地方トレセンを舐めるなよ!   作:鼻毛王

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八話 技術指導

 

 

 ウマ娘を導く存在。トレーナーの確保は、最優先事項の一つであった。

 

 新入生の増員に併せて、新たなトレーナーの確保が求められる。

 中央のようにトレーナー不足という事態は避けたい。

 

 チームにせよ専属にせよ、形は異なるだろうが、生徒には必ずトレーナーを付ける手筈となっている。

 

 これも中央との差別化を図る措置だ。

「ウチにくれば必ずレースに出走できますよ」と謳い文句を垂れるのである。

 

 新人トレーナーの誘致。

 その役目を背負わされていたのが沖野トレーナーである。

 

 笠松側でも独自に動いていたが、成果は芳しくなかった。

 餅は餅屋。著名なトレーナーである沖野が働きかけた方がトレーナー確保に貢献できる。そう上層部で判断された結果、彼にお鉢が回って来た。

 

 中央トレセンで六年間勤務し、たった一人の担当から規格外の怪物を生み出した張本人。

 

 その実績と人脈を活かし、彼は各地のトレーナー養成施設や関連機関を巡り、人材の発掘に奔走していた。

 

 そして今日。

 笠松トレセンの講堂には、五十名を超えるトレーナー志望者が集まっていた。

 

「……しっかし、思ってた以上に集まったなぁ」

 

 既にライセンスを取得している者、現在取得に向けて勉学に励んでいる者、中央を目指していたが挫折し、新天地を求めてやってきた者。動機は様々である。

 

 事前の面談で、人格面、素行、最低限の能力は確認済みだ。通過率は五人に一人と、中央程ではないにしろ、決して甘い選考ではない。厳格な審査を通過してきた彼らは、笠松のトレーナーに相応しいと認められた人材である。

 

「えー、改めて。今日は集まってくれてありがとう。

 知ってる顔も、初めましての顔もあるな。

 俺は沖野。今日の技術指導講習を務める。

 正直に言うとだな、ここに来てる時点でお前らはもうほぼ内定だと思っていい。

 来年度からは同じ笠松のトレーナーとして働く仲間になるだろう。

 だからまあ……変な遠慮は抜きで、ガンガン質問してくれ」

 

 ざわりと空気が動いた。

 ほぼ内定という言葉に、安堵と緊張が入り混じった表情が広がっている。

 

 定期開催予定のトレーナー技術指導講演会。

 

 その栄えある第一回目が今日であり、同時に内定者を通知する場でもあった。

 

 本題である講演の内容は、座学中心となっている。

 

 無論、教科書通りの内容ではない。

 基礎の応用やウマ娘との付き合い方といった、実務的な面に焦点が置かれている。

 それに加えて、沖野の中央での体験談も交えて知識が共有される。

 

「ウマ娘の育成方針には主に管理主義と放任主義の二つがあるが、どれも一長一短だ。

 担当によってはスケジュール管理されるのがストレスだと感じるやつもいるし、放任し過ぎて不安を抱え込んでしまうやつもいる。

 ウマ娘を担当するにあたっては、相手との相性も見極めながら契約を結んでいくといい」

 

 ウマ娘もやはり個人であり、性格もそれぞれ異なる。

 そんな彼女らに、トレーナー側は柔軟に寄り添っていく必要がある。

 

 大人であるトレーナーの方が精神が成熟している以上、彼女たちをリードしていく立場となる。

 

「契約前は相手のことをよく観察しておけよ。

 性格、価値観、ストレス耐性。そこを見誤ると、どんな才能も潰れかねない」

 

 講義が始まってみれば、彼の教える内容は説得性に溢れるものばかりであった。

 

 これが世間に名を馳せる超一流トレーナーの姿。

 

 集まった面々も真剣な表情で沖野の講演を拝聴している。

 

 

「あとはだな、ウマ娘のトモを見掛けても不用意に触らないことだ。

 もし触るとしても許可を取ってからだ。

 

 いいか、ジャーマンスープレックスを喰らいたくなければ絶対に許可を取るんだぞ」

 

 急に何言ってんだコイツ……

 とトレーナー候補生から視線が突き刺さる。

 

 だが、沖野は割と真面目に話していたりする。

 

 名を馳せるトレーナーともなれば変人しかいないのだろうか? 

 何人かの心の声が奇跡的に一致した瞬間であった。

 

 彼の有難い講習は続く。

 

 特に怪我の予防やトレーニングプランの組み方に関しては、ノートにメモを走らせる者も多かった。

 

 先達の経験は非常に貴重である。

 

 金を支払ってでもこの講習を聞きに駆け付けたいと思う者も、全国各地にいることだろう。

 

 沖野という、雲の上のトレーナーから無料でノウハウが提供される。

 今後、自らの手でウマ娘を担当していく彼らにしてみれば、値千金の価値があった。

 

 休憩を挟み、次は実際にウマ娘を走らせての実地講習となる。

 

 登場するのは勿論、沖野の元担当である。

 

 トゥインクルシリーズから距離を置いているが、彼女はまだまだ現役だ。年を少し重ねた程度で衰えるほど軟ではない。

 

「いいか、インコースが有利なのは常識だが、距離が伸びれば伸びるほど、その差は顕著になる。

 大外と最内。同じスピードで走っても走行距離は雲泥の差だ。

 ここで重要なのはインコースを取れた際、どれだけコースギリギリを攻めていけるかが鍵になる」

 

 1000mを平均60秒で走破すると仮定して、100mで6秒、10mで0.6秒掛かる。

 

 レースで内回りを選択し、40mの距離をカットすることができれば、理論上は2.4秒もタイムを短縮できる。

 

 まあ実際、本番そう上手くはいかない。位置取り争いもあるし、ずっとインコースを陣取れるわけじゃない。

 

「特にコーナーは遠心力の都合上、どうしても外に膨らみやすい。

 外に押し出される分、どうしても走行距離が嵩んじまう。だが、それは相手との差をつける絶好のチャンスでもある」

 

 元担当ウマ娘がお手本を披露する。

 

 内ラチギリギリを走行。

 その距離は50㎝にも満たない。

 

 一歩間違えば衝突の恐れもあるというのに、彼女はペースを落とすことなく平然と走り抜けた。

 

 弧線のプロフェッサーとでも呼べる所業。

 中央のウマ娘でも、彼女ほどコーナーを上手に曲がれる者は先ず居ないだろう。

 

「まあ、あそこまで上手にコーナーを走り抜けろとは言わない。

 だが、あれを参考にコーナーを曲がる技術を身に付けさせるのもレースで勝つ秘訣になってくる」

 

 ぶい! と無言でVサインを送っているウマ娘。

 

 講習を覗きにきた北原や柴崎を始め、この場に集まった者は顎が外れんばかりに驚くしかない。

 なにあの神業。

 

 やはり、中央のトレーナーは担当にあそこまでの技量を要求するのが普通なのだろうか? 苦も無く実践してしまえるウマ娘もウマ娘であるが。

 

 改めて沖野とその担当の異常性を認識しつつも、彼らは必死に脳内へと記憶した。

 

「他にも教えられることは山ほどある。

 定期的に開催する講習以外にも時間が合えば、追加で講習を開いてもいい。

 人の集まり次第だがコイツにもサポートをお願いしといてやるぞ」

 

 その発言にほぼ全てのトレーナーが追加講習の受講を心に決めた。トレーナー養成施設でもここまで有益な情報は掴めないし、実際に目にすることも叶わない。

 

 トレーナー寮は一早く新設され、早期解放されている。

 今回の講習を受講した者の大半は早期の移住を決断し、沖野の下で学ぶ決意を固めた。

 

 重賞を獲れば、その一割の賞金がトレーナー自身に還元される。沖野のようにポンと億を稼ぐことも夢ではない。

 

 自身の給与の為にも、担当ウマ娘の為にも、名誉の為にも、目的意識は人それぞれだが、彼らのやる気は更に熱量を増していく。

 

「お~し、時間も有限だ。次は相手を威圧する方法をだな」

 

 実際に担当を持つ、その瞬間まで彼らの研鑽は続いて行く。

 

 中央と地方のトレーナーの質。その質も、徐々に僅差になっていくだろう。

 

 ウマ娘だけでなく、トレーナーからもスターが誕生することを笠松は待ち望んでいる。

 

 ウマ娘は一人では走れない。トレーナーと二人三脚。

 

 彼らの存在がまた、ウマ娘を更に強くしていくのである。

 

 

 




大知さん、トントロラーメンのトントロ抜きさん、SYO034さん、ムッシーさん、白鞘侍さん、コメント有難うございます。

くるみ饅頭さん、マーミンさん、LiLiptonさん、葉桜骸さん、夜一よいさん、igniz0430さん、評価有難うございます。

お陰様で赤バーまで到達できました。
感謝カンゲキ雨嵐 m(__)m
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