聖剣伝説3 TRAILS of MANA   作:モティ

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第四話「アストリア炎上」

 

 うんうんと苦しむケヴィンを連れて、ヒースがアストリアまで辿り着いたのは昼を過ぎた頃合いでした。

 

 顔色も悪く意識は朦朧。

 

 呼吸も浅いケヴィンですが、危急に命の火が消えることはなさそうでした。

 

 もしかしたら横になっているだけでも治ってゆくのではないか。

 

 ヒースはケヴィンに肩を貸して歩きながら、そう感じるほどの生命力を感じるのです。

 

 とはいえ、きちんとした処方で休ませれば治りが早くなるのは当然の話です。

 

 アストリアに辿り着くと、ヒースは宿屋に直行しました。

 

「ご主人、部屋をひとつお借りします」

 

「おや、ヒース様。その方は……?」

 

「森で仲良くなった獣人の方です。大いに助けられたのですが、そのおかげで毒に見舞われて……」

 

「そりゃいけない! ささ、こちらへどうぞ!」

 

 ケヴィンをベッドに寝かせて、すぐにプイプイ草を買ってきます。

 

 さっそく煎じてケヴィンに飲ませれば、すぐにその容体が落ち着きました。

 

 マンティスアントと戦った疲労もあり、そのままケヴィンから穏やかな寝息が零れます。

 

「よし。ご主人、申し訳ありませんが、彼をこのまま休ませてあげてください」

 

「もちろんです」

 

 ケヴィンを寝かせて、ヒースも一息。

 

 すっかり補給を忘れていたことを思い出し、そのまま宿屋で食事をいただきました。

 

 謎の光の調査にめどがついたわけではありませんが、ビーストキングダムの侵攻は大ごとです。

 

 ケヴィンが目覚め次第、一度ウェンデルに引き上げた方がよさそうです。

 

 食後にケヴィンの経過を見に行くと、すっかり良くなっているようで、豪快な寝相で幸せそうな寝顔です。

 

 ヒースはほほえみながら布団をかけ直し、いったん部屋を辞します。

 

 自分も少し休むか? いや、ビーストキングダムの動向を調べた方が良いか。

 

 ヒースが思案していると、宿屋の主人がやってきました。

 

「ヒース様、あの子なんですがね、昨日の夜に空から落ちてきた女の子を助けた少年なんです」

 

「ケヴィンくんが、空から落ちてきた女の子を助けた?」

 

 ヒースは一拍、主人が何を言っているのか理解できずに反芻をしてしまいました。

 

 しかし内容だけを聞けば、なるほど、ケヴィンが他の場所でも人助けをしたのだろうと察せられます。

 

「それで、少年の方じゃなくて、女の子なんですがね。朝に目が覚めてからヒース様がどこに行ったかを村中で聞きまわっていたんですよ」

 

「え? あっ、もしやその女の子って……」

 

 嫌な予感がしました。

 

 ヒースの脳裏に浮かび上がるのはウェンデルの少女、シャルロット!

 

「その子は赤い帽子をして、クレリックの恰好をした?」

 

「ええ、そうです。やっぱりお知り合いでしたか」

 

「その子は今どこに?」

 

「ラビの森にヒース様を探しに行きましたよ」

 

「シャルロット!」

 

 ヒースが血相を変えて席を立ちます。

 

「きっと私を追いかけてムチャをしたんだ! すみません、ケヴィンくんをよろしくお願いします!」

 

 こうしてヒースはアストリアを飛び出していきました。

 

 それからヒースは、もう二度とアストリアに戻ってくることはありませんでした……

 

 さて、それからしばらくしてケヴィンはすっかり良くなって起き上がります。

 

「ふぁ~! よく寝た……ここ、どこ……?」

 

 朦朧とする意識の中で運び込まれたケヴィンのこと、ベッドの上で伸びをします。

 

 ぼんやりと部屋を見渡していると、なんだか見覚えがあるような、ないような。

 

「おお、起きたかね。すごいのう、もう顔色が良くなっておる」

 

 様子を見に来た宿屋の主人が、ケヴィンの快調に感心した様子です。

 

 その顔を見てケヴィンがあっと声を上げます!

 

「おじいさん、ここ、もしかしてアストリア?」

 

「そうじゃよ。ヒース様がおぬしを運び込んで、解毒薬を飲ませてくれたんじゃ。もう治ったかね?」

 

「うん、オイラ、元気!」

 

 ケヴィンが力こぶを作るポーズをすると、宿屋の主人がにっこりとほほえみます。

 

「それはよかった。ヒース様の手助けをしたんじゃって?」

 

「ウウ……そうしたかったけど、オイラが、ヒースさんに助けられた方が、多かったかもしれない」

 

「はっはっはっ、そりゃあ、あの人はウェンデルで随一の使い手じゃからのう。それについていけただけでも、大したもんじゃよ」

 

 宿屋の主人が、部屋の外を顎で指します。

 

「食堂で食事を用意しておるが、お腹の具合はどうかね?」

 

「食べる!」

 

 ケヴィンが勢いよくベッドから跳ねあがり、食堂まで足早についていきます。

 

 食堂では何人かの村人たちが食事をとったり、酒を飲んだりと和気あいあいとしていました。

 

 ケヴィンが大きなテーブルに案内されると、

 

「おー、兄ちゃんがヒース様を助けてくれたって獣人かい!」

 

 食事をしていた男に声を掛けられました。

 

 ケヴィンが一瞬だけ身構えます。

 

 獣人に対する迫害の意思や差別の皮肉があるかもと、警戒したのです。

 

 でも声をかけてきた男にも、周囲の村人たちにも、そんな差別的な感情はありませんでした。

 

 ケヴィンはおそるおそる頷きます。

 

「ウウ……うん、ヒースさんと一緒に、マンティスアント、戦った」

 

「マンティスアントと? そんなのがラビの森に出たのかよ」

 

「おいおい、マンティスアントといえば狂暴なモンスターだって聞くぞ」

 

「いなくなった旅人は、もしかしたらマンティスアントに食べられていたのかもしれん!」

 

 ケヴィンが応じると、他にも食事をしていた者たちがわいわいと近づいてきます。

 

「だいじょうぶ、マンティスアント、ヒースさんが、やっつけた!」

 

「おお、そりゃよかった!」

 

「そうか、その戦いを兄ちゃんが助けたんだな?」

 

「ありがとよ、これでも村も安心だってもんよ!」

 

 村人たちがケヴィンを囲んで、素直な感謝を向けてきました。

 

 ケヴィンは人付き合いが得意ではありません。

 

 なので、少しばかり据わりが悪い気持ちになってしまいます。

 

 しかし……嫌な気持ちではありませんでした。

 

 話もそこそこに、ケヴィンに素朴な食事が配膳されて、すきっ腹のケヴィンはぺろりと平らげてしまいます。

 

 その健啖ぶりに宿屋の主人も嬉しそうです。

 

「よく食べるのう。おかわりはどうじゃ?」

 

「いいの!?」

 

「ほっほっほっ、少し待ってなさい」

 

 宿屋の主人がにこにこと追加のパンやチーズを取りに行ってくれます。

 

 その隙に、村人たちもケヴィンに興味津々で話しかけてくれます。

 

「兄ちゃん、獣人ってのは、やっぱりたくさん食べるのかよ?」

 

「ウ……獣人、たくさん食べる。強くなる」

 

「だからそんなすげぇ筋肉をしてるんだな!」

 

「……みんな、獣人、こわくない?」

 

 ケヴィンの実直な問いかけに、村人たちが顔を見合わせます。

 

「こわい? ああ、昔は獣人をおそれて除け者にしていたという話があったが……」

 

「昔の話だっていうしなぁ」

 

「この村で獣人なんて見たの、初めてだぜ」

 

「ふっふっふっ、こうして言葉も通じて、同じものを食べておるのじゃ。それにおまえさんはヒース様を助けてくれた。ヒース様やわしらは、毒で苦しんでるおまえさんを助けた。そこに何の違いがあるというのじゃ?」

 

 村人たちが首をひねる中、宿屋の主人が新しい皿をケヴィンに差し出しながらほほえみます。

 

「昔は昔。今は今じゃろうとも……そうそう、昔といえば、わしも昔は、フォルセナの騎士に憧れたりしてのう……フォルセナにはリチャード王子という人がおって──」

 

 ケヴィンは老人がぽつり、ぽつりと零す昔語りを興味深そうに聞きながらパンやチーズを頬張りました。

 

 この老人にも、村の人々にも過去があり、現在があり、そして未来を持っているのでしょう。

 

 それが今、こうしてひととき交わって、こんなにもあたたかく迎え入れてくれる。

 

 それはとても素敵なことだと、ケヴィンは思いました。

 

 ジャドで自分に優しくしてくれた焼き魚の露店といい、ケヴィンは獣人への迫害とはなんなのかが分からなってきました。

 

 もしかしたらビーストキングダムで言われているほど、人間の世界は厳しいものじゃないのかな?

 

 ケヴィンが難しい顔をしていると、宿屋の主人がひげをねじねじします。

 

「ほっほっ、老人のつまらない話じゃったかのう」

 

「ううん、そんなこと、ない。オイラ、おじいさんの話、好き」

 

「そう言ってくれると、嬉しいのう」

 

 ケヴィンの真っ直ぐな眼差しに、宿屋の店主が嬉しそうにほほえみます。

 

 それから外に視線を巡らせました。

 

 そろそろウィスプの刻が終わりに差し掛かろうという時刻です。

 

「ふむ、それにしてもヒース様も遅いのう。おぬし、今日は泊まっていくかね?」

 

 宿屋の主人の言葉にあっとケヴィンが立ち上がります。

 

「そうだ、ヒースさん! どこ!?」

 

「それがまたラビの森に行ってしもうたのじゃ。なんでも、知り合いの女の子を迎えに行ったとか……ほれ、おぬしが運んでくれた女の子。あの子はヒース様を探してやってきたらしくてのう」

 

「オイラも、行く! おじいさん、ごはん、ありがとう! おいしかった!」

 

 もう完全に回復したと言わんばかりの確かな足取りで、ケヴィンは猛然と駆けだしました!

 

 宿屋の主人も、村人たちも、そのスピード感に唖然と見送るばかりでした。

 

 ケヴィンはそのままラビの森に突入して、再びヒースを求めて走り回ったのです。

 

 気づけば日は落ち、シェイドの刻。

 

 ケヴィンは懸命に探しましたが、ヒースは一向に見つかりません。

 

 やがて夜も深まってきた頃合い。

 

 こんなに探してもいないなら、ヒースはアストリアに戻っているかもしれない。

 

 そう思ったケヴィンがとぼとぼとアストリアに戻ろうとします。

 

 その道中、ケヴィンの鼻に何かが焦げるようなにおいが届きました。

 

「こ、これって……」

 

 それとほとんど同時。

 

 行き先に赤い炎が立ち上っているのが見えたのです!

 

 まさかそんな!

 

 アストリアが燃えている!

 

「ッ……!?」

 

 急いでケヴィンがアストリアに駆けつけた時、そこには村人を惨殺し、建物に火をつけている獣人たちの姿が!

 

「燃やせ燃やせ! 滝の洞窟の結界を破るため、アストリアの人間たちの魂が必要なのだ! これは、ウェンデル侵攻を開始する狼煙である!」

 

 陣頭で指揮を取っている黒い獣人は、ルガーの変身した姿です。

 

 兵として殺戮を繰り広げている獣人たちは、ことごとく変身した姿で一方的な蹂躙をしていました。

 

「ア……」

 

 その惨状に、村の入り口まで辿り着いたケヴィンはひと呼吸だけ凍り付き、

 

「アアアアアアアアアアッッ!!」

 

 気づけば駆けだしていました。

 

 そして最も近くにいた獣人を殴り飛ばしていたのです!

 

 殴りかかる途中、嫌悪感や不安を感じる間もなく、ケヴィンは獣人の姿へと変貌していました。

 

 怒りの激情は、獣人化の衝動とひどく似ていたのです。

 

 そして不思議なことに、体がケヴィンの意思通りに動きました。

 

 カールの時や、マンティスアントの時のように、血という血が熱く燃えるのは同じです。

 

 しかし今、ケヴィンは自身が制御できないという状況には陥っていません。

 

 自分の思いのまま、村に火を放つ者へ怒りをぶつけることができたのです。

 

 灼熱が肉体を暴れ狂う感覚の中で、ケヴィンは悟ります。

 

 人間の心と獣人の心が、どちらも同じ衝動で重なった時。

 

 獣人の体はようやく自分の言うことを聞いてくれるのだと。

 

「な、なんだ!? 誰だオマエ!?」

 

 同じ獣人に殴りかかられて困惑する獣人たち。

 

 しかも見覚えのない獣人なのですから、ひときわ混乱が巻き起こりました。

 

「なんだ、どうした?」

 

 その異変を察知したルガーが、村の入り口までやってきます。

 

「なんで村の人たちを!? ウェンデルと、関係ないじゃないか!」

 

 獣人をふたり殴り倒しながら叫ぶケヴィンの気迫に、さしものルガーも気圧されるものがありました。

 

「なんだ……誰だおまえ……いや、その服、まさかケヴィンか!?」

 

「ケヴィン?」

 

「どうしてこんなところに?」

 

「あいつ、獣人に変身できたのか?」

 

 周囲の獣人たちが困惑する様子に、ルガーが舌打ちします。

 

「なんのつもりだケヴィン」

 

「オレのセリフだッ!」

 

 激昂と共に、ケヴィンの拳がルガーの顔面にめり込みます。

 

「ガハッ!? この……! 裏切るつもりかケヴィン!」

 

 お返しとばかりにルガーの鋭いボディブロウがケヴィンに突き刺さります。

 

「グェッ!?」

 

「人間を討伐するとは、こういうことだ! それに、小癪にも滝の洞窟に結界が張ってある。それを解くためには、人間たちの魂が必要なのだ!」

 

「結界……解く? 誰が……」

 

「あの道化者が役に立ちたいと提案してきたのだ。目障りなヤツだが、オレたちだけでは手も打てんからな。一度は任せてやろうと思ったら……チッ、時刻になってもまだ姿を現さん。しかし作戦は作戦だ。アストリアの人間の魂を使いやすくしている」

 

「そんなことのために……」

 

 ケヴィンの体がわななき、悲しみと絶望感とやるせなさと、たくさんの感情がないまぜになって、腹の奥で噴火します。

 

「そんなことのために、こんなことをしていいわけがないだろうが!」

 

「黙れ、半血が! 今さらオマエなどが口をはさんでくるな! 目障りだ!」

 

 ルガーの拳がケヴィンを滅多打ちにしました。

 

 それでもケヴィンは倒れることなく、ルガーを振り切って村人に爪を振るう獣人や、家に火をつける獣人に殴りかかります。

 

「この!? 待たんか!」

 

 ルガーが追いかけてケヴィンを殴りつける。

 

 ケヴィンがルガーを振りほどいて、獣人たちに襲い掛かる。

 

 そんな奇妙な攻防が数回にわたって繰り広げられましたが、ついにケヴィンが複数の獣人たちに捕らえられて身動きができなくなってしまいました。

 

「手こずらせやがって」

 

 何度かケヴィンにいい攻撃をもらったルガーが、口の端に流れる血を拭いながら悪態をつきます。

 

「やめろ! 放せ! 迫害なんて! 迫害なんてなかった! 人間たちが、何をしたっていうんだ!」

 

 四人の獣人たちが羽交い絞めにして、押さえつけられたケヴィンは地に伏せながら叫びます。

 

 ルガーが牙を剥きだしにしてその頭を踏みつけました。

 

「ふんっ! 弱いヤツは何もできん。オマエのように、あの人間のようにな!」

 

 ルガーが指をさす方に、逃げまどう村人の姿が見えました。

 

 その中には。

 

 あの、宿屋の主人の姿も──

 

 ケヴィンの耳にまで、その小さな体が爪で引き裂かれた音が届き、飛沫き舞う血が目に映りました。

 

 ケヴィンの頭の中で、何かが切れた音がしました。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

 

 膨れ上がる激情が、そのまま筋力になるかのように。

 

 喉が張り裂けんばかりの雄たけびを上げて、ケヴィンが四人がかりの羽交い絞めを吹き飛ばしてしまったではありませんか!

 

「オマエら!! オマエらーーー!!!」

 

 ケヴィンの爆発的なパワーに先んじて、ルガーが的確な拳打を急所に突き刺してきます。

 

 しかしケヴィンは、その一撃を意にも介さず、ルガーを一撃でぶっ飛ばしてしまったではありませんか!

 

「隊長!?」

 

 慌てて獣人たちが駆け寄り助け起こしますが、ルガーはその手を払いのけて叫びました。

 

「クソッ! ケヴィンを取り囲め! 殺しても構わん!」

 

「もう!! やめろおおおおお!!」

 

 ケヴィンが暴れ狂い、手当たり次第に獣人たちをなぎ倒していきます。

 

 しかし、それでも数が違いました。

 

 明確にケヴィンを敵と見なせば、獣人たちもフォーメーションを組んできます。

 

 ケヴィンがひとり倒す間に、一撃を喰らいます。

 

 ケヴィンがふたり倒す間に、二発の蹴りを受けます。

 

 三人倒すまでに、四度の攻撃が突き刺さります。

 

 こうして徐々にケヴィンは追い詰められてしまいました。

 

 ケヴィンは燃える家屋を背に、獣人たちに包囲されてしまったのです。

 

 取り囲まれ、四肢もズタズタになったケヴィンはそれでもその痛みよりも、哀しみを双眸にたたえます。

 

「この村……こんな風になる……理由……なかった……」

 

「理由はある! 人間だからだ!」

 

 ケヴィンにさんざん妨害されたルガーは、怒り心頭で吐き捨てました。

 

「そんな理由で……そんな理由で! よそから来たヤツらが、穏やかに暮らしていた人たちを踏みにじっていいわけないだろうが!」

 

 血を吐くようにケヴィンが叫び、がむしゃらにルガーへと突撃しました!

 

 突破する作戦なんてない、感情のままに当たって砕けんとする踏み込みです。

 

 ルガーは憎らし気に顔をゆがめて、ケヴィンを死に至らしめるカウンターを狙い拳を構え──

 

「いいこと言うぜ。オレも同感だ」

 

 ケヴィンとルガーが激突する直前。

 

 ふたりの間に玉が投げ込まれ、ぼふんと盛大な煙が噴き出しました!

 

「なんだこれは!? 煙玉!?」

 

 一瞬で煙は視界を奪い、ひどい刺激臭が獣人たちの鋭敏な嗅覚をかき乱します。

 

 特にケヴィンとルガーの眼前でもうもうと噴き上がったので、ふたりとも咄嗟に飛びのき咳き込みます。

 

 そんなケヴィンの背後に、そっと優しく触れる手とささやく男の声がありました。

 

「こっちだ。逃げるぞ」

 

 そしてケヴィンの手を力強く引くのです。

 

「ここで跳べ、大きくだ」

 

 煙で何も見えない視界の中で、声は的確な指示を出します。

 

 言われるまま跳ぶと、身をかがめていた獣人を越えることができて、

 

「左だ」

 

 言われるまま左に曲がると、煙から抜けて村の入り口まで辿り着いていました。

 

 そのままケヴィンは引かれる手のまま、ラビの森まで脱出することに成功しました。

 

 ずいぶんと走って、ラビの森の奥深くでふたりは足を止めます。

 

「ふぅ、ここまでくればひと安心だろう……おっと、そっちが人間の時の顔かい?」

 

 男が振り返って、ケヴィンの顔を見てほほえみかけてきました。

 

 気づけばケヴィンは獣人の姿から、人間の姿に戻っているではありませんか。

 

 戦いから離れて、冷静になる過程で元に戻って行ったのでしょう。

 

 惨状の災火の中でケヴィンは初めて獣人の肉体を制御できたと言えます。

 

 しかしそこに感動はなく、ただ、ただ悼む心が残るばかりでした。

 

「ウウ……なんで、助けて、くれた……?」

 

 ケヴィンがおどおどと男に尋ねます。

 

 男は、苦笑しながら肩をすくめました。

 

「……ああ……同胞に囲まれてる姿が、ちょっと放っておけなくてね」

 

「あの……ありがとう……あの、あなたは……何者なの……?」

 

 ケヴィンがおそるおそる尋ねると、男は名乗ります。

 

「オレはホークアイ。砂漠から来たシーフさ」

 

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