地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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五話 とあるトレーナーのお話

 

 

「……てなわけだから、私のトレーナーだったお前には笠松に来て欲しい」

 

 受話器越しに聞こえてくる声は相変わらず尊大な態度であった。

 遠慮という概念を何処かに置いてきたようである。

 

「心配するな。給与面は保証するし、磨きがいのあるウマ娘も入学予定だ。

 中央でいつまで経っても新しいウマ娘をスカウトしないお前のお眼鏡にも適うだろう」

 

「……え? オレの事情って、考慮されないのか?」

 

「お馬鹿! お前に人権があるわけないだろ! 

 中央でくすぶってないで、さっさとこっちに移住しろ! 

 飴を大量に用意して待っているからな」

 

 通話は一方的に切れた。

 

 スマホの画面に映る通話終了の文字を眺めながら、沖野トレーナーは深いため息をつく。

 

 哀れなり。一回り以上歳が離れているというのにこの扱いである。

 大人としての尊厳などどこにも存在せず、教え子から尊敬のその字も感じられない。

 

 尊敬? 

 敬意? 

 そんなものは最初から彼女の辞書には載っていない。

 

「私と知り合ったことは、大災に遭ったのと同じだと思え」とは彼女の言葉である。

 何処ぞの鬼の首領なんだコイツ……

 

 思い返せば、初めての担当ウマ娘が彼女だったのがすべての始まりであった。

 

 新人トレーナーにして、いきなりGⅠウマ娘を輩出してしまい、意図せずして名を馳せ、テレビでも祭り上げられることとなった。

 

 彼の放任主義と彼女の自由奔放な性格が、奇跡的に噛み合った結果でもある。

 

 中央のトレーナーからはバケモノを生み出した元凶として、畏怖と警戒の目を向けられることもしばしば。

 

 彼が担当したウマ娘はたった一人であるというのに、過大評価もいいところである。

 

 本人は正直ずっと戸惑っていたが、結果がすべての世界では弁明など意味を成さない。

 誰もが彼の手腕によるものだと信じ切っている。

 

 彼女風に言い換えるなら出会ってしまったが運の尽き。

 

 その出会いも己の行いによって引き起こされたのだから、自業自得と言って差し支えない。

 

 ウマ娘のいいトモを見ると触らずにはいられない悪癖がつい暴走してしまい、それを抑えきれなかった彼は、許可も取らずに彼女のトモを触りに行ってしまったのだ。

 

「……今まで拝んだことのないレベルの、素晴らしいトモの造りだ。

 筋肉のつき具合も完成されている。

 まるで芸術品みたいだ」

 

「……は? 

 不躾に人の脚を触って、何を品評している。

 いや、待て。何故お前が此処にいる? 

 ……まあ、いい。

 人様の脚を無断で触ったんだ。本来ならセクハラで訴えてもいいところだが、私の要求を呑むなら、勘弁してやろう」

 

「うーむ……この研ぎ澄まされたトモの造り。

 いつまでも眺めていたいくらいだ」

 

「人の話を無視するとは、いい度胸だな~。

 久々にキレちまったよ。フンッ」

 

「い、いたたた! 

 あ、ちょ、待て! ジャーマンスープレックスは洒落になら──」

 

「ぐぎゃあああああ!!」

 

 当時を振り返らなくてもアウトな行動だ。

 ファーストコンタクトは最悪だった。

 

 だが今にして思えば、あれでお互いの距離が一気に縮まったのかもしれない。

 

 彼女の要求も「私のトレーナーになれ」だったのだから人生とは分からないものだ。

 

 まあ、ファーストコンタクトが最悪なのは彼女も同じなので責められない。

 なにせ二人揃って初対面に対する態度で0点を叩き出すので。

 

 この男にしてこのウマ娘あり。

 フジマサマーチがこの場に居れば、そう言葉を漏らしただろう。

 

 ヘアースタイルが気に入らないからと勝手にツーブロックにもされたし、喫煙するなと煙草を取り上げられて、飴を口に突っ込まれた。

 今となっては、いい思い出だ。

 

 しかし、そんな思い出に引っ張られてか、彼女が卒業してからというもの、沖野はトレーナー業に身が入らなくなっていた。

 

 GⅠウマ娘の元トレーナーともなれば逆スカウトも絶えない。

 

 チームを設立しないかと理事長から要請も来たし、彼女の生家から専属契約の打診が来たこともある。

 

 それでも、どうしても初めて担当した彼女の才覚と比べてしまい熱が入らない状態が続いてしまった。

 

 気付けば半年が過ぎていた。

 

 そんな折に来た一本の電話。

 向こうはこちらの状況をすべて把握しており、呆れられもした。

 が事実なので反論できなかった。

 

「……笠松トレセン、か」

 

 中央のライセンスを持つ彼からすれば、地方への移籍はワンランクダウンどころではない。

 

 給与面は保証してくれていたが、仕事のやりがいも周囲の熱量も、全ての面で中央が勝るだろう。

 

 それでも、初めての担当ウマ娘が何やらとんでもないことを企んでいると聞いて胸がざわついた。

 

 愉快犯気質のアイツのことだ。絶対にろくでもないのは確信できる。

 昔から振り回されてばかりだったが、半年も離れてみるとその騒がしさも妙に恋しくなってくる。

 

「中央にも未練はないしなぁ」

 

 身の入らない仕事を続けても、面白くない。

 担当が稼いでくれたおかげで金は腐るほどあり、億り人に今すぐジョブチェンジできるだけの蓄えもある。

 

 お世話になった六平さん

 

 同期のおハナさん、南坂、黒沼

 

 後輩の桐生院や小宮山

 

 彼らには筋は通しておくべきだろうか

 

(最は心配かけさせちまってたしな~)

 

 送別会を開くなら、行きつけのバーがいいだろうか。

 

 ちびっこ理事長には引き止められるかもしれないが、知ったことじゃない。

 中央の人員不足は今に始まったことではないし、チームすら組んでいなかった彼が抜けたところで、穴は小さい。

 

 始まりは一本の電話だったが、今では自然と決心がついていた。

 

「それにアイツが起こす騒動を、間近で見ていた方が楽しいに決まっている」

 

 本人は気付いていないが、知らず知らずのうちに愉快犯的気質が伝搬していた。

 これもそれも担当のせいであったが、彼は気が付かなかった。

 

 心が決まれば、あとは早かった。

 沖野は荷物をまとめ、知人に連絡を取り始める。

 

 まるで、RTA走者のように引継ぎ業務を済ませ、学園関係者への挨拶を済ませる。

 

 そして数日後。

 彼は異次元の速さで辞職届を提出し、メディアにも何も告げず中央を去ることとなった。

 

 

 

 

 沖野トレーナー

 妖怪トモ触りとして、七不思議の一つに数えられた男でもある。

 中等部からとあるウマ娘を支え続け、その才能を開花させた偉大なトレーナーとしてその名を歴史に刻んでいる。

 

 中央から地方へ移ると聞きつけ同期たちは心配したが、最後まで引き止めることはできなかった。

「お前ら、またいつか会おうぜ!」

 そう言って、綺麗に別れたはずだったが数年後。

 とある重賞のパドックで、化け物揃いのメンツを引き連れて中央を蹂躙しに来る。

 

 その姿を見た同期や知人の反応は「やってくれたな、コイツ……」と苦々しいものとなる。

 

 

 




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