笠松トレセンはウマ娘レース専門の教育施設である。
学生の学業は勉強がメインなのが一般的ではあるが、ことウマ娘のトレセン学園に至っては走ることがメインとなる。
「……ふむふむ。個人差はあるものの、粗方の生徒はスタートやコーナリング技術は及第点に達したな」
私はターフで整列している生徒たちを見回した。
これまではスタートダッシュやコーナリングに焦点を置いて、指導を行ってきた。
これらの技術はタイムを手っ取り早く縮めるのに有効であるため、生徒たちに重点的に教えていた経緯がある。
無論、他の技術も指導してはいたが、やはりメインの技術は先に述べたものである。
半年以上も継続的に教えていただけあり、ほとんどの生徒が私の目から見ても満足いくレベルに達していた。
しかし、うぬぼれてはいけない。
所詮は数ある技術の一つであり、学ぶべき技術は山のように残っている。
加えて、スタミナや根性といった身体面での能力向上も必要である。
「今日からは趣向を凝らして、坂路コースを走っていく」
私がそう宣言すれば、生徒たちの大半が嫌そうな顔をした。
……まあ、きついもんね。生徒たちの気持ちも理解はできる。
「坂路は心肺機能と筋力強化に、うってつけのコースだ。
お前たちの能力を鍛え抜くために態々新設した。
スタミナとスピードも同時に鍛えられて、一石二鳥だろう」
本格化を迎えていない生徒たちには、少々厳しい内容にはなるだろう。
しかし、将来を見越せば悪くはない。
ウッドチップが敷かれているため、脚への負担も最小限に抑えられている。
坂を駆けあがることで自然と根性も養われ、精神的な強さも身に付く。
中央のレース場には淀の坂といった難所があるが、坂路を走らせることで上り坂を駆けあがる技術を身に付けさせることもできる。
私がマーチをよく坂路コースに放り込むのも、これらのメリットが存在するからだ。
効率性を突き詰めれば、坂路ほど能力向上に適したトレーニングは存在しない。
「……授業の中でも走らせられるのか。
私はいつまで坂路と付き合って行けばいいんだ……」
生徒の一人が静かに沈んでいた。
なんかごめん。
少しいたたまれない気持ちになる。
放課後のトレーニングは本数を少なくするから許してほしい。
「今回は初回だから本数も少なめに設定する。コースも一番優しめの初心者坂路だ。
ただ、体力に自信がある奴は中級者向け、或いは上級者向けに行っても構わない。その分の頑張りは私も認めよう」
中級者、上級者向けは相応の実力がないと、走り切るのも一苦労のコースである。
一般的なウマ娘なら一本走るだけでも音を上げかねない。
そんなコースではあるが、幾人かの生徒は進んで玄人向けのコースを選択している。
マから始まってチで終わる浅葱色のウマ娘もその内の一人だ。
授業でも手を抜かないその姿勢、私は嫌いじゃないよ。
寧ろ大好き。
「往きだけじゃない。復路も脚を意識して帰って来るように。
下り坂を下るのも、練習の内だからな」
下り坂もとて、単に勢いに任せて走ればいいわけではない。
前傾姿勢を保ち、リラックスしたフォームで脚を運べればスムーズに下ることも出来る。
着地を柔らかくすることで衝撃も和らぎ、膝や脚への負担も減る。
「最初の内は走りづらさを感じるだろう。だが、それが普通だ。
私もアドバイスをするが、自分なりにコツを掴むよう意識しながら走れ。
考えて走るのも練習の内だからな」
そう口を出せば、生徒たちは深々と頷いていた。
相変わらず、素直な生徒たちである。
指導側としてもやりやすくて実に助かる。
生徒たちがひいこら言いつつ、坂路を駆けていくのを私は眺めている。
道中でバテそうになっている子には檄を飛ばし、順調に走っている子には更なるアドバイスを送る。
「いいか。
上り坂はスライドを小さくして、その分、脚の回転数を上げて走れ」
「む~り~じゃない!!
音を上げる暇があったら呼吸を入れて、体力を回復させろ」
生徒の質を高めるためにも、多少の困難には直面してもらう。
それが殻を破る切っ掛けになるかもしれないし、ならずとも確実に力にはなる。
私は授業の中でも常に、やった分だけ報われる指導を施しているつもりだ。
レースで勝ち上がれるのはほんの一握り。
その一握りを一人でも多く生み出す為に、今日も生徒たちを厳しく見守っていこうと思う。
◇
「……お、オグリちゃん。
オグリちゃんはどのコースを選ぶの?」
「私か? そうだな……
マーチに負けていられないからな。
私もマーチと同じコースを選ぶぞ」
「……あ、あはは……
やっぱり、そうですよね~」
いつもの如く、対抗心を燃やしているオグリキャップ。
その姿を見て、ベルノライトは「オグリちゃんもいつも通りだな~」と何処か他人事の様に眺めていた。
ライバル宣言をしてからは、何かと競うようにトレーニングに励んでいるのを知っている。
北原と同じチームに加入し、その姿を間近で見ている身としては何ら不思議なことはない。
しかし。
そこへ不意打ち気味に、オグリキャップの言葉が突き刺さった。
「ベルノも一緒に上級者用コースを走るのだろう?
お互い、頑張ろう」
「…………ふぇ?」
偶々近くにいた指導教員もその言葉を聞き、感心したように頷いた。
「いい心構えじゃないか。
北原トレーナーの下で鍛えられた証拠だな。私も感心したぞ」
「ベルノも私と同じチームメイトだからな。
これくらい、当然だ」
何故か化物コースを共に走る羽目になっているベルノライト。
え? 私、一言もそんなこと、言ってないよね???
五十メートルの凶悪な傾斜を持つ坂路コース。
真面に走ったら筋肉痛は免れない。翌日には、地に足ついていられるか分からない。
助けを求めて視線を彷徨わせると、フジマサマーチがグッジョブと親指を立てていた。
坂路仲間が増えて、実に嬉しそうな笑顔をしている。
本当にいい性格をしている。
「……あ、あのぉ。
私なんかじゃ、走り切れないと思うんですけど……」
自分では無理だと小さな抵抗を試みる。
が、当然のように受け流される。
「大丈夫。最初は皆そうだ。チャレンジ精神あってこそ、殻を破れるからな。
さ、遠慮なく上級者坂路を走ってきていいぞ」
「心配するな、ベルノ。
私も隣で走る」
遠くからも「一緒に走ろう! な!!」とラブコールが飛んでいる。
残念なことに、ベルノライトの言い分は受け入れられなかった。
「……く、くそ~!
私だって、やってやるんだから~!!」
「その意気だ、ベルノ。
私と一緒に走りに行こう!」
結局周りに上手く乗せられ、涙目になりながらベルノライトは坂路を駆けあがっていった。
「……若者の成長も早いな~」
その背中を見送りながら、ウマ娘教員である彼女も素直に生徒の成長を喜ぶのであった。
ベルノライト、なんだかんだオグリに付き合わされてる影響か地方レースでも1着を飾る。
周りの比較対象がおかしいだけで、実力はかなり伸びてる。
これには実家もにっこり。