まさかこんなところで自分を助けてくれた少年と出会うなんて!
シャルロットは鉄格子に顔をひっついてケヴィンに声をかけます。
「いや~あのときはたすかりまちた! わたちはシャルロット! ねぇ、ここはどこでちか?」
「オイラ、ケヴィン。ここ、ジャドの地下牢。それより、フェアリー、いる?」
「フェアリーはわたしよ!」
ケヴィンの呼びかけに、フェアリーが前に出てきました。
その姿に、ケヴィンがわっと驚きます。
「ほんとに、フェアリーもうひとりいた! オイラたち、光の司祭に聞いた。おまえたちも、マナの女神、目覚めさせようとしてる! オイラたちもそれ、手伝いたい! だから、合流したかった!」
「もうひとり!?」
ケヴィンの言葉に、誰もが驚きの声を上げました。
特にフェアリーの驚きはひとしおです!
「オイラ、トモダチのカールを生き返らせたくて、光の司祭に、会いに来た。その途中で、ホークアイとリースに、会った。リース、フェアリーをつれてた」
「……まさか力尽きたフェアリーが、リースってヤツと出会って消滅を免れたのか!」
デュランが見上げると、フェアリーは泣き出してしまいそうな、だけど確かな喜びをない交ぜにした表情で口元をおさえていました。
「なぁケヴィン、フェアリーはもうひとりだけか? さらにふたり、いなかったのか?」
デュランが問いかけると、ケヴィンは首を振ります。
「リースを宿主にした、ひとりだけ」
「……そっか」
デュランが渋々といった風に納得します。
そしてフェアリーを見上げました。
「でも、よかったじゃないか。おまえだけじゃ、なくなった」
「うん……うん!」
デュランの温かな言葉に、フェアリーが何度も頷きます。
ケヴィンもまた、鉄格子に顔をひっつけて真剣な顔です。
「光の司祭に、聞いた。このままだと、世界が、危ない。マナの女神を目覚めさせて、世界とカールを助けるため、オイラたち、おまえたちと一緒に行く!」
「オイラたち? ホークアイとリースってふたりか。そいつらはどこにいるんだ?」
「……分からない。ウェンデルにビースト兵、攻めてきた。オイラたちが、ビースト兵を食い止めて、光の司祭が、戦ってるみんなを、ラビの森に、飛ばした。その時にはぐれちゃった」
「そうだ、ウェンデル!」
すっかり意識が逸れていましたが、ウェンデルの危機がどうなったか、デュランたちに緊張感が走ります。
しかしケヴィンが、だいじょうぶ、と続けます。
「光の司祭、結界を、張り直すって言ってた。ビースト兵たち、きっともうウェンデル、行けない」
「よ、よかったでち……」
へなへなとシャルロットがへたり込みます。
「オイラ、ビースト兵を邪魔したから、捕まった。その時、ルガーがビースト兵に命令してた。結界を解けるヤツらを、滝つぼに落とした。まだ死んでいないはずだから、探してジャドに運べって」
「それでオレたちはここにいるのか」
デュランたちが納得したような顔になります。
しかしケヴィンはまだ油断を絶やしていない顔です。
「ウェンデルにまた結界が張られたから、ビースト兵団も、いったんジャドに食料を取りに戻る、言ってた。戻ってきて、おまえたちを無理やり協力させようとするつもり。早く、ここから出た方が、いい」
「でも、どうやって?」
「だいじょうぶ、任せて!」
そんな風に会話をしていると、誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきました。
「コラ! 脱走の計画でもしているのか、おとなしくしていろ!」
ひとりの獣人があらわれて、厳しい声でデュランたちを叱りつけてきます。
腰に鍵の束をつけており、牢番のようです。
「……フレディ、調子、よさそうだな」
鉄格子越しにケヴィンが獣人に声を掛けました。
どうやら顔見知りのようで、フレディと呼ばれた獣人の顔が引きつるのをデュランは見ました。
ケヴィンも先ほど会話していた時よりも声を低くして、威圧感を演出します。
「ケヴィン、すまんが大人しくしてくれ。ルガーからの命令じゃ、オレも逆らえないんだ。分かるだろう?」
「ルガーと獣人王、どっちが偉い? おまえ、獣人王の後継者、牢屋に入れた。こんなこと、獣人王が知ったら……」
「うっ……ち、違うんだ! オレはルガーの命令だったから……分かった! 分かったから、それだけはやめてくれ! すぐに出してやるから! ルガーも、気が立ってたんだろう……」
慌てたフレディが、鍵束から一本掴んでケヴィンの牢屋を開きました。
「ほら、出てくれ。だから、獣人王様にこのことは……」
「……ごめん、フレディ」
ケヴィンは一言だけ謝って、愛想笑いをするフレディの腕を引き、牢屋に放り込んで鮮やかな手つきで鍵束を奪取。
それからフレディを閉じ込めて、自分は牢の外に脱出してしまったではありませんか!
「あー!? く、くそー! 騙しやがったな!」
「……この埋め合わせ、いつかする……許して、フレディ」
鉄格子を掴んで吼えるフレディに、ケヴィンは真剣な顔でぺこりとお辞儀しました。
そうしてケヴィンが鍵束を試していくと、デュランの牢も開くことができました。
デュランたちは牢の外に出て大きく伸びをします。
「さぁ、これで出られるよ」
「恩に着るぜ、ケヴィン! オレはデュランだ」
「私はアンジェラ。牢から出してくれてありがとう」
デュランたちの装備は、すぐそばの牢番たちが詰めるスペースに放られていました。
装備を整え直していると、突然ケヴィンが階段の方を振り返りました。
また獣人が来たのか!と身構えたデュランたちですが、
「オレだ、ケヴィン」
音もなく姿を現したのは、涼やかな美青年です。
ケヴィンが喜色をたたえた声を上げます。
「ホークアイ!」
「助けに来たんだが、自力で脱出してたとはな。やるじゃないか。そいつらも牢屋仲間かい?」
ホークアイがデュランたちを見渡します。
デュランもまたホークアイのたたずまいに注視しました。
立ち振る舞いや音もなく現れた身ごなしを見るに、どうにも表稼業ではなさそうです。
「ホークアイ、この人たち、もうひとりのフェアリーの宿主!」
「なんだって!? そりゃちょうどいい、オレたちを同行させてくれないか!」
「オレが宿主のデュランだ。ケヴィンから話は聞いてるぜ」
ずいとデュランが前にでて自らを指します。
「こうなりゃ五人でも六人でも同じだ。ついてきたいんならついてこいよ。それで、リースってヤツは?」
「ケヴィンを探すために、二手に分かれたんだ。オレはリースと合流する。おまえたちは先に港へ行ってくれ。もうすぐジャドに住人たちが、マイアに逃げる船が出るんだ」
「そうでち! ウェンデルからはけんされたしんかんが、てはずをととのえてくれたでちね!」
マイア。
ファ・ザード大陸の西側に位置する自由都市です。
多くの住人をなんとか受け入れる余地を持ち、なおかつ最も近い街と言えばそこしかないという場所でした。
「ここはジャドの三階層、領主の館にある牢屋だ。獣人たちが留守番代わりにしているのか、バウンドウルフが大量に放されている。気を付けて脱出してくれ」
「……バウンドウルフ、集団で狩り、する。人数、多い方が、いい。オイラ、ホークアイに、ついていく」
ケヴィンの申し出に、ホークアイがちょっと思案します。
それからデュランたちのメンバーを見渡して頷きます。
「すまん、実は二手に分かれてから、ひやひやしながら潜り抜けてきたんだ。ケヴィンがいれば安心だ。そっちは両手に華だが、あんたは強そうだから行けるだろう」
「ああ、こいつらは必ず守る」
ホークアイの軽い調子に、デュランがクソ真面目に返すとアンジェラとシャルロットがきゃーっと赤面しました。
「よし、じゃあ港で落ち合おう」
こうして、デュランたちが階段を駆け上りました。
階段を上がると、豪奢な造りの広い部屋に出てきました。
そして、かなりの数のバウンドウルフが集まってきてくるではありませんか!
音もなく忍び込んだホークアイですが、どうやらその匂いを追われていたようです。
階段を上がってきたデュランたちに、さっそくバウンドウルフたちが襲い掛かってきます!
デュランやホークアイが前に出て応戦を始めます。
しかし人を相手にするのは慣れたものですが、獣の相手は得意とは言えません。
鋭い牙と爪に踏み込み切れず、決定打を与えられません。
「あいつ、リーダー! まずは、あいつ、叩く!」
しかし、ケヴィンがバウンドウルフの扱いをよく分かっているようでした。
先陣を切ってひときわ大きなバウンドウルフへと飛び込みます!
牙と爪でダメージを受けるのも構わず、その脳天を殴りつけて、あっという間にダウンさせてしまいました!
それを見た他のバウンドウルフたちの勢いが明らかに削がれます。
各段に対処しやすくなったバウンドウルフを片づけると、ホークアイがいくつかある扉のひとつを指さしました。
「あの扉をくぐって直進していけば外に出る。後は、一階層まで下りて港まで走るんだ」
「バウンドウルフ、グループで固まる。おまえたちが、進む先にも、きっと固まり、ある。気を付けて!」
「ああ、そっちも早くしろよ!」
こうして、ケヴィンとホークアイと別れて、デュランたちは外を目指します。
領主の館だけあって、ひとつの部屋やひとつの通路がなかなかに大きい構造でした。
ケヴィンが言っていたように、要所要所にバウンドウルフがグループになっており、デュランたちはケヴィンの教えに倣ってそれを撃退しながら進んでいきました。
やがて、大きな扉をくぐると外に出ます。
月明かりの夜でした。
デュランたちは新鮮な外の空気をいっぱいに吸い込んで、ジャドの街を駆け下りていきます。
道中、獣人たちが何人か倒れていました。
どうやら眠らされているようで、これもおそらくウェンデルから来た者たちの仕込みでしょう。
そして、港に辿り着くと、二隻の船がまさに出航している途中でした!
最後の三隻目の船も、港と船の渡しを今まさに外そうとしているところです!
「待て、待ってくれ!」
「おお!? まだいたのか! 早く乗ってくれ! もう出航する!」
デュランたちが船まで全速力で駆け抜けて、甲板まで辿り着きます。
甲板には、人がひしめいていました。
ジャドの住人たちです。
誰もが不安そうな顔をして、デュランたちを見つめていました。
改めて船乗りが再び船の渡しを引き上げようとするのを、デュランが掴みかかって中断させます。
「まだ仲間がいるんだ! 頼む、もう少しだけ待ってくれ!」
船乗りたちが戸惑い、その手を止めます。
しかし奥から出てきた船長が、デュランを引き離します。
「悪いが、もう出航せねば潮目が変わってしまう。諦めてくれ」
「だけど!?」
「この人数が海を彷徨った時、最悪の場合は全員が餓死しかねんのだぞ!」
「ッ……!?」
デュランが周囲の人々を見渡し、言葉を詰まらせました。
自然と、船乗りに掴みかかっていた力が抜けます。
「船が出るぞおおお!」
こうして、接舷していた船が出航します。
デュランたちは甲板の縁に身を乗り出してケヴィンたちを待ちました。
そしてついに、港から大きく離れてしまった時、港に三人の影が見えたのです!
見れば、獣人たちに追われているではありませんか!
ケヴィンたちを待って、万が一獣人たちが船に乗り込んでいたら、もはや出航どころではなかったかもしれません。
残酷ですが、船長の判断が正しかったと言わざるを得ませんでした。
「クソッ! オレだけでも……!」
デュランが、今から海に飛び込みかねない気迫で甲板の縁を掴みます。
そんなデュランの肩に、アンジェラが手を置きます。
「冷静になって! あなたとフェアリーは先に進まなきゃいけないのよ!」
デュランが、唇を噛み締めて踏みとどまります。
「そうだ……そうだな……だが……」
船の上で、懸命に衝動を堪えるデュランですが、ふと何かが聞こえました。
ふと見上げると、港から叫ぶ声が聞こえます。
めいっぱいの、ケヴィンの大声でした。
──フォルセナ、
──行け!
デュランは確かに、故郷の名を聞きました。
──英雄王、
──マナストーン!
そして、断続的にですが、ふたつの単語も聞こえました。
デュランはハッとしました。
光の司祭からの指針がない今、どこにマナストーンがあるのか、どこに精霊がいるのか、不透明な状態でした。
ケヴィンたちは光の司祭に代わる指導者を教えてくれたのです!
デュランが甲板から雄たけびを上げました。
「必ず生きて脱出してくれ! フォルセナで会おう!!」
渾身の咆哮でした。
果たしてそれが伝わったかどうか。
しかし、デュランは確かに見ました。
港で暴れまわっている三人が威勢を増したのを!
デュランは港が見えなくなるまで、拳を握りしめてジャドの方を見つめていました。
その隣に、フェアリーがふわりと姿をあらわします。
「ずいぶん時間を無駄にしてしまったわ……マイアについたら、急いでフォルセで残りの精霊がどこにいるか、英雄王様に聞いてみましょう」
「フォルセナ……フォルセナかぁ」
たいそうきまりが悪い顔でデュランがぶつぶつと言うので、アンジェラが小首をかしげます。
「あなたの故郷でしょ?」
「そうなんだけど……オレは強くなるまで、戻らない!って誓って出てきたもんだから……据わりが悪いっていうか」
「そーんなちっちゃいことを、いまさらきにすなでち! せかいのききなんでちよ!」
「そうなんだよなぁ……オレ個人のクラスチェンジよりも、そりゃー世界の方が大事だよなぁ……でも英雄王様にもきちんと挨拶して出てきたのになぁ……」
やがてデュランは吹っ切れたように膝を叩きました。
「ええい、オレの都合じゃなくて、世界の都合なんだ。ちょっとくらいの気恥ずかしさなんて、飲み込んでやるぜ」
こうして、三隻の船はマイアに向けて海を渡っていきました。