地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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三十六話 領域の深化

 

 領域

 それは——ウマ娘に宿るウマソウルによって引き起こされる超常的現象である。

 

 常識では到底測りきれない、延長線上の向こう側。

 限界の先の先。己の中に聳え立つ壁を叩き割った者のみが、発現へと至る。

 

 シンデレラグレイの作中では「時代を創るウマ娘が至る」と明言されており、扱えるウマ娘は限られていた。

 

 身に付けるには困難を極めるが、その効果は凄まじいの一言に尽きる。

 

 とある世界軸では、弾丸シュートの異名を持つウマ娘が

「とても言葉じゃ言い表せない程の身体の芯から滾る躍動感」

「生まれ変わったような気分」

 だと豪語していた。

 

 それは誇張でもなんでもない。

 己の内から湧き上がる全能感に加え、平常ではあり得ないほどの圧倒的なパフォーマンスを生み出す。

 それほどまでに、領域は凄まじい効果を発揮するのである。

 

 時代を創るウマ娘しか至れない。

 そう思い込んでしまうのも無理はないほど、領域に至った者と至れない者では顕著に差が出てくる。

 

 ではここで一つ問いたい。

 

 領域を身に付けたら、果たしてそれで終わりなのか? 

 

 答えは否である。

 

 とある指導教員も務めるウマ娘は、授業の最中こう語った。

 

「領域に至ったからと慢心するな。

 ウマ娘であれば努力の果てに、誰しも至れる可能性があるものだ。

 満足してしまえば、そこで成長は途切れる」

 

「いいか。

 領域とは至って終わりではない。

 寧ろ、そこからが本番だぞ」

 

 補助として顔を出していたたづなも、うんうんと頷いていたので信憑性は高い。

 

 領域に至って、半人前。

 身に付けた程度では、何の自慢にすらならない。

 一人前を名乗るどころか、スタートラインに立ったに過ぎない。

 領域を発現できた程度で満足していては、この先の成長は見込めない。

 

 その道を極めたと思っても、道半ばだったなんてことはよくあることだ。

 頂点(てっぺん)どころか、山の中腹にすら達していないことすらあるだろう。

 

 己の限界に幾度も挑戦し、領域を自由自在に扱える。

 瞬きをするように、自然と息を吸うように、いつなんどきでも発現できる。

 

 そこまで至って漸く一人前。

 

 それにも満足せず、ひた向きに研鑽を積むと仮定しよう。

 さすれば、領域への理解は更に深まり、自由度は高まり、相手の領域すら叩き壊すほどの出力を得る。

 

 それは時として、観客の目にすら分かる形で可視化される。

 専門知識を持つトレーナーやただの一般人を問わず、レースを観る者に等しく景色を魅せる。

 

 色彩が変わり、空気が歪み、世界の解像度すら変わる。

 

 そう。

 領域は——深化(しんか)するのである。

 

 

 

 

 

 

「あ、アンビリバボー!! 我々は世紀の瞬間を目にしたのかもしれません。

 こ、この眼に映し出された景色……!! 信じがたいですが、認めるしかありません!!! 

 異国の地より、とんでもないウマ娘がやってきたぞおおおおお!!!」

 

 マーチの領域に目を奪われて、我を忘れていた実況者が興奮しながら喋り出した。

 興奮のあまり、声が裏返っている。

 

 一着を飾ったフジマサマーチ。

 後続との差は圧倒的で、大差の文字が掲示板に表示された。

 

 会場も一時はマーチの領域に呆然とさせられたものの、その光景を目の当たりにしてからは爆発的な歓声を上げていた。

 

 最早勝利にケチを付ける者はいない。

 誰がどう見ても圧倒的な勝利だ。

 

 スタンディングオベーションで勝者を讃え、鼓膜が破けんばかりの喝采と声援が場内を包み込んでいる。

 

「あ、あの景色は……

 かつてのウマ娘が魅せた景色と酷似している」

 と鋭い考察を入れるウマ娘ファンも居たが、そんな呟きは歓声に搔き消されていた。

 

 一般席よりも一段高い場所に設けられたトレーナー専用観覧席では、フジマサマーチのトレーナーも「よかったよかった」と拍手を送っている。

 

「トレーニングの成果を発揮した、良いレースだった。

 これまでの努力が報われたねぇ」

 

 トレーナーである彼女が教え子に、素直に賞賛を送る。

 普段は手放しで褒めることは少ないが、今回ばかりは褒めるに値するレース内容であった。

 

 領域の出力もさることながら、磨き上げた技術・技巧を精一杯発揮していた。

 

 流石マーチ。

 やればできる子! 

 努力は裏切らないって、はっきり分かんだね。

 

 隣の席にて観戦していたタイキシャトルとグラスワンダー。

 想像の斜め上の光景を見せつけられた彼女たちは思う。

 

 やはり、化け物の教え子は化け物なのだと。

 

 トレーナーへと転身し、少しは鳴りを潜めたかと思えばそうではなかった。

 表舞台から姿を消し、田舎で隠居生活でも送っているのだと噂されていたが、違ったのだ。

 

 知らぬ間に英雄豪傑たるウマ娘たちを木端微塵に粉砕してしまう、新星の怪物を生み出していたのだ。

 これには二人して驚くしかない。

 驚きを通り越して言葉を失うしかなかった。

 

 彼女が所属する笠松トレセンがどんな影響を受けているかは定かではない。

 しかし、良くも悪くも、彼女が指導を直接施しているという情報だけでも、計り知れない影響を及ぼしているだろうと推察はできた。

 

 もうこれは二の足を踏んでいる場合じゃねえ! 

 この光景を魅せ付けられてしまえば、中央に入学するか、笠松へ向かうか、なんて迷うまでもない。

 悠長なこと言ってたら席が埋まってしまう。

 

 

「すみません。

 前回の日本留学の件なのですが、是非とも応じさせて頂きたいです」

 

「ハイハーイ!! ワタシもデース!! マーチの走りを見て確信できまシタ!! 

 笠松に行けばワタシも更に成長デキマース!!!」

 

「あ、ホント?? いやぁ、唐突だけど、決断してくれて嬉しいな~。

 とは言え、親御さんには筋を通してね。

 許可貰えたなら笠松にも連絡を通しておくから」

 

 マーチのレースは結果的には彼女らの心にも熱い闘志を滾らせ、笠松へと来る意思を固めさせた。

 これにはトレーナーである彼女もにっこり。

 スカウトが無駄に終わらなかったことに、内心ガッツポーズしている。

 

 海外組の編入枠はこれで埋まった。

 追加の募集は理事長が許可を下さない限り、増員されることもないだろう。

 

 タイキシャトルとグラスワンダー、ギリギリで滑り込みに間に合う。

 

 

 ウイニングランで、マーチが歓声に応えるように遠慮がちに手を振っている。

 この大歓声に慣れていないのか、ややぎこちない。

 

 その姿を眺めながら、此度のレースは得るものが大きかったと彼女は思う。

 有望な二人の取り込みに、レースでの勝利。

 まさに一石二鳥とも云える結果に大満足である。

 

 アメリカでのレースはまだまだ続く。

 けれどこの勝利は、マーチの進む道への弾みとなったことは間違いないだろう。

 

 

 




コメント、評価して下さった方有難うございます。
特に、コメントの方は毎度楽しみに拝見させてもらってます。

ようやっと控えてたイベント事が終わったので、予約投稿の続きが書ける…!


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