アメリカへと到着した私たち。
近々開催されるレースへ向けて早速トレーニングに励んでいた。
練習場は、現地のトレセンのコースを借り受けて行っている。
「お前さんの名前を出したら、速攻で許可が下りたぞ」とメイが教えてくれた。
通常であれば私設の練習場を借りるのが一般的であるが、使用料も馬鹿にならない。
使用できる時間帯にも制約が設けられる。
だが今回は、地元のトレセン施設をご好意で無料で使わせてもらっている。
おかげで、コース使用料はゼロ。ナイター設備もあるので夜でも練習可能だ。
倹約できて良かったと思う反面、それくらいURAも出し渋らなくていいんじゃないかと思ってしまう。
トレセンの施設を利用できるメリットは非常に大きい。
異国の地とは言え、トレセンを名乗っている以上施設も日本とそう大差ない。
コースやジム、プール、リカバリールームまで一通り揃っている。
流石に新設した笠松ほど充実してはいないが、それでもトレーニングを行うには十分である。
滞在期間中はこれら全てが使い放題。
まさに、至れり尽くせりである。
「ほら、マーチ。
私が圧力掛けていくから、揺さぶられずに走り抜きな」
レースも近いとあって、本番に向けた追い切りを行っている。
マーチの走りに合わせて併走する形で、私が後ろから圧を飛ばす。
圧の掛け方は色々だ。
歩幅を合わせてマーチの後ろにピッタリとくっつき、焦らせる。
真後ろから大きな足音を響かせ、集中力を途切れされる。
後ろ、真横、前へと移動し、四方八方から睨みも利かせることでペースを乱す。
徐々にペースを早くすることで、無意識下のうちにスタミナを削り取る。
——八方睨み
——スタミナグリード
私は勝手にそう名付けているが、要は相手の判断力と体力を同時に削るための揺さぶりである。
こうしたデバフ技術は幾らでも存在している。
私の引き出しにも、これ以上の技術・技巧がぎっしりと詰まっている。
それをマーチへ向けて惜しげもなく浴びせかける。
レースは何が起こるか分からない。
多くのレース経験を積んできた私でも、完全に予測することは不可能だ。
レースに絶対は有り得ない。
不確定要素でどんでん返しが巻き起こる可能性だって、十分にあり得るのがこの世界だ。
だからこそ、勝ちを拾うためにはありとあらゆる状況を想定しなければならない。
追われる側になった時。
周囲に包囲された時。
スタミナが削られ、判断力が鈍ったとき。
私はマーチとの併走で、如何なる場面にも対応できるようトレーニングを施している。
「……はぁ、はぁ……つ、疲れた」
「……流石に体力を削られるねぇ。
ここまで疲労を感じたのは久々だ」
走り終えたマーチは、肩で息をしていた。
その顔には大粒の汗が垂れている。
私の技巧に惑わされることなく、マーチは最後の最後までペースを崩さず走り切った。
良い仕上がりである。
この調子なら例え出走者全員から集中砲火を浴びても、耐え抜けるであろう。
経験を積むことは、何よりも武器になる。
未知を既知に変えるだけでも、大きなアドバンテージを生むだろう。
この調子でドンドンと慣れて、私の技術も吸収して欲しい。
二人してコースを駆ける。
その様子をコースの外から遠巻きで眺めていたアメリカのウマ娘たち。
彼女たちからは、黄色い歓声が上がった。
海外からやって来た私たちが珍しいのもあるのだろう。
ただ、これは純粋なマーチの人気に由来するものだ。
マーチ、アメリカに来ても人気なんだよね。
傍から見ても女受けしそうなビジュアルしているし、性格も男勝りで、刺さる人には刺さる。
笠松でも同様の理由で人気を博していたが、どうやら国を跨いでも変わらないらしい。
マーチがちらりと視線をコース外へと向ける。
その仕草だけで歓声が一際大きくなった。
……ナニアレ怖い。
本人は無自覚だが、熱狂的な信者を現在進行形で量産している。
この調子だと、トレセン中のウマ娘を魅了していそうである。
それは一旦置いておくとして。
その中には、何やら見覚えのある顔があった。
ここはアメリカ。知り合いなんて居ないだろうと高を括っていたが——
どうやら巡り合わせが良いらしい。
彼女たちもこちらをちらちらと伺っている。
今、ちらちら見てたろ? と因縁をつけて絡みにいこうとも一瞬考えたが、即座に棄却した。
マーチの時と同じく、ファーストコンタクトを失敗する未来しか見えなかったからだ。
ここはまともに話し掛けるのが吉である。
休憩がてら、さりげなく声を掛けにいこうと思考を改めた。
この出会いを仕向けてくれたであろう三女神へ感謝の祈りを捧げつつ、私は彼女たちの方へと足を向けた。
…
……
「ハウディ!! お会いできて光栄デース!
ワタシ、タイキシャトルってイイマース!!!」
「あ、あの……
グラスワンダーと申します。
どうぞ、よしなにお願いします」
「……いや、君たち日本語上手いね???」
コース外でこちらを覗いていた二人組。
タイキシャトルとグラスワンダー。
私が近寄れば、日本語で話しかけてくれた。
この積極性も距離の詰め方も、海外の人ならではだろう。
日本人では到底考えられない距離の詰め方だ。
ともあれ、母国語が通じるのは有難い。
休憩時間中、私たちは話に花を咲かせていた。
何故アメリカに来たのか。
日本のレースはどう思うか。
一緒にレース観戦していいか。
と色々と話が弾む。
「あの……
教え子の方は、放っておいて大丈夫なのですか?
随分と賑やかになっているようですが……」
グラスワンダーが遠慮がちに指摘する。
「マーチのこと? 大丈夫だ、問題ない。
マーチは逞しいから、放っておいても大丈夫だよ」
グラスワンダーが心配する先では、マーチが現地の生徒たちに囲まれていた。
欧米らしく、豪快な挨拶を受けている。
この光景をノルンエースが見れば、鼻血を吹き出していたことだろう。
女子同士ならおでこにチューはセーフ。
誰かが言っていた。
話は戻り、話題は進学の話へと移る。
「君たちは確か、日本に留学するんだろう?」
「ええ、そう考えております。
日本の文化に触れるのも好きですので」
「ワタシは日本のターフが性に合ってるので、向こうに行きマース!!!
走りやすさが段違いデース!!!」
これはチャンス。
絶好の機会をみすみす見逃すわけにはいかない。
私はここぞとばかりに笠松トレセンの話を持ち掛けた。
話に乗って笠松に来てくれれば万々歳。
最悪、顔つなぎ程度にはなればいいと思っている。
「笠松では私も教員として指導しているし、全クラスで基礎的な指導を施している。
施設も新しくなって、中央トレセンにも負けない規模だと思う。
気が向いたらでいいから、受験しに来て欲しい」
「……あ、あの? 授業で指導しているって冗談ですよね??
アメリカなら学生が殺到するような話ですよ???」
「いや、事実だけど」
グラスワンダーが困惑した様子であるが、噓は吐いていない。
私が直接生徒に指導を施しているし、最近は補助として、たづなも参加している。
施設も整っているし、コースも充実している。
マーチもアメリカレースに向けて、海外向けに増設されたコースを活用していた。
地面の感触や脚に掛かる負荷も再現されている。
施行工事をしてくれた業者が優秀だった証拠だ。
タイキシャトルは目を輝かせていた。
「いい事聞きマシタ!!
ワタシも、マーチみたいに走れる可能性があるってことデスネ!!!」
と無邪気にはしゃいでいた。
なんだか愛嬌を感じて可愛い。
一方で、グラスワンダーは真剣な面持ちで悩んでいる。
中央を受験予定だったなら、余計な水を刺してしまったかもしれない。
折角なら来てほしい気持ちもあるが、無理強いはしない。
来てくれたらラッキーくらいの気持ちで構えていよう。
私はそう考えることにした。