さて、フルメタルハガーを倒し、デュランの手当てをしている途中のことです。
三人の頭上から柔らかな光が差し込んできました。
見上げると、何やら人魂のようなものがゆっくりとこちらに下りてくるではありませんか!
「な、なんだありゃ!?」
「うぃッス! オレこそが皆さんのお目当て! ウィル・オ・ウィスプでーっす! いや~あのフルメタルハガーの体内に封印されてたッスけど、解放してもらっちゃってマジ感謝ッス!」
人魂は明るい口調で三人の目線の高さに浮遊して、喜色をあらわすように上下します。
想像以上に軽い性格なようで、デュランたちもぽかんと口を開けて即応することができませんでした。
「事情は、聞いてます。さっき皆さんが戦ってる間に、フェアリーさんが精神に語り掛けてくれてたッスよ! いや~大変な事態ッスね。正直ビックリッス」
「そうなんだよ。ついてきてくれるよな?」
「もちろんッス! フェアリーさんもそうッスけど、ボクらもマナがないと存在が消えてしまうッスから。喜んで協力させてもらうッス!」
デュランの体から、フェアリーがすぅっと現れました。
「ありがとう、ウィスプさん! でも、マナストーンの様子はどうかしら?」
「この洞窟の上は峻厳な山の中なんスけど、その奥に隠された光の古代遺跡の奥深くにあるッス。歩いたり登ったりじゃ、ちょっと行くのは無理ッスね」
「マナストーンはまだ無事なの?」
「ええ。だけど、非常に不安定になってきてるッス。このままマナが減少し続けると、神獣が復活しちゃうかも……」
ウィル・オ・ウィスプがことさら不安そうな声に陥ります。
デュランはその背中に相当するであろう部位を叩いて、力強く励まします。
「そうならないためにも、頼むぜウィスプ!」
「はいッス! 一刻も早く、他の精霊たちを見つけ出して、マナの剣をゲットしちゃいましょう!」
こうしてウィル・オ・ウィスプが仲間になりました!
「それじゃーデュランさんでしたっけ? お邪魔するッス!」
そしてさっそく、ウィル・オ・ウィスプが気軽な感じでデュランの体の中に消えていきました。
「うお!? おまえもオレの中に入るのかよ!?」
「ご、ごめんね。どうしても精霊には宿主が必要だから」
「しょうがないってのは分かるけどよぉ……」
デュランがどうにも不満そうな顔をしますが、フェアリーが体に戻るのを邪険にはしませんでした。
さて、休息を経てデュランたちが動けるようになれば、慎重に来た道を戻ります。
消耗してしまった今の状態、これまで蹴散らしてきた魔物たちに足元をすくわれかねません。
「ねぇ、ウィスプって封印されてたのよね?」
道中、アンジェラがふとデュランに問いかけました。
「ん? ああ、そんなことを言ってたな」
「いったい、何のために?」
「そんなの、オレに分かるわけがないだろ」
「だから、ウィスプに聞いてみてよ。っていうか、聞こえてる?」
アンジェラがデュランの胸元あたりに声を掛けます。
「はいはーい、聞こえてるッスよ~」
ふわりとデュランの体から、ウィル・オ・ウィスプがあらわれます。
「でも、ぶっちゃけボクにも分かんないッス。いつもどうり、光の古代遺跡でふわふわ~っと浮かびながらぼんやりしていると、後ろからズバーン!と封印されて、気づいたらフルメタルハガーの中にいたッス。いや~ずっとあのままだったらと思うと、ゾッとするッスね!」
「なーんにもわからないのとおなじでち!」
シャルロットの言葉に、デュランも小首をかしげます。
「それじゃなんのために封印されちまったのかも分かんねぇな」
「例えばマナストーンのエネルギーを解放するのに邪魔だったからとか……って、でもまだマナストーンは無事なのよね?」
「はいッス! ボクとマナストーンはつながってますから、まだ大丈夫だって分かるッス!」
アンジェラが改めて確認すると、ウィル・オ・ウィスプからの返事は先ほどと同じものでした。
三人がそろって首をかしげます。
「だったら、やっぱりなんのためにウィスプしゃんがふーいんされたかわからんでちねぇ」
「……マナストーンのエネルギーを解放しようとしてるヤツが、下見に来てたとか?」
デュランが眼光をギラリと光らせてめいすいりを披露します。
「そのついでにボクは封印されたんスか!?」
「やっぱりそれはねぇか」
デュランが少し気恥ずかしそうに鼻先をかきますが、フェアリーも姿をあらわして会話に参加します。
「ううん、もしかしたらその可能性もあるかも」
「アルテナはマナストーンのエネルギーを解放して、聖域のトビラを開きたいだけなんだよね?」
「ええ、紅蓮の魔導師はそう言っていたわ」
「神獣が復活して、世界がめちゃくちゃになって欲しいわけじゃないよね?」
「そりゃ、そうでしょ?」
アンジェラが怪訝な顔をしますが、あっと気づきました。
シャルロットも、同じように気づいた顔です。
「気づいた? マナストーンのエネルギーを解放しても、神獣が復活するまでにほんの少しだけでも猶予はあるの。だから、もしも聖域のトビラを開くなら、全部を同時にしちゃえば、神獣があらわれるまでに聖域侵入できる」
「わかったでち。ひとつずつかいほーしちゃうと、さいごのマナストーンをかいほーしようとしたときに、さいしょにかいほーしたマナストーンからしんじゅうがでてきちゃっていたら、せかいがパニックでちからね」
「順番に解放するとしても、マナのエネルギーに余裕があるマナストーンから解放した方が、神獣が復活するまでのタイムラグが多いってことね」
女性陣の理解に、遅れてデュランがなるほど、と声を上げました。
「じゃあウィスプを封印したヤツは、マナストーンのエネルギーの残量を調べに来て、ついでに精霊が邪魔してこないように封じ込めたってことか」
「あくまで、可能性の話だけどね」
フェアリーが頷います。
デュランは、真剣な顔で考え込んでいるアンジェラにも視線を巡らせました。
「アンジェラ、ウィスプを封印したのはやはり紅蓮の魔導師か?」
「私も同じ考えよ。確証はないけどね。でも、アルテナが光の古代遺跡なんてところに行ったなんて聞いたこともないの」
「紅蓮の魔導師なら、やってのけるんじゃないのか?」
デュランは紅蓮の魔導師に敗北した夜を思い返します。
転移魔法を巧みに使いこなし、剣がかすりもしなかった不可思議な身ごなし。
あれを十全に使えば、峻厳な山をものともせず、マナストーンのある場所まで辿り着けるのではないか?
しかしアンジェラの方はどうにも腑に落ちません。
そこでふと、嫌な予想を浮かべてしまいました。
「……他にもいたりしないわよね、マナストーンのエネルギーを解放したがってるヤツ」
デュランとシャルロットが顔を見合わせました。
「こ、怖いこと言うなよ」
「そうでち、そんなヤツほかにいるはずがないでち!」
「ううん、ありえるかも。もしかしたらこの旅は、思っている以上に混迷する世界を旅しないといけないのかも……」
フェアリーの神妙な言葉に、全員が黙ってしまいました。
さて、そうした会話をしていると、再び道の途切れた横穴に出てきました。
「じゃあ、また滝からマナを抽出するね」
フェアリーが滝の自ら豊潤なマナを引き出して、三人に施しました。
ふわりと浮かび上がった三人は、慣れた様子で空中を飛んで、対岸の横穴まで戻ってきました。
そして着地した瞬間、
「おおお!! 落ちろ!」
なんと、突如として現れた獣人たちに、滝つぼに叩き落されてしまったではありませんか!
「うわあああああ!!」
さしものデュランでもこの奇襲には抗えず、アンジェラとシャルロットともども、ざばん!と着水してしまいました!
とてつもない水量が落下する滝つぼのこと、轟々と渦巻き、波打つ深みに三人はあっという間に飲み込まれてしまいました!
「な、なんてことするのよ!?」
フェアリーが悲鳴を上げ、その様子に獣人のひとりがニヤリと牙を剥きます。
そう、ジャドを占領していた獣人たちの隊長、ルガーです!
「おまえらが結界を消してくれたと報告を受けている。ウェンデルの侵攻を可能にしくれた礼だ。確実に殺してもよかったが、滝に落としただけで済ませてやるのだから、ありがたく思うんだな」
「ああ!」
恐れていたことが現実になってしまいました!
獣人たちがついにウェンデルに差し迫っているのです!
どこかでもっと迅速に行動していれば!
そう思わずにはいられませんでしたが、切り詰める時間はなかったと言えました。
もしも昨日一晩を休まずに強行してフルメタルハガーと戦っていたら、下手をすると全滅していたのです。
「ルガー隊長、総員そろいました」
その場に新たな獣人が報告に現れます。
ルガーたちが踵を返し、絶望的な顔をするフェアリーを一瞥だけして、ふんと鼻を鳴らします。
「さぁ、行くぞ! ようやくウェンデルだ!」
意気揚々と去っていくルガーに、フェアリー独りでは何もできません。
それどころか、デュランと離れれば離れるほどに、消滅の危機に瀕するのです!
例えば今からウェンデルの光の司祭のところへ、緊急事態を告げに飛んで行ったとしても、おそらく途中で消えてしまうでしょう。
「ああ……デュラン! アンジェラ……! シャルロット!」
だからフェアリーにできることは、三人の無事を祈りながら、デュランを追いかけることだけです。
「無事でいて……お願い!」
轟々と渦巻き、波打つ怒涛の水の中へと、フェアリーも飛び込んでいきました!
さて、瀑布の淵に飲まれた三人はといえば、がぼがぼと水を飲んでしまい、荒れ狂う流れに翻弄されて上下左右も分からず、されるがままです。
流されるまま水中の岩にぶつかり、激流に押し流されて、やがてアンジェラとシャルロットは意識を失ってしまいました。
そして、デュランもまた。
暗い水の中でもがきながら、デュランは意識が途切れる最後の瞬間に、フェアリーの柔らかな光に触れた気がしました。
──……
ふと気づけば。
デュランは、まばゆいばかりの景色を俯瞰していました。
そこは、美しい世界でした。
清水と新緑が溢れて調和した、まばゆいばかりの大地──
聖なる神気に満ちたそこに、大きな樹をデュランは認めます。
──ああ、ここが……
この場所こそが、マナの聖域。
そしてあの大いなる巨木こそがマナの樹なのだとデュランは直感します。
デュランはこれほど雄大で、全てを包み込むような威厳と優しさを内包する樹を見たことがありませんでした。
しかし、青々と茂る葉が、末端からくすんだ色に変容しているのが分かります。
そしてその根元に。
完璧な自然だけが広がる景色に似つかわしくない煌めきがありました。
一振りの見事な剣が、突き刺さっていたのです。
月のように静かなたたずまいながら、太陽のように隠しようがない神聖を放つ剣。
これこそが──…マナの剣。
と、マナの樹の周囲を飛び交う、四つの光が目に留まりました。
「いけない、マナの樹が……枯れ始めている……」
「聖剣を抜くに足る勇者を見つけて、マナの女神様を目覚めさせなければ……」
「マナの樹の異変を、光の司祭様にお伝えしましょう」
「急がないと……!」
──フェアリーたち、なのか。
飛び立つ光の奥、見知ったフェアリーの姿をデュランは垣間見ました。
四つの光。
全てが、フェアリーたち。
仲間と共に聖域を飛び出したフェアリーたちは、小さな羽で遥かなる空を懸命に進んでいきます。
「もう……わたしはここまでね……」
しかし、最後尾のフェアリーがやがて高度を落としていきます。
「そんなこと言わないで! もう少しよ、がんばって!」
先頭を飛ぶフェアリーが、懸命に励まします。
そのフェアリーこそが、デュランを選んだフェアリーでした。
しかし、最後尾のフェアリーはもう浮き上がることができません。
「……ありがとう。でも、もうわたしはダメなの……残りのわたしの力を、あなたに託すわ……どうか……聖剣の勇者を……」
すぅと、落ちてゆくフェアリーからマナの光が漏れ出て、先頭のフェアリーへと流れ込んでいきました。
「わたし……たちも……」
「もう……限界……みたい……」
残ったフェアリーたちも、次々に根を上げていきます。
悲しい笑みを浮かべながら、祈りを込めて、デュランのフェアリーに己のマナを託して落ちていきます。
「どうか、マナの樹を……よろしくね……」
「ごめんね……あなた、だけに……背負わせちゃって……」
「ッ……! みんな……!」
こうして──たった独りになってしまったフェアリーは、飛翔を続けてゆきました。
どこまでも、どこまでも。
命を懸けて、飛んできたのです。
そうして。
ウェンデルにもうあと少しのところでラビの森に落ち、アストリアからウェンデルへと辿り着けず、命をつなぐマナを求めて彷徨い、力尽きようとしたその時に──……
「う……」
急速に、デュランの視界が暗くなり、体中に痛みを感じて瞼を開きます。
どうやら、夢を見ていたようです。
あれは、フェアリーが人間界に来るまでの記憶だったのでしょうか。
そう思いながら目を開けると、デュランは石造りの部屋で寝ていました。
見渡せば、なんと檻の中!
牢屋ではありませんか!
「ここは……なんだこりゃ!? 牢の中か!?」
「デュラン! よかった気づいたのね」
「いや~心配したッスよ、このまま起きないじゃないかって!」
デュランが立ち上がると、フェアリーとウィスプも姿を現します。
「おい、フェアリー! どうなってんだこりゃ?」
「ごめんなさい、わたしもデュランの体にギリギリで戻れた後、すぐに意識を失って……ここがどこだかは分からないの」
事態の深刻さを目の当たりにして、デュランは眉間にしわを刻みます。
幸い、同じ牢の中にアンジェラとシャルロットも倒れていました。
ひとまず、ふたりを起こすと、無事に目覚めてくれました。
「あいたた……、う~ん、どこよここ……」
「うえ~ろうやでち? シャルロットなーんにもわるいことしてないのに……」
やはりふたりとも、ここがどこかまでは把握できていないようでした。
「みんな、落ち着いて聞いて。ウェンデルにビースト兵が攻めてきたの。このままじゃまずいわ!」
「なんだって!?」
「お、おじいちゃんが……!」
フェアリーの言葉に、全員に緊張が走ります。
「クソ、ここがどこで、オレたちはどれだけ寝ちまってたんだ!」
「とにかくわたしが、できるかぎりの範囲を偵察してみるよ」
不透明なこの状況に、フェアリーが切羽詰まったようにそう提案します。
ウェンデルにひときわ関係が深いシャルロットは、フェアリーをすがるような目で見つめています。
「……だいじょうぶなのか?」
しかしデュランは神妙な顔でフェアリーにそう問いかけるのです。
確かにデュランたちはフルメタルハガーとの戦いの後、激流に揉まれて疲労困憊の有様です。
しかしフェアリーもまた、存在を保たせるために決して余裕のある身ではないのを、宿主であるデュランはよく分かっていました。
とはいえ、フェアリーが必死になる理由もまた、今のデュランにならば理解できます。
「……託されちまったもんな……」
ぽつりとつぶやいたその言葉を、アンジェラたちは汲み取れませんでした。
フェアリーだけが、あっと声を上げます。
「も、もしかして……見られちゃったのかな?」
「……夢を見た。あれはフェアリーの記憶なのか」
フェアリーが小さく頷きます。
デュランは、心からフェアリーに敬服を覚えました。
正直な話、聖域から人間界にやってくるなんて、どういうことなのかピンと来ていませんでした。
ふよふよと飛んできたイメージくらいしか、デュランにはできません。
それが仲間たちから後を託され、使命のために懸命に飛んできたというのです。
大したものだと、デュランは素直に思いました。
世界を救うため、仲間たちの命を背負って危急を告げに来たフェアリーの意気を汲まねば、男としての面目がつきません。
改めて、この素晴らしい異邦人を助けてやらねば。
デュランがそう心に強く思っていると、
「も、もう! 改めてそんな風に思われたら、こっちが恥ずかしいよ! わたしはわたしが成すべきしてることをしてるだけだよ!」
急にフェアリーが言い訳めいて、手をわたわたとします。
デュランが少し怪訝な顔をして、すぐにあっと声を上げます!
「もしかしておまえ、オレが考えてることが分かるのか!?」
「違うよ! 中にいない時は感情だけ!」
「なにぃ!? つまりオレの中にいる時は、何を考えてるのか分かるのか!?」
「え、え~っと……できるだけ、覗かないようにするから!」
「なによ、面白そうな話してるじゃない!」
デュランとフェアリーが慌てふためいていると、アンジェラとシャルロットも好奇心に目を輝かせています。
「ねぇねぇ、こいつっていっつもどんなこと考えてるの?」
「ずーっと強さについて考えてるよ。人の強さを測ったり、日常のふとした動きを戦いに取り入れられないかとか、トレーニングについてとか」
「おいフェアリー!? 言うんじゃねぇ!?」
やいのやいのと賑やかに騒いでいると、がしゃんと音がしました。
「今、誰か、フェアリーって言った!?」
対面の牢に入っていた何者かが跳ね起きて、鉄格子を掴んでこちらを覗き込んでいるではありませんか!
見遣ればそこには、筋骨隆々たる少年が立っていました。
「あー! あんたしゃんは!」
その姿を見て、シャルロットが声を上げます!
「あっ、キミは!」
シャルロットがヒースを探してウェンデルを脱出した夜。
天空から落ちてきたシャルロットを受け止めてくれた少年ではありませんか!
その名はケヴィン!