、そして何よりも金を注ぎ込んだ。可愛い子には金を捧げよ、とは彼女の格言である。

 気付けば財布は常に軽かったし、口座の残高は何時まで経っても寂しかった。

 

 玉座を見ると、今でも軽いフラッシュバックに襲われる。これはもう、ウマ娘ユーザー特有の現象と言っても過言ではない。

 

 後出しジャンケンみたいな調整を平然とやらかした運営は赦さん。

 金を毟り取るような真似をするな、この馬鹿! 

 いや、するなとは言わないけど、せめてもう少し優しくしてくれ。

 

 時には怒りに打ち震え、時には絶望に沈み、それでも最終的には掌の平で転がされる。

 そんな運営の所業すら含めて、彼女はウマ娘というコンテンツにどっぷりと浸かっていた。

 

 ゲームの中でしか存在し得なかった空想の存在。

 

 社会の荒波に揉まれて擦り切れた心を、根本から回復させてくれるオアシス。

 それが「ウマ娘」という、当時一大ブームを巻き起こしていたコンテンツだった。

 

 

 

 ……

 ……

 

 そして、何の因果か。

 彼女は第二の生を享受し、人としての枠組みから外れ、気付けばウマ娘としてこの世界に転生していた。

 

 それなりの名家に生まれたのは、三女神の導きか、あるいは単なる豪運か定かではない。

 いずれにせよ、家ガチャは文句なしの大当たりであった。

 

 トレーニング設備は充実し、食事は栄養管理含めて、一切困ることも無かった。

 専属トレーナーが常駐し、必要に応じてアドバイスもしてくれる。代々積み上げられてきたトレーニング指南書を読み漁る権利もある。

 

 芝もダートも問わず、好きな時間に好きなだけ走り抜ける環境が用意されている。

 ウマ娘にとっては理想郷のような場所であった。

 

 父母は多忙ではあったが、愛情を注いでくれたし、礼儀作法はそれなりに厳しく叩き込まれたものの、不自由とは程遠い生活だった。

 

 順風満帆。

 まさにウマ娘生イージーモード。

 

 ただ一つ。

 

 唯一の誤算があるとすれば、それは──

 

 彼女自身に備わっていた資質が、想像を遥かに超えていたことだろう。

 

 

 

 

「……今、ゴールイン! 

 終わってみれば今回のレースも楽勝でしたね~! 

 相も変わらず、大差での決着となりました!」

 

「圧巻の走りでしたね。

 もう彼女を超えるウマ娘は日本にはいないのではないでしょうか。

 今後は世界進出も視野に入れるのか、期待が高まります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いや、ナニコレ!!!!!」

 

 中央トレセンに通えるウマ娘ですら一握りであり、重賞レースに出走し、勝利を掴める存在となれば、さらにその上澄みとなる。

 そんな才能の塊みたいなウマ娘たちをごぼう抜きし、なおかつ大差で勝利を納めてしまう。

 

 まるで、神の寵愛を受けたかのような才能を、彼女は産まれ持っていた。

 

 GⅠレースでも結果は変わらない。ウマ娘にとっては人生を懸けた一大舞台であろうとも、彼女にとってはコンビニに行く感覚で勝ててしまう。

 

「勝利をこの手に!」とか宣う前に、勝利が勝手に手の中に転がり込んでくる。

 トロフィーなんぞコンビニの戸棚に並んでいるポテチと大差ない。いつでも手にできるスナック菓子と同じだ。

 

 気付けば、彼女は勝利を重ね続け、うまぴょい伝説を観客の前で踊りまくっていた。不名誉なことに、うまぴょいマスターとしても名を馳せていた。

 

 あの伝説のソングは、普通に彼女の精神を削りとった。

 勝つたびに踊らされるとか、もはや刑罰に近い。

 あの歌詞を考え付いた奴は自首しろと、彼女は常々思っている。

 

 

 レースは一人では行えない。

 競技である以上、競い合う相手が必要となる。

 

 しかし、それは拮抗する実力の持ち主が居てこそ成り立つ。

 

 彼女の隣に立てる存在は、どこにもいなかった。

 

 対等なウマ娘がいない。ライバルの不在。

 実力が開きすぎて、一方的な展開となってしまう。

 弱い者苛めをしたい訳ではないのに、意図せずしてそのような構図が出来上がってしまう。

 

 強者ゆえの孤独。強すぎたが故の弊害。

 彼女は少しばかりの寂しさを感じていた。

 

 そこで、彼女は考えた。

 

「……いないなら、私が育てればよくないか?」

 

 隣に並び立てるウマ娘がいないのなら、一から育てればいい。

 実に単純で、実に彼女らしい発想だった。

 

 トレーナー

 その単語が脳裏に思い浮かんだ。

 前世から画面の中でウマ娘を育成してきたのだから、それの延長線上に過ぎない。

 灰色の脳細胞が閃いた結果である。

 

 厄介なことに、彼女にはそれを成せるだけの才能と頭脳があった。

 質の悪いことに、実現までのプロセスすら思い描けている。

 

 想像できないことを現実にするのは難しい。だが、想像可能なことを形にするのは、存外簡単だったりする。

 

 有言実行

 言行一致

 

 一時は中央トレセンでトレーナーになることも考えたが、中央の資格取得には膨大な時間と労力が必要だ。

 最短でも五年。平均九年。落ちる奴は一生落ちる。

 

 二十代で中央トレセン勤務なら、エリート中のエリートと評される。東大より難しいと言われるのも伊達ではない。

 

 だが、彼女は時間を無駄にする気はなかった。彼女の頭脳なら最短経路を突っ走れたろうが、5年という歳月は余りにも長い。

 堪え性の無い彼女には看過できなかった。何より、面白みに欠ける。

 

 だから──地方だ。

 地方トレーナーとして、前世に引き続き育成に携わる。

 

 勿論、単なる一トレーナーで終わるつもりは毛頭ない。どうせやるなら、地方を盛大に盛り上げてやる気概でいた。

 

 中央トレセンと双璧を成す。いや、いっそ追い抜いてしまえばいい。

 

 古巣ではあるが、中央トレセンは今の立場に胡座をかいている気がして、必死さが感じられなかった。中央一強だからと余裕面をかましている。

 そんな不遜な態度が、何より気に入らなかった。

 

「中央だけが一番じゃないってこと、証明してやるからな~!」

 

 地方に埋もれている原石だって山のように居るはずである。

 そんな原石を発掘し、宝石へと磨き上げる。

 

 自ら手掛けた教え子達を中央にぶつけ、プライドと尊厳を木端微塵に破壊する。

 考えるだけでもニヤニヤが止まらない。

 阿鼻叫喚の地獄絵図となっている姿を想像するだけでも面白い。

 

 ついでに、自らに匹敵する存在を己の手で生み出し、孤独感を埋めてもらうおうという打算も忘れてはいない。

 

 そうと決まれば、行動も早い。

 彼女は、己の野望の為に動き出した。

 

 こうして一人のウマ娘による、ウマ生を賭した盛大な計画が静かに幕を開けた。

 

 

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