第一話「月下の出会い」
時は、デュランが到着するよりも早い頃合いの話になります。
城塞都市ジャド。
三階層から成る鉄壁の城塞として名高いその街は、その日も平和でした。
港では行き来する船と共に、船乗りや外国からやってきた人間で溢れています。
快晴の下、海も穏やかそのもの。
桟橋を歩く船乗りたちも、気持ちよく仕事ができるというものでした。
その港の埠頭に、
「ぷはぁっ!」
なんと海から野生児が這い上がって来たではありませんか!
これには仕事をしていた船乗りたちもびっくり仰天!
「うお!? なんだい、おまえさん、海水浴ならヨソでやってくれよ! 仕事の邪魔だ!」
「アウ、ごめん……」
船乗りたちに怒鳴られて、しょんぼりとする彼の名はケヴィン。
親友のちびウルフ、カールを生き返らせるためにウェンデルを目指し、その玄関口であるジャドに辿り着いたのです。
カールを生き返らせるため、ビーストキングダムから飛び出したケヴィンは、まず西進をしました。
そうして月明かりの都ミントスまでやってきたケヴィンは、なんと海に飛び込んだのです!
ミントスはめったに外界と交流しない獣人の都。
外国から来る船も、外国に行く船もめったにありません。
そう聞かされたケヴィンは、迷うことなく泳いでウェンデルを目指そうとしたのでした。
ぶるぶると身を震わせて水気を切ったケヴィンは、船乗りに尋ねます。
「ここ、ジャド?」
「ああ、そうだ。なんだ、どっかから流されてきたのか、おまえさん?」
不思議そうな船乗りに、ケヴィンは首を振ります。
「オイラ、ウェンデルに行きたい。だからまず、ジャドに来た」
「なら、街を出て南に進むんだな。滝の洞窟を通って、ウェンデルに行くんだ」
「ありがとう! 早くウェンデルに行かないと、まずいことになる」
遠泳の途中、ケヴィンはずっとビーストキングダムとウェンデルを結ぶ空の方角を気にしていました。
人間討伐隊の本隊は船を使う予定ですが、指揮官クラスの者たちと先発隊は巨大なワシで空を渡ってくる手筈なのです。
ケヴィンが見えていた範囲で、巨大なワシの編隊飛行はありませんでした。
つまりほぼ確実に、ルガーたち人間討伐隊よりも早くウェンデル近郊に来ているはずなのです。
このまま、ウェンデルに辿り着いて、早く光の司祭って人に会わないと!
そう気が急いていたケヴィンですが、ジャドの港から街に出ると、足を止めてしまいました。
燦々とした太陽の光の下、活気にあふれた街の風景が、見たこともない輝きを放っていたからです。
ケヴィンはビーストキングダムと月夜の森の外の世界を知りませんでした。
月のマナストーンの影響によるものか、月夜の森に太陽は昇らないのです。
ずっと月が輝く、夜だけの世界。
そんな世界で生きてきたケヴィンにとって、太陽の下で生きる者たちの営みはとても新鮮でした。
あちこちで珍しい匂いがします。
あの建物はなんでしょうか。
子供も大人も、なんだかエネルギーに満ち溢れた顔をしているではありませんか!
それも、獣人たちが人間たちに復讐をしようとするようなネガティヴなエネルギーではなく、もっとポジティヴなエネルギーです。
ジャドの風景を見ると、なんだかケヴィンも楽しくなってきました。
そんな風に気持ちが切り替わると、途端にケヴィンの腹の虫が鳴きました。
遠泳はほとんど飲まず食わずで、だましだまし陸地で休んだ時に小さな鳥や獣で飢えをしのいできたのです。
ケヴィンは鼻をひくひくさせ、美味しそうな匂いのする方へとふらふら引き寄せられていきました。
そこは港で捕れた魚を焼いている露店の屋台でした。
「ねぇ、それ、おいしいの?」
ケヴィンがおそるおそる尋ねると、愛想のいいオヤジが串に刺した魚を持ち上げます。
「ああ、捕れたて新鮮の魚だよ! 一匹5ルクだ! 買っていくかい?」
ケヴィンは半渇きのズボンから、いつかどこかで拾って、ポケットに突っ込んだままだった硬貨を取り出して手渡しました。
「ひぃふぅみぃ……おいおい兄ちゃん、これじゃ4ルクだ。1ルク足りないよ」
「アウウ……」
そっけなく4ルクを返されたケヴィンはしょんぼりとうなだれて、とぼとぼと踵を返します。
その時、また盛大にお腹の鳴る音がしました。
「……あー、兄ちゃん!」
すると露店のオヤジが、その背中に声をかけてきます。
「もう一回、手持ちを出して見な!」
「?」
言われるまま、ケヴィンは4ルクを両手に乗せて差し出します。
オヤジがそれを乱暴にひったくると、再び硬貨を数え始めます。
「ひぃふぅみぃ……あー、悪かったな、やっぱり数え間違えてたぜ。ほら、5ルク」
するとどうしたことでしょう!
オヤジの手の中には、5ルクがあるではありませんか!
「あれ……でもオイラ……4枚しか……」
「ほら、こいつを喰って、食い扶持を探しな! 兄ちゃん、まだ若いし筋肉もすげぇじゃねぇか。絶対に引く手あまただぜ!」
オヤジが並んでいた中で一番大きな魚が刺さった串を取り上げて、強引にケヴィンに握らせます。
「えっ……!? でも……でも……いいの?」
おろおろするケヴィンは恐る恐る尋ねます。
このいいの?という言葉には、獣人である自分に施してもいいのか?
そんな意味も込められていましたが、もちろんオヤジに分かるはずがありません。
遠慮がちな子供だなぁと思うばかりのオヤジは、快活に笑ってその背中を力強く叩きます。
「いい若いもんがしょぼくれてんじゃねぇよ! 食って元気を出して、バリバリ働きな!」
「……うん! うん! ありがとう、ありがとう! おじさん!」
ケヴィンが感激しながらあっという間に焼き魚を頭から尻尾まで平らげてしまいました。
あまりの食いっぷりに、オヤジもほ~と驚きます。
「よっぽど腹減ってたんだな」
「オイラ、月夜の森からずっと泳いできた。途中で食べるもの、ちょっとだった」
「月夜の森?」
オヤジが眉根をひそめます。
その顔に、ケヴィンがびくりと身をすくめます。
やっぱり月夜の森から来た獣人と言ってしまうと、迫害されてしまうものだったのだろうか?
そんな風に恐れたのです。
しかしオヤジの反応は淡白なものです。
「月夜の森からって泳いできたって無茶苦茶だな、兄ちゃん……ああ、そうか。もしかして兄ちゃん、獣人なのか?」
思っていた反応ではなかったケヴィンが、おそるおそる頷くと、オヤジはふーんと好奇の目です。
「道理でこんなにすげぇ体なワケだ。へ~獣人ならジャドまで泳げるのか。船要らずだな……おう、獣人ってアレだろ? 変身できるんじゃねぇのか? やってみてくれよ!」
ケヴィンに嫌悪感なんてこれっぽっちも示さずに、若くはち切れんばかりの筋肉を無遠慮に触ってきます。
「おじさん……オイラのこと、イヤじゃないの?」
「え? なんで?」
「獣人って……迫害されてるんじゃ……」
「ああ、昔はそんなこともあったらしいな」
そういえば、とオヤジはうろ覚えの歴史について話すような口ぶりです。
「だけど兄ちゃんがオレに何かしたわけでもないし、オレが兄ちゃんに何かしたわけでもないだろ」
当然のことを語るオヤジに、ケヴィンもまた、確かにそれは当然のことだと今さらのように気づきます。
今日の今まで、人間は獣人をずっと憎んでいるものだと思い込んでいました。
ケヴィンの周囲の獣人たちがそうだったからでした。
しかし当のケヴィンが人間に対して何も思っていないように。
獣人に対して何も思っていない人間が、いてもおかしくないではありませんか!
その事実に気づいたケヴィンは、心の中が晴れやかな気持ちで溢れるようでした。
「お……おじさん! おじさん、ありがとう……ありがとう!」
「な、なんだよそんな……1ルクぐらい、どってことねぇよ」
ケヴィンの感動と感謝が分かるはずのないオヤジは、受け止めきれずに大げさなヤツだなぁと言わんばかりです。
「それより月夜の森から、なんだってこんなところまで来たんだ? 獣人ってのは森で引きこもってるもんじゃねぇのかい?」
「あっ! そうだ、オイラ、ウェンデルに、行かなきゃ! 急がなきゃ、ダメなんだ! ウェンデルが危ないんだ!」
「なんだ、ウェンデルに行く途中だったか」
ケヴィンが慌ててきょろきょろし始めて、街の外へどう出ればいいのか混乱する様子に、オヤジが苦笑します。
「そう慌てなさんな。ほら、あそこが城門だ。外に出て、ずっと南に下って行けば滝の洞窟に行きつくはずだ。近くにはアストリアって村もある。獣人でも腹が空けば疲れもするんだろう? きちんと休みながら行くんだぞ」
最後の最後まで親切にしてくれるオヤジが示す方向に、ケヴィンが歩き始めます。
ケヴィンは何度も振り返り、オヤジに手を振りました。
「ありがとう! ありがとうね! おじさん!」
「おう、兄ちゃんにマナの女神様の加護がありますように!」
こうしてケヴィンはジャドを出て、ラビの森に繰り出しました。
月夜の森でウルフと渡り合っていたケヴィンにとって、ラビの森は平和な森そのものでした。
狂暴なラビがいても、ケヴィンの強さを察してか襲い掛かってくることはありませんでした。
道中お腹がすくと獣を狩り、木の根を枕に眠について、ケヴィンは快適に森を進んでいきます。
しかしひとつだけケヴィンを煩わせていたことがありました。
それはシェイドの刻、胸の奥がざわめくような感覚に苛まされるのです。
理由は明白で、獣人の血が騒ぐのです。
月のマナと密接な関係を持つ獣人にとって、月の出るシェイドの刻は特に本能が刺激されます。
ケヴィンはそれを理性と、カールを手にかけてしまった時の嫌悪感でどうにか抑え込んでいました。
魔物を追い払っている時などは、特に獣人になってしまいそうになり、自然とケヴィンはシェイドの刻は眠るように努めました。
さて、何度かの野営を経て、ずいぶんと南下した頃合い。
時刻はシェイドの刻でした。
歩いていたケヴィンの鋭敏な聴覚は水が落ちる音を捉えます。
音の方へと進んでいくけば、岩場が突き出て、道なりに屋根を作っているような一角に辿り着きました。
山の高い位置から流れてくる水が、この屋根を伝ってしたたり川に流れ落ちているのです。
ケヴィンはちょっとした階段を一息に昇ると、ぽっかりと口を開く洞窟の入り口を見つけました。
これが滝の洞窟だ!
喜びのまま洞窟へ駆けこもうとした時!
ごちん!
ケヴィンは見えない壁に阻まれて、したたかに額を打って後ろに倒れてしまいました!
「あいたたた……なに!? 壁!?」
立ち上がったケヴィンが洞窟の入り口に触れますが、たいそう強固な結界が張られているではありませんか!
周囲を調べてみますが、入り口はこのひとつだけのようでした。
「困ったな……どうしよう……」
もう少しでウェンデルまで辿り着くと思ったのに、まさかの足止めにケヴィンは呆然と立ち尽くしてしまいます。
どうすればいいのか、考え込んでいると、ケヴィンはふと不思議な音を聞きつけます。
ひゅーーーーー…
「うん?」
空を見上げると、高速と回転しながら女の子が落っこちてくるではありませんか!
そうです、ウェンデルから文字通り飛び出してきた、シャルロットです!
「あ、危ない!?」
とっさに身構えたケヴィンは、落下してくるシャルロットを受け止めます。
しかしその威力のすさまじいこと!
ふたりはもつれ合うように地面に転がり、途中で離れて別々に岩壁とぶつかってしまいました!
「あいたたた……」
とはいえ、ケヴィンの強靭な肉体と柔軟な筋肉が落下の衝撃はほとんど殺してしまい、どちらも大きな怪我はありません。
まずはケヴィンが立ち上がりました。
「ウウ……、何だ、何だ! お、女の子!?」
周囲を見渡すと、ぐったりと気絶して倒れているシャルロットが!
「アワワ、どどど、どうしよう……」
そのまま放っておくわけにもいかず、ケヴィンは伸びてしまっているシャルロットを背負って、どこか休めるところはないか走り出します。
来た道を戻り、右往左往をしているとうちに、ふとジャドで聞いた話を思い出します。
確かこのあたりにアストリアという村があるはず!
果たしてケヴィンは、人の気配や匂いを辿って湖畔の村アストリアに行きつくことができました。
「おじさん、女の子、落ちてきた! 気絶してるから、休ませてあげて!」
ケヴィンが宿に駆け込むと、カウンターで居眠りをしていた宿屋の主人が跳び起きます。
「お、落ちてきたじゃと!? そりゃたいへんじゃ……ふむ、確かに眠っているだけのようじゃが」
宿屋の主人がシャルロットの様子を軽く見て、慌てケヴィンたちを空き部屋に案内します。
シャルロットをベッドに寝かせると、穏やかな寝顔ですやすやです。
ケヴィンはひと安心して、窓の外を眺めながら思案します。
どうやら滝の洞窟には入れないようです。
別の道を探すしかありませんが、収集した情報では滝の洞窟くらいしか道はなかったはずです。
果たしてウェンデルに行けるのか……
いいえ、悩んでいたって仕方がありません。
手当たり次第にでも道を探そうと決意しました。
ケヴィンが心の中で方向性を固めた頃合い、シャルロットがもぞもぞと起き上がってきました。
「あ、お、おきた……? そ、その……ここ、アストリア、宿屋。平気……? きみ、空から落っこちてきてから、つれてきた……」
「……う、う、ごめんちゃい。ごめいわくをおかけしちゃったでち……みっくのやつ~! しっぱいしたでちね! うぎぎ~かえったらおしおきでち!」
ベッドの上でぷりぷりと怒るシャルロットに、ケヴィンが目をしばたかせます。
どうやらミックという人物のせいでこうなったようです。
「オ、オイラ、もう行くね。もう、夜おそい。キミは、寝ていくといい……」
とはいえ、ケヴィンも先を急ぐ道中です。
それだけ言い残して、宿屋を辞してしまいました。
去り際、シャルロットが再び枕に頭を預けてすやぁとするのを見届けて、ケヴィンは宿屋の主人に声を掛けます。
「オイラ、行くね。あの子、よろしくお願い」
「おお、女の子が落っこちてきたなんて、とんだ災難じゃったなぁ。おまえさん、人助けをしてえらいのう」
宿屋の主人にそう褒められて、ケヴィンはえへへと照れてしまいました。
「ねぇ、おじさん。滝の洞窟に、行けないんだ。別の道、ない?」
「ああ、それはヒース様が結界を張ったからじゃな。ううむ、別の道か……それを探すよりも、ヒース様に結界を解いてもらった方がよかろう」
「ヒース? 誰?」
「ウェンデルからいらっしゃった、高位の神官様じゃよ。最近、アストリアの周囲に奇妙な光があらわれてのう。その調査にいらっしゃったのじゃ」
宿屋の主人の言葉に、ケヴィンが首をかしげます。
「光と結界、関係あるの?」
「結界については、よく分からんのう。北から怪しい気配がするので、念のためと言っておられたが……」
獣人のことを言ってるのだろうか?
もしそうなら、ヒースという人はただ者じゃない!
ケヴィンはそう直感して、ヒースという人物に興味が沸きました。
「……そのヒースって人に、お願いしたら、結果を外してくれる?」
「そりゃあ、結界を張った本人じゃからのう。ヒース様の用が済めばになるが、解いてくれるはずじゃ」
「ねぇ、そのヒースって人、どこ?」
どうすればいいか、何をすればいいか分からなかったケヴィンですが、やおら道が見えてきた気分です。
つまりヒースという人を手助けして、その見返りとして結界を外してもらえばいいんだ!
「ラビの森の西の方を調べるとおっしゃっておったのう」
「分かった! ありがとう、おじさん!」
宿屋の主人から方位を聞けば、ケヴィンはさっそく宿を飛び出します。
「こ、これ! もう夜も遅くて危険じゃ、今日はもう……おお、なんという健脚じゃ。もうあんなに遠くに……」
ケヴィンを引き留めようとした宿屋の主人の声を置き去りに、ケヴィンは夜のラビの森へと飛び込みます。
夜の森は危険ですが、ケヴィンにとっては散歩とまるで変わりがありません。
なにせ月夜の森に比べるとはるかに安全なのですから。
道中、ラビやマイコニドを文字通り蹴散らして、ラビの森の西の方を走り回ります。
「ヒースさん、ヒースさん……う~ん、そういえば、どんな人か、聞いておけば、よかった……」
ウェンデルの神官としか聞いていないケヴィンは、はたと容姿や外見に目星がつけられないことに気づきます。
こうなれば森で出会った人たちに手当たり次第、聞いて回ろう!
そう考えたケヴィンですが、夜の森だからか、運が悪いからか、誰かと遭遇することなく無為に森をさまよい時間が流れてしまいます。
いよいよ夜も更け、さしものケヴィンも倦んできた頃合い。
このままやみくもに探してもダメかもしれない。
そう思い至り、木の根に腰を下ろします。
見上げれば、月の綺麗な空でした。
しかし小さな月でした。
外の世界に飛び出して、ケヴィンは月夜の森で見る月が、外国から見る月よりも遥かに大きいのだと知りました。
月のマナストーンによる影響なのは察しがつきますが、ケヴィンは小さな月も好きでした。
この小さな月の方が、他の星々と仲良くしているように見えるのです。
ぼんやりと月を見上げながら、一度アストリアに戻った方が良いだろうかと考えがよぎります。
しかし早くウェンデルに行かないと。
ケヴィンが判断に迷い、決断できないまま休んでいると、かすかに地面が揺れた感じを覚えます。
「?」
木の根から腰を上げ、ケヴィンが地面に耳をあてがいます。
すると、やはり地中で何か動きがあるようです。
地震でしょうか?
いいえ、これは!
「なにか……来る!?」
ずがーーん!!
瞬間、ケヴィンが立っていた地面がひび割れ、地中から巨大な刃が突き出てきたではありませんか!
「なになに、なに!?」
とっさに飛びのたケヴィンは、間一髪で刃を躱します。
そして目撃したのです、巨大なカマキリのようなモンスターが這い出てきたのを!
刃と思われたものは、こいつが両手に備えているカマだったのです!
「な、なんだ、こいつ……!?」
巨大なモンスターの細い偽瞳孔が、驚くケヴィンをじろりと捉えます。
そしてアリのような頭部が、獣のような咆哮を発し襲い掛かってきました!
「わわわ!?」
振り上げられた両のカマが、草を刈るようにケヴィンに振るわれるのです!
その威力たるや、ケヴィンが躱した拍子に近くの木を切断してしまう威力です!
斬られた木が倒れる音を背に、そのカマの鋭さにケヴィンはぶるりと戦慄しました!
「じょ、冗談じゃない! オイラ、おまえなんかに、構ってるヒマ、ない!」
もちろんそれで巨大モンスターが聞き分けてくれるはずがありません。
いっそう激しく、カマを振り回してくるではありませんか!
巨大モンスターはそのサイズに反して非常に機敏で、ケヴィンはどんどん追い詰められていきます。
「ッ……!?」
逃げている最中、どんとケヴィンの肩が岩壁にぶつかり、動きを止めてしまいました。
なんとケヴィンは袋小路に追い詰められており、いよいよ後がなくなってしまったのです!
戦うしかない。
でも、今はシェイドの刻。
ラビの森に出現するモンスターと考えるには、この強さは別格です。
間違いなく、獣人の本能を抑えきれないでしょう。
嫌だ……
もう獣人の血で、戦いたくなんてない!
カールを打った時の嫌悪感が手によみがえり、獣人の本能が暴れ狂えと脳髄に訴えかけてくるざわめきます。
ケヴィンの心の中で様々な感情が濁流のように渦巻き、身動きが取れなくなってしまいました!
その硬直時間。
ついに巨大モンスターのカマがケヴィンの体を捉え──
「危ない!」
その瞬間、何者かの声と共に、巨大なカマに光が炸裂しました!
強い音と衝撃が響き渡り、攻撃魔法だったとうかがえます。
ざぐん!
光の攻撃魔法によって逸らされたカマは、ケヴィンを逸れて岩壁に突き刺さります。
その隙にケヴィンが袋小路から抜け出すと、入れ替わるようにケヴィンを守る立ち位置に滑り込んできた人物がいました。
転がるように逃げ出したケヴィンが、月光に照らされたその背中を見上げます。
それは雪色の神官。
ケヴィンを守るように現れた人物は、肩越しに微笑みかけてくるではありませんか。
「だいじょうぶ? あの巨大な魔物はマンティスアントだ。本来ラビの森にいるはずがないんだけど……これもマナの変動による影響か」
「あ、ありがとう! 助かった……あ、あの……あなたは……もしかして!」
巨大モンスターがカマを引き抜くと、ひとり増えた獲物に、牙をカシャカシャと開閉して威嚇します。
すぐさま襲ってこないのは、神官の実力を感じ取って容易に踏み込めないと見たのでしょう。
ケヴィンを助けた人物は、小さなホーリーボールを八つ生成します。
それを手首の周囲に衛星のごとく公転させて構えました。
そして恐れることなく毅然とモンスターを見据えながら、背後のケヴィンに優しく言葉をかけるのです。
「私の名はヒース。ウェンデルの神官だよ」