地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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七話 ゾーン

 

 

 私は初の教え子となったフジマサマーチを引き連れ、アメリカのレース場へと足を運んでいた。

 

 どうしてこんな事態になっているのかといえば、彼女が放った一言にある。

 

「私は、東海ダービーで頂点を取りたい!」

 

 

 

 ……

 ……え? 

 

 東海ダービー。

 東海地区の覇者を決める地方重賞の一つ。笠松、名古屋を中心としたウマ娘にとっては、確かに一大レースであり、目標として掲げられることも多いのだろう。

 

 実際、これまでの笠松トレセンでは「まずは東海ダービーを目指そう」という指導方針が主流だったらしい。地方トレセンとしては堅実だし、否定する理由もない。

 

 ないのだが……

 

 でも、お前、東海ダービーって……

 もっと上を目指せよぉぉ! 

 

 私の教え子になるのだから、せめて日本ダービーを制覇してやるくらいの意気込みが聞きたかった。

 

 東海地区ってお前……どんだけ狭い地域の覇者になろうとしてんねん! 日本地図で言えば、ほんの一角じゃねぇか! 

 

 最早ツッコミを入れたいレベルである。

 

 フジマサマーチは優秀なウマ娘だ。

 素直で努力家で、頭も切れる。

 しかし、目標設定があまりにも慎ましすぎた。

 

 山の頂上を決めるのはいい。只、登ろうとしている山が富士山どころか弁天山(日本で一番小さい山)なのはいただけない。

 

 笠松は今、生まれ変わろうとしている。

 校舎も増築を始め、新入生の受け入れ態勢も整えつつある。

 

 彼女は、その新生・笠松の第一スターに仕立て上げる予定のウマ娘だ。

 そんな彼女が最終目標を東海ダービーに据えていては非常に都合が悪い。はっきり言って困る。

 

 というわけで、私はフジマサマーチを強制連行することにした。この遠出で、彼女の価値観を塗り替えたいという思惑がある。

 

 随伴者は、私とマーチだけではない。

 沖野トレーナー。

 理事長。

 笠松トレセンのトレーナー数名。

 

 なかなかの大所帯になっている。

 

「なあ、先生」

 

 アメリカの巨大レース場を前に、マーチが首を傾げる。

 

「さっき、先生の銅像が建っていなかったか?」

 

「気のせいだよ」

 

 即答した。

 こらっ、変なところを見るんじゃありません、全く。

 

「それよりも、私たちは、何のためにアメリカのレース場に来たんだ?」

 

 マーチのもっともな疑問に、私は軽く説明する。

 

「ちょうど都合良く、アメリカで一大レースが開催されていてね。

 ケンタッキー・ダービー

 アメリカクラシック三冠の初戦レースだよ」

 

「……ダービー?」

 

「そうそう、マーチ、この前「ダービーを獲りたい」って言ってただろう?」

 

「いや、私は東海ダ──」

 

「ダービー繋がりだよ、マーチ。

 細かいことは気にしてはいけない」

 

 私は無理矢理話を断ち切った。少々強引だったが、致し方無い。

 

 アメリカの本場のレースを目にすれば、心変わりするかもしれない。

 それに、マーチの成長のためにも見て損はない。

 

「欲を言えば、海外レースに目標を切り替えて欲しいとか思ってないからね。

 うん、ホントに。

 

 ……いや、やっぱ海外挑戦しろマーチ」

 

「……話が通じないぞこの人、誰か助けてくれ……」

 

 師匠に向かって、失敬な奴である。

 あとで、私の威厳を教え込まなければ。

 

 私とマーチが軽いコントを繰り広げている間、隣ではトレーナー陣が落ち着かなさそうに周囲を見回している。

 

「お、沖野さん……俺たちまで、こんなVIPルームエリアで観戦していいんですか? 

 場違い感が半端ないんですが……」

 

「おう、気にすんな。向こうのレース関係者が招待してくれたんだ。

 お前らもいずれ海外に挑戦するかもしれないんだし、今のうちに慣れとけ」

 

「そんな無茶な……」

 

「いやはや、アメリカのクラシックともなると、観客数も桁違いだね。

 我々も、いずれはこの地に負けないくらい盛り上げていかねばなるまい。

 そうは思わんかね? 柴崎君」

 

「ははは、仰る通りで……」

 

 アメリカで最も権威のあるレースともあり、観客の動員数も日本とは比べるまでもない。

 観客席は人で溢れかえり、おしくらまんじゅうのように詰め寄せ、今か今かとレース開始を待ちわびている。

 

 地方重賞とは次元が違う盛り上がりだ。

 

 余談だが、ケンタッキー・ダービーの勝者には勝利の勲章として、薔薇の花輪が贈呈されるらしい。

 日本もトロフィー一辺倒は味気ないので、そろそろバリエーションを増やした方がいいと思う。

 勝者には最高級ニンジン詰め合わせとかどうだろう。

 

 

 ◆

 

 

 パドックでの各ウマ娘の披露が終わり、重厚なファンファーレが鳴り響く。

 

 そして──

 ケンタッキー・ダービーが、スタートした。

 

(……やはり、アメリカのウマ娘は体躯が大きい)

 

 身長もそうだが、肩幅、脚の太さ、筋肉の量。パワー勝負になれば、日本のウマ娘に勝ち目はないだろう。

 

 流石、レース大国アメリカ。

 

「マーチ、君は日本基準では背が高いけれど、アメリカンサイズじゃない。

 彼女たちと戦うなら、どう勝ち筋を見つけるか。

 それを考えながら観戦しなさい」

 

「ああ、承知した」

 

 マーチの目は真剣そのものである。

 出走者たちの技術も、作戦も、全て吸収する勢いでこのレースを目に焼きつけている。

 前向きな姿勢には好感が持てる。

 

 指導を始めて、まだ半年。

 しかし、マーチは驚くほど成長を遂げている。

 

 戦術眼は鋭く、頭の中でレース展開を再生できるほど思考速度も速い。

 賢さはSくらいあるんじゃないだろうか? 

 

「なあ、先生」

 中盤に差し掛かったあたりで、マーチが眉をひそめた。

 

「先頭集団のウマ娘から……奇怪な光景が見えたんだが」

 

「あれは、ゾーンだね。

 極限の集中状態で発揮できるウマ娘の固有能力みたいなものかな。

 クラシック初戦なのに、目覚めるのが随分と早い。

 流石、海外。日本の一歩も二歩も、先を行っている」

 

「……私にも習得できるものなのか?」

 

 マーチの問いに、私ははっきりと答えた。

 

「できる」

 ただし、と私は付け加える。

 

「今はまだ、身体が仕上がってないから指導していない。

 身体にも過負荷が掛かるからね。身体が仕上がってからでないと、怪我に繋がりかねない。その分強力だけど、ここぞという場面じゃないと使うのはお勧めしない。

 要は必殺技だとでも思えばいい」

 

 私もゾーンは使える。

 てか、走り始めて3日で使えた。

 

 私のスペックは一体どうなっているのだろうか? 疑問が深まるばかりである。

 

「選ばれし者だけが使える、なんて厨二病的なものじゃない。

 努力と時間を積めば、ウマ娘なら誰でも発現できる。

 マーチにも半年後には教えてあげるよ。それまでは身体作りと技術の研磨に力を入れようね」

 

 マーチは黙ってレースを見つめていた。

 

 彼女の領域は、どんなものだろうか。

 

 稲妻のような領域を持つ者も居れば、宇宙空間で揺ら揺らと漂う領域を持つ者も居る。

 

 紅茶を啜る者も居れば、玉座で佇む者も居る。

 

 人によって千差万別であり、その者の心象風景が領域に反映される。

 

 このレースの子の領域は灼熱のマグマであった。パドックでもこのレースに懸ける熱量が凄まじかったし、燃え盛る闘志が具現化していてもおかしくない。

 

 

 レースは、やがてクライマックスを迎えた。

 

 ゾーンに突入したウマ娘が、常軌を逸した加速を見せる。

 それに呼応するように、観客の歓声が轟音のように響き渡っている。

 

「……これが、世界か」

 

 マーチが小さく呟いた。

 私はその横顔を見ながら言う。

 

「東海ダービーが悪いわけじゃない。

 でも——」

 

 

 

「世界を見た後で、同じ目標を掲げられるかい?」

 

 マーチは、しばらく黙っていた。

 やがて彼女は、真っ直ぐ前を見たまま言った。

 

「私は……もっと上を目指すよ」

 

 よし。

 それでいい。

 

 彼女の心に小さな波紋を起こせただけでも、今回の遠出には価値があった。

 願わくば、今回のレースのような一大レースを目標に掲げて欲しいところだ。

 

「笠松のトレーナーもその目でしっかり認識しましたね? 

 ウマ娘には不思議パワーが詰まっています。

 それを引き出し、レースに勝利を齎すのがトレーナーの務めです」

 

 笠松のトレーナーにも刺激になっただろう。今この瞬間まで、領域を知らなかったトレーナーも居るかもしれない。

 

 だが、心配は要らない。私という協力者もいる。

 私の経験をフィードバックすることで、ウマ娘の領域の発現を手助けすることもできる。

 

「俺たちは……ウマ娘の可能性を、軽視しすぎていたのかもしれない。

 だがよ、こうも滾る光景を見せられちゃ気合が入るってもんよ」

 

 北原トレーナーが拳を握り込み、そう叫んだ。

 沖野のお気に入りらしく、見どころあるトレーナーらしい。

 他のトレーナーたちも、同じ思いだろう。興奮冷めやらぬ者も多い。

 

 私は、そんな彼らを見て満足した。

 

 異国の地を跨いでまで、訪れた甲斐があったものである。

 

 この経験が彼らの成長に役立つことを、私は切に願う。

 

 

 




大知さん、千翼さん、ムッシーさん、コメント有難うございます。
あるかーりーんさん、S.Rapid223_225さん、評価有難うございます。

執筆の励みになりますm(__)m
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