地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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三十五話 ケンタッキー・ダービー

 

「レーディス&ジェントルマーン。

 さあさあ、今年も始まりました! クラシックの祭典、その第一冠目のレース。

 ケンタッキー・ダービーが!!!」

 

 レースの実況者が、遂に始まるアメリカの祭典。

 国内最高峰のレースである、ケンタッキー・ダービーの開始を告げた。

 

 会場は大盛り上がりであり、観衆のテンションも高い。

 皆、溢れんばかりの声援で出走者となるウマ娘たちを出迎えている。

 

 私はと言えば、出走者のトレーナー専用の特別ルームでレースを観戦するつもりだ。

 とは言え、一人だけではやはりもの寂しい。

 

 ってなわけで、早速知り合ったグラスワンダーとタイキシャトルを連れ込んで一緒に観戦としゃれこんでいる。

 遠征陣が私とメイしか居ないから、席余ってるんだよね。

 

「……もの凄い盛り上がりですね~。

 例年も凄まじいですけど、今年は一段と盛り上がってる気がします」

 

「たしかにそうデスネ! 

 いつにも増して盛り上がってマース!」

 

 観衆たちの盛り上がりは絶好調を迎えている。

 見渡す限りの人の山。

 当たり前の如く満員御礼で、このレース場には延べ二十万人の観衆が詰めかけていると実況者が解説していた。

 

 うーん、流石アメリカ。

 日本よりも総人口が多い分、人入りも激しい。二十万人なんて規模、日本でもそうそうお目に掛かれないんだけどなぁ。

 

「アメリカクラシックレースの第一関門というのもありますが……

 やはり、フジマサマーチさんの人気も影響しているかと」

 

「マーチは大人気デース!! 

 私の友達も、彼女を応援してるって言ってマシター!!」

 

「うーむ、アメリカのレースは初戦の筈なんだけど……

 何故こうも人気なのか」

 

 フジマサマーチ、なんと一番人気である。

 

 これは私も想定外。レース場に来てビックリしてしまった。

 まだアメリカで一戦しか公式レースを走ってないんだが……

 自国のウマ娘すら抑えて一番人気って、おかしいだろ……

 

 情報収集に抜かりがあったのは認めざる負えないが、一体、どこで人気を獲得するに至ったのだろうか。

 

 トレーナーである彼女は人気の原因について心当たりがない。

 が、傍にいるグラスワンダーやタイキシャトルは無論、分かっている。

 

 アメリカのウマ娘レースは、弱肉強食。

 強い者が尊ばれ、人気を集める。

 

 それが例え、異国のウマ娘であっても変わらない。

 

 アメリカではレースが始まる前になると、出走者の過去のレース映像が各テレビ局で公開される。

 そこで注目となるウマ娘の脚質やレース展開などの情報を集め、人気を集計している。

 

 フジマサマーチは朝日杯フューチュリティステークスのGI勝利に加え、全てのレースで圧倒的な着差を叩き出している。

 一度として影を踏ませたレースが存在していない。

 

 これだけでも警戒に値するのだが、なにせ、担当しているトレーナーがトレーナーである。

 

 アメリカのレース史上、最も偉大とされたセクレタリアトを上回る程の傑物。

 彼女のレースを見た者は人生を狂わされると言われるほどにインパクトを残したモンスターウマ娘である。

 

 そんなウマ娘の教え子となれば、期待が集まるのも道理と言える。

 一番人気はなるべくしてなった結果に過ぎない。

 

 異論を唱える者は誰も居ない。

 大統領でさえ、口を挟むことはないだろう。

 

「マーチの様子は……普段と変わりないね。

 本番でも肝が座っているようで先ずは一安心だ」

 

「この溢れんばかりの声援で心を乱さないのは流石ですね。

 明鏡止水。

 私もいずれは目指していきたいものです」

 

 マーチは一番人気に惑わされることなく、落ち着いた様子である。

 これにはトレーナーも一安心。

 狼狽えるようであれば喝を入れる心積もりであったが、その心配は杞憂に終わりそうだ。

 

 

「さあ、間もなく始まります。

 アメリカクラシック、第一の祭典。ケンタッキー・ダービー。

 勝利を掴むのは誰か、今から楽しみですね~」

 

 フジマサマーチ。

 アメリカのウマ娘。

 それから他国からやって来たウマ娘たちも、続々とゲートインしていく。

 

 マーチは他のウマ娘からも話し掛けられていたようだが、距離が遠すぎて聞き取れなかった。

 ひょっとして「調子乗んな!」と言われていたりして。

 どうしてもスペシャルウィークの顔が思い浮かんでしまうのだが、私は結構毒されてるのだろうか? 

 

 まあ、それくらいの安い挑発で心を乱されるようなことはないと信じたいが。

 

「さあ、ケンタッキーダービー、そのレースが……」

 

 ガコンッ!!! 

 

 

 

「今、始まりました!!」

 

 

 

 

 ———ロケットスタート

 ———自制心

 ———先手必勝

 ———トップランナー

 ———一意専心

 

 

「おおっと、フジマサマーチ。

 スタートから一人抜け出したぁああ!! 

 

 速い、余りにも速いスタートダッシュだぁああ! 

 初っ端から差を付けにいっているぞおおお!」

 

 

 

 

 

 フジマサマーチには得意なことが幾つかある。

 

 類まれなる瞬発力もその一つ。

 ことスタートに限れば他の追随を許さない。

 

 最初が肝心だとトレーナーから口酸っぱく教え込まれ、幾度もゲート練習に付き合わされたマーチ。

 

 そのスタートダッシュは研ぎ澄まされ、序盤から他者を大きく引き離しに掛かる。

 

「うーん、スタートはパーフェクトだね。ポジションセンスも良い。

 始まりの一歩目は完璧だ。

 スタートだけに限れば、私よりも早いかもしれないね」

 

「……あそこまで迅速に反応できるなんて」

 

「マーチの反射神経はちょっとおかしいデース!!」

 

 スタートが全てを決める。

 というのは言い過ぎだが、それでもスタートの重要性は変わらない。

 

 ポジション取りだって一足早く陣取れるし、ペース配分を握ることさえ可能となる。

 

 ゴールドシップとかいうスタートダッシュが超ド下手な奴もいるが、始めが良ければ大概のレースは上手く運べる。

 

 その言葉の通りに、マーチは最初で作り出したリーチを上手く使い、徐々にレースを支配している。

 

「マーチの脚質は逃げ。

 本人の気質もあるけど、マークを躱すには丁度いい脚質でもある。

 一番人気だろうと、やることは変わらないね」

 

 逃げという脚質は厄介だ。

 何せ、マークしようにもスタートで上手く逃げられてしまえば打つ手が殆どない。

 脚を使って追い越すくらいしか、手段が残されていないのだから。

 

 その手段も出来る限り使いたくないのが心情だ。

 ラストスパートに備えて脚を貯めたいと考える者が大多数派であり、迂闊に競り合うわけにもいかない。

 

 マーチの場合、スタミナ勝負に持ち込めば、坂路で鍛え上げたマーチとの地力勝負となり、殆どの者には手に負えない。

 

 

 一番人気に推されているフジマサマーチ。

 他のウマ娘からの妨害も予測されていたが、それすら与える隙を見せない。

 

 彼女に挑むには、鉄壁の牙城を切り崩す算段と地力を付けなければならない。

 

 追加とばかりに、マーチが巧みにペース配分を調整し、後続のスタミナを削りに掛かる。

 

 無論、後続への牽制も忘れない。

 

 

 ——スタミナグリード

 ——スタミナイーター

 ——逃げ牽制、先行牽制、差し牽制、追い込み牽制

 ——逃げ躊躇い、先行躊躇い、差し躊躇い、追い込み躊躇い

 

 私がマーチに教え込んだ技術。

 それを巧みに使いこなすことで、後続の体力と集中力をドンドンと削り取っていく。

 

 余りの技巧に、グラスワンダーは顔が引きつっている。

 

「……あれ、どうすれば勝てるんですか?」

 

「え? 

 地力と技術があれば勝てるんじゃない?」

 

 有り得ないくらいの好スタートを決め込み、そこから更にペース配分を支配して後続のスタミナを削りに行くマーチ。

 コーナリングも内ラチスレスレの走行を見せ、速度を落とすことなく駆け抜けている。

 

 こんなん、どないせいちゅうねん!! 

 

 グラスワンダーは叫びたい気持ちを何とか必死に抑え込んでいた。

 

 反対に、タイキシャトルの目は輝いていた。

 マーチレベルのレースを拝めることは早々ない。

 

 彼女のウマソウルもまた、マーチに感化されて活性化しているのだろう。

 豊かなお胸さまを揺らしながら、大はしゃぎでレースを覗き込んでいる。

 

「お、そろそろ見えるんじゃない? 

 グラスワンダー、タイキシャトル、瞬きせずによ~く見ておきな。

 

 あれが“領域”だよ」

 

 彼女と言葉と同時に、マーチの周りの景色がひび割れていく。

 

 それはまるで、始まりの合図であるかのように。

 どんどんと亀裂が拡がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシリッ。

 

 

 

 

 

 ガラスが砕ける寸前のような音がレース場に響き渡り、観客たちの注目が一点に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキッ。

 

 

 

 

 

 

 それはやがて、明確な音を響かせ、観客たちにも可視化できるほどの光景を生み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 固有領域

 

  

 白極星の煌めき〈ポラリス・スパークル〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラスワンダーやタイキシャトル。

 他の観衆たちもフジマサマーチの生み出した領域へと目を奪われている。

 実況者すら本職を忘れて、解説を中断している。

 

 それほどまでの衝撃。

 それほどまでのインパクト。

 

 領域に加えて、これまでのコンボが決まれば勝ちは揺るがない。

 油断も慢心もしていないが、どう転んでもひっくり返せない差が生まれている。

 逆立ちしても結果は変わらないであろう。

 

 トレーナーである彼女が、勝ちを確信するに十分であった。

 

 

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