日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称、中央トレセン。
全国各地から脚に自信のあるウマ娘が集い、日本のウマ娘レースを牽引していく存在を輩出してきた場所である。
「ウマ娘として産まれたならば、まずは中央を目指せ」
そんな言葉が当たり前のように語られるほど、長きにわたりウマ娘レース界の中心に君臨してきた学園だった。
だが。
今となってはその輝かしい栄光も、徐々に陰りを見せ始めてきた。
特に大きな痛手となったのは、とあるスポンサー企業の撤退であった。
全国に支店を構え、ウマ娘御用達とも云われていた企業
―SPORTS LIGHT
かの企業はこれまで中央の生徒に対して、無償でトレーニング用品やシューズを提供してくれていた。
もちろん、看板商品をPRするという目的もあり、双方にとって利益のある関係、云わばWINWINの関係を構築していた。
しかし、その企業が中央を見限った。
しかも新たにスポンサーについたのが、よりにもよって対抗バである笠松トレセンである。これにより、中央は深刻なダメージを被ることになった。
長年に渡り、大きな恩恵を受けていただけに、撤退による影響はあまりにも大きい。
実は、笠松トレセンにはその社長のご息女が在籍しており、その娘が地方レースで勝ち上がったことに社長が大層喜び、笠松へと乗り換えたという裏話があるのだが、秋川やよいの元にはそんな話は届いていない。
結果として、そのしわ寄せは中央の理事長──秋川やよいに直撃する。
彼女の胃に、もれなくダイレクトアタックが決まったのである。
これにより、常に胃薬を手放せないという事態にも陥っていた。
「い、胃痛……!!
うぅ……たづなぁ~。助けてくれ~」
見た目は幼い容姿の理事長が、ブラック企業顔負けの仕事量をこなしている。
大手企業の動きに追従して離れようとするスポンサーたちを、必死で引き止めていた。
この光景を見れば、笠松側も少しは同情するかもしれない。それほどまでに鬼気迫る勢いで各企業へ奔走しては再考を促していたのだ。
やよいちゃんの心労は、増えていくばかりであった。
しかし、それすらまだ序章に過ぎないことを彼女は知らない。
「猫の手でもいいから、誰か私を助けてくれえええええ!!!」
理事長室では、今日もちびっこ理事長の絶叫が響いている。
「……どうしてこうなったのでしょうね……」
オグリキャップとも同世代のウマ娘。
品のある佇まいを持つ、お嬢様然とした生徒──メジロアルダン。
彼女は窓の外を見つめながら、小さく息を吐いた。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの笠松トレセンに、中央は対抗できていない。
それは―彼女自身にも当てはまることであった。
「驕っていた……と云われてしまえれば、確かにその通りなのでしょう」
熾烈な入学試験を勝ち上がってきた中央の生徒たち。
全国から選び抜かれた才能が集まり、実家も太く、幼い頃から優秀な成績を収めてきた者ばかりだ。
当然ながらプライドも高く、地方の学生など取るに足らない。
そう考える者が大半であった。
だからこそ。
今の現状は、その傲慢が招いた結果だと云われても否定できない。
新たに台頭してきた地方のトレセン学園。
たかが、地方の一学園に、中央が手も足も出ない。
もちろん、中央にも強者はいる。
一線級で活躍するウマ娘は依然として健在であり、彼女たちの活躍により、中央は辛うじてメンツを保てている。
だが、トゥインクルシリーズの三冠に王手を賭けているオグリキャップ。
渡航するや否やアメリカクラシック三冠を達成してしまったフジマサマーチ。
この二人の存在に比べれば、存在感が薄まってしまう。
特にフジマサマーチ。
海外に進出したかと思えば、とんでもない戦績を引っさげて帰国してきた。
意味不明にもほどがある。
一言で言って、頭がおかしい。
というか。
ここ一年の笠松の躍進具合は異常だ。
かの地を中心に、爆発的成長を遂げる者が急増している。大いなる力が働いていると云われても否定はできないほどである。
「中央が押され気味っていうのは、完全に同意だな」
椅子にぞんざいに腰掛けながら、ディクタストライカが頷いた。
彼女は実際に笠松の生徒と直接対決した経験を持つ。
五等星の異名を持つウマ娘との対決であった。
領域を身に付け、自信をつけた。「これで勝てる」と有頂天になっていた。
その天狗の鼻を、いとも容易くへし折られた。
誰の目から見ても、疑いようのない完敗であった。
「今や中央より、笠松の方が話題性抜群だな……」
あの天下の中央すら押しのけて、地方の一トレセン学園が名声を欲しいがままにしている。
昔なら考えられないことである。
ホットな話題が生まれるのが地方という、異常事態。
レース界の中心は中央という常識が、崩れつつある証拠だ。
これが一時的なものなら、まだ巻き返しようがあっただろう。
中央にも未だ優秀な人材が揃っており、今尚レベルの高い人材を確保している。
フェアリーゴッドファーザーを冠する者
若き天才と謳われ、王子様とも呼び声高い女性トレーナー
トレーナー家系として有名な桐生院家のご息女
加えて、将来有望なウマ娘も後続として控えている。
ただ、それは笠松にも云えたことだ。
最近デビューを果たした総大将の看板を背負うスペシャルウィーク。
神算鬼謀の策士、セイウンスカイ。
そして、本格化前から十芒星入りを果たしている次代の怪物―オルフェーヴル。
更に、ダート路線では世界一の育成手腕と名高い沖野が指導するウマ娘や、芝もダートもこなす二刀流の変態が待ち受けている。
笠松での授業を受け、才能を開花させた選りすぐりの猛者たちが待ち受けている。
その層の厚さを考えれば、絶望しかない。
「認めるしかないぜ……
今の中心は中央じゃねえ、笠松にあるってな」
ここに来て、彼女たち中央の生徒は認めざる負えなかった。
今や中央すら差し置いて、笠松が台頭しつつあると事実を。
とういうか、認めるまで遅過ぎた。
もっと早く気づけよ!
此処に鱗滝左近次が居れば、判断が遅いとビンタされていたところだ。
「「はぁ、気が重いぜ(重いですわね)」」
二人して溜息を吐く。
愚痴を吐きたくなるほどに、追い詰められている。
同期のウマ娘たちも皆、完膚なきまでの敗北を経験させられている。
事態を好転させようにも、それを実行できるだけの実力がない。それが何よりも歯がゆかった。
中央トレセンの転落。
この状況に見切りをつけ、一足早く中央からの脱出を図ろうとする動きも水面下では発生していた。
「待っててね……オル! 今お姉ちゃんがそっちに向かうから!!」
「……私たちもヴィブロスの学園に移った方がいいかしら?」
「……僕は賛成。感謝祭のレースを見て向こうの方が進んでるってハッキリした。
出遅れる前に早く向かわないと」
既に編入手続きを進める者もおり、目聡い者は中央からの脱出を図ろうとしている。
優秀なウマ娘が外部に流出しようとしているのだが、その事実を秋川やよいはまだ知らない。
秋川理事長はスポンサー対応に追われており、そちらまで気を回す余裕が無かった。
沈む泥船から一早く乗り移ろうとする者たち。
彼女たちは僅かしかない笠松の編入枠を巡って、熾烈な争いを繰り広げる。
当然、勝ち上がったウマ娘は上澄みも上澄みのウマ娘。
笠松へと編入されることで更に、層が厚くなる。
これぞ負のスパイラル!!
後々になって中央の生徒たちが敵地へと編入している事実を知る秋川やよい。
この事実を知ったとき、彼女の胃にとてつもないダメージが襲い掛かることになる。
過去にしでかしたことを思えば因果応報としか言えないのだが、これには若干同情してしまうレベルだ。
だが現実は非情である。
負の連鎖は、終わらない。
笠松のターンは、まだまだ続いて行く。