ウマ娘レース専門の新聞記者、藤井泉介。
彼は、前々から笠松トレセンに静かに期待を寄せていた記者の一人だった。
地方のトレセンが大金を投じて設備を一新する。
その話題が持ち上がった当初は、世間は確かに色めきだっていた。
しかし、時間が経てば人々の関心は直ぐに別の話題へと移る。
時間と共に話題は中央レースへと流れ、地方トレセンの動向など、いつの間にか記憶の片隅に追いやられていった。
だが、藤井だけは違った。
中央のスターウマ娘たちが脚色を浴びる中で、藤井という記者は笠松トレセンの情報に常にアンテナを張っていた。
他の記者が中央の有力ウマ娘の記事を書いている一方で、藤井という男だけは敢えて、笠松の特集記事を何度も編集部へと持ち込んでいた。
「この学園はいずれ、波乱を起こすほどに大きくなるでぇ……」
これまで現場で積み重ねてきた経験がそう告げていた。
記者としての勘と言ってもいいだろう。
世間の関心が毎度の如く中央へと向く中、一人だけ笠松トレセンを追いかけていた藤井。
見た目は沖野と同じで軽薄そうであるがその中身は情熱で溢れていた。
東京勤務であろうとも何度も笠松へと足を運んだ。
周囲からは物好きなやつだと咎められたが、気にも留めなかった。
そして——
笠松トレセンが本格的に台頭し始めてからは、風向きは明らかに変わった。
中央レースに風穴を開けるウマ娘たちが所属する学園として今まで以上に脚光を浴びつつある。
藤井もこれまでの付き合いから密着取材の申出を許可され、校内を自由に出歩ける特別許可証が発行されるほどには友好関係を築けている。
これがモラルに欠けた酷い記者であったならば、門前払いされたところだ。
塩を撒くどころか、塊の岩塩を投げつけられてもおかしくない。
正式な許可を得た上で、初めて訪れた笠松トレセン学園。
現地で見た風景は噂以上のものであった。
新しくなった施設。
整備の行き届いたトラック
何より、そこを利用するウマ娘たちの目つき。
「……こ、これは大分仕上がっとんなぁ」
特別許可証を首からひっさげ、藤井は思わずそう呟いていた。
藤井とて幾度もウマ娘を取材してきた身である。
職業柄、彼女らを一目見れば期待の持てる子かどうかなんてすぐさま見分けることができる。
彼の観察眼からしても、笠松トレセン所属のウマ娘は一際優れているように感じた。
皆が皆、総じてレベルが高い。
「下手したら……中央のウマ娘よりもレベルが高いんちゃうか?」
中央にも引けを取らない。
それどころか、ウマ娘によっては恐ろしいまでの潜在能力を感じさせる子まで混じっている。
はっきり言って魔境である。
中でも、笠松トレセンがプッシュアップしているウマ娘たちは群を抜いている。
笠松トレセンが誇るトップテン
——十芒星と呼ばれるウマ娘たち。
彼女たちの実力は観る者に強そうだと認識させるほど、纏う空気が違う。
地方重賞に出れば、優勝候補の筆頭格。
ひとたびレースに出場すればその期待を裏切ることなく、当然のように勝利を攫って行く。
地方では頭二つ三つ飛びぬけた実力者たちで、藤井の目からしてもその実力は疑いようがなかった。
頂点に立つ二人は、更に異質だ。
これまで出場したレースではレコード記録を樹立し、後続に圧倒的な差をつけウイニングランを飾っている。
纏うオーラも尋常ではなく、その走りには歴史に名を刻んできたウマ娘と同じ風格を感じさせた。
「……ち、地方に居ていいウマ娘のレベルちゃうやろ……」
彼の率直な感想がこれだ。
もうほんと、地方詐欺にも程がある。
お前たちが中央を名乗っても、誰も文句は言わねーよ……
藤井の中でも特に印象に残っている相手。
それは、オグリキャップである。
彼は実際に、オグリキャップが出走するレースを現地で観戦している。
二等星の名を冠する彼女の豪脚は凄まじく、他の出走者たちを歯牙にもかけず、ごぼう抜きしていた。
怪物。
観客の目からも、藤井の目からしてもそう表現せざる負えない。
中央でも簡単にはお目に掛かれない逸材だろう。
それが態々地方に席を置き、世間を圧巻させているという事実に、記者としての興奮を隠しきれなかった。
そして何より。
このオグリキャップより、更に上がいるという事実は彼にとっては信じ難かった。
そんな逸材たちを抱える笠松トレセン。
藤井は、己の目は間違っていなかったと改めて確信した。
◇
プールトレーニングの合間。
トレーナーの許可を得て、息を整えているオグリキャップに藤井は声を掛けた。
「初のGⅠ戦での快勝、おめでとさん
もしよかったら、今後の目標とかとか聞かせてもらえます?」
「そうだな。私の目標は今も変わらない。
……マーチに勝つことだ」
「マーチ?
ああ、フジマサマーチはんのことでっか?」
「ああ。彼女を追い抜かすことが、今の私の目標だ」
プールで何故かごぼごぼと溺れかけていたオグリキャップ。
泳ぐのは苦手なのだろうか?
ともあれ、そんな彼女からの回答である。
フジマサマーチ。
現状、笠松トレセンで最も強いと評されるウマ娘。
藤井もレース映像を見ているが、最初から最後まで出走者に影すら踏ませることなく、勝利をおさめていた。
笠松トレセン内でも人気が高く、先に取材したノルンエースの口からもその名前を耳にしていた。
「いい? 私がマーチの魅力を一から百まで教え込んであげる。先ずは……」
聞いてもないのに、かれこれ二時間は付き合わされた記憶が脳裏に蘇る。
余りの剣幕で断り切れず、ノルンエースから長時間のマーチ語りを聴かせられる羽目になった。
お陰様でたんまりと情報は得られたが。
「私は今まで一度も勝てたことがない。
だか、いずれは追い抜かしてみせる」
オグリキャップがそこまで言う程の相手。
藤井の胸に自然と緊張が走る。
加えて、フジマサマーチのトレーナーはかの伝説的なウマ娘だ。
粗相があれば記者生命にも関わる。
藤井は身だしなみを整え、息を落ち着けた。
これから時代を創るであろうウマ娘と出会える。
緊張もあるが、それを上回る喜びが彼の心を支配していた。
「よっしゃ、気張っていくで~!!」
気合も充分。
彼は意気揚々と次なるインタビュー相手——
フジマサマーチのところへと駆けて行った。
藤井泉介
関西弁が特徴の、眼鏡を掛けたチャラ男風のウマ娘記者。
シンデレラグレイでは中央の話題に飛びついては世論を煽る記事を書きまくっていた。
日本ダービーに出走できなかったオグリキャップをタコが入っていないたこ焼きと評するなど、見出しの付け方は意外にもセンスがある。
今作では笠松トレセンに目をつけて態々遠くから足を運んでいた。
先見の明があり、笠松トレセンをダークホースとして捉えていた。
笠松側もそんな彼を好意的に受け入れており、特別措置で校内許可証を発行するくらいには気に掛けている。
中央トレセンもそうだが、見目麗しいウマ娘しかいない花園に一般人が立ち入るのは中々難しい。
特別許可が下りたのはそれだけ藤井が気に入られている証拠でもある。
ちなみに、無許可で校内に立ち入ろうとすると警備員が雪崩れ込んできます。
オラっ、アポなしで突撃してきた奴はしょっぴいてやるわ!