シャルロットを引き上げてから、長くはない道のりを歩くだけで洞窟から抜け出すことができました。
洞窟の中は明るかったとはいえ、やはり晴天の陽光は格別です。
デュランはひさしを作って空を見上げ、アンジェラは肺一杯に新鮮な空気を吸い込みます。
「やっぱり外が一番だな」
「ねぇ、ふたりとも、あれが光の神殿かしら?」
アンジェラが指さす先、遠目に見えるのは立派な石造りの神殿です。
ふっふっふっ、とシャルロットが得意げな笑みを浮かべます。
「あれこそがウェンデルのほこるだいしんでん、ひかりのしんでんでち! あそこでしんかんやおじいちゃんたちが、にちやマナのめがみにいのりをささげ、まよえるこひつじたちに、てをさしのべているでちよ!」
「おまえもあそこに住んでるのか?」
「そうでち。おじいちゃんのおてつだいとかしてるでち」
「そりゃ偉いな」
デュランの口調は幼い女の子に対するものですが、褒められたシャルロットはえへへーと素直に嬉しそうな顔です。
まだまだれでぃーには程遠いわね、とアンジェラがくすりと微笑しました。
「それであんたしゃんたちは、どうしておじいちゃんにあいにきたでち?」
えーっと、おなまえはなんでち?
ウェンデルへの道行き、先頭をてちてち歩きながらシャルロットがくるんと振り返ってデュランとアンジェラに尋ねます。
「デュランだ。オレはクラスチェンジをする方法を聞きに来た」
「くらすちぇんじ? なんでちか、それ?」
「強くなる方法……らしい。よく分からないから聞きにきたんだよ。オレはとにかく強くなりたいんだ」
「つよくなって、どうするんでち?」
「アルテナにいる、紅蓮の魔導師って男を倒す! 絶対に、許せない男なんだ……!」
気軽な質問をしてくるシャルロットに、デュランから鬼気にも似た怒気が漏れそうになります。
その気迫にぴぇっとシャルロットが硬直したため、デュランは慌てて平静を保ちました。
「とにかくだ、倒したいヤツがいるんだよ。そのためにはクラスチェンジでもなんでも、やってやるって話さ」
「ははーん、おとこのぷらいどってやつでちね!」
シャルロットが知った風な口を利きますが、デュランは図星を当てられた顔をします。
「私はアンジェラ。私は……母親から逃げてきてね。これからどうすればいいか、相談に来たのよ」
「ままからにげたんでち?」
「……事情があってね」
滝の洞窟に入る前、デュランにはかいつまんだ説明をしましたが、よくよく省みればアンジェラの旅立ちはなんとも剣呑な経緯です。
アンジェラもこの天真爛漫な少女に、実の母に命を狙われているだとか、イケニエになることを強要されたとか、口にするのは少々はばかられました。
「ぷーん、つまりいえででちか。アンジェラしゃんとんだほーとーむすめなんでちね!」
そんな配慮を知るはずもないシャルロットの無遠慮な言葉に、アンジェラもカチンときます。
「なによ、こっちの事情も知らないで! あんたなんかに、私の気持ちが分かるもんですか!」
「ままがいきてるのに、いえでなんてしちゃうひとのきもちなんて、わかりたくもないでち!」
そういえば、とデュランは思い出します。
洞窟で助けた時、シャルロットは母と父がもういないと言っていました。
そんなシャルロットからすれば、母親が健在なのに自ら離れてしまうなんて、ぜいたくな話に聞こえるのでしょう。
アンジェラの配慮も、両親をなくした辛さも、どちらも知っているデュランが間に入ります。
「よせよ、ふたりとも。おい、シャルロット。アンジェラの事情は込み入ってるんだ。おまえが思ってるより、酷い話だ」
「なんでちか、デュランしゃんはアンジェラしゃんのみかたでちか! ふーん、あつあつでちね!」
「……オレも両親がもういない。だから、母親が生きてるアンジェラをうらやむ気持ち、分かるぜ」
デュランの静かな、しかし真実、羨望を秘めた言葉にシャルロットもアンジェラもはっと顔を上げます。
しかし、共感を示した以上にデュランは何かを言えるわけでなく、途端にしどろもどろになってしまいました。
「えーっと、その、なんだ。だから、人それぞれで違うから、どうこう言うのはやめたほうがいいっていうか……」
そんな幼稚な物言いに、アンジェラもシャルロットもつい吹き出してしまいました。
「いいわよ、言いたいことは分かるわ。そうね、私はまだお母様が生きてるのに……シャルロットの気持ち、分かってあげられなくて、ごめんね」
「……シャルロットも……ままがいきてるってだけで、アンジェラしゃんにしっとしてたでち……ごめんちゃい……」
女の子ふたりが落ち着いた様子に、デュランもふーとひと安心です。
そんなデュランの肩を、アンジェラがぽんと叩きます。
「ごめんね、あんたにも両親のこと、思い出させちゃって」
「どうってことねぇよ」
デュランが努めてぶっきらぼうに返事をして、足を速めます。
こうして、三人はわいわいとウェンデルまで辿り着いたのでした。
ウェンデルは、静かで安らかな雰囲気の街でした。
道行く人々の表情は穏やかで、獣人たちが攻めてくるなんて、誰も想像だにしていないのが良く分かりました。
神官もちらほら見かけて、聖都らしい風景だとデュランは思いましたが、何やら必死の形相で叫んでいます。
「げげっ!? シャ、シャルロットはちょっといま、いないでち!」
神官たちを遠巻きに見かけたシャルロットが、慌ててどこかへ隠れてしまいました。
「シャルロットちゃーん! どこいったのー!」
「司祭様は怒っていないから出ておいでー!」
……神官たちは、シャルロットを探しているようでした。
「……どうする?」
「どうするって……」
アンジェラにささやかれ、デュランが困った顔になってしまいました。
神官に助け舟を出そうにも、シャルロットは逃げ足が達者なようで、すっかり姿が見えません。
「えー、シャルロットって赤い帽子の小さい女の子だろう? ウェンデルに入って来たのを見たぜ」
「本当かい!? ありがとう!」
デュランがいたたまれず声をかけると、神官たちはウェンデルの入り口の方へ駆けていきました。
「……嘘は言ってねぇ」
なにせシャルロットを先頭にしてウェンデルへと来たのですから。
神官たちの背中を見送り、アンジェラがくすりと笑います。
なんだよ、とデュランが口をとがらせます。
「変なところで真面目ね、あなた」
「見て見ぬふりをするのも、なんだか居心地が悪いだろ」
ウェンデルの奥へと進んでいくと、光の神殿へ通じる道が見えてきます。
正面から見ると、白亜の神殿はひときわ荘厳な雰囲気を感じさせます。
ふと、光の神殿に通じる道の、並木の一本に隠れるように赤い帽子が見え隠れしました。
デュランが覗き込むと、シャルロットが座り込んでいます。
「なんだ、こんなところにいたのか。ほら、一緒に光の神殿に行こうぜ」
「……シャルロット、おじいちゃんにだまってでてきちゃったから……きっとおこってるでち……」
デュランとアンジェラが顔を見合わせました。
「さっきの神官は、怒ってないって言ってたけど……」
「……そんなの、ぜったいにうそでち」
それは、そうだろう。
デュランもアンジェラもそう思いますが、このまま黙っているのも正しいとは思えません。
「ねぇ、光の司祭ってあなたのおじいちゃんなんでしょ? パパとママがいなくなって、さらにあなたまでいなくなったら、どんなに悲しむかしら?」
アンジェラの言葉に、シャルロットはうつむき、ズボンをぎゅっと握り締めます。
「きちんと謝りにいきましょう。それに、ヒースさんのことを話さないとダメなんでしょう?」
「そうでち……おじいちゃん、シャルロットだけじゃなくて、ヒースのことも……きっとしんぱいしてるでち!」
「大切な人が、まだ生きてるなら……向き合わなきゃ、だめよ……」
アンジェラは自分に言い聞かせるように、そうシャルロットを諭しました。
まったく、自分は母親から逃げてきたのに。
そんな風に、自分をズルいと思いながら。
「……わかったでち……うう~でもでも、アンジェラしゃん、おじいちゃんがおこったときは、シャルロットをえんごしてほしいでち!」
「ふふ、分かったわよ。ほら」
アンジェラがシャルロットに、手を差し出します。
一拍、きょとんとしたシャルロットが、はっとその手をとって光の神殿へと歩き始めました。
不思議なもので、誰かと手をつないでいるとシャルロットはとても安心しました。
ほんのすこしだけ、光の司祭に怒られる恐怖が和らぐのを感じたのです。
こうして三人が光の神殿へと足を踏み入れます。
すれ違う神官たちが、シャルロットの姿に驚き、声をかけてきますが一様に安心した様子です。
「シャルロットがじぶんでおじいちゃんに、ことのしだいをせつめーするでちから!」
その都度、シャルロットは強がってそう応答します。
デュランとアンジェラに対しても、シャルロットを保護してくれた者たちとして認識して、口々に感謝を述べてくれました。
光の神殿の礼拝堂では、神官たちと威厳のある服装をした老人が執務に勤しんでおりました。
一目で、老人が光の司祭と知れました。
「シャルロット! いったいどこにいっておったのじゃ!」
アンジェラに半ば隠れていたシャルロットですが、光の司祭はすぐに気づいて声を上げます。
「おじいちゃん……ごめんちゃい。でも、でも! ヒースが……ヒースがぁ!」
「落ち着きなさい、シャルロット。ヒースに何があったのじゃ?」
「うーん、えー、たくさんのじゅーじんがヒースをいじめてたから、シャルロットがたすけようとしたらあたまをつかんできて、ヒースがかっこよくたすけてくれたんだけど、へんてこりんなオヤジに、まほうでぐにょ~ん、みょい~ん、って……」
「ど、どういうことじゃ……?」
「あーうー! とにかく、ヒースが、へんてこりんなオヤジにゆーかいされちゃったでち!」
「なに!? なんということじゃ!」
ふと、デュランはアストリアの宿屋の主人が、ヒースが仲良くなった獣人について思い出します。
しかしシャルロットの口ぶりから、獣人全員と穏便な関係を結べていたわけでもないのかと思いました。
そも、アストリアが全滅しているのです。
まずはそのことでしょう。
「光の司祭さんよ、ヒースって人もたいへんな目にあってるようだが、アストリアが燃えた。見た限り、全滅だ」
「なんじゃと!?」
「ビースト兵の仕業だ。ビーストキングダムのヤツらがウェンデルを攻めたがってる。滝の洞窟の結界のおかげで、まだこっちまでやって来ていないようだが」
「おお……なんということじゃ……ガウザー殿……なにゆえ……」
光の司祭は、強いショックを受けた様子で、短くマナの女神へ祈りの言葉をつぶやきます。
村が燃えた事態に、さしものデュランもクラスチェンジの方法を教えてくれと言い出せず、さてどうするかと口を噤みます。
アンジェラも似たようなものでした。
「ごめんね、デュラン、先にわたしから話をさせて!」
そうしていると、デュランの内からフェアリーが飛び出してきました。
「フェアリー、起きてたのか!」
「げげ!? ようせいしゃん!?」
「なんと、フェアリー!」
シャルロットと光の司祭が目を見開いて驚きます。
「司祭様、わたしはマナの聖域からやってきました。世界からマナが減少し、マナの樹が枯れ始めているのです!」
「なんじゃと!? マナの樹が枯れるほどの事態になっておるのか! こ、このままでは……」
「はい。このままではマナストーンから神獣が目覚め、世界が滅びてしまいます」
フェアリーと光の司祭がことの重大さに深刻な顔をしていますが、デュランとアンジェラ、そしてシャルロットはピンと来ていません。
「? 世界が滅びる……? 本当かよ」
「何を呑気に言っておる! おぬしはフェアリーに選ばれたのじゃぞ。おぬしがマナの聖域へ行き、マナの剣を抜かねばならぬのじゃ!」
「はぁ!? おい、フェアリー! 聞いてねぇぞ!?」
光の司祭の言葉に、デュランも自分が渦中の深い場所に立たされているのを理解してしまいました。
「ごめんなさい、この世界のマナが思いのほか少なくて、誰かにとりついていないと消えてしまいそうだったの……あの時、あなたに休ませてもらわなかったらきっと今頃……」
「あ~……分かった! じゃあ、ここまで来ればオレもお役ゴメンでいいだろう? さっさとそっちのじいさんにでもとりついてくれ!」
「それができぬのじゃ。フェアリーはいちど宿主を選ぶと、その宿主が死ぬまで離れることができぬ」
光の司祭があきれたように言いました。
その言葉にデュランはびっくり仰天!
「ふざけんな! あっ、フェアリー! オレにとりついた時、やけに申し訳なさそうだったのって……」
フェアリーが、まさにその時と同じような申し訳なさそうな顔をします。
「待てよ、マナの聖域だかバカの聖域だか知らねぇが、オレは行かないぞ! オレにはやらなきゃならないことがあるんだ!」
「あら、あなた強くなりたいんでしょう? 紅蓮の魔導師を倒すために。だからクラスチェンジの方法を司祭様に教えてもらいに来たんじゃないの?」
「な、なんだよ。そうだよ、オレは強くなりたいんだ」
デュランから言葉を引き出し、フェアリーが光の司祭に目配せをします。
光の司祭が、ひげを撫でながらふうむとデュランを見据えます。
「……やめておけ。おぬしではまだまだ経験不足。とてもクラスチェンジできるレベルではない」
「なんだとぉ!?」
「マナストーンと言う名を、聞いたことくらいはあるじゃろう? 精進を重ね、たゆまぬ努力を経て、マナストーンから秘めたる力を得ることができて、ようやくクラスチェンジは叶うのじゃ」
「なんだよ、クラスチェンジってのは手っ取り早く強くなれる方法じゃなかったのかよ!?」
なかなか身勝手な言い分だ、とデュランを除く全員が思いました。
こほんとフェアリーが咳払いします。
「マナの聖域にある、マナの剣を抜けば、クラスチェンジも思いのままよ。それどころか、マナの剣は世界に存在するどの剣よりも強力なんだから。マナの剣を抜けば、きっとあなたが世界最強の剣士になれちゃうわ!」
「なに!? 本当か!」
このやり取りに、光の司祭は苦笑します。
クラスチェンジや最強の剣士どころか、この世界をすら思いのままにできるというのに、ずいぶんとこの若者に焦点を絞ったした物言いじゃ。
フェアリーの説明を受けて、デュランはたいへん難しい顔になります。
そして、ぽつりとこう言いました。
「……そもそもマナの剣ってなんだよ」