すっかりケヴィンがヒースに打ち解けた頃合い。
そういえば、とヒースが切り出します。
「ケヴィンくん、私にお願いがあると言っていなかったかい?」
自身も忘れてしまっていたことに、ケヴィンがあっ!と声を上げます。
「そうだ! オイラ、ウェンデルに、行きたい! 滝の洞窟に結界を張ったの、ヒースさんって、聞いた!」
ヒースが、ああ、と手を打ちます。
「そのことか。すまない、少し気になることがあるってね。用心のために結界を張っているんだ」
「その用心、当たってる! ビーストキングダム、ウェンデルを狙ってる!」
「なんだって!?」
ケヴィンの言葉に、ヒースが驚きの声を上げます。
「ビーストキングダム、人間討伐隊、作った! 人間たちが、すっごく頼りにしてる、ウェンデルを攻撃して、復讐するって!」
「……私が感じていた嫌な予感はこれだったのか」
「オイラ、ウェンデルの光の司祭に、会いたい。会って、カールが生き返る方法、知りたいんだ。だから、ビースト兵たち、来る前に、ウェンデルに行きたい!」
「それは……」
ケヴィンの純真なまなざしに、ヒースが言葉を濁します。
「ケヴィンくん、死んでしまったカールを生き返らせる方法は……もう……」
「そ、そんなはず、ない!? 光の司祭なら、分かるって……オイラ、そのために光の司祭に、会いに来た……!」
ケヴィンの様子は非常に真剣な様子です。
今、ここでヒースが否定するだけでは、きっとその心を傷つけるだけに終わるでしょう。
ウェンデルの光の神殿で、光の司祭によって諭してもらう。
その上で心の傷を治すための方針を説いてもらうべきだと感じたのです。
つまり、ケヴィンをウェンデルに導くべきだと、ヒースは確信したのです。
「……分かった。一緒に行こう。ただ、その前にマンティスアントだ。ヤツのようなモンスターは野放しにできない」
ヒースがすっくと立ちあがります。
「ケヴィンくん、近くにアストリアという村がある。君はそこで休んで……」
少しだけ待っていて欲しい。
そう言葉にする途中、ケヴィンもまた雄々しく立ち上がります。
そして勇ましいまなざしでヒースをじっと見つめるのです。
その意図は言葉にせずともはっきりと伝わり、ヒースが苦笑します。
「一緒に来てくれるんだね」
「うん、オイラ、マンティスアントの攻撃、覚えた! 次はもう、だいじょうぶ!」
「ありがとう、ケヴィンくん。君と一緒だと、すごく戦いやすいんだ。私たちは、相性がいいかもしれない」
「オイラもそう思った!」
こうしてふたりはマンティスアントを追跡し始めました。
まずはマンティスアントが掘って逃げ出した地中を探ってみました。
マンティスアントの巨体が掘った穴のこと、ふたりが並んでも潜れるほどのサイズです。
しかしこの穴は、少し進んだだけですぐに地上に出てきました。
木々を切り倒して奥へ進んだ痕跡はありますが、すぐに途切れて行方が分からなくなります。
周囲を注意深く探っても、やはり行方を辿れそうにありませんでした。
ケヴィンとヒースは、太陽がすっかり上り切るまで森を調べましたが足取りを掴めません。
「困ったな、どこに行ったんだ」
「アイツ、隠れるの、上手い」
「あの大きな体だ、見つけやすいと思ったんだけど……」
「これだけ探しても見つからない、おかしい」
ケヴィンが訝しげに森を見渡します。
「オイラ、森でたくさん過ごしてた。だから、分かる。森って、いろんな跡がつく。それがないの、おかしい」
「そうだね。まるで森にもういないみたい……」
そう言いかけて、ヒースがはっとします。
「もしや、まだ地中にいるんじゃないかな?」
「地中?」
「地面を掘るのがすごく上手かったからね。もしかしたら地面の下に隠れてるのかも」
「それだ!」
ケヴィンが飛び跳ねて、それから地面に耳をひっつけました。
真剣な表情で耳を澄ませて、突然立ち上がります。
そして、「こっち!」とヒースを手招きして場所を離れ、また地面に耳をひっつけて何かを聞き取る。
それを数回繰り返して、
「ここ! 地面の下、おかしい! 何か、いる! それに、空っぽ!」
ケヴィンが森の一角、拓いた場所の地面を指さしました。
とはいえ、歩いた感じは普通の地面です。
周囲を見渡した感じ、地面の下につながっている穴が開いているわけでもありません。
別の場所穴を掘って、ここまで移動してきたというところでしょう。
「下に空間があるってことなのかな」
「ウウ……つながってる穴、探す?」
ケヴィンの提案に、ヒースは少し考えて、首を振りました。
「覚えたての大技があるんだ。それを使ってみるよ」
ヒースがひざまずき、天に祈りを捧げるようにして魔力を練り始めました。
最初こそ静謐とした魔力運用でしたが、徐々にケヴィンですら分かるほどに光のマナが満ち溢れてくるではありませんか!
莫大な光のマナを制御して、ヒースが立ち上がり、天を指します。
そして勢いよくその指を地に振り下ろしました!
「セイントビーム!」
力強いヒースの言葉と共に、魔力が解放されれば、天が閃きました。
稲妻のように幾条もの光の束が降り注ぎ、地を穿ったのです!
荘厳とすら思えるほどに美しい魔法ですが、その破壊力たるや天災さながらのパワーではありませんか!
豪快な音を立てて粉砕された地面に大きな穴が出来上がってしまったのです!
するとそこには大きな空洞が広がっており、なんと片隅にマンティスアントを発見しました!
どうやら食事中だったようで、なにかをがっついていたようですが、突如として差し込んだ光に度肝を抜かれているようでした。
「いた!」
「行こう、ケヴィンくん!」
ふたりが地下の空洞に降り立つと、そこには動物の骨が転がっていました。
マンティスアントが食べたものでしょう。
そして。
その中に人骨が混ざっているのを確認して、ヒースが厳しい顔をします。
「マンティスアント、これ以上この森の平和を乱すことは許さない。マナの輪廻に還ってもらう!」
マンティスアントが咆哮し、両手のカマを振り上げました。
ケヴィンが飛び出し、ヒースがホーリーボールを充填、手首を中心として衛星さながらに回旋させて隙を伺います。
まずはケヴィンが飛び出して、怒涛の拳打を繰り出しました!
マンティスアントも両手のカマで応戦します。
先刻の戦いでマンティスアントのクセを掴んだケヴィンは、カマの攻撃に対抗する精度が各段に増していました。
防ぐ・受け流す・躱す。
どの動きにも、危なげがありません!
それでもマンティスアントが巨体を利して押し切ろうとすると、絶妙なタイミングでヒースのホーリーボールが飛んできてはケヴィンの立ち回りを助けます。
このまま押し切れる!
ケヴィンとヒースが言葉にせず思いをシンクロさせます。
しかし敵もさるもの。
ケヴィンがマンティスアントを学習したように、どうやらマンティスアントも、ケヴィンとヒースの助け合いを学習している様子がうかがえました。
ヒースのホーリーボールの火線上にケヴィンが来るように立ち回る。
ケヴィンの拳を、カマの峰でいなすような動きをするのです!
お互いが敵を学習をし合っているので五分の状況……
そう見えて、しかしケヴィンとヒースのコンビネーションがじわじわとマンティスアントを追い詰めていきます。
ケヴィンがどう打ち込みたいのか。
ヒースがどうホーリーボールを撃ってくれるのか。
ケヴィンとヒースは互いに互いを尊重し合い、その技の威力を相乗させていくのです。
どんどん噛み合っていくふたりの呼吸に、もう少しでこの五分の状況が打破されてしまう。
そう察したマンティスアントは、先手を打つように大きな動きに出ました。
鋭いカマの一撃で、ケヴィンを大きく後退させれば、自らのふたりから距離を取ったのです。
そして両手のカマをぶんぶんと振り回し始めました。
真空の刃を準備し始めたのです!
「させない!」
ケヴィンが迅速に踏み込んで、真空の刃を形成しきる前に仕留めようとします。
しかしヒースは気づきます。
マンティスアントの周囲で土のマナが活性化しているのを!
「ケヴィンくん、待つんだ! 違う! 真空の刃じゃない!」
ヒースの叫びと、マンティスアントの足元から何かが飛び出してくるのはほとんど同時でした。
それは地中の元素を凝集してできたダイヤモンドの刃!
果物ナイフ程度のサイズですが、キラキラときらめきながらマンティスアントの頭上に展開して、ケヴィンへと降り注ぎます!
「なにこれ!?」
「ダイヤミサイルだ!」
ケヴィンが急ブレーキをかけ、驚愕の表情で横っ飛びに躱す動作!
そしてヒースは駆けだしながら、ホーリーボールを連射してダイヤミサイルを撃ち落とそうとします!
撃ち落とせたのは半分程度。
ダイヤミサイルが二発、ケヴィンに届いてしまいました!
「がぁ、ゥッ!」
直撃こそ免れましたが、ケヴィンはダイヤミサイルによって腕と足に浅くはない傷を負ってしまいます!
さらにそこへ、真空の刃が左右からケヴィンに襲い掛かってくるではありませんか!
「させない!」
間一髪、滑り込んだヒースが、ホーリーボールを纏った掌で真空の刃を双つ、叩きつぶしてしまいました!
しかしそんなヒースへと、マンティスアントがカマを振り下ろします!
「ヒースさん!」
そのカマを、奮起して立ち上がったケヴィンが、両手に挟み込んで食い止めます!
真剣白刃取りです!
ですが、完全に勢いをせき止めることは叶わず、肩に刃が食い込んでしまったではありませんか!
「ケヴィンくん!」
「ヒースさん! 今! 全部、ぶち込んで!」
ケヴィンの咆哮に背中を圧されるように、ヒースがホーリーボールを右手首に装填していきます。
しかし、ワンテンポだけマンティスアントが早い!
止められていない、もう片方のカマをヒースに横薙ごうとするのです!
「ふんがぁッ!!」
ケヴィンが、鼻息を荒く気合一声!
掴みこんでいるカマをひねり上げて、馬鹿力でマンティスアントの体幹をねじってしまったのです!
人にかければ地面に叩きつけられるような投げ技です。
流石にマンティスアントの巨躯を投げ切ることはできませんが、カマの軌道をズラしてしまいました!
結果、頭上スレスレにカマが通り過ぎていくのとすれ違うように、ヒースがもう一歩、マンティスアントに力強く踏み込みます。
この一撃をやり過ごすことで、ヒースは八を数えるホーリーボールを十全に充填することができたのです。
狙いは、獣人化したケヴィンの殴打によって激しく損傷していた部位。
右掌を叩き込み、同時に八発のホーリーボールの威力を炸裂させるように上乗せ!
その渾身の一撃に、打ち込んだヒース自身が反動で吹き飛び、後ろ向きに倒れてしまいました。
そして。
脆くなった箇所へ、零距離で八発分のホーリーボールをぶち込まれた装甲は、ぶち破れて引きちぎれ、体内を暴れ狂った破壊力はマンティスアントの上半身破裂させてしまいました!
「ギィィィ!!!」
マンティスアントの下半身がずしんと倒れ、マンティスアントの頭部が近くに転がります。
頭部はカシャカシャと牙を開閉して威嚇してきますが、その動きも緩慢になり、やがて停止しました。
「やったね! ヒースさん!」
ケヴィンが飛び跳ねて喜びを表現すれば、ヒースを助け起こします。
「ありがとう、ケヴィンくん。私ひとりではやられていたかもしれない。君と一緒に戦えてよかった……」
「オイラ、ふたりで戦ったの、初めて。ヒースさん、オイラの気持ち、分かってくれるの、なんだか嬉しかった」
「それは私もさ」
ふふふ、とヒースがほほえみます。
「ケヴィンくん、傷を見せてくれ。ヒールライトをかけよう」
ヒースが魔力を練り、ケヴィンのダメージを丁寧に回復させていきました。
あたたかな光に包まれて、すっかり安心していたケヴィンの視界の隅、何かが動いた違和感がありました。
瞬間、勝利のリラックスから一転して緊張を走らせ、ケヴィンがヒースを突き飛ばしました!
「ヒースさん、危ない!」
「なっ!?」
突き飛ばされた驚きの中でヒースは見ました。
マンティスアントの頭部が、最後の悪あがきとして、アシッドブレスを吹きかけたのを!
「うわぁっ!」
ヒースをかばって、ひとりアシッドブレスを浴びたケヴィンが苦しみ始めます!
「まだ生きていたのか!」
マンティスアントの頭部に、ホーリーボールを撃とうとして、ヒースの動きが凍り付きました!
魔力切れです!
不幸中の幸いとして、今のアシッドブレスで本当にマンティスアントは死んでしまったようでした。
しかし魔力が切れたヒースは、ケヴィンの毒を魔法で治すことができなくなってしまいました。
「ケヴィンくん、すまない! 私が油断していたばかりに……しっかりするんだ、ケヴィンくん!」
「ウウ……ウウウ!!」
慌ててケヴィンの様子を見ますが、このままでは危険です!
手持ちのアイテムを確認しますが、解毒に使えるものがありません。
ヒースはケヴィンを肩で支え、急いで地下から脱出を図ります。
「ケヴィンくん、すまない。魔力が切れて、手持ちのアイテムも底を尽きている。君の解毒ができない状況だ……急いでアストリアに戻ろう。苦しいだろうけど、少しの間ガマンしてくれ!」
胸を押さえて苦しむケヴィンが、弱々しく頷きます。
こうしてヒースは、ケヴィンを支えて急いでアストリアへと戻っていきました。