地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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二十二話 地方を舐めるなよ

 

 

 走るとは、一体なんだろうか? 

 

 地に足つけ、脚を前へと送り出す。

 

 空気を切り裂くようにスピードを出し、地面を蹴り、ひたすら前へと駆ける。

 堅苦しく語るのであれば、こんなとこだろうか。

 

 ウマ娘にとって──いや、ヒトにとっても、走るという行為は極めて当たり前の動作である。

 

 瞬きや息を吐くのと同じように、意識せずとも身体が覚えている。

 

 何気ない動作を何気なく行える。

 それがどれほど尊いことなのかを、普段から意識する者は少ない。

 

 生まれながらに脚に障害を抱えていた者。

 先天的に走れないほど脚が虚弱だった者。

 

 そういった存在にしか、この当たり前の価値観は理解できない。

 

 

 オグリキャップはその価値観を享受できる、数少ない内の一人である。

 

 ウマ娘にとって走ることは、魂に刻まれた本能そのものだ。

 

 彼女は幼い頃からその本能が制限された状態で、幼少期を過ごしてきた。

 

 自らの脚で駆けることも叶わず、ただ画面の向こうで走る姿を眺めるだけの日々。

 同年代の子供たちが駆けまわる姿を遠くから見ているだけだった。

 

 走れない。

 その事実は、彼女の中で確かな羨望と渇きを生んでいた。

 

 だからこそ、母親からの熱心なマッサージを受け、奇跡的に脚が回復したとき。

 

 走れるようになった際の反動は、凄まじいものがあった。

 

 走れるだけで嬉しい。

 走れるだけで楽しい。

 

 走れる。

 

 ただそれだけで、世界が輝いて見えた。

 

 日がな一日走り続けることも苦ではない。

 

 並のウマ娘ならギブアップを宣言するような過酷な練習ですら、彼女にとっては楽しい時間だ。

 

「之を知る者は之を好む者に如かず

 之を好む者は之を楽しむ者に如かず」

 

 知る者より、好む者の方が優れている。

 好む者より、楽しむ者の方が優れている

 

 古来より受け継がれてきた慣用句ではあるが、その更に上があるとするならば。

 

「之を楽しむ者は之を幸せなる者に如かず」

 

 ──楽しむ者より、幸せを感じとれる者の方が優れている。

 

 

 オグリキャップにとって、走ることそのものが幸福である。

 

 走れるという事実が彼女の心を満たし、燃料となり、力へと変わる。

 

 笠松トレセンの中で最も頂きに近いウマ娘として名の知られる彼女。

 

 自らよりも格上のウマ娘と競い、敗れ、己を磨いてきた。

 

 勝利より敗北から多くを掴み取ってきた彼女に言える事はただ一つ。

 

 

 それは──オグリキャップという存在は、疑いようもなく強いということ。

 

 

 ◇

 

 

「さあ! 入場してきました!!! 

 笠松の期待を背負った綺羅星──オグリキャップ!!! 

 笠松魂ここに見参!! 

 地方のウマ娘の思いを背負い、今ターフへと舞い降りました!!!」

 

 実況の声が阪神レース場に響き渡る。

 それと同時に、観客席から爆発的な歓声が上がった。

 

 笠松からも、このレースを一目見ようと大勢の人が足を運んで来ている。

 早朝の列車に揺られ、或いは仕事を休んでまでやってきた者もいる。

 

 地元の応援団、家族連れ、古くからのウマ娘ファン。

 何故か既視感のある二人組もしれっと観客席に紛れ込んでいる。

 

 無論、それだけではない。

 笠松トレセンも、学園総出で応援に来ている。

 

 手作りの横断幕に拙い字で書かれた応援ボード。

 それら一つ一つに、学園生徒たちの思いが積み重なっていた。

 

「オグリちゃ~ん!!! 頑張って~!!」

 

「オグリさ~ん!!! 

 勝ったら一緒に、大盛で有名なご飯屋さん行きましょうね!!!!」

 

「オグリ~ん! 

 うちも全身全霊で応援してるから、思いっきり走ってきてな~!!!」

 

 次々と飛んでくる聞き慣れた声援。

 それに応えるように、オグリキャップは観客席へと顔を向け、ぶんぶんと大きく手を振っている。

 

 ……ついでに、口の端からも涎が垂れている。

 

 いつも通りの平常運転だ。

 中央初戦、しかもGⅠという大舞台だというのに気負いも緊張の欠片も感じさせない。

 

 

「……き、緊張してきた……」

 

「いや、出走するわけでもないのになに緊張してるんですか……」

 

 観客席では北原とベルノライトが並んで座っている。

 ベルノライトは普段通りの落ち着いた様子だが、北原だけは肩に力が入り、今にも死にそうな顔をしている。

 出走する訳でもないのにこの気張りようである。

 

 そんな北原の頬を、ベルノライトがぺちぺちと叩いて緊張をほぐしていた。

 

「……今まで手の届かなかった舞台に担当ウマ娘が立ってるんだぜ? 

 中央初戦、それもGⅠのレースともなりゃあ、緊張しねえ方がおかしいだろ……」

 

 北原の言葉ももっともだ。

 教え子が地方を超えて、中央へと殴り込む。背負っているのは自分一人の期待だけではない。

 笠松という土地、そこに暮らす皆の期待を一身に背負っている。

 

 メディアからも世紀の一戦として持ち上げられている。

 その中心に自身の担当ウマ娘がいる。トレーナーとして、緊張するなという方が無理だというものだ。

 

「北原トレーナー、あんたの育てたウマ娘なんだ。目を逸らすなんて持っての他だ。

 教え子の晴れ舞台なんだから、胸張ってちゃんと見届けてやれよ」

 

 沖野も、彼に声を掛けていた。

 こういう場面で自然と先輩風を吹かせるとは、トレーナーの教育指導を勤めているのは伊達じゃない。

 細かな所で気が利く男である。流石、私のトレーナーを勤めていただけはある。

 

 ……まあ、

 私は最初から心配していない

 

 オグリキャップは笠松が誇る最強角。

 三百人の綺羅星の中から頭角を現し、二等星にまで登り詰めた存在だ。

 

 マーチと共に汗を流し、競い合ってきた日々が、その完成度を物語っている。

 仕上がりも万全。

 領域にも片足突っ込んでいる。

 

 ジュニア級で、ここまでの完成度は滅多に存在しない。

 

 一方、中央のウマ娘たち。

 名家の出で、英才教育も施され、入学から熾烈な競争を勝ち抜いてきた猛者たちばかりだろう。GⅠに出走してくる時点で、上澄みの上澄み。実力は折り紙つきだ。

 

 

 ──だが。

 

 

 

 その視線は、オグリキャップにほとんど向いていない。

 地方出身の肩書が、無意識のうちに評価を下げている。

 油断と慢心が見て取れる。

 

 オグリキャップには警戒の色を示さず、中央同士で互いを牽制し合い、身内を最大の敵と決めつけている。

 

 ……正気か? 

 

 お前ら、本当に正気か? (大事なことなので二回言いました)

 

 お前らの目は節穴なのか? と本気で問いたくなるほどの慢心だ。

 確かに口から涎を垂らし、のんびりと手を振っている姿を見れば、警戒心が鈍るのも分からなくない。

 

 だが、最大の敵を見定めることすらできないとは、レース以前の問題だ。

 

 要注意人物をスルーするとは、いただけない。

 私が見ないうちに、中央も随分と質が下がった。

 

 

 油断大敵。

 

 驕りを見せた者の末路は、いつの時代も決まっている。

 

 地方出身だからといって、軽んじていい理由はどこにもない。

 

 ……ふっふっふ

 

 もっとも、それでも構わない。

 

 相手が油断してくれた方が、勝利を拾いやすいのは確かなのだ。

 

 ウマ娘の世界は結果が全て。

 

 勝ったものだけが正義を名乗れる。

 

 

 

 だから、これだけは言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地方を舐めるなよ

 

 傲岸不遜な態度は、レースでは通用しない。

 

 中央が強いという、固定観念は今日で終わりだ。

 

 古巣だろうと関係ない。

 

 笠松が生んだ怪物が、お前たちの喉笛を容赦なく食いちぎってくれよう。

 

 下剋上を果たし、栄光も、喝采も、全てを笠松が持って行ってやろう。

 

 さあ──オグリキャップ

 

 君の走りで、中央に、そして世間に思い知らせてやれ。

 

 

 




この話にて一編は終了です。
二編目は執筆中ですので、気長にお待ちください。

ここまでの閲覧、有難うございました。

時間が掛かっても、完結まで持っていきます。
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