さて、アンジェラが旅の同行に声を上げ、みんながそれを受け入れた頃合い。
「シャルロットもいくでち」
アンジェラに続き、なんとシャルロットまでもが名乗りを上げました。
これにはその場の全員が驚きました。
特に光の司祭の驚愕はただごとではありません。
「な、なにをバカなことを言っておるのじゃシャルロット!?」
「ねぇフェアリーしゃん! マナのめがみさまなら、さらわれたヒースがどこにいるか、みつけてくれる?」
「たぶん、女神様なら探し当ててくれると思うわ。そうじゃなくても、精霊を巡る旅は世界を巡る旅ということになるの。ヒースさんって人も、どこかで見つかるかも」
シャルロットの問いかけに、フェアリーが考えながら答えます。
フェアリーの言葉に勢いづいて、シャルロットが光の司祭に懇願します。
「おじいちゃん、きいたでしょ! シャルロットもたびをさせてほしいでち!」
「シャルロット、おまえはまだ幼い。精霊を巡る旅には早過ぎる」
「そんなことないでち! シャルロットはもうじゅうごさいなんでち!」
シャルロットの必死の叫びに、光の司祭は非常に困った顔をします。
こうなったからには、シャルロットは意地でも行動に移します。
現にヒースを追って抜け出したのですから、監禁でもしない限り、必ずや飛び出してしまうのは目に見えていました。
「ねぇ、司祭様。彼女の見た目は幼いかもしれないけど、マナの充実はたいへんなものよ。すごい才能を秘めてると思うわ。きっと旅をするのに十分な素質があると思うのだけれど、体格の問題なのかしら?」
ふわりとフェアリーがふたりの間に浮かび上がります。
フェアリーは純粋に見えているもので判断しているのですが、祖父としての機微が光の司祭の判断の大きな軸になっているのは間違いありません。
光の司祭が首を振りました。
「……この子は成長が普通の人間よりも少し遅いのじゃ。それも、エルフと人間のハーフであるが故。確かに人間の十五歳ならば、旅に出るには十分じゃろう。しかしこの子の体では……」
デュランとアンジェラが、ハーフだったのかと驚き、シャルロットの姿を改めて見直します。
まだ幼い容姿ですが、まるで人形のように整った顔の造形です。
なるほど、美貌で知られるエルフの血を引いているならばと納得しかありません。
「そんなことない! シャルロット、ラビのもりまでいって、こうしてかえってきたもん! だからきっとこんども、ヒースをつれてかえるから! おねがい、おじいちゃん! シャルロットがたびにでるのをゆるちて!」
光の司祭が一度、目を閉じて深い思慮を巡らせました。
それは少しばかり長い逡巡でした。
やがて、観念したように溜息をつき、フェアリーとデュランとアンジェラを見渡します。
「……このウェンデルにおいて、おぬしたちの使命についていける者は、わしとヒースという神官くらいなものじゃろう。しかしわしは老齢な上ウェンデルを預かる身じゃ。そして、ヒースはさらわれてしまった……他の者はおそらく力量が足りず、この子も半人前じゃ」
光の司祭の言葉に、シャルロットの顔が非常にがっかりとしたものになります。
しかし、と光の司祭は続けます。
「ウェンデルでこの子ほどに可能性を秘めた者はおらぬ。エルフの血を引くだけあって、魔法の天稟に恵まれておる。むしろ魔法の力が強すぎて、制御をし切れぬという状態なのじゃ。フェアリーの導きと、精霊との出会い。旅の中で研鑽を怠らず、才能を開花させれば、おぬしたちの旅の助けになるじゃろう」
そして、デュランとアンジェラ、そしてフェアリーに深々と頭を下げました。
「シャルロットを、ウェンデルを代表する者の名代として、世界を救う旅に同行させてやって欲しい……」
「おじいちゃん!」
シャルロットが歓喜の声を上げました。
ウェンデルの領袖に頭を下げられては、一介の傭兵であるデュランもたじたじです。
「クレリックが旅に同行してくれるのはありがたいけどよ……本当にいいのか?」
「こうなってしまえば、この子は絶対にこの神殿を抜け出してしまうじゃろう。そうなるよりも、フェアリーや選ばれた者のそばにいて、連絡を取り合える方が安心じゃと判断した。それに、この子の魔法の才能に偽りはない。旅でその才能を磨くことができれば、わしを越えることすらあり得るはずじゃ」
「……分かったよ。はぁ、ずいぶんと賑やかなパーティになっちまったなぁ」
見れば、シャルロットがフェアリーと手をつないで(シャルロットが自分の指をフェアリーに握らせて)踊っていました。
「フェアリーしゃん、ないすあしすとでち!」
「う~ん、あなたやアンジェラの才能ってわたしの目から見てもすごいもの。口をはさまずにはいられないよ!」
フェアリーにそうまで言われて悪い気などしようはずがありません。
アンジェラとシャルロットが、並んでえへへと照れくさそうに頬を緩めました。
そんなシャルロットに、光の司祭が改めて厳しい口調で諭します。
「シャルロットや、ヒースが気になるのは分かる。世界を巡りながら情報を集めて欲しいと、わしも思っておる。しかしまずは精霊たちを集め、マナの女神様を目覚めさせるという一事に力を尽くすのじゃぞ……」
「わかってるでち。マナのめがみしゃんさえめざめれば、ヒースをきっとたすけられる……デュランしゃんとアンジェラしゃんの、ごめーわくにはならないでち。これからよろしくでち!」
改まった顔で、シャルロットがデュランとアンジェラにぺこりとお辞儀します。
「ああ、よろしくな。だけど、遅れるようなら置いていくぜ」
「あー! もっとしんしてきに、「オレがまもってやるよ!」とかいえないんでちかーデュランしゃんはー! そんなんじゃりっぱなナイトになれないでちよ!」
デュランの軽口に、シャルロットの改まった顔もあっという間に崩れ去りました。
「そうだ、司祭様。滝の洞窟の結界を、わたしが解いてしまったの。もしこのことがビースト兵にバレたら、すぐに攻めてくるはずよ!」
ふたりがじゃれている横で、フェアリーが思い出したように声を上げます。
それには光の司祭もぽんと手を叩きます。
「おお、そうじゃ! ヒースの張った結界があったはずなのに、どうしておぬしたちはウェンデルに辿り着けたのかと思っておったのじゃ。結界を解いたままではまずいやもしれぬ。それは準備をしておこう」
「なぁ、ジャドも占領されてるんだ。どうにかできないか?」
デュランもその話題に乗り、ジャドでビースト兵に怯えている人々を思い出しな光の司祭に尋ねました。
「なに? ジャドが。いや、ウェンデルを攻めようと考えれば自然な話じゃな。うむ、神官の中から信頼できる者たちを派遣しよう。ジャドならば、やはり船での脱出しかあるまい。秘密裏に住人をまとめて、船を使う算段ができる者たちを見繕おう」
「ありがてぇ。なぁ、光の司祭さんよ、ジャドの城壁と外をつなぐ脱出路をひとつ知ってるんだ。あんたなら、悪用しないと思う。活用してくれないか」
「分かった。マナの女神様に誓って、必ずやその脱出路を善い行いにのみ使おう」
こうして、デュランの情報を元に、光の司祭は様々な差配を部下に指示していきました。
区切りがついた頃合い、光の司祭がふと窓を見上げると、差し込む光は茜色になっており、もう日が落ちる時間です。
ふぅむと、光の司祭はデュランとアンジェラ、そしてシャルロットをじっくりと見渡します。
「今日は一晩、この神殿で休んでいくといいじゃろう。英気を養い、それから滝の洞窟へゆくがよい」
「いや、急いだ方がいいんじゃないか?」
光の司祭の判断に、デュランが異議を唱えます。
しかし光の司祭は柔らかな表情で若者を諭すのです。
「そうじゃな。急いだ方がよい。しかし、見たところおぬしたち全員に休息が必要じゃ。デュランよ、自分はまだまだ体力が余っていると思っておるな?」
「ああ、あの洞窟ぐらいなら、軽いもんだぜ」
「しかし、何が起きるか分からぬのが旅というものじゃ。いつかは、強行をせねばならぬ時も来るじゃろう。じゃが、きちんと休息を取れる時に休まねば、若き情熱とてもたぬ時がくる。『まだ行ける』は『もう危険』。旅の鉄則じゃ……」
理解はできるけれども、納得しきらない。
そんな顔になりましたが、デュランは引き下がって今日は休むことにしました。
その後ろで、アンジェラは少しほっとした顔です。
体力そのものは問題なくても、ベッドできちんと眠りたいと思っていたのです。
「各地のマナストーンの所在や土地の情報をまとめておくから、洞窟から帰ってきたらそれを渡そう。その後におぬしらがジャドへと戻り、滝の洞窟を抜けた頃合いでわしらは結界を張り直す」
こうして、光の司祭は神官たちを集めて結界を張り直す準備を始め、デュランたちは光の神殿で休ませてもらうことになりました。
沐浴をする場所を使わせてもらったり、食堂で食事を振舞われた後、寝台が並ぶ二階の部屋に通されました。
個室の客間があるわけではなく、三人並んで使ってもいいベッドを指定されて、アンジェラは端っこのベッドを占領しました。
「それじゃ私、もう寝るから。ヘンなことしないでよ」
「誰がするか!」
アンジェラがからかって布団をかぶる隣で、デュランもごろりとベッドに寝転がります。
ふと見遣ると、その脇で、シャルロットが立ったままうつむいていました。
「なんだ、寝ないのか?」
「……うん、もうねるでち」
なんだか歯切れの悪いシャルロットの様子に、デュランはぴんと来ました。
「じいさんと一緒に寝たいんだろう?」
「うう……ちがうでち、シャルロットはそんなにこどもじゃないでち……」
「子供かどうかは、関係ないんじゃないか。もしかしたらじいさんともう二度と会うことができないかもしれないだぞ」
「デュランしゃん、ふきつなことをいわないでほしいでち!」
「……だけど事実だ。オレは、その覚悟で旅に出た」
デュランの真剣なまなざしに、シャルロットは少しだけたじろぎます。
「もし、怖いならオレたちとの旅は取り消していい。ヒースって人も、情報は集めてやるし、マナの女神に必ず話をしておいてやる」
「それは、しない!」
シャルロット自身も、己が思っているよりも大きな声を出して、自分でびっくりしました。
決意と覚悟と使命感と。
どちらも、確かにシャルロットの中にきちんと燃えているのを自覚します。
「だったら、きちんと思い残さないように、したいことやできることを、やっておいた方がいいと思うぞ」
「……おじいちゃんのところに、いってくるでち!」
シャルロットが、てちてちと去っていきました。
デュランが寝返りをうって、仰向けになります。
「ふふ、優しいじゃない」
隣のベッドで、アンジェラが横になりながら、デュランを見てにまにましていました。
「寝たんじゃなかったのかよ」
「あんな会話してたんじゃ、眠れないわよ」
「……フォルセナに妹がいるんだ。オレと一緒に寝たいのを言い出せない時、あんな顔してた……」
「へぇ、いいな。私はひとりっ子だったから」
「妹なんて……」
うるさいだけだぞ。
そう言おうとして、デュランはやめました。
紅蓮の魔導師に敗北して、心が折れていた時。
妹の叱責がどれだけ救いになったか。
「……ああ、いいもんだ」
「シャルロット、妹に似てる?」
「冗談。ウェンディの方が百倍かわいい」
アンジェラが「兄バカ!」と笑いました。
それから少しの雑談を交わし、どちらともなくまぶたと口を閉じました。
しんとした夜の静けさを、しばし経て。
「……おまえも、本当は怖かったら、」
「怒るわよ」
デュランの言葉をアンジェラはぴしゃりと遮ります。
「……悪かったよ」
次の日の朝、光の司祭に見送られて三人は滝の洞窟へ向かいました。
シャルロットは英気に満ちた足取りで、てちてちと先頭を歩きます。
「さぁ、デュランしゃん、アンジェラしゃん、フェアリーしゃん! はりきっていくでちよ!」
「あいつ、めちゃくちゃ元気だな」
「おじい様とたっぷりお話してきたんじゃないかしら」
「子供は単純でいいな」
そう言いながら、デュランも自分が溌溂としているのを自覚します。
思えばウェンデルまで、安心した睡眠はありませんでした。
ジャドに辿り着いてからは獣人たちから袋叩きにされ。
手当こそしてもらいましたが、きちんと休まずに脱出をして。
アストリアではベッドで眠りましたが、夜中にフェアリーの光で目が覚めて。
それから滝の洞窟を突破して。
光の司祭が、休める時に休むよう説いた大切さがよく分かります。
滝の洞窟に戻ってくると、フェアリーが顔を出しました。
「マナの気配を辿ってみるね! わたしが先導するわ!」
こうして、飛翔するフェアリーの後をついていくと、シャルロットがおっこちそうになったあの岩の橋にまでやってきました。
巨大な滝の流れ落ちている、あの場所でした。
ふとフェアリーが、何かに気づいたように高度をあげます。
どうやら、フェアリーは高い位置にある横穴からマナの気配を感じているようでした。
「あの横穴から、光のマナの気配がするよ!」
「あの横穴ったってなぁ」
随分と高い位置にあり、空を飛べないと届かない場所でした。
フェアリーが、その対岸へとふよふよ飛んでいきます。
「対岸にも横穴があるわ」
「シャルロットがおっこちちゃったよこあなでち!」
「わたしに考えがあるわ! ここまで行きましょう!」
言われるまま、デュランたちはフェアリーに示された横穴を目指して進んでいきます。
道中の魔物たちは、もう敵ではありませんでした。
おおむね何をしてくるかは把握できるし、元気いっぱいなデュランの相手になりません。
アンジェラとシャルロットもふたりと一匹の魔物を取り囲んで仕留めるフォーメーションを組んでいます。
行く手を阻む魔物を何度か蹴散らし、洞窟にもずいぶん深く潜った頃合い。
少し休憩を取っていた時でした。
「あのぅ、アンジェラしゃん……」
シャルロットがもじもじとアンジェラに近づいて、その裾を弱々しく引っ張ります。
「なによ?」
「きのーは……そのぅ、ままがいるのに……いえでのほーとーむすめっていって、ごめんでち……」
「ああ、そのこと」
シャルロットが両手の人差し指をこねこねとしているのを見て、アンジェラはふっとほほえみました。
「もう、昨日だって謝ってくれたじゃない。だからいいわよ。わざと言わなかったんだもの。それに、お母様ときちんと向き合えずに逃げ出したのは事実なの……家出と一緒よ」
「でも……じつのははから、いけにえにされそうだったなんて、シャルロットのそーぞーをぜっするかてーじじょーでち……」
「……私は、それが全ての真実だとは思ってない。絶対に……絶対に、お母様に何かがあったんだと……思ってる」
アンジェラ自身、自分を信じきれずにいる言葉でした。
母の冷たい目、冷たい言葉。
その全ては本物だったのですから。
それでもアンジェラは、女王の仮面の越しにいつも感じていた、確かな母のぬくもりを信じたいと思いました。
だから、強くなってもう一度、母と対峙する。
魔法を会得して、今度こそ逃げずに向き合う。
そんな強固な一念がアンジェラを突き動かしていました。
ふっと、母の幻影に緊張しかけていたアンジェラが脱力して、シャルロットの頭をぽんと撫でます。
「私も、自分は逃げ出したのに、あなたにはおじい様に向き合えって言ったこと、ちょっと気にしてたの」
「そんなこと、シャルロットはきにしてないでち! こうして、きちんとおじいちゃんもゆるしてくれたでちから。アンジェラしゃんは、なかなかひとをみちびくさいのーがありまち! いいおねえさんになりまちよ!」
にっこりとシャルロットが笑います。
その笑顔にきゅんときたアンジェラが、きゅっとシャルロットの頭を優しく抱きしめました。
「どうしようデュラン。この子、あなたの妹よりもかわいいかもしれない」
「フォルセナに来ることがあれば比べてみてくれ」
周囲を警戒しながらも、横で話を聞いていたデュランもつい笑ってしまいました。
「ふふーん、アンジェラしゃんもシャルロットのみりょくにメロメロでち」
シャルロットがフレイルを構えて、あざとかわいいポーズを取ります。
しゃらんら、という音が聞こえそうでした。
「戦闘中も思ったけど、かわいらしいフレイルね」
「えへー、きのうおじいちゃんにおねだりしてひっぱりだしてきまちた!」
シャルロットが自慢げに見せるのは、コンパクトなフレイルです。
鎖につながれた打撃部位ふたつが、なんと星型をしていて、とてもファンシーな見た目をしているのです。
シャルロットの幼さと併せると、どうにも玩具感はぬぐえませんが、しっかりとした重量をそなえた立派な武器でした。
「いや、確かに可愛いとは思うが……星の先っぽがめちゃくちゃ痛そうだな」
戦闘にあって最も視界が広いデュランは見逃しませんでしたし、聞き逃しませんでした。
ゴブリンをぼこすか殴っていた時の、星の先端の突き刺さり具合を。
殴った時にほとばしった音の生々しさを!
「しらないんでちか、デュランしゃん! フレイルとはそーゆーぶきでち。しんかんは、けっしてちをながさせることなく、いたみではんせいをうながすのでち」
シャルロットが得意げに説明します。
「逆に血さえ流れなければ、攻撃力を上げてもいいのね」
ふーんと感心しながら、アンジェラがフレイルの星の先端に触れて興味深げに観察します。
「あら……? この先についてるのって、もしかしてさっき殴ってたゴブリンの血……」
「さぁデュランしゃん!!!!! アンジェラしゃん!!!!! きゅうけいはここまででち、はりきっていきまちよ!!!!!」
フレイルを思い切り引っ張ってアンジェラの手から脱し、シャルロットは迫真のごまかしで元気いっぱいに歩きます。