「……なあ、たづな」
「どうされました? 理事長」
「……これ、ヤバくない?」
「ヤバいですね~」
中央トレセン学園──その頂点に立つ理事長。
秋川やよいは、理事長室のソファに腰掛けたまま、テレビ画面から目を離せずにいた。
彼女が見つめる画面の中ではコメンテーターが、今まさに世間を騒がせている話題について熱弁を振るっている。
「地方VS中央 直接対決」
と煽り文句全開のテロップが堂々と映し出される。
「いやぁ、地方から誕生したウマ娘が中央へと挑む。
下剋上の機会が巡って来た、といったところでしょうか。
しかも十名規模での挑戦となりますからね~。
これは史上初の出来事ではないでしょうか」
笠松トレセン。
全国に点在する地方トレセンの一つであり、つい最近までは名前を憶えてる人の方が少ないほどの、田舎のトレセン学園であった。
地方トレセンと云えば、ローカルシリーズが主戦場である。中央とは畑違いであり、生徒の質、設備、環境、どれを取っても中央が勝るのが実情であった。
確かに、大規模な施工工事を実施した話は聞いていた。
最新鋭のトレーニング機器を導入し、優秀なトレーナーを集めていた、そんな噂も耳にしている。
「地方の中では頭一つ抜けるだろう」
秋川やよいも、そう予想していたところだ。
しかし、どうだろう。
一年にも満たない期間でここまで来るとは、一体誰が予想できただろう。
「笠松から輩出された期待の超新星たちが、続々とトゥインクルシリーズへの参加条件を満たしてきてますからね。
中でも注目は、笠松でも“二等星”に数えられるオグリキャップ。
彼女が、阪神ジュベナイルフィリーズへ参加表明をしました。
中央との直接対決に期待が高まります!!」
笠松に誕生した期待の新人たち。
笠松トレセンは世間受けを良くするために、トゥインクルシリーズへの参戦権を得た十傑たちを、星の輝きになぞらえて宣伝していた。
星の輝きが眩いほど、笠松トレセンからの期待も厚いことを示している。
五等星なら、笠松トレセン内で五番目に強い。六等星なら六番目。幼子にも分かりやすい形でランク付けを行っている。
彼女たちは中央でもやっていける程の猛者たちだ。地方レースなら余裕で勝利を攫えるほどに、強い。なんで地方にくすぶってるの? と云えるくらい強い。
そんな笠松から生まれた
そして、笠松が誇るエース格。上から二番目の評価を得ているオグリキャップが、トゥインクルシリーズの華々しい舞台、GⅠレースに出張ってくる。
「……これ、負けたらスポンサー撤退していかない?」
秋川やよいの呟きは、冗談でもなんでもなかった。
「大なり小なり、影響は出るでしょうね~
特に、フットワークの軽い中小企業は乗り換える可能性があります」
中央トレセンにとっても既に看過できない事態となりつつある。
最早、対岸の火事ではいられない。
中央が今の地位を維持できているのは、長年築き上げてきた信頼と、スポンサーや名家からの手厚い支援があったからだ。
中央のウマ娘が広告塔としての価値を持っていたからこそ、盤石の体制を築けた。
だが。
もし、地方トレセンのウマ娘に、全国放送のGⅠで負けるようなことがあれば、話題性抜群の地方の挑戦者に負けることがあれば、イメージダウンは避けられない。
スポンサー企業の撤退も、現実味を帯びてくる。
「……今からでも中央へのスカウトは間に合わないか?」
「理事長も結果はご存知でしょう?
次、電話でも掛けようものなら着信拒否されますよ」
彼女とてただ指を咥えていたわけではない。
笠松から、将来有望な彼女たちを引き抜こうと接触を試みた。
しかし、スカウトは全て失敗。
ついでに笠松の理事長に引き抜き工作がバレて、怒りの電話が届いた。
「いい度胸をしていらっしゃる。
我が校の生徒を無断で引き抜こうとは、貴方たちは虎の尾を踏むのが好きなようだ」
電話越しでも隠し切れない圧が見え隠れしていた。
火に油を注いだといっても過言ではない。
当たり前である。
手塩にかけて育てた生徒を横から掠めとろうなんて真似は言語道断。キレられて当然とも云える。
昔の笠松ならいざ知らず、大規模改修を得て、生徒の質の高さをアピールしたい彼らからすれば、中央の行いはとても褒められたものではない。
「……はあ、考えることが多すぎて頭が痛い」
「心中、お察しします」
秋川やよいは、既に投げ出したかった。
憂慮っ!! とか言う余裕すらない。
笠松トレセンという、突如降って湧いた対抗バ。
挑戦状を叩き付けられており、逃げ道など何処にもない。
それでも放り出さないのは、中央のトップとして責任ある立場だからである。
「……ところで、たづな。
やはり、秘書の辞退を取り消す気はないのか?」
「ええ、既に決めたことですので」
この窮地が迫っている中での、まさかの有能秘書の退職。
秋川やよいに更なる心労が加わる。
胃が痛くなるどころの話ではなかった。
限界を迎えそうになっている。
胃痛薬を服用しなければやってけない。そんなところまで、ストレスが彼女を蝕んでいる。
豪奢な机から胃薬を取り出し、ジャラジャラと喉へ流し込むちびっこ理事長。
実に豪快である。
彼女の苦労は、まだ始まったばかりだった。
◇
「……笠松から誕生した、期待のウマ娘、ねぇ」
「六平さん、気になりますか?」
「ああ、そうだな……」
とあるバーでは、中央トレーナーが集まり、最近の話題を肴に酒を嗜んでいた。
話題はやはり、メディアでも持ちきりの笠松トレセンのことだ。
「笠松にはオレの甥っ子がトレーナーとして勤めててよ。
とてもじゃねえが、他人事で済ませらんねえんだよ」
「それはまた……タイムリーな話ですね」
「しかも、アイツの担当。
阪神ジュベナイルフィリーズに出場する娘ときた。
笠松でも期待を背負ってる、今勢いのあるウマ娘だとよ」
「うわあ……灰色の怪物と噂の」
灰色の怪物。
オグリキャップ
葦毛は走らない。
その定石を打ち壊しつつあるウマ娘だ。
彼女の末脚は尋常ではなく、余りの豪脚にターフに蹄跡が残る程と噂されている。
「北原ってんだが、アイツ。いつの間にそこまでのウマ娘を仕立て上げたんだか……
オレとしても鼻が高いが、若人の成長は早くてついてけねえなぁ」
昔はヤサグレた男だったと云うのに。
時の流れは早いなと実感する六平である。
弟子の成長を喜びつつも、グラスに入った酒を静かに呷った。
愛弟子が中央への挑戦状を携えてやってくる。
そのことが何よりも嬉しいのであった。
しかし、彼は油断していた。
GⅠレースで入着できたら上出来だろう。
そんな彼の予想をぶっちぎりで踏み越えていく。
トゥインクルシリーズを焦土へと化す先兵。
それが彼の愛弟子が育てた——オグリキャップなのだから。
葛葉さん、SYO034さん、ムッシーさん、コメント有難うございます。
hokkaiさん、顎髭さん、さこここさん、グデーリアンさん、評価有難うございます。
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