こうして三人は危なげなく、フェアリーの指定した横穴まで辿り着きました。
「うわ、高ぇな。ここから落ちて、よく滝つぼまで真っ逆さまにならなかったもんだな、おまえ」
「いや~シャルロットはうんがよかったでち。これもひごろのおこないのたまものでちね」
「自分で言っちゃうのね」
三人が縁を見下ろしながら騒いでいると、フェアリーがすぐ近くの滝へと飛翔します。
水の様子をまじまじと見つめ、やがて三人に声を上げました。
「やっぱり! この水はとってもマナを含んでるわ。ここからマナの力を抽出すれば……」
フェアリーが意識を集中させて、滝に手をかざします。
そして淡やかな光を引き出したかと思えば、三人へと注いだではありませんか!
すると、なんということでしょう!
三人がふわりと浮かび上がったです!
「うわわわ!?」
「なにこれ、浮いてる!?」
「ふわふわでち!」
「今なら対岸の横穴まで行けるよ! みんな急いで!」
慌てて三人が、前に歩く要領で進もうと意識しました。
すると、すいーっと宙を滑るように進んでいき、対岸まであっという間です!
対岸まで辿り着くと、浮遊感は消えて、三人の足が地につきます。
「す、すごいすごい! もういっかいやりたいでち、もういっかい!」
「それは、帰る時にね! 人間って重いのね。三人を渡すのも、結構たいへんだったよ」
「お疲れさん。少しオレの中で休むといいぜ」
「ううん、光のマナの気配が強くなってる。このまま先導するよ。気を使ってくれてありがとう、デュラン」
フェアリーの宿主となり、彼女が人間界においてどれほどか弱いかをデュランは知っています。
三人を運んだ今の技も、消耗になっているはずだとデュランには分かりました。
それでも気丈に宙を飛んで、どの方向に進めばいいかフェアリーは誘導してくれます。
一刻も早くマナの女神様を目覚めさせなければ。
そんな使命感に溢れた背中です。
滝の音もすっかり遠くなった頃、デュランたちは拓いた岩場に出てきました。
「この辺りから、光のマナの気配をとっても強く感じるんだけど……」
フェアリーがふよふよと浮遊しながら、周囲を見渡します。
「危ない!」
そんなフェアリーをとっさに腕でかばうように跳び、そのままデュランが横に転がります。
ずしん!!
次の瞬間、上空から巨大な物体が落ちてきたではありませんか!
間一髪デュランとフェアリーは無事です。
落ちてきたのは、まるで巨大なカニのような魔物です!
六本の脚に支えられ、全身が硬質な殻で覆われたいかにも強力そうな魔物です。
ふたつのまんまるおめめがぎょろりと三人を睨みつけると、前脚を持ち上げ威嚇してきます!
どうやらデュランたちを捕食対象に決定したようです!
デュランの影に隠れながら、フェアリーが魔物を指さして声をあげます。
「あれは、フルメタルハガーよ!」
「フェアリー、オレの中に隠れてろ!」
「ま、待って! あのモンスターから精霊の気配がするわ!」
「なにぃ!?」
「とにかく、あいつをやっつけてみて! お願い!」
それだけ言うと、フェアリーがデュランの中に退避しました。
「やっつけろったって!」
デュランが立ち上がって剣を抜き放ちました。
アンジェラとシャルロットも臨戦態勢で武器を構えます!
フルメタルハガーは前脚にあたる二本の脚を、デュランとアンジェラへと器用に振り下ろしてきました!
アンジェラは飛び込むように前に転がり回避をして、デュランは剣で爪を受け流します。
「せいっ!」
受け流した剣を返してデュランが脚の節を斬りつけました!
しかしどうしたことでしょう、その硬質な殻は刃をものともしないのです!
「クソッ、硬ぇ!」
「こんなやつ、じゃくてんはめにきまってまち!」
飛び込んだアンジェラと、狙われなかったシャルロットがフルメタルハガーの前面に張り付き、ぎょろぎょろとした目に杖とフレイルを叩きつけました!
目を痛めつけられたフルメタルハガーが、嫌がる素振りをして口から泡を吐き出します。
「うわ、ばっちぃ!?」
慌てて飛びのくアンジェラとシャルロットに代わって、デュランも目を狙って剣を突き込みます。
しかしなんということでしょう、硬質な殻が扉を閉じるように、フルメタルハガーの両目を保護してしまいました!
生半可な盾よりも強固な殻が、デュランの剣をはね返します!
「この! こじ開けてやる!」
剣の切っ先をねじ込もうとすると、フルメタルハガーが両目を開いて、デュランに焦点を結びます。
「デュラン! なんか危険よ!」
アンジェラの悲鳴と、フルメタルハガーの両目から光がほとばしったのと、デュランがとっさに剣を引き戻したのとはほとんど同時でした。
瞬間、フルメタルハガーの目からビームが照射されました!!
「どわぁっ!?」
ぎりぎりのところでデュランは、剣の腹でビームを半分だけ防ぐことができました!
しか半分を喰らってしまい、その威力にごろごろと大きく転がされて岩に叩きつけられてしまったではありませんか!
「ぐはっ……!!」
「なにするのよ! この!」
ぷすぷすと煙を上げるフルメタルハガーの右の目玉に、アンジェラが渾身の杖を叩き込みます!
それで大きなダメージを受けたようで、フルメタルハガーが怒ったように前脚を振り回してくるではありませんか!
「きゃー! 早く助けなさいよ!」
アンジェラが必死でフルメタルハガーの攻撃を逃げだします。
一方、吹き飛ばされたデュランの元にシャルロットが駆け寄ってきます。
「だいじょうぶでちか、デュランしゃん!」
「だいじょうぶだ、早くあいつを助けてやらないと……ぐっ!?」
軸足に力を入れようとするデュランですが、全身に痛みが走ります。
半分は防いだとはいえ、アイビームに身を焼かれ、転がった時に変にかばって足も傷めてしまったようです。
「ちょっとまってるでち!」
痛みを堪えるデュランの手を掴んで、シャルロットが小さな詠唱をつぶやきながら、意識を集中させます。
「ヒールライト!」
そしてシャルロットの呪文が完成すると、癒しの光がデュランを中心に爆発しました!
その範囲たるや、かなりの距離があったアンジェラにすら及んでいるようです。
逃げながらも、細かく足に傷つけられたアンジェラの肌が回復していく様子が分かります!
いわんや、爆心地たるデュランの回復量は、軽くめまいがするほどです。
全身の痛みが綺麗に消失したのを感じ、デュランの声が弾みます。
「おお、回復魔法か! やるじゃねぇかシャルロット!」
「うう……しかしシャルロットは、ヒールライトですべてのまりょくをしょうひしちゃうのでちた……デュランしゃん、シャルロットにかまわずいってくだちゃい!」
そう言って、シャルロットがへとへとになって座り込みます。
その様子を見て、光の司祭がシャルロットは魔法を制御しきれないという意味を、深く理解しました。
「ああ、後は任せろ!」
しかし全精力を使い果たすだけあって、その回復の効果は抜群です。
駆けだしたデュランは、跳躍して体重をしっかりと乗せた縦の一撃をフルメタルハガーに見舞います。
その一撃にフルメタルハガーが大きく揺れて、アンジェラを攻撃しようとしていた脚も使って踏ん張りを利かせます。
「女ばかりを攻撃してるんじゃねぇ! オレが相手だ!」
ぎょろりとフルメタルハガーがデュランを見据えて、前脚を二本使って攻め立ててきました!
デュランは全力の剣技を駆使してこれを捌きます。
しかしフルメタルハガーの巨大なこと!
捌き切れず傷を負い、そのパワーに何度も押し戻されそうになります。
それでもデュランは地を踏みしめて己がダメージを顧みず、ついにフルメタルハガーに力強く肉薄しました!
「ぬおおおりゃ!!」
そして今度こそ、その右目に深々と剣を突き刺したのです!
暴れもがき、棹立ちのようになって苦しむフルメタルハガー!
剣を深く指し込み過ぎてしまったデュランは、その暴れぶりについ柄を握っていられなくなってしまいました!
フルメタルハガーの右目に、剣が突き立ったまま無手になってしまったのです!
さらに!
フルメタルハガーの頭上に、光が集っているではありませんか!
「いけない! ホーリーボールでち! おっきい!?」
シャルロットが悲鳴を上げました!
というのも平均的な神官が使うホーリーボールよりも、高い威力を予感させるサイズなのです!
狙いはデュラン!
頭上から、大きな岩のような光の魔力が落ちてきました!
「デュラン!」
そんなホーリーボールに対して、デュランを押し退けて、アンジェラが杖で受け止めようと割り込みます!
無手でデュランが受けるよりも、おそらく魔法適性が高いアンジェラが杖で受ける方がダメージは抑えられるはず!
しかし、アンジェラが堪えられたのも数瞬。
「くっ……うう! きゃああああ!」
光が爆ぜて、エネルギーが散乱!
その威力にアンジェラが吹き飛ばされてしまいました!
地を転がり、ぐったりとするアンジェラの姿に、デュランはかっとなってフルメタルハガーに飛び掛かります!
「この野郎ーーー!」
強引に剣を掴みにかかり、力任せに抜き放てば、刃の方を掴みました。
なんと、剣の上下を逆さにして振りかぶったのです!
そしてそれを力強く振り下ろしました!
叩きつけた部位は、なんと鍔!
「うおおおお!!」
ばぎぃぃぃぃぃん!!!
叩きつけられた一撃は、見事にフルメタルハガーの眉間に砕いてしまったではありませんか!
これぞ破甲衝と呼ばれる剣技!
装甲をすら突き破る必殺の一撃です!
ブロンズソードの鍔は、鍔迫り合いをした際に敵の刃が滑って手を傷つけないよう、少し突起を意匠しています。
この突起部分を、ちょうどピッケルの尖ったくちばしのように利用して、硬い殻を粉砕したのです!
デュランは柄を握り直し、粉砕した部位へ今度こそ正道の剣勢をもって刃を振り下ろします。
「うおおおりゃああ!」
粉砕された眉間を駄目押しに斬り裂かれたフルメタルハガーは、残った目玉をぐるんとひっくり返して六本の脚が脱力。
ずしんと体が地に落ちたかと思えば、内から光が漏れ出て──……そして、音と熱を伴わない大爆発をしてしまったではありませんか!
光が止めば、そこにはフルメタルハガーの殻の破片が転がるばかり。
デュランたちは、フルメタルハガーに勝利を収めたのです!
「か……勝った……!」
呆然とフルメタルハガーの残骸を見下ろすデュランですが、すぐにハッとなってアンジェラに駆け寄ります。
「おい、大丈夫か!?」
すでにシャルロットがアンジェラのそばについており、軽く手当てをしてもらっているようです。
「ええ、このくらいならすぐに立てるようになるわ。それよりすごいじゃない、あのカニをやっつけるなんて」
「つるぎを、ぎゃくにもってがしゃーんといっぱつ! かっこよかったでちよ!」
ああ、これか、とデュランが先ほどやったように、刃を持って構えます。
「剣は柄側に重心があるから、こうやって鍔を叩きつけると、鎧を貫くほど威力が出るんだ。殺撃とか雷撃って言ってな。騎士が籠手を使ってやるもんだよ、本来は」
ほら、とデュランが掌をふたりに見せます。
そこには、ざっくりと刃で裂けた肉が!
刃側を持って使うのですから、当然の帰結です。
アンジェラとシャルロットはひぇっと声を上げて、デュランの掌を手当てします。
「剣も変に歪んだりするから、あんまりやりたくない技なんだ……このブロンズソード、父さんの形見だしな」
「ッ……!」
アンジェラとシャルロットが息をのみました。
「ばかね、そんな大事なもの……」
「けど、そうしないとおそらく負けていた。あの目から出てきた光線とホーリーボール……オレだけじゃ切り抜けられなかったよ、サンキューな」
デュランに感謝されて、アンジェラとシャルロットが照れ照れとしました。
しかし、とデュランは嘆息します。
「女子供に助けてもらわなきゃ負けてたなんて、オレもまだまだ修行が足りないぜ」
「あー! さべつはつげんでちー! デュランしゃん、それはじょせーべっしとゆーものでちよ!」
「そうよそうよ、みんなで力を合わせて勝ったってことでいいじゃない!」
女性陣からの抗議に、デュランも分かった分かったと苦笑しながらなだめます。
「ああ、おまえらのおかげだ」
その言葉に、アンジェラとシャルロットがにへーっと笑顔になりました。