地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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二十五話 襲来

 

「来ちゃいました♪」

 

 ……そっかぁ、来ちゃったか。

 

 いや、一旦落ち着こう。

 

 君、中央で理事長秘書の仕事に就いてたよね? 

 

 その仕事どうしたの? 

 

「辞めてきましたよ?」

 

 あ、はい。そうですか。

 

 辞めて来たんですねぇ……

 

 え? 引継ぎもしっかりしてきた? 筋を通してきたから問題ない。

 

 ……そうですか。

 なら、心配ないね……

 

 私の目の前には、緑の事務服に身を包んだ女性がいた。

 今朝、トレーナー室へ向かおうとしたら、扉の前で出待ちしていた。

 

 普通にビビった。

 心臓に悪いどころの話ではない。何でここに居るのかとか疑問が出る前に、恐怖を感じた。

 

 私の顔を見るや否や、物凄い笑顔で話しかけてくるし……

 昔から慕われていた記憶はあるけども、ビビるものはビビる。

 顔なじみが職場に出待ちしているとか、ドッキリ番組かと。

 

 にしてもだ。

 

 理事長秘書の仕事を辞めてくるとは、随分と思い切った決断をすると感心してしまう。

 

 

 中央トレセンの理事長はトップオブザトップ。

 その補佐役の秘書を務めるのも、楽な話ではない。コネもそうだが、業務能力がしっかりしていなければ到底務まらない。

 

 あのポジションに就くのも、簡単な訳ではないのだ。その分、待遇面も地方とは比べものにならないだろうに。一体どこに不満があったのだろうか? 

 

「……一応、聞いていいかな?

 なんで辞めて来たの?」

 

「……それは。

 前々から憧れの貴方と、同じ職場で働きたいと思っていまして……」

 

 指をツンツンさせながら、照れたように話す女性。

 絵面だけ見れば実に可愛い。

 仕草も可愛い。

 

 見る者が見れば、卒倒しそうである。

 

 プリティー! 

 キュート! 

 

 同じ職場で働きたい。そう言ってくれるのは勿論嬉しい。

 しかし、幾ら私と一緒に働きたいからって、前職を辞めてまで追っかけてくるだろうか。

 

 私とて今や笠松の重役ポジションに就く身である。

 一瞬、中央からのスパイという単語が脳裏をよぎったのも無理はない。

 

 私だって、そこまで警戒心が薄いわけではない。

 昔からの顔馴染みとは言え、思わず勘ぐってしまう。

 

 

「ち、違います!!! 

 ここに来たのも全部、私の意思ですよ!! 

 笠松の情報を抜き取ろうなんて、そんな浅はかなこと考えてません!」

 

 そう……

 

 ならいっか。(チョロい)

 

「安心して下さい♪ 

 先輩の不利益になるような真似をするつもりは、ありません。

 寧ろ、そんな奴を見掛けたら両手足をへし折ってでも後悔させてやります♪」

 

 うーん、怖い。

 言ってることがバーサーカー並みの発言なんだが……。

 安心できる要素が無い。

 私を慕ってくれるの嬉しいけど、暴走しないかが純粋に心配である。

 

 まあ、彼女も秘書として勤務した経験があるのだし、多少は弁えた行動をしてくれると思うが。

 

 私は彼女から詳しく話を聞いた。

 

 聞けば、笠松にはトレーナーとして志願しにきたようである。

 

 地方のライセンスは秘書業務の合間を縫って勉強し、合格済み。

 笠松のトレーナー採用試験も既に突破している。

 内定も正式に出ているようだ。

 

 最終面接では理事長と顔を合わせるのだが、此処に居るということは問題無しと判断されたのだろう。

 しっかし、前職なんかも質問されただろうに、よく通ったなと思わず感心してしまう。

 

 地方とはいえ、最近の笠松はトレーナー採用も相当に厳しい。

 最近は笠松トレセンも注目を集めているから、余計にだ。

 

 それを易々と突破するあたり、並大抵では成し得ない。

 並々ならぬ覚悟が窺える。

 

 正当な手順は踏んでいるし、私から言うことは特段ない。

 裏でどう考えているかはさておき、これからは共に釜の飯を喰らう仲なのだ。

 

 理事長が許可を出した以上、食って掛かっても無駄なことだろう。

 まあ、昔からの信頼関係を鑑みるに、嘘は吐いていないだろうし。

 

「そうか……これからは同僚か。

 たづなと同じ職場で働くことになるとは思ってもみなかったな。

 これからは宜しく頼むよ」

 

「はい♪ 

 先輩に負けないウマ娘を、私も受け持ってみせますからね♪」

 

 昔、レースでボコボコにした後輩が同じ職場で働く。

 人生、何が起こるか分からないものだ。

 

 あの時、何度私に負けてもめげずに喰らい付いてきたのを覚えている。

 その頃の記憶が懐かしい。

 

 一人だけ私に追いつこうと藻掻いていたたづなの姿は、印象に深く残っている。

 

 前世も含めたら、今までで一番長い付き合いになるのではなかろうか。

 

 何故か私への重たい感情を感じるが、これからは同僚として仲良くやっていきたい。

 

 あ、勿論常識の範囲内でお願いします。

 

 

 ◇

 

 笠松トレセンの練習場。

 トレーナーと担当ウマ娘が、日々切磋琢磨している場所である。

 

 しかしその中に、今日から新たな顔ぶれが加わった。

 

「……ね、ねえ。

 私の見間違えじゃなければ、あのトレーナーバッジを付けてる人。

 幻のウマ娘って呼ばれてた人じゃ……」

 

「私も昔テレビの中継で見たことある……

 名前は確か、トキノ……」

 

 なにやらヒソヒソと生徒が噂話をしている。

 

 そんな周囲を意にも帰さず、笠松へと新たに就任した新米トレーナーは、ビシバシと指導を行っていた。

 

「いい調子ですよ、オルフェーヴルさん♪ 

 その勢いのまま、私に付いてきてくださいね」

 

「……併走しながら指導するとか、正気じゃない余……

 誰か助けて余……」

 

 完全に息が上がっている担当の横で、彼女は余裕の笑みで併走している。

 

 今も「ラストスパートですよ♪ 月影一閃に速度を上げてください♪」と併走しながら指導をするという、離れ業をこなしている。

 

 本格化前とはいえ、才能の片鱗が見えるウマ娘を軽くあしらう姿に、誰もがギョッとしていた。

 

 これには笠松のトレーナー陣もびっくり。

 言葉を失っていた。

 

 併走トレーニングをこなせるトレーナーは、一人では無かった。

 此処にも居たのだ。

 

 秘書として鍛えられた事務処理能力も活かし、書類仕事にも手馴れた様子でこなす新米トレーナー。

 

 秘書からトレーナーへとジョブチェンジを果たし、今は思いきり身体を動かしている。

 

「さ、もう一本坂路行きますよ、オルフェーヴルさん♪ 

 目指す頂きは高いですからね♪」

 

 疲労困憊で若干涙目になっている担当ウマ娘。

 

 それをいい笑顔で無視して、早く走れと催促する。

 

 ——鬼軍曹、駿川たづな。

 笠松トレセンに、また有望なトレーナーが一人増えた。

 

 

 





緑の悪魔 プロフィール

誕生日 5月2日
身長 166㎝
体重 秘密です♪

現役時代はまさに敵なしだと思われていたが、主人公に大敗。
以後、変な執着をみせる。
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