デュランがこぼす根本的な疑問。
マナの剣とはなんなのか。
その疑問に答えてくれたのは、光の司祭でした。
「マナの剣とは、マナの女神様が持つ古き力の象徴じゃ……マナの女神様が、世界を創造した時に用いた『黄金の杖』の仮の形。
マナの剣を手にせし者は、世界を支配しうる力すら与えられると言い伝えられておる。
その剣は今なおマナの聖域の奥深く、マナの樹の根元で秘かに眠っておる……
マナの樹が枯れてしまえば、世界は滅びてしまう。その前に、マナの剣を抜いてマナの女神様を目覚めさせるのじゃ。
さすれば世界をお救いくださり、望みもかなえてくださるじゃろう……」
厳かなその語り口に、デュランは自分が高揚しているのを感じます。
そんな神話や伝説のような話が、手を伸ばせば届くかもしれないというのですから。
信じられるかと言われれば、フェアリーと言う不思議な存在と出会い、世界的な権威である光の司祭が言うのです。
疑いよりも、信用が勝りました。
デュランは拳を掌に打ち付けました。
「よっしゃ! ならオレは、マナの剣を手に入れてクラスチェンジをして、紅蓮の魔導師を必ず倒すぜ! それで、そのマナの聖域ってどこにあるんだ?」
デュランの疑問に、フェアリーが首を振ります。
「マナの聖域はこの世界よりも高次の世界。歩いたり、船で行けるものではないの。聖域のトビラを開くしか方法はないんだけど……」
「だけど?」
「もう、わたしには聖域へのトビラを開くだけの力は……」
残っていない、と言葉尻が消えていくのを察して、デュランは落胆します。
光の司祭も、ふぅむと難しい顔です。
「世界各地には、マナストーンと呼ばれる、神獣が封印された八つの要石がある。マナストーンは必ず、マナが集積するエネルギーポイントに設置されており、膨大なマナを蓄え、またマナの流れを調整する役割を持っておるのじゃ。このマナストーンのエネルギーを解放すると、マナの聖域と現世をつなぐトビラが開かれると伝えられておるが……」
そこまで話を聞いて、デュランがおや、という顔をします。
まるでアルテナの方針のようではありませんか。
「封印されし古代魔法……」
ずっと黙りこくっていたアンジェラが、青い顔でそんな言葉を零します。
フェアリーと光の司祭がたいへん驚きました。
「娘よ、おぬしの名は? どうしてそれを知っておる?」
「……私はアンジェラ。アルテナから来たわ。逃げて、きたの……その、封印されし古代魔法を使うために、お母様に……理の女王に命を捧げろと言われて。アルテナもマナストーンのエネルギーを解放しようとしているのよ」
「馬鹿な!? アルテナが!? いや、ヴァルダ殿がそんな判断を……待て、母親じゃと!? ヴァルダ殿に娘がいたのか!?」
光の司祭は、毎秒ごとで更新される情報に、もはや軽いパニック状態です。
シャルロットも、母親から逃げてきた、という話がそんな過酷な内容だったとは思いもよらず、目を見開いていました。
「……減少するマナを補填する目的だと思ってた。でも、今なら分かる。アルテナもマナの剣を手に入れるつもりなんだわ。マナストーンを占領しようと、世界各国を攻撃しようとしてるのよ。きっと、世界を支配しようと企んでるんだ……でも、でも、お母様がそんなこと、本当にするなんて……私、どうすればいいか分からなくて……だから光の司祭さん、あなたに相談しようと、ここまで来たの……」
「そうか……アンジェラよ、過酷な旅であったじゃろう。しかし、むむむ……世界は想像以上に複雑な様相を呈しておるようじゃ。ビーストキングダムとアルテナ以外にも、ナバールやローラントにも不穏な気配があると聞いている……」
光の司祭が深く溜息をつきました。
「封印されし古代魔法とは、マナストーンのエネルギーを解放するため、かつて使われていた呪法じゃ。古き時代、マナストーンのエネルギーをこの呪法でコントロールしておったと言われておる……しかしその呪法をめぐって利権を奪い合い、世界が戦乱の渦に巻き込まれた。世界が滅亡寸前まで、争ったのじゃ。
生き延びた者たちは、未来で同じ過ちを犯さぬよう、古代魔法を禁断の呪文として、術者が命を落としてしまう呪いを施して封印してしまった……今では知る者がいない、失われた魔法じゃったが……さすがは、魔法王国アルテナ。伝え残しておったか……」
「マナストーンのエネルギーは、別の方法で解放できないのか?」
デュランの疑問に、フェアリーが首を振ります。
「ダメ、そもそもマナストーンのエネルギーを解放しちゃうと、中にいる神獣が復活して、世界がたいへんなことになるよ! アルテナがやろうとしていることは、とっても危険なんだよ!」
「おいおい、それじゃあオレたちが聖域に行くにはどうすればいいんだ!?」
お手上げなのか?とデュランが語気を荒げますが、フェアリーが自分をアピールするように周囲を飛び回ります。
「手段はあるよ! マナストーンの近くには、その属性に応じた精霊たちがいるはずなの。彼らから力を借りることができれば、残されたマナの力で……わたしでも聖域へのトビラを、きっと開くことができるよ!」
「おお、その手があったか! 滝の洞窟が通っておる山脈の奥深くには遺跡が存在する。そこに光のマナストーンが封印されておるのじゃが、光の精霊ウィル・オ・ウィスプは滝の洞窟で見かけた者が多くいる。手始めに、ウィル・オ・ウィスプを探しに、滝の洞窟へ行くがよいじゃろう」
「……つまり八つの精霊を探して世界を旅しなきゃダメってことか?」
デュランが自分なりに今までの話を咀嚼して言葉にします。
フェアリーと光の司祭は、そろってこくりと頷きます。
う~んと腕を組んで悩む仕草をしながら、フェアリーを見上げます。
「なぁ、これってもうクラスチェンジどころの話じゃねぇよな?」
「う、う~ん……そう、かも?」
最初はデュランをノせるために、マナの剣でクラスチェンジ!
などと話していたフェアリーですが、さしものデュランもそんな話ではないと察します。
もう、二度、三度、悩む素振りを経て、デュランはサッパリとした表情で顔を上げます。
「分かった。クラスチェンジでさっさと強くなれないし、マナの剣を手に入れるため旅をしなきゃならない……だったら、武者修行の旅と割り切って行くぜ」
フェアリーと光の司祭が顔を見合わせました。
精霊を集める旅は世界各国を巡ることになります。
過酷な旅になるのは必然で、強さに裏打ちされる必要があるのは確かでした。
ならばこの活力旺盛な若者に託されたのは、悪くないかもしれない。
さて、そうしてデュランの考えがまとまったところで、アンジェラが声を上げます。
「ねぇ、私も連れて行って! マナの剣を手に入れれば、マナの女神が目覚めて、世界に戦争を仕掛けずともアルテナはやっていけるようになるよね?」
アンジェラがすがるようにフェアリーを見上げます。
「きっとマナの女神様なら、この世界をお救いくださるわ!」
フェアリーの言葉に、アンジェラが強い意志をたたえてデュランを見つめます。
「お願い、アルテナがおかしなことになっているのに、私じっとしてられないの!」
「そ、そりゃ……気持ちは分かるが……」
アンジェラの切羽詰まった様子に、デュランは少し逡巡します。
デュランもまた、この旅が過酷になるのは薄々感じています。
この王女様がついてこれるかどうか。
それはアンジェラも察しているようで、食い下がって訴えかけます。
「まだ魔法を使えないけど……これでもアルテナの人間だから、きっとできるようになる! 旅を魔法で助けられるように、必死でやるから、お願い!」
アンジェラの決意の瞳に、デュランはその心を汲んで頷きました。
「……分かったよ。こうなっちまったからには、手は多い方がいい。魔法の強さは、身に染みて分かってるからな……頼むぜ、王女サマ」
その隣で、フェアリーがアンジェラをまじまじと見つめます。
「変ねぇ、あなたとっても魔法の素質があるのに、どうして魔法が使えないのかしら?」
「うむ、ヴァルダ殿の娘というならば、魔法の才能は疑いようがあるまいに」
光の司祭も頷きます。
その言葉に、アンジェラが柳眉をひそめました。
「ねぇ、お母様に娘がいたって本当に知らなかったの……?」
「う、うむ、初耳じゃ……」
アンジェラが暗い声で尋ねる真意を、光の司祭は察しました。
つまり、自分は本当に理の女王の娘であるのか。
……しかし、城の者たちは昔の女王様に生き写しだ、若い頃とそっくりだ、とも言ってくれていたのも覚えています。
一方で、実の娘ではないから、あんなにも簡単に古代魔法で命を代償にしようとしたのかもしれない。
いろんな要素が疑念となって渦巻き、アンジェラは何を信じればいいか分からなくなってしまいました。
「きっとアンジェラにあった魔法の練習ができてなかったんだと思うよ!」
そんなアンジェラに、フェアリーがひとつの指摘をします。
「で、でもアルテナは世界一の魔法国家で……最高級の修行だって……」
「それは、アルテナの人にあった練習の方法だったんじゃないかな。アンジェラのマナが通るパスって……う~ん、この中だと、デュランに似てるように見えるよ」
「はぁ!?」
急に名前を呼ばれて、デュランが素っ頓狂な声を上げます。
「マナが体内を通るパスって、人それぞれに違ってるんだけど人種で傾向があるの。フォルセナの人の形、アルテナの人の形で、かなり違ってるみたいだよ。だから例えば、フォルセナの人がアルテナ流で魔法の練習をしても上手くいかないと思うわ。アンジェラはマナの質も量も相当なものよ。絶対に向いてるのに、魔法が使えないなんて、すっごくもったいないわ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……でも、お母様はアルテナの……あっ」
そこで思い当たることがありました。
「もしかして……私の父親って……」
「フォルセナの人なのか?」
思いもよらないところで故郷の話が絡んできて、これにはデュランも少し驚いた顔です。
「分からないの……私、お父様がいないのよ。お母様に聞いても、今はまだ言えないってはぐらかされて……」
「む?」
そんな会話を聞いて、今度は光の司祭が顎に指を添わせました。
……まるで、何か思い当たる節があるかのようでした。
「なに、光の司祭さん、心当たり……あるの?」
「…………いや、ない……」
アンジェラはとてもいぶかしみました。
「ねぇ、心当たりがあるんでしょ!? 教えて、私のお父様、どんな人か知りたいの! そもそも……そもそも、私は本当に理の女王の娘なの?」
「いいや、きっとまったく見当はずれの思い違いじゃ……それより、もしもアルテナ流の修行が体にあっていなかったとしても、精霊に教えてもらえれば、きっとおぬしでも魔法を使えることができるようになるじゃろう」
アンジェラはとても疑いの目を向けていましたが、魔法を使えるようになると聞いて顔を輝かせました。
「本当?」
「精霊たちは、人に循環しているマナの様子が見えるのじゃ。それぞれの属性に応じた精霊が、魔法を使う時におぬしのマナがどう滞り、どうマナを通せばいいのか、必ずや適切に指南してくれることじゃろう……」
フェアリーも光の司祭の隣で、うんうんと頷いています。
「つまりそれって、全部の魔法を覚えられるかもってことじゃない! やったぁ! きっと魔法を覚えたら、お母様も私を認めてくれるはず……!」
暗い疑念も吹き飛んで、アンジェラが軽く飛び跳ねて喜びます。