地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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三十話 動き出す極星

 

 私とマーチは、笠松の学園関係者が集まる会議室にて、最終確認を受けていた。

 会議室には理事長を筆頭に、笠松トレセンの中枢を担う者たちが顔を揃えている。

 

「……本当に、意思は変わらないのかね?」

 

 理事長がマーチへと視線を向ける。

 その声色には、問いただすというよりも寧ろ、最終確認の意味合いが強く滲んでいた。

 

 視線を受けたマーチは背筋をただし、堂々とした佇まいで頷いた。

 

「……はい。

 私の意思に変わりはありません。

 海外への挑戦。

 中でも、世界トップクラスの環境である——アメリカクラシックの門を叩く。

 以前から、ずっと考えていたことです」

 

 アメリカクラシック。

 レース大国——アメリカ合衆国

 その地で開催される最最高峰のクラシックレースだ。

 

 ウマ娘人口の多さ、賞金規模、観客の動員数。

 どれを取っても、日本のレースすら霞む規模を誇っている。

 

 かの地ではレベルの高いウマ娘たちが、群雄割拠のように鎬を削っている。

 

 国が主体となってウマ娘レースを支援し、才あるウマ娘を国内外から積極的に募っている。

 クラシックレースにも国際招待枠が設けられており、条件さえ満たせば誰でも参戦可能である。

 出身も経歴も所属も関係ない。

 

 強い者は歓迎される。

 

 かつてはチーム戦が主流のレース体系ではあったが、とあるウマ娘の影響を強く受けて以降、価値観が大きく塗り替わった。

 

 徒党を組んで挑むことは、己の弱さをひけらかしているに過ぎない。

 真に強きものは、個人であろうとも勝利を掴み取る。

 

 その言葉を実際に体現し、有限実行してしまった者が過去に存在したのだ。

 それも、誰の目にも分かる形で。

 

 深く感銘を受けたアメリカでは改革が推し進められ、今では個の力こそが全てといった、弱肉強食が主流となってしまった

 

 そんな魔境へと化した場所に、地方トレセン出身のウマ娘が単身で挑む。

 

 その意味を、この場にいる誰もが理解していた。

 

 それでも尚、フジマサマーチの断固とした決意は変わらない。

 表情には、迷いなど微塵も感じ取れなかった。

 

 彼女にとっても此度の決心は大きな決断となったはずだ。

 

 この決断が、どれほど大きなものであるかを熟知した上でこの場に臨んでいる。

 

 恥じることなく、堂々と胸を張って宣言できる辺り、彼女の精神面も随分と成長を遂げている。

 隣に座る私も、マーチの横顔を覗きながら静かに頷いていた。

 教え子の成長具合に、思わず涙が出そうになってしまう。

 

「君は笠松にとって希望の星のような存在だ。

 そんな君の願いだ。学園側としても、無下にする気はないよ」

 

 理事長の言葉に、上層部の面々も黙って耳を傾けていた。

 彼らもまた、フジマサマーチに対して並々ならぬ期待を寄せ続けてきた。

 

 地方トレセン所属ながら中央ウマ娘たちを下し、GⅠレースの勝利を勝ち取った。

 笠松の名を全国へと知らしめた。

 道を切り拓いたのはオグリキャップだが、笠松の名を全国に刻みつけたのは間違いなく彼女だ。

 

「私は先生から多くのことを学んだ。

 戦術、フォーム、技巧、揺さぶりの技術……

 どれも、私の成長に欠かせないものを授けてくれた」

 

 一言一言を嚙み締めるように、マーチは続けた。

 

「そして、今の私に足りていないのは——強敵との対戦経験。

 己の成長のためにも、私の実力が世界にも通用するのか。

 この身で確かめてみたい」

 

 その言葉は決して勢いだけで出したものではない。

 トレーナーである私と何度も相談を重ね、長い時間を掛けて出した結論だ。

 

 フジマサマーチは以前アメリカへと渡航し、その目でレースを見た時から常に憧れがあった。あの時見た光景が脳裏から離れなかった。

 

 府中以上の熱狂。

 走るウマ娘たちが放つ、むき出しの闘志。

 

 ——かの地で走ってみたい

 ——かの地に集う猛者たちと、鎬を削ってみたい

 ——観客席で観戦するのでなく、己の脚で駆け抜けてみたい

 

 その想いは帰国後も消えることなく、心の中で爛々と燃え盛っていた。

 

 だからこそ彼女は、アメリカのクラシックレースに参戦することを強く望んでいる。

 

「……わかった」

 と理事長は静かに息を吐いた。

 

「君の意思は、随分と固いようだね。

 我々としても、君のバックアップに全力で努めると約束しよう」

 

 理事長としては、国内レースでその強さを示して欲しいところではあったが、本人の意思は何よりも尊重されるべきである。

 

 笠松学園は今、ノリに乗っている。

 そんな中で、世界へ挑戦するウマ娘を輩出するという事実は、計り知れない宣伝効果を生むだろう。

 

 地方トレセンでも世界を目指せる。

 その前例を作る意味は大きい。

 

 彼女の隣にも頼りになるトレーナーがおり、笠松側としても安心して送り出せる。

 何せそのトレーナーも、嘗ては世界に名を馳せたウマ娘なのだ。

 現地での対応に困ることはないだろう。

 

 ならば学園側としてもこれ以上言うことは何もない。

 理事長や上層部を含め、異論は無かった。

 

 学園側からは金銭的な支援や、渡航・滞在の手配、通訳の雇入れ、現地トレセンとの調整等、各方面でのサポートを行う。

 

 世界へ羽ばたける人材が居るのなら、本人の負担が掛からないように全力でバックアップを行う。

 それが、笠松トレセンの出した判断であった。

 

「……メディアへの報道は私も手伝おう。

 我々は君の挑戦を全力で支援すると約束する。

 入用の場合や不安があれば、遠慮なく申し出てくれたまえ」

 

 私とマーチは椅子から立ち上がり、深々と礼をした。

 

 学園側からも許諾を得られた今、おそるるものは何もない。

 手厚い支援を確約してもらった以上、後は私たちの頑張り次第となる。

 

「さあ、善は急げだ。

 メディアにコンタクトを取り、大々的に周知するとしよう」

 

 その言葉で会議室の人間も一斉に動き始めた。

 

 私たちが笠松トレセンの歴史を変える。

 

 新たな一歩を踏み出す。

 その立会人となるべく、彼らはせっせと動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、テレビや新聞の紙面を賑わせる事態が発生。

 

 ネットニュースにも取り上げられ、世間は騒然となる。

 

 中央よりも、ここ最近何かと話題の多い笠松トレセン。

 その学園からの公式声明発表である。

 

 笠松トレセン学園所属ウマ娘

 フジマサマーチ

 

 アメリカクラシックレースへの出走を正式表明

 万全の準備を期し、世界最高峰の舞台へと挑む

 

 

 中央のウマ娘を下し、トゥインクルシリーズへと侵食を開始した笠松トレセン。

 そのトップが世界へ挑戦すると知れ渡り、世間の注目は一斉に笠松へと集まっていた。

 

 

 

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