突如として現れたリースの介入に、獣人たちはいきり立ちます。
「邪魔をするな女!」
ひとりの獣人が、怒りのままリースへ爪を振り下ろします。
リースはその手首をカウンター気味に槍で打ち払い、返す軌道で獣人の鳩尾へと石突をめり込ませてしまいました!
電光石火の早業に、攻撃を仕掛けてきた獣人は一瞬で気絶して膝から崩れ落ちてしまったではありませんか!
「ずいぶんと乱暴ですね」
すぅとリースのまなざしが鋭く据わります。
「こ、この女ぁ!?」
獣人たちが一斉にリースを取り囲み、爪を突きつけてきました。
「ウウ……ガァ!」
そんな獣人のひとりへ、ケヴィンが飛び掛かって揉み合いになります。
そしてさらにホークアイも、誰もがリースに意識を集中させた機を捉え、獣人のひとりの足を取り、転ばせてその顔面を蹴りつけます!
結果リースはふたりの獣人を相手に取り、巧みに槍を操り立ち回ります。
獣人が踏み込もうとすれば先んじて穂先が突きつけられ、逃れようとすればその足を掬われる。
接近されても槍を小さく取りまわして、その腕を叩き落とし石突でカウンターを見事に叩き込む。
非常に実践的な槍は、ふたりの獣人を相手にまったく引けを取りません!
獣人たちがリースを攻めあぐねていると、ケヴィンが揉み合っていたひとりを殴り倒して気絶させ、身を起こしました。
ホークアイも相手をしていた獣人のこめかみにダガーの柄尻を叩き込み、どうにか昏倒させることに成功します。
ふたりがリースに合流すると、後はもうリースの相手をしていた獣人ふたりではひとたまりもありません。
あえなく無力化させられてしまいました。
「ふぅ、助かったよ、君」
ホークアイが木にもたれて大きく息を吐きだします。
リースは未だ緊張感を解かないまま、槍を構えたまま。
経緯が分からないリースにとって、まだまだ気が抜けない状況なのです。
とはいえ剣呑なわけではなく、あくまで凛然とした態度でホークアイに問いかけます。
「いったい、どのような経緯でいさかいを?」
「……この先にあるアストリアって村が獣人たちに襲われた。たぶん、全滅だろう」
「ッ!?」
リースがまなじりを釣り上げて息をのみ、ケヴィンがうつむきました。
「こっちのケヴィンってのが、村を襲う獣人たちを止めようとしてムチャをしてたんでね。オレが助けに入って逃げたんだが、追いつかれたんだ」
「……なるほど」
リースが目をすがめて遠くの空を眺めました。
木々に遮られて残り火などは流石に見えませんが、大量の煙が夜天に立ち上っている様子をどうにか確認できたのです。
「しかしどうして獣人たちはアストリアの村を?」
リースの疑問に、ケヴィンがおどおどと口を開きます。
「ビーストキングダム、人間たちに復讐したくて、攻撃を始めた。ウェンデルが、目標。だけど滝の洞窟に、結界がある。だから、それを破るために魂が必要だって……」
「なんだって?」
ケヴィンの話に、座り込んでいたホークアイが思わず立ち上がります。
「オレも目的はウェンデルなんだ。このままじゃウェンデルが燃やされちまうってのかよ」
「ウウ、でも、まだ、たぶん……だいじょうぶだと、思う」
「何がだいじょうぶなんだ?」
ホークアイの剣幕に、ケヴィンがおどおどと説明をがんばります。
「えっと、たぶん、結界を破る方法、死を喰らう男が、考えた。でも、死を喰らう男、来てないみたい……だからまだ、結界、破れない……たぶん……」
「死を喰らう男?」
リースとホークアイがケヴィンの言葉に要領を得ず、小首をかしげます。
ケヴィンも順を追って説明できていないと自覚できているのか、アウアウともどかしそうでした。
「えっと、死を喰らう男、獣人王に取り入ったヤツで……オイラを騙して……」
本当にいちから説明をしようとするケヴィンを、ひとまずホークアイが手で制します。
「まぁいいや。とにかく、まだウェンデルはだいじょうぶなんだな?」
「うん……きっと、まだ結界、ある……でも、オイラもウェンデル、行きたい……結界のせいで、行けない……」
「困りましたね。実は私もウェンデルを目指してやってきたんです」
リースもまた同じ悩みを打ち明けます。
三人が困った顔をして途方に暮れた時。
リースの胸元から、燐光がするりと抜け出すように現れたではありませんか!
「……結界、もしかしたらなんとかなるかもしれないわ」
リースの体から出てきたのは、まさしく妖精と呼ばれるような存在!
そうです、フェアリーではありませんか!
しかしどうしたことでしょう。
デュランと共にいるフェアリーよりも、非常に弱々しい雰囲気です。
「フェアリー、だいじょうぶなの?」
自身から現れたフェアリーに、リースが心配そうな声を掛けます。
フェアリーは力ないながらも、笑顔で頷きました。
「な、なに、そいつ!?」
突如として現れた不思議な妖精に、ホークアイもケヴィンも仰天です。
「わたしはフェアリー……マナの聖域から、この世界の危機を伝えに来たの……はやく……ウェンデルの光の司祭様に会わないと……ダメなのよ……」
フェアリーはいかにもひどく衰弱しているようで、しゃべるだけでも苦労する様子でした。
見かねてリースがフェアリーに手を差し伸べます。
「無理しないで。ほら、私の中で休みながら伝えてくれれば、私がふたりに伝えるから」
「うん、ごめんねリース……」
するとフェアリーは、再びリースの中に還っていきました。
「驚かせてごめんなさい。フェアリーはこの世界では、誰かに憑いていないと消滅してしまうんです」
リースがまぶたを閉じて、何かに耳を傾けるな仕草をします。
すぐに、目を開くとホークアイとケヴィンにこう言いました。
「フェアリーの力なら、おそらく人間が張った結界でも問題なく解除できるようです。そこから獣人たちが気づく前に、いち早くウェンデルへと辿り着いて光の司祭様に状況を報告し、対処してもらいましょう」
ホークアイが口笛を吹きました。
「そりゃすごい」
「ウウ、よかった、これで、カール生き返る……」
「カール?」
ケヴィンの独白を拾って、リースが小首をかしげます。
そこでホークアイが何かを閃いたようにふたりを見渡します。
「ちょうどいいや、ここで会ったのも何かの縁。おまけに、一緒にウェンデルへ行こうかって流れなんだ。自己紹介でもしておこうか。カールについても、話してくれよ」
この提案にケヴィンとリースは首肯します。
「じゃあ、まずはオレから。オレはホークアイ。砂漠から来てね。実は大きな声では言えないが、ナバール盗賊団のシーフで──…」
瞬間。
リースから青白い炎のような殺気が立ち上り、槍の穂先をホークアイの首筋にぴたりと押し当ててしまったではありませんか!
ホークアイもケヴィンも反応できないほど、鬼気迫る早業でした。
「……私はローラントの王女、リース。貴様たちナバールに国を焼かれ、ウェンデルに助けを求めにやって来たわ」
リースから零れたのは、怒りと恨みと憎しみに満ちた声でした。
ホークアイを睨みつける今のリースに、先ほどまでの凛々しさと柔和さはありません。
凄絶な殺気をたたえた瞳が、穂先よりも鋭くホークアイを射抜きます。
ホークアイは息を飲みます。
ローラント。
それはまさに、イザベラが攻め込もうとしていた国の名ではありませんか!
「答えなさい……! どうして、どうしてローラントを焼いた!」
「……そうか……ナバールは……やっぱりローラントを……攻めたのか……」
ホークアイは、突きつけられた穂先の存在すら忘れて、ひび割れた声を震わせました。
その顔にケヴィンと、槍を構えているリースすら息を飲みます。
今にもホークアイという器が壊れて砕け、中身が砂のように零れ落ちて崩れてしまいそうな。
それを必死で押し留めようとするような。
砕けそうな心であることを映した顔。
そして本当にギリギリのところで、心に一本だけ張られたか細い糸がその決壊をかろうじて防いでいる。
そう思わせずにはいられないほど、尋常ではないホークアイの様子に、穂先を突きつけたリースの方が気圧されてしまいました。
「な……なにを今さら……!」
引き裂かれそうな心を無理に繋ぎ止めながら、ホークアイが顔を上げます。
ギリギリのところで踏みとどまり、前に進もうとする強い意志。
そんな瞳が、リースをしっかりと見据えました。
「聞いてくれ、リース。オレたちナバール盗賊団は、貧しい者達からは盗みはせず、あくどい金儲けをする輩だけを狙った誇りある盗賊団だ。
だが首領であるフレイムカーン様が、イザベラという女の呪香で操られて盗賊団を乗っ取られてしまった……」
「呪香?」
「それをかぐと、術者に操られちまうって代物らしい」
リースはローラントで対峙したニンジャマスターのことを思い出しました。
ふたりはその立ち振る舞いこそ自然でしたが、発声にどこか不気味は不自然さがありました。
あれは、操られていた影響だったのでしょうか?
「リース……君の故郷が……焼かれたのは、確かにナバールの者たちがやったかもしれない。
しかしそれは……決して本意ではなかったはずなんだ……みんな、みんなイザベラに騙されているんだ……
オレの親友イーグルも、このことを知ったがために殺された……
それだけじゃない……イーグルの妹ジェシカに「死の首輪」をつけさせて人質にして、秘密をバラせないように封殺しにかかってきやがったんだ……」
ホークアイが、槍の穂先を掴みました。
そして離すのではなく、むしろぐいと己の首筋に強くあてがいます。
「まずはジェシカの「死の首輪」を外す方法と、呪香で操られた者の解呪の方法を光の司祭に聞きだしたい。そして、ナバールのみんなを助けたい……頼む……ナバールが元に戻った後、それでも許せないなら償うために、なんだってやる……だから頼む……今は一緒にウェンデルへ行かせて欲しい……」
ホークアイの鬼気迫る説得に、リースも怒りの行き場を失い、力なく槍を下ろしました。
「偽りはないのですね?」
「マナの女神に誓う」
「……分かりました。あなたの話を信用します」
リースの張り詰めた空気が少しだけ弛緩して、ホークアイも短く息を吐きだします。
剣呑だった空気が落ち着いて、ずっとふたりの様子をアウアウと見守っていたケヴィンもほっと一息。
おそるおそる、自己紹介を始めます。
「あの……オイラ、ケヴィン。ビーストキングダムの獣人……だけど、ジャドやアストリアを襲ったヤツらとは、違う! オイラ、半分は人間の血、流れてる……」
「ハーフなのか」
ホークアイの言葉にケヴィンがこくこくと頷きます。
「オイラ、大切なトモダチがいた……チビウルフのカール……カールとオイラ、母さん、いない。だからいつも一緒だった。一番、仲良しだった……だけど……突然カール、狂暴になって襲ってきた。オイラ、やめろって言ったのに、やめてくれなくて……オイラの体が熱くなって、獣人の力を抑えきれなくなって……気づくとカールをこの手で……」
獣人の姿のケヴィンが、震える手を握り締めました。
その凄惨な結末に、リースは口元をおさえざるを得ませんでした。
「後で分かったんだけど、カールがオイラを襲ったのは、獣人王の仕組んだワナだった。それを聞いて、オイラ獣人王に戦いを挑んだ……でも、とてもかなわなかった……どうすればいいか悩んでたら、聖都ウェンデルにいる光の司祭がカールを生き返せてくれるって話を聞いた。だからオイラ、ここまできた……」
話を聞き終えたホークアイとリースが顔を見合わせました。
さしもの光の司祭でも、死んでしまった生き物をよみがえらせることなんてできないはずです。
純朴な少年を誰かが騙したというのでしょうか?
あるいは、それほどに高度な光の魔法があるのでしょうか?
「死者を生き返らせるなんて、ホントウにそんなことができるのか?」
ホークアイの問いかけに、ケヴィンは不安そうにうつむくばかりです。
「……そっか。ならそれをちゃんと確かめるためにも、ウェンデルに行かなきゃなんだな」
「ウン……!」
ケヴィンが哀しそうな、しかし希望を失わないまなざしでホークアイに頷きました。
「私たちだけではありません。フェアリーもまた、ウェンデルを目指しています」
それからリースが自身の胸元に手を当てながら言いました。
ホークアイとケヴィンは不思議そうな顔です。
「さっきの妖精だよな? えっと、世界の危機がどうとか」
「ええ、フェアリーが言うにはこの世界が滅びの危機に瀕しているようなのです。その滅びを防ぐために、光の司祭様のところに来たと」
「セカイ……?」
話のスケールにケヴィンは気の抜けた様子ですが、ホークアイは怪訝な顔つきになります。
「なぁリース、それはもしかして、砂漠で水が枯れている現象と関係しているのか?」
「え? 少し待ってください」
リースが再びまぶたを閉じ、内にいるフェアリーへと語り掛けました。
すぐにリースが目を開きます。
「その通りらしいです。なんでも、世界のマナが減少していることが原因なんですって」
「そりゃ本当か!」
ナバールは確かにイザベラに扇動されましたが、その根底には水の枯渇に対する不安が無関係ではありませんでした。
新天地を目指すという大義名分が、ナバールの多く者を動かしたのは事実です。
その不安が取り除けるのならば。
ナバールはきっとまた元に戻れる。
そしてもしもケヴィンの話も本当であるならば。
イーグルを……
ホークアイは瞳に希望をみなぎらせます。
「それで、世界の危機ってのはどうすれば止められるんだ?」
「私が聞くことをできたのも少しだけなのですが、マナの剣を抜かなければならない、と」
「マナの剣?」
「私も詳しくは……ちょっと待ってください」
リースが再びまぶたを閉ざしますが、すぐに目を開いて首を振ります。
「ダメです。フェアリーはもう眠ってしまったみたい、返事がないわ」
「なんだよ、さっきは返事をくれたのに」
「フェアリーはとても弱っていて、私の中にいる時も意識がほとんどないんです」
「そんなに衰えているのか……」
「結界に辿り着く頃には目覚めてくれるはずですよ。さぁ、参りましょう」
こうしてケヴィンとホークアイ、そしてリースの三人が同行する運びとなったのです。