笠松が激動の日々を迎えてから、初の年越しが訪れた。
この一年は笠松トレセンにとって、間違いなく躍進の年だったと言えるだろう。
地方所属のまま前人未到の中央GⅠ初勝利を成し遂げたオグリキャップ。彼女の一勝が地方と中央に横たわる分厚い壁を粉砕する一撃となった。
オグリキャップの勝利に続くように、笠松所属のウマ娘たちは次々と結果を残していった。GⅡ、GⅢの重賞レースを勝ち抜く者が現れ、世間では少しずつだが笠松の名が浸透しつつある。
フジマサマーチも、世間の認識を改めさせた内の一人だ。
オグリキャップが勝ち星を挙げた翌週のレース——朝日杯フューチュリティステークス
マーチは中央の有力なウマ娘たちを押さえ、これ以上ない形で勝利をもぎ取ってくれた。
笠松トレセンの名は、もはや地方の一学園に留まらない。
中央トレセンと並ぶ、いや、それを凌ぐかもしれない学園として、秘かに語られ始めている。実に良い流れだ。
だが。
だからこそ、気を引き締める必要がある。
勝って兜の緒を締めよ。ノリにノッている時こそ、警戒を怠ってはならない。
油断禁物。慢心は災いの元である。
どこぞのアニメの大罪司教も言っていたことだ。
油断慢心、即ち怠惰と。
中央の二の足を踏むつもりは毛頭ない。
笠松は中央を反面教師に、驕らず、謙虚に、着実に歩みを進めていくつもりである。
……
……
…………
初詣を終えた帰り道。
私とマーチと並んで歩いていた。
「マーチもさ、驕ることなく精進していくんだよ。
そうすれば、更に成長していけるからね」
「……余計なお世話だ」
そっぽを向いて反応する姿は、いつも通りである。
ツンケンとした態度は昔から変わらない。
「耳に
油断も慢心も、とうに切り捨ててるさ」
「ふーん」
「照れちゃって。
マーチは本当に可愛いねぇ」
マーチはぷいっと顔を背けた。
可愛いやつである。
こうして並んで歩くのも随分と久しぶりな気がする。
マーチとの付き合いも、長くなったものだ。
路上でばったりと遭遇したのを皮切りに、私が声を掛けてスカウトしたときのこと。
あの時の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。
いや~、不審者みたいなリアクションされたな~、あの時は。
初手の言葉選びがきっと良くなかったんだろうなぁ。
今思い返しても、身体をこねくり回そうとしてる不審者にしか思えない発言してたしなぁ。
きっとこの記憶は、いつまでも風化することなく脳内に残っているんだろう。
「……あのマーチがここまで大成したもんだ」
私はしみじみと呟いた。
マーチは、相変わらず顔を背けている。
才能に関して言えば、マーチは最上級とは言えない子だった。
ネームド級のウマ娘と比べれば、どうしても一歩劣る。
初期の頃の評価は、そんなものだった。
そんな彼女でも私を信じ、トレーニングを積むことで強くなった。
オグリキャップやスペシャルウィークといった、天賦の才を持つ者たちを追越し、その背中を見せ続けてきた。
一等星を飾るだけの実力を、彼女は血の滲むような努力だけで掴み取ったのである。
私と違う点はそこだ。
才能、環境、体格。産まれた時から何もかもを持った出た私と違い、純粋な努力のみで彼女はここまで来た。
私が天性の天才だとしたら、マーチは努力の天才だった。
大器晩成型という線もあったかもしれないが、私という存在と出会うことで加速度的に成長を遂げた。
私のお陰もあるだろうが、今の実力は彼女自身の頑張りがあってこそ。
「ところでさ、マーチ。
神社へ参拝したとき、何を祈ったの?」
「……さあ、先生には教えないさ」
この愛弟子は……
反抗期を迎えちゃって……
可愛い奴め、このっこのっ。
私はマーチの髪を撫でまわした。
無論、髪が乱れないように優しくである。
うざったそうにするマーチを横目に、私は考える。
マーチの願い事がどうあれ、彼女の実力ならどのレースでも勝ちを狙いに行ける。
それは、例えシニア級が相手だろうとも恐らく変わらない。
しかし、国内ではなく、海外ならどうだろうか?
今のマーチでもタイマン持ち込めば勝利を掴み取れるほど鍛えこんでいる。
とはいえ、海外は日本とは違い、チーム戦が主流だ。
特に欧州レースでは、それが顕著である。
ラビットという存在がいるように、勝つためには手段を選ばない。
勝てばよかろうなのだ! を地でいく連中である。
姑息だとは思わないが、そいつらに自力で勝つためにもまだまだトレーニングを積む必要がある。
私も気を抜いては居られない。
この子を最高のウマ娘に仕立て上げるのが、トレーナーとしての私の使命なのだから。
「……先生」
不意にマーチが立ち止まった。
「……ん? どうしたの?」
マーチが私へと向き直り、少しだけ間を置いた。
やがて、決心したかのように言葉を紡いだ。
「……私は、いつか貴方を追い越すウマ娘になるよ」
それは、真っすぐな瞳だった。
私の走る姿を見て、何かを感じ取ったのか。
或いは超えるべき壁として、私を見据えたのか。
どちらなのかは定かでない。
ただ、彼女が私を思って発した言葉だということは、はっきりと伝わってきた。
「……そっか」
私は静かに笑った。
本当に可愛い弟子だ。
だが、
「簡単に負けてやるほど、私は甘くないよ。師匠越えなんて簡単に許してやらない。
私と勝負の舞台に立ちたければ、もっと実力をつけな」
マーチはその言葉を聞き、悔しそうに唇を嚙んでいる。
まあ、事実なので言い返せないのもあるのだろう。
現役を引退したとはいえ、未だに併走で負けたことはないし。
私は少しだけ、意地悪な笑みを浮かべた。
「マーチがもっと成長して、私に並び立てるくらいに成長を遂げたら——
その時は、全力で相手してあげるよ」
フジマサマーチはまだまだ伸びる。
オグリキャップを始めとして、切磋琢磨できる仲間たちが彼女の周りにはいる。
だから、いつか這い上がってきてほしい。
悔しさをバネに。
弟子という肩書すら超えて。
いつか本気で挑戦してきてくれるのを、私はいつまでも待っているよ。
あとがき
シングレで大杉神社出てたけど、勝負運を高める「勝馬神社」で有名なんだってね。
初めて知ったよ