笠松のトレーナー間では、定期的にトレーナー同士の交流会が行われている。
トレーニング理論の共有やレースプランの作成、気性難のウマ娘の扱い方など、その目的は多岐に渡る。
沖野の主導する技術指導交流会も頻度は少なくなったが今でも定期的に催されており、各々が知識の吸収に励んでいる。
トレーナーは資格を取って終わりではない。
寧ろそこからが本番であり、知識や経験を積み重ね、一流のトレーナーを目指していくのである。
そして。
そんな笠松のトレーナー陣営にも新たな顔ぶれが加わった。
駿川たづな。
元々中央トレセン秘書を務めており、かつてはレースの世界でも名を馳せたウマ娘であった。
有名税とでもいうべきか。あまりにも名が知れ渡り過ぎて、中央では尻尾と耳を隠して勤務していたほどである。
そんなウマ娘が笠松トレセンにやってきた。
若くて美人で、書類仕事もお手の物。しかも、担当ウマ娘を直接走りで指導できるほどに、今なお現役の走りを披露してくれる。
そんな彼女を歓迎しない者はいない。
笠松のトレーナーは前向きな姿勢の者が多い。
ウマ娘としても名声を上げており、トレーナーとしても知識と技術の豊富な彼女を、歓迎しない理由がない。
ともすればライバル関係になるかもしれないが、それは己の腕が未熟だったに過ぎない。
心に折り合いをつけて、トレーナー同士で交流できる人格者が多いのも笠松トレセンの魅力である。
「ラストスパートでどうしても踏ん張れない、ですか?」
「ええ。そうなんです。
どうしても最終直線で競り負けてしまうことが多くて……」
「……色々と原因はあるでしょうが、ペース配分が祟ってるのではないでしょうか?」
「ペース配分、ですか?」
「ええ。最後のラストスパートはどの子も脚を残して仕掛けてきます。
私が見た限り、競り勝てないのはスパート前に体力を温存できていないからです。
距離ごとに体力の消耗感を覚えさせること。
それと、ペース間隔を身体に掴ませることも重要だと思いますよ♪」
彼女が赴任してからこのように相談を持ち掛ける者も多く居た。
実際、レースの走り手として活躍していた彼女からの意見は大変貴重だ。
経験に裏打ちされた言葉には、説得力がある。
担当ウマ娘たちでは上手く言語化できない部分も、彼女なら的確にアドバイスすることができる。
トレーナー同士はライバル関係でもあるが、それを理解した上で律儀に対応するあたり、彼女が此処でも慕われてきている証拠である。
たづなが相談に乗っている傍ら。
私と沖野はその様子を遠くから眺めていた。
「……沖野、お前も習うべきことがあるんじゃないか?」
「……え? オレか?」
「トモ触る癖を直す方法とか、聞いてきたらどう?」
「馬鹿なこというなよ。
そんなこと聞いたら、星の彼方まで蹴飛ばされる羽目になっちまう」
声を潜めて講義する沖野に、私は肩を竦めた。
残念なことに、沖野とたづなの仲はあまりよろしくない。
私が沖野と専属契約を結んだ辺りから、彼女はやけに沖野に厳しく当たるようになった。
例えば、私と沖野が二人っきりでいれば沖野だけをきっと睨みつけていくし、
レース後にアイシングをしてもらっている最中でも、鬼の形相でガンを飛ばしていた。
中央に居た頃は沖野のやることなすこと、全てに眼を光らせていたなぁ。
根本的なところで恐らく馬が合わないのだろう。
まあ、気持ちも分からなくもない。
こいつ、トモ触る変態だし。
「……彼女ももう同僚なんだし、少なくとも表面上は仲良くしておかないとね。
しこりを残したまま一生犬猿の仲とか、私は見たくない」
「……だあ、分かってるよ。
あとで行きつけのバーにでも誘って、腹割って話すことにするよ」
それがいい。
たづなも根は優しいのだし、話し合えば表面上は仲良く接してくれるだろう。
私には目茶目茶優しいし。
いや、私だけにって線も十分にあり得るが。
沖野にその優しさが向かないのは、見た目が軽薄だからかもしれない。
ツーブロックは相手にあまりいい印象抱かせないからな。
一旦頭を丸めさせるのも手だ。
「折角だし、私も話し合いの場には付き合おうか?
言い出しっぺは私だし」
「ああ、一応控えておいてくれ。
お前が居れば素直に話を聞いてくれそうだしな。
後は折角だし、彼女の歓迎会でも開いちまうか?」
「それはあり。
仲のいいトレーナー陣も呼んで盛大に歓迎会開こっか。
たづな、お酒好きだし。私が誘えばきっと乗ってくれる筈」
酒、餃子、ラーメン。
たづなの好物三点セットである。
長い時間を共に過ごしていれば、嫌でも好物は覚える。
これさえ用意してれば、喜んで付いてきてくれるだろう。
「バーは二次会に回してね。
一次会は中華料理屋にしておくから。予約先は私に任せなさい」
好みの麺の種類とか、ニラ餃子が好きとか、味の好みも色々把握してるからね。
「おう。お前さんに一任するぜ」
私は良さげな雰囲気の中華料理屋をピックアップして、予約を入れる。
沖野は参加してくれそうなメンツに声を掛けにいった。
北原や柴崎は確定で来るとして……
ライスシャワーのトレーナーとノルンエースのトレーナーも恐らく来るだろう。
他の面々もたづなの歓迎会を開くと聞けば、喜んで参加するはずだ。
笠松は和気藹々とやっていきたいからね。
こうした新人歓迎会なんかも、定期的に開いていきたい。
トレーナー間で友好を深めることは、悪いことではないからね。
◇
その頃。
トレーナー陣が歓迎会を計画している一方で、ウマ娘たちもまた、和気藹々と食事に行く計画を立てていた。
大人だとある程度は気を遣わなければならないが、学生同士なら
これぞ、若者の特権だろう。
「……なあ、これ、私も付いて行かなきゃダメか?」
「……あ、あはは。
今回も一緒に頑張ろうね……」
オグリキャップ、スペシャルウィーク、ライスシャワーの大食い三人衆。
それに加え、いつものように巻き込まれたフジマサマーチとベルノライト。
このメンツとの食事というだけで、嫌な予感しかない。
前回の巨大パフェの惨劇が二人の頭をよぎる。
しかし、今日に限っては新しいメンツが追加されていた。
「……全く、貴様らの晩餐に余を付き合わせるなど、不敬にも程がある」
むすっとしながらも付いてきてくれたウマ娘
——オルフェーヴル
嫌々といった表情であるが、その内心は食事に誘われてご満悦である。
彼女はフジマサマーチが声を掛けて連れて来た。
云わば道連れ要員。
毎回オグリキャップとのお出かけに付き合わされていたマーチは、そろそろ新しい犠牲者が欲しいと考えていた。
賢さSSを誇るフジマサマーチ。
彼女の卓越した頭脳は、何だかんだ言いながらも最終的には付いてきてくれそうなウマ娘をロックオンし、選別することに成功していた。
そうして、此度は食事の席へと引きずり出してきたわけである。
人柱を連れてくるとか、人の心があるのだろうか。
普通に最低である。
ちなみにベルノライトも道連れに賛同していたので、彼女にも責任がないとは言い切れない。
こっちもこっちで、最低である。
「……ふむ、して今日は何処に行くのだ?」
行き場所も何も聞かされていないオルフェーヴルは、当然の疑問を尋ねる。
「今日はですね!
笠松駅に新たにオープンした、土手鍋屋さんに皆で行こうと思ってます!!」
「安心していいぞ。予約は既にしてある。
各々スペシャルメニューのプルスウルトラ盛りを頼んでおいた。
これなら気兼ねなく食べられるぞ」
何だか聞き捨てならない単語が聴こえた気がするオルフェーヴル。
プルスウルトラ盛り?
なんだ、その頭の悪そうなネーミングセンスは??
フジマサマーチとベルノライトは既に達観した顔をしている。
ああ……また頭のおかしな大盛り料理が出てくるのかぁ。
考えるだけで胃が重い。
既に慣れている二人と違い、初参加のオルフェーヴルだけがその恐ろしさを理解していない。
特注サイズの土鍋に天を突く具材の山。
重量6kgオーバーの土手鍋を前に、彼女が絶望の表情を浮かべるまで、残り一時間。
笠松トレセンは、今日も平和であった。
オルフェ「最近出番が多い余」
そういえばコメント欄でドリジャのウミウシ概念を初めて知りました。
トレーニングに失敗した姿がウミウシに似てるとか、一体誰が思い付いたんだろうか……