地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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六話 動き出す笠松

 

 新生・笠松トレセン学園に向けた準備は、想像以上の速度で進行している。

 

 古びた校舎は壁には年季が入り、床は場所によっては妙に軋むような状態であったが、増築が決定した。

 

 雨が降れば雨漏りを心配するレベルだったが、それも改修される。

 場当たり的な改修ではなく、将来を見据えた拡張工事となる。

 

 校舎にクレーン車と資材運搬トラックが列を成して押し寄せている光景は、なかなかに壮観であった。

 

「入学生の受け入れ人数を増やす」

 その一言に伴って始まった増築ではあったが、教室、寮、トレーニング施設、果てはライブ用の仮設ステージまで話が及んでいる。

 

 つい先日までは、下から数えた方が早い地方トレセンとは思えない変貌ぶりである。

 

 特待生枠も増設が決定した。

 

 これまでは多くて3人しか採らなかった限られた枠も、20人規模まで拡張される。全国の家庭事情に苦しむ逸材にも門戸を開く方針だ。

 

 もちろん、生徒の母数が増えれば、それを支える人材も必要になる。

 事務員、教員、トレーナー、医療スタッフ。

 

 足りないものを数え上げればキリがないが、その点については理事長を筆頭とする上層部が、各地を駆けずり回っていた。

 

 驚くべきは、その行動力だろう。

 私が「そろそろ人員、足りなくなりそうじゃね?」と切り出す前には「もう手配してある」と返ってくることが、しばしばあった。

 

 一体何処から人員を引っ張ってきたのやら。

 やる気スイッチが入った大人たちは実に恐ろしい。

 

 笠松トレセン全体で、前向きな風潮が流れつつあった。

 

「しかし、助かったよ」

 

 いつものソファに腰を下ろしながら、理事長が感慨深げにそう切り出した。

 

「貴方の元トレーナーが、笠松に住み着いてくれると聞いた時は純粋に驚いた。

 しかも、トレーナー指導に一役買ってくれるとは……感謝してもしきれない」

 

 沖野トレーナー

 中央で名を馳せた、あの妖怪トモ触りが笠松にログインした。

 

 中央トレーナーが地方トレーナーへ転籍する。

 それも第一線から身を引いたわけでもなく、現役バリバリのままである。

 

 地方と中央のトレーナーライセンスの取得難易度には、天と地ほどの差がある。

 知識量は言うに及ばず、栄養学、医学、トレーニング理論、怪我への対応、復帰プラン。

 

 あらゆる分野に精通しているのが中央トレーナーであり、地方トレーナーではそこまで対応しきれないのが現実だ。正に、ウマ娘のエキスパートと呼べる。

 

「少々……いえ、かなり変人ではありますが、優秀なのは間違いありません。

 笠松で指導を行っているトレーナーたちにとっても、良い刺激になるでしょう」

 

「はっはっは。心配はしていないよ。

 むしろ、世界でも有数のトレーナーを前にして、今頃は笠松のトレーナーたちが恐縮しているんじゃないかと勘繰っているくらいだ」

 

 その指摘通り、北原や柴崎といったトレーナーたちは、沖野という有名人を前にガチガチに緊張していた。

「お前ら、肩の力抜けよ」と指摘されるくらいには、背筋を伸ばしているらしい。

 

「それに、鍼灸師(しんきゅうし)の安心沢君だったかな? 

 ウマ娘専門の医療を担当してくれる彼女も紹介してくれるとは、君の人脈の広さには感服するばかりだよ」

 

 アプリでも登場していた、安心沢刺々実。

 プスっと秘孔をついて、グッドコンディションやバッドコンディションを齎してきた彼女であるが、この世界では真面に鍼灸師として働いていた。

 

 仮面舞踏会に着けていくようなアイマスクを装着していなければ、目が痛くなるような真っ赤なドレスも着ていない。

 

 あれはあくまでもアプリ内での演出であって、仕事として依頼をこなす彼女の姿は寧ろ勤勉そのものであった。

 

 細かい針を使って身体のツボを刺激し、ウマ娘の持つ本来の自然治癒力を促進する。

 病気や怪我の予防、健康維持に持ってこいの人材である。

 

「お褒めに預かり光栄です。私も一時期は彼女の世話になったことがありますからね。医療全般の知識も豊富ですし、信頼に足る人物ですよ」

 

「頼もしい逸材じゃないか。

 人材の面でも優秀な人が集まりつつあるようで、安心しているよ」

 

 安心沢だけにってか? 

 っはっはっは、やかましいわ! 

 

「それよりも」

 と私は話題を切り替える。

 

「洋芝とダートの件についてですが、理事長はどうお考えですか? 

 私としては海外進出には欠かせないと思っているので、海外向けコースの建設には賛成なのですが」

 

「悩ましいところだね。我々としても意見が割れていてね。

 中央との差別化を図るため、海外レースで活躍できるウマ娘を育てたいという意見は多い。

 しかし、これまでの日本のウマ娘の戦績を考えると、どうしても及び腰になってしまうんだよ」

 

 日本のウマ娘は、海外では通用しない。

 これは長年囁かれてきた問題であり、事実、何度も日本の代表ウマ娘が海外レースに挑戦しては夢破れてきた。

 

 国内と海外とのレベルキャップ。

 それに加え、異国の地であり、食文化も異なり、言語の壁も存在する。

 ストレス要因を挙げればキリがない。

 うちの実家のご先祖様も惨敗したらしいし。

 興味ないけど。

 

「臆してしまう気持ちは理解できます。

 ですが、国内に洋芝や土主体のダートコースが少ないのが日本のウマ娘が勝ちきれない要因の一つです。向こうは地の利があるのに対して、こちらは初めての条件で戦う。

 勝利を掴めないのは当たり前です」

 

 日本に存在する洋芝コースは、北海道にある一コースのみ。

 海外挑戦に向けた対策として、寒冷地での調整は理にかなっているとは言い難い。

 

 ダートも、砂ではなく土が海外の主流だ。土のバ場ともなれば地面が硬質化する分、ウマ娘の脚に加わる衝撃も強くなる。

 

 理事長は黙って聞いていた。

 

「チャレンジ精神なくして、勝利は掴めません。

 URAは海外挑戦を推進する割には、下準備があまりにもお粗末です。

 私としてもここは、どうしても譲れない一線です

 資金調達者の特権として、なんとしてでも認可は下ろしてもらいます」

 

 

「……分かった」

 そう言って、理事長は私を見据える。

 

「反対している者たちは、私が説得しよう。

 日本全体を考えるなら、君の言うとおり、練習場は用意すべきだろう。

 それに、君が勝算もなしにこの話を持ち出しているとは思っていない。

 海外でも猛威を振るった君の言葉を蔑ろにするつもりはないよ」

 

「ご理解、感謝致します。

 ウマ娘は結果が全て。海外レースで勝利をもぎとることで正しさを証明しましょう」

 

「頼んだよ。君の育成手腕にも期待しているからね。

 笠松の飛躍のためにも、私たちは止まってはいられない」

 

 その後も対談は続いた。

 建設予定地の確保、特設ステージ付きのライブ会場の設営、坂路の高低差確認、トレーニングジムの資材搬入方法。

 

 一つ一つ、具体的な話が詰められていく。

 このプロジェクトは笠松の命運を賭けた大計画であり、失敗は許されない。

 

 中央をぶちのめす

 その志のもと、理事長も、私も、そして集まった大人たちも忙しく働いていく。

 

 




ムッシーさん、無名のナニカさん、コメント有難うございます。
ニラさんも、評価有難うございます。

執筆の励みになりますm(__)m
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