アストリアから脱出した時、ケヴィンとホークアイは北に逃げのびました。
つまり改めて滝の洞窟へ向かうために、南に下らねばなりません。
これには非常に注意を払いました。
なにせまた獣人たちに出くわしかねないのです。
しかも先ほどは五人の獣人たちで済みましたが、今度は十人、二十人と行き会う可能性もあるのです。
ホークアイが入念な斥候を繰り返し、慎重に迂回したルートでの南下となりました。
ケヴィンも人並み外れた感覚で獣人たちの気配を探り、ホークアイのサポートに徹します。
細心の注意を重ねた行程でしたが、その甲斐あってか獣人たちとの遭遇なく、三人は滝の洞窟まで辿り着くことができたのです。
清い水が流れて落ちる、明媚な光景。
「あそこ、入り口に見えない壁、ある。気を付けて」
一度ここにやってきて、結界に頭をぶつけているケヴィンが指さします。
そこにはぽっかりと開いた、洞窟の入り口があるばかり。
リースとホークアイの目には、特に変哲もない洞窟に見えました。
「ウウ……ホントウは、結界を張ったヒースってウェンデルの神官に、外してもらうはずだった」
「へぇ? そのヒースって人はどこにいるんだ?」
「……分からない。ラビの森だと、思う。アストリアに、巻き込まれていないと、いいな……」
ケヴィンの言葉に、ホークアイが難しい顔をします。
ウェンデルの神官があの異変に手をこまねくとは考えにくいのです。
最悪の場合、既にアストリア諸共、灰になっているかもしれません。
しかしホークアイはあえてケヴィンの肩をぽんと叩きます。
「きっと無事さ」
「ウウ……うん……」
それが慰めと分かっていても、ケヴィンには温かい励ましでした。
さて、リースの胸元から燐光が浮かび上がったかと思うと、フェアリーが現れました。
「ここが滝の洞窟なのね……あれ? 変ね、結界なんて張られてないわよ?」
「え?」
フェアリーがふよふよと入り口付近に浮遊していきます。
そのまま進んでいくと、洞窟に入り込んでしまいそうになって戻ってきます。
ケヴィンが前回、頭を打った場所を明らかに通り過ぎています。
驚いたケヴィンがどたどたと近づいて、結界があった場所にそーっと手を伸ばします。
結界は、ありません。
「ほ、本当だ!? 結界、なくなってる!?」
「おいおい、話が違うじゃないか」
ホークアイとリースも続きますが、やはり結界にぶつかることはありませんでした。
「誰かが結界を解いたのでしょうか?」
不思議そうにリースが小首をかしげると、ケヴィンが嬉しそうな顔になりました。
「きっと、ヒースさんだ」
「結界を張った本人なら、納得ですね。ウェンデルには、早急に状況の報告が必要ですもの」
「ヒースさん、先にウェンデルへ、戻ったんだ。よかった……」
ウェンデルにとっては存亡に関わる危機的な状況です。
きちんと挨拶できなかったのは寂しかったけど、ウェンデルできっとまた会える!
そう思うと、ケヴィンは嬉しくなりました。
「それじゃあ、早くウェンデルに行こう!」
こうして、ケヴィンを先頭にして、リースとフェアリー、そしてホークアイが続きます。
「フェアリー、ちょっといいかい?」
洞窟を進みながら、後方を警戒するポジションのホークアイがフェアリーに声を掛けます。
「どうしたの、ホークアイ?」
「世界を救う方法について、ちょっと聞きたくてね」
「あら、興味があるの?」
「オレの故郷は砂漠なんだが、水が枯れ始めてるんだ。世界を救うと、それも解決するんだろう?」
この中でホークアイが最も世界の危機に興味を示さなそうに見えていたフェアリーのこと。
ホークアイの事情に納得して頷きます。
「ええ、マナの減少を止めることができれば、きっと砂漠も元に戻るわ。それどころか、砂漠にも緑が芽吹くかも」
「そりゃいいや。それで、どんな方法で世界を救うんだ?」
「マナの剣を抜いて、女神様を目覚めさせるしか方法はないわ」
「女神……マナの女神サマか!」
それは寝物語に聞く伝説のお話です。
この世界を創造した女神のことを、知らぬ者がいるはずもありません。
「でもオイラ、マナの女神サマは遠い場所で眠ってるって、聞いた。それって、どこなの?」
前を歩いていたケヴィンも手を挙げて、疑問を口にします。
「この世界とは違う次元の世界。聖域と呼ばれる場所よ。そこで女神様は、樹に姿を変えて眠っているわ。でも根元に刺さっている聖剣を引き抜くことで、女神様がお目ざめになるの」
「ふぅん? 随分と面倒な手順だな。キミじゃ起こせなかったのかい?」
ホークアイの疑問に、フェアリーは悲し気に首を振りました。
「私たちフェアリーでは無理なの。だから光の司祭様にお伝えして、人間の勇者に来てもらわないと……」
それだけしゃべると、フェアリーの浮遊が不安定になりました。
疲労の色が色濃いのは、見ているとよく分かります。
フェアリーが懸命にリースの方へと戻っていきます。
「ごめんなさい、もう休ませてもらうわね……」
「フェアリー、オレも……オレの故郷のこともあるけれど、できる限りキミの手伝いをしたい」
リースの体へ戻る直前に、ホークアイがそうフェアリーに声をかけました。
フェアリーは力なく、しかしにっこりとほほえみます。
「ありがとう、心強いわ」
それからすぅとリースの体に入っていきました。
「聖剣か……」
ホークアイとしては、まずはナバールをどうにかしたい気持ちでした。
ジェシカを助けて、イザベラを排除してナバールのみんなを元に戻す。
しかしそれも、世界が滅亡してしまえば、意味がないのではないか。
そんな風に悩んでいたホークアイに、リースが声をかけました。
「……私も同じ気持ちです」
「キミも?」
ホークアイが不思議そうな顔をして、ああ、とすぐに納得します。
「国の復興か」
「はい。世界が滅びてしまうなら、国の復興もなにもありませんから」
努めて冷静にそう言うリースですが、それでも思うところはありました。
早く弟のエリオットを助けたい。
まだ生き残っている仲間を見つけたい。
父や、非業の最期を遂げた者たちを弔いたい。
世界の存続は第一でしょう。
しかし、世界よりも身近な者たちの顔が思い浮かぶのもまた人の情です。
「……それらを全て含めて、光の司祭様にご相談しなければなりませんね」
そうリースが括った時です。
「ウウ、魔物! ふたりとも、気を付けて!」
前を歩いていたケヴィンが、リースとホークアイに叫びます。
ケヴィンの注意よりも先に、不穏な空気を感じ取っていたふたりは既に武器を構えていました。
徒党を組んだゴブリンたちが手斧を掲げて駆けより、複数のバットムもキーキーと三人を空から値踏みしています。
「私は空中の魔物を討ちます! おふたりは地上を!」
言うが早いか、リースが岩壁を蹴って高さを稼ぎ、槍でバットムを一匹あっという間に両断してしまいました!
立て続けにリースは、複数のバットムを落としていきます。
高い位置を苦にせず、獲物を仕留めていく姿は手慣れたものです。
リースの勇姿にホークアイが口笛を吹きます。
「流石はアマゾネス」
一方、地上ではケヴィンがゴブリンたちを豪快に蹴散らしていました。
筋骨隆々なケヴィンが一発ぶん殴るだけでゴブリンは吹き飛んでダウンするのです。
それも力任せではなく、確かな格闘技術に裏打ちされた拳打。
ゴブリンのお粗末な斧術では、ケヴィンの肌を毛ほども傷つけられません。
結局ホークアイが何をするでもなく、ふたりが戦いを終わらせてしまいました。
「ふたりとも、戦い慣れてるんだな」
「オイラ、獣人王に格闘を教わった」
「獣人王様から直々に?」
リースの問いかけに、ケヴィンが困ったような顔をします。
「ウン、教えられてる時、厳しくてイヤだったけど……こうして役に立って、複雑」
ホークアイがへぇ、と声を上げます。
「王サマ直々って、ケヴィンはエリートだったんだな」
「ウウ……たぶん、そういうの、違う。オイラが……その、獣人王の息子だから……」
ケヴィンが言いにくそうに告げると、ホークアイが驚きます。
「なんだ、王子様だったのか」
「ビーストキングダム、王様だからエライ、違う。強いから、エライ。だから……オイラ、エラくない」
「それでも王制に血族は大事ですから。獣人王様はしっかり教育しようとしたのでしょう」
リースの言葉に、ケヴィンはますます困ったような顔になり、なんとか話題を変えようとします。
「リ、リースも、戦い慣れてた!」
「私もローラントの王女として、アマゾネスの隊長をしていましたから。ローラント周辺の警邏で、魔物を討伐するのは日常だったんです」
「隊長? すごいんだね!」
ケヴィンの純粋な言葉に、リースは苦笑しました。
「実力ではまだまだ年配のアマゾネスに及ばない、お飾りの隊長でしたが……」
リースは「それでも」と続けます。
「隊長の名に恥じぬ実力を身につけようと研鑽していましたよ」
未熟さを認めて卑屈に逃げず、隊長に奢らぬリースの清廉なる姿勢にホークアイとケヴィンはまばゆいものを見る心地でした。
「やれやれ、高貴な身分じゃないのはオレだけか」
ホークアイがボヤきながら前髪をかきまぜると、ケヴィンがぶんぶんと首を振ります。
「ウウ、オイラは、高貴じゃない。オイラより、ホークアイの方が、きっと高貴」
「嬉しいコト言ってくれるじゃないか。どこかの王子サマにでも見えるかい?」
前髪をかき上げて星を散らすようにキメ顔で微笑むホークアイに、リースがクスリと顔をほころばせてしまいました。
それが嬉しくて、ホークアイはついつい気取ったウィンク。
二度目は流石に、リースもつんとした反応ですが、面白がってはくれている様子でした。
「ホークアイ、オイラより、すごく王子。どんな風に育ったの? 砂漠って、どんなところ?」
「それは──…」
ケヴィンが無垢なままの瞳で問いかけてくると、ホークアイは少し言葉を濁しました。
そして、さりげなくリースを盗み見るとばっちりと目が合ってしまったではありませんか。
リースは少し苦笑をして、小さく頷きます。
「私も気になります」
砂漠の話となれば、必ずやホークアイの故郷であるナバールに話題が及ぶのは必定。
リースからすれば、国の仇の話です。
ともすれば聞くだけで嫌悪感が走っておかしくない話題でしょう。
それを受け入れて、こうして耳を傾けようとしてくれるのです。
ホークアイは、申し訳ないやら、嬉しいやら。
「そうだな──…それじゃ少しだけ、砂漠の話をしようか。前はちゃんと見て、魔物の警戒もするんだぞ?」
「ありがとう!」
こうして道中で、ホークアイがぽつりぽつりと育ってきた環境の話を始めました。
砂漠のこと、ナバールのこと。
仲間たちのこと。
森しか知らないケヴィンには、とてもではありませんが想像できない環境です。
しかしホークアイの語り口が実に軽妙で聞き取りやすいものですから、ケヴィンはすっかり聞き入ってしまいました。
聞く者が夢中になってくれれば、ついつい舌も滑らかになるもの。
調子のよいホークアイは、やがてナバールの活動を活劇めいて面白おかしく語ります。
サルタンの悪徳な地主が、ホークアイたちナバールのシーフに脅かされて裸で逃げ出す話などを聞いた時、腹を抱えて笑ってしまいました。
砂漠で徒党を組み始めた無法者たちが、村を襲うようになったのをナバールが退治した話に、ケヴィンは手に汗を握ります。
最初は硬い表情で聞いていたリースですが、途中からは砂漠の嵐のお話をすっかり楽しい気持ちで聞いていました。
フレイムカーンの洗脳やイーグルの死、ジェシカの呪い──…
いくつもの闇を巧みに隠して、ホークアイはナバールを彩り豊かに語ります。
いい奴ら、ばっかりなんだ──…
そんな風にホークアイが心で叫んでいるのが、リースにはよく聞こえました。
そしてリースは、それが嘘ではないのだろうと痛いほど分かりました。
さて、洞窟の半ばまで着た頃合い。
「少し休憩しましょうか」
モンスターの対処と歩き通しで滲んできた疲労を見て取ったリースの提案で、小休憩が挟まりました。
特にケヴィンはアストリアで暴れてからも休みなしだったため、さしもの強靭な肉体も動きが鈍り始めていました。
男ふたりが、少しほっとした様子で腰を落ち着けます。
そして己の話に一区切りついたホークアイが、今度はケヴィンに笑いかけます。
「次はケヴィンの話が聞きたいな」
「ええ!? オ、オイラ、ホークアイみたいに、上手にしゃべれない……」
「上手い下手は関係ないさ。聞いてみたいな、森の話」
「ウウ……」
ホークアイに促されて、ケヴィンが一生懸命どうしゃべろうか考えます。
やがて、ケヴィンは少しずつ朝が訪れない森のことを話し始めました。
たくさんの獣たちが生息し、水と木々に溢れた土地。
ケヴィンは赤子の頃から森に親しんでいると言います。
それが特別なわけではなく、獣人の赤子は月夜の森で動物に育てられるというのです。
非常にワイルドなこの文化に、ホークアイもリースもたいそう驚きました。
それにケヴィンの朴訥な語りは、むしろ生活に根付いた匂いを感じさせてくれて和やかな気持ちにさせてくれました。
やがてケヴィンは、母親を亡くしたチビウルフのカールと友達になります。
それからは、ずっと一緒でした。
一緒に花畑をで遊んだ思い出、一緒に眠った思い出、一緒に狩りをした思い出。
ケヴィンの人生において、カールは半身でした。
それが失われてしまったのかと、ホークアイとリースは非常に悲しい気持ちになってしまいました。
さて、大半を森で過ごしていたケヴィンですが、獣人王の息子として、やはりビーストキングダムについても語らねばなりませんでした。
ケヴィンは思いつく限り、ビーストキングダムを表現します。
獣人王というカリスマ。
強さで順位付けがされる国。
血の気の多い若い獣人たち。
──…人間への復讐というスローガン。
「オイラ、人間に復讐って言われてもピンとこなかった」
ケヴィンは複雑な顔でそう言います。
「獣人は迫害されたって、ずっと聞いてた。でも外に来て、もっと分からなくなった。みんな、オイラが獣人だって言っても、普通にしてくれてた。ふたりも、そう」
ケヴィンが熱いまなざしでホークアイとリースを見つめます。
「だからオイラ、アストリアを燃やしたこと、間違いだと思ってる……」
「……かつて獣人が迫害されたという話は、私も聞いたことがあります」
リースが神妙な顔で、記憶を思い返します。
「でも、おそらくそれを実行した獣人たちから何代か前の話のはずです。人間への復讐は、そう言い聞かされて伝統になっていたのでしょうか」
少しの間、三人が黙りこくってしまいます。
特に、アストリアの惨状を目の当たりにしたホークアイとケヴィンは沈痛な面持ちです。
ケヴィンは、考えなしにしゃべっていた自分を恥じました。
こんな気持ちになるんだったら、ビーストキングダムについてしゃべるんじゃなかった!
しかし、そんな沈黙を、リースが破ります。
「……ローラントも伝統の国でした。国としては新しいんですが、アマゾネスという文化はとっても古いんです」
ふたりが自分のことをしゃべってくれたのだから、次は己が。
そんな気持ちもあったのでしょう。
リースはローラントのことを話してくれました。
風の王国と呼ばれる所以。
バストゥーク山という霊峰。
その頂に住む翼ある者の父。
それに仕えるアマゾネスたち。
アマゾネスはバストゥーク山に人が住みついた太古から存在していたといいます。
つまり、山の巫女だったのです。
そして戦士でもありました。
バストゥーク山には、他にもいろいろな部族が点在して、時に協力して時に争っていました。
アマゾネスはそのような争いで、後れを取ったことはなかったと伝えられています。
しかし時代が進んでいけば融和が必要となる時流が生まれます。
リースの両親の代で点在する部族を取りまとめ、国を興したというのです。
つまり伝統と、新興。
その両輪でローラントは回っていたのです。
山と戦士の国と言えるローラントは、華やかで派手な文化は乏しいものでした。
しかし質実な気風は、健全な生き方を人々にもたらします。
──…伝統も、使い方でよいものになるはずですよ。
ケヴィンには、リースがそうやって諭し慰めてくれているように聞こえました。
ホークアイもまた、部族間の摩擦を乗り越えて辿り着いたローラントの歴史を聞いて、ナバールの戦禍もまた乗り越える試練であると覚悟するリースの凛然たる覚悟を見出して感じ入るばかりでした。
「少し話し込み過ぎましたね。さぁ、きっとウェンデルはもうすぐです」
リースはローラントの炎上までを語らずに、休憩を切り上げました。
ケヴィンとホークアイも、強いまなざしで立ち上がります。
三者三様の道程を経て交わる今、ウェンデルに悲劇が降りかからぬようにと、若者たちは洞窟を急ぎます。