私とマーチは、笠松の学園関係者が集まる会議室にて、最終確認を受けていた。
会議室には理事長を筆頭に、笠松トレセンの中枢を担う者たちが顔を揃えている。
「……本当に、意思は変わらないのかね?」
理事長がマーチへと視線を向ける。
その声色には、問いただすというよりも寧ろ、最終確認の意味合いが強く滲んでいた。
視線を受けたマーチは背筋をただし、堂々とした佇まいで頷いた。
「……はい。
私の意思に変わりはありません。
海外への挑戦。
中でも、世界トップクラスの環境である——アメリカクラシックの門を叩く。
以前から、ずっと考えていたことです」
アメリカクラシック。
レース大国——アメリカ合衆国
その地で開催される最最高峰のクラシックレースだ。
ウマ娘人口の多さ、賞金規模、観客の動員数。
どれを取っても、日本のレースすら霞む規模を誇っている。
かの地ではレベルの高いウマ娘たちが、群雄割拠のように鎬を削っている。
国が主体となってウマ娘レースを支援し、才あるウマ娘を国内外から積極的に募っている。
クラシックレースにも国際招待枠が設けられており、条件さえ満たせば誰でも参戦可能である。
出身も経歴も所属も関係ない。
強い者は歓迎される。
かつてはチーム戦が主流のレース体系ではあったが、とあるウマ娘の影響を強く受けて以降、価値観が大きく塗り替わった。
徒党を組んで挑むことは、己の弱さをひけらかしているに過ぎない。
真に強きものは、個人であろうとも勝利を掴み取る。
その言葉を実際に体現し、有限実行してしまった者が過去に存在したのだ。
それも、誰の目にも分かる形で。
深く感銘を受けたアメリカでは改革が推し進められ、今では個の力こそが全てといった、弱肉強食が主流となってしまった
そんな魔境へと化した場所に、地方トレセン出身のウマ娘が単身で挑む。
その意味を、この場にいる誰もが理解していた。
それでも尚、フジマサマーチの断固とした決意は変わらない。
表情には、迷いなど微塵も感じ取れなかった。
彼女にとっても此度の決心は大きな決断となったはずだ。
この決断が、どれほど大きなものであるかを熟知した上でこの場に臨んでいる。
恥じることなく、堂々と胸を張って宣言できる辺り、彼女の精神面も随分と成長を遂げている。
隣に座る私も、マーチの横顔を覗きながら静かに頷いていた。
教え子の成長具合に、思わず涙が出そうになってしまう。
「君は笠松にとって希望の星のような存在だ。
そんな君の願いだ。学園側としても、無下にする気はないよ」
理事長の言葉に、上層部の面々も黙って耳を傾けていた。
彼らもまた、フジマサマーチに対して並々ならぬ期待を寄せ続けてきた。
地方トレセン所属ながら中央ウマ娘たちを下し、GⅠレースの勝利を勝ち取った。
笠松の名を全国へと知らしめた。
道を切り拓いたのはオグリキャップだが、笠松の名を全国に刻みつけたのは間違いなく彼女だ。
「私は先生から多くのことを学んだ。
戦術、フォーム、技巧、揺さぶりの技術……
どれも、私の成長に欠かせないものを授けてくれた」
一言一言を嚙み締めるように、マーチは続けた。
「そして、今の私に足りていないのは——強敵との対戦経験。
己の成長のためにも、私の実力が世界にも通用するのか。
この身で確かめてみたい」
その言葉は決して勢いだけで出したものではない。
トレーナーである私と何度も相談を重ね、長い時間を掛けて出した結論だ。
フジマサマーチは以前アメリカへと渡航し、その目でレースを見た時から常に憧れがあった。あの時見た光景が脳裏から離れなかった。
府中以上の熱狂。
走るウマ娘たちが放つ、むき出しの闘志。
——かの地で走ってみたい
——かの地に集う猛者たちと、鎬を削ってみたい
——観客席で観戦するのでなく、己の脚で駆け抜けてみたい
その想いは帰国後も消えることなく、心の中で爛々と燃え盛っていた。
だからこそ彼女は、アメリカのクラシックレースに参戦することを強く望んでいる。
「……わかった」
と理事長は静かに息を吐いた。
「君の意思は、随分と固いようだね。
我々としても、君のバックアップに全力で努めると約束しよう」
理事長としては、国内レースでその強さを示して欲しいところではあったが、本人の意思は何よりも尊重されるべきである。
笠松学園は今、ノリに乗っている。
そんな中で、世界へ挑戦するウマ娘を輩出するという事実は、計り知れない宣伝効果を生むだろう。
地方トレセンでも世界を目指せる。
その前例を作る意味は大きい。
彼女の隣にも頼りになるトレーナーがおり、笠松側としても安心して送り出せる。
何せそのトレーナーも、嘗ては世界に名を馳せたウマ娘なのだ。
現地での対応に困ることはないだろう。
ならば学園側としてもこれ以上言うことは何もない。
理事長や上層部を含め、異論は無かった。
学園側からは金銭的な支援や、渡航・滞在の手配、通訳の雇入れ、現地トレセンとの調整等、各方面でのサポートを行う。
世界へ羽ばたける人材が居るのなら、本人の負担が掛からないように全力でバックアップを行う。
それが、笠松トレセンの出した判断であった。
「……メディアへの報道は私も手伝おう。
我々は君の挑戦を全力で支援すると約束する。
入用の場合や不安があれば、遠慮なく申し出てくれたまえ」
私とマーチは椅子から立ち上がり、深々と礼をした。
学園側からも許諾を得られた今、おそるるものは何もない。
手厚い支援を確約してもらった以上、後は私たちの頑張り次第となる。
「さあ、善は急げだ。
メディアにコンタクトを取り、大々的に周知するとしよう」
その言葉で会議室の人間も一斉に動き始めた。
私たちが笠松トレセンの歴史を変える。
新たな一歩を踏み出す。
その立会人となるべく、彼らはせっせと動き出すのであった。
数日後、テレビや新聞の紙面を賑わせる事態が発生。
ネットニュースにも取り上げられ、世間は騒然となる。
中央よりも、ここ最近何かと話題の多い笠松トレセン。
その学園からの公式声明発表である。
笠松トレセン学園所属ウマ娘
フジマサマーチ
アメリカクラシックレースへの出走を正式表明
万全の準備を期し、世界最高峰の舞台へと挑む
中央のウマ娘を下し、トゥインクルシリーズへと侵食を開始した笠松トレセン。
そのトップが世界へ挑戦すると知れ渡り、世間の注目は一斉に笠松へと集まっていた。