入学してから初めての選抜レースが開催される。
それは単なる学内レースに収まらない。
トレーナーがウマ娘をスカウトする指標にもなる、重要なレースだ。
本格化を迎えたウマ娘がメインにはなるが、それ以外のウマ娘も全員出走する。
50人を超えるトレーナー陣も双眼鏡片手に、レースの始まりを今か今かと待ちわびている。
彼らにとっても今日という日は重要だ。
三年間——下手したらそれ以上の付き合いになるかもしれないパートナーを選ぶのだから。
速さだけでは測れない部分も多い。
性格や伸び代、それから相性の問題もある。じっくり観察して、より良い相棒を選びたいというのが彼らの本音でもあった。
「うう……緊張するね、オグリちゃん
私なんか昨日は一睡もできなかったよ」
「いや、しっかり寝た方がいいと思うぞ、ベルノ」
「た、たはは……。
そうなんだけどね。今日の選抜レースを思えばなんだか寝付けなくって……」
このレースの重要度は高い。
ウマ娘の今後の岐路を決めるレースとも云えよう。
それだけに、緊張で縮こまっているウマ娘も多く居た。
本番のレースでは観客も大勢集まるので、プレッシャーも段違いになるだろう。
今の内からこの空気感に慣れておく必要がある。
特待生組は流石の一言に尽きた。
手慣れているのか、はたまた肝が据わっているのか。少なくとも表面上は平常心を保っている者ばかりだ。
「……あー、皆も知っての通り、芝1200mとダート1000mを走ってもらう。
バ場はどちらを選んでも構わない。
両方出走してもいい。
初めてコースを踏みしめる奴もいるだろう。
どちらに適性があるか分からん奴は、取り敢えず両方走れ。
速い遅い、自信の有無は問わない。
体力的にはきつくなるだろうが両方試しで走ることを推奨する」
「ゲートは4人立てだ。
妨害は勿論無しだ。向こうでトレーナーたちが見学してるからな。
スカウトされたきゃ……
全身全霊で走ることをお勧めするぞ」
見覚えのある指導教員のウマ娘が、生徒の前で言い放った。
彼女も胸元にトレーナーバッジを付けている。
お眼鏡に適えば、彼女からのスカウトも有り得るのだろう。
熱い眼差しを向ける生徒が何人か居た。
「悔いのない走りをしろ。
——私からは以上だ。
では各自、走るコースを決めて列を作れ。
それでは散開!」
彼女がそう告げてから、皆が動き始めた。
入学生は今年から倍増しており、この学年だけで300人の生徒がいる。
列を作るだけでも長蛇の列となった。
早い者は既にゲートをくぐり、出走の合図を待っている。
ゲートが開く合図に合わせて、次々と生徒がコースへ飛び出していく。
ゴールする度にタイムが読み上げられ、一喜一憂する者が出てくる。
「レプリケーション 芝1200のタイム 71、8秒」
読み上げられた彼女はタイムを聞き、ひとしきり喜んでいる。
中央でも通用するタイムだ。
他の地方トレセンならエース候補にもなれる。
「おお、この時期にしては随分好走してるな! 彼女も有望じゃないか!」
「フォームも綺麗だったし、最後の末脚も見所があった。第一スカウト候補だな」
「どうしよう……私、もう声掛けちゃおうかしら?」
トレーナーたちはレースの様子を観察しつつ、ウマ娘の品評を行っている。
彼女たちは第一印象や走りの特徴を文字に起こしていた。
後で見返すことで、スカウト材料の一つとするのである。
全員が走りきるまで様子見するのがセオリーではあるが、既にスカウトへ動き出している者もいる。早い者勝ちではないが先に声を掛け、心象を良くしておくのも作戦の一つだ。
次々と生徒が出走し、ゴールへと駆けていく。
今年は豊作だ。
特待生枠のウマ娘は云うに及ばず、一般枠もレベルの高いウマ娘が揃っている。
現に沖野の眼鏡に適うものがいたのか、彼もスカウトに臨んでいた。
あ、またトモ触ろうとして蹴られてる。
そんな様子を横目に、続々とレースは進んでいく。
そして——
「次、フジマサマーチ。
ダート1000メートル」
彼女の名前が呼ばれた瞬間、ざわめきが生まれた。
笠松の間では負け知らずで有名で、トレーナー間でも話題になっている。
未来のスター候補生として、“あのウマ娘”が直接指導しているという。
実力を伺い知る、絶好のチャンスであった。
この先、担当したウマ娘が直接対決する可能性も有り得るのだ。
将来を見越せば敵情視察のいい機会でもある。
「フジマサマーチ ダート1000のタイム 54、1秒」
「……あれ、新入生だよね? シニア級とかじゃないよね?」
「トゥインクルシリーズと比較しても……速過ぎないか?
俺らの聞き違いとかない?」
「直接対決は正直勘弁したいな……
勝てるビジョンが思いつかないぞ」
トレーナー陣の間が更に騒がしくなる。
え、なに、あの怪物。他の子突き放し過ぎて、大差どころじゃなかったぞ。
やはり、例のウマ娘が育てたとあって、尋常じゃない実力だと認識できた。
殆どのトレーナーから直接対決を避けたいと思わせるくらいには、強い。
笠松を盛り立てるスター候補と呼ばれるだけはある。
「……さて、次は芝の1200だな」
余裕綽々の様子のフジマサマーチ。
体力面にも問題なく、先のは流しで走ったとでもいわんばかりである。
その裏付けとして、芝を走る余裕も十分に残している。
その様相を目にした者たちは、恐れおののくしかない。
オグリキャップも武者震いが隠し切れずにいた。
「……あれが、今の笠松の頂点か」
「はわわわ、重賞のレコード記録並のタイムだよ。オグリちゃん。
入学トップだって聞いてたけど、あんなに速いだなんて……
凄いウマ娘も居るんだね」
「……よし、宣戦布告してくる」
「ちょっと待って!?
喧嘩売りに行く流れじゃないよね!?
お願いだから、私を巻き込まないで!
あ、ちょっ、視界に入っちゃう!!」
フジマサマーチ。
彼女の走りに感化された者は多い。
ある者は挑戦状を叩きつけに。
ある者は憧れを抱き。
ある者は支配を崩し兼ねない存在に警戒を露わに。
ある者はその眩しさにキラキラとした感情を覚えた。
彼女の走りを見て絶望ではなく、前向きな感情を抱けた者には資格がある。
彼女と同じ舞台に上がれるだけの資格が。
心の底から勝てないと認めてしまった者は、レースでも勝てない。
反対に、憧れや闘志を抱けた者は心の底で勝ちたいという欲求が満ちている証拠だ。
そういった精神面もまた強さの一部。
それはトレーナーにも言えたことで、彼女と対決を避けたいと思った者は、担当ウマ娘をそこまで仕立て上げる覚悟がないと認めているようなものである。
フジマサマーチは強者たちを選別する。
それはウマ娘もトレーナーも問わない。
それが彼女の師の狙いでもあり、素質あるものを見出すための策略でもあった。
「……想像以上に心折れた奴が少ないな~。
うーん、有望な奴らが集まってる証拠だな。悪くない」
選抜レースはスカウトのためだけのレースではない。資格有る者たちを選抜するレースでもある。
想定以上に骨のある生徒たちが多く、指導教員も兼任するウマ娘はその結果に満足していた。
教えるに足るウマ娘たちだ。
根性を見せてくれるだろう。
この中から将来笠松を引っ張る存在が出ることを、彼女は期待している。
ムッシーさん、いつもコメント有難うございます。
K.Lennethさん、まめ猫さん、feruzenさん。錆びた鎌足さん、yutaka110721さん、評価有難うございます。
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