しばらく休憩をはさんだおかげで、ケヴィンたちは洞窟の道行をよりいっそう簡単に進むことができるようになりました。
連携の呼吸がより円滑となり、いっそう迅速にモンスターの対処ができるようになっていたのです。
三人が三人とも、己を語ることで気心が知れたからかもしれません。
やがて橋のように谷を渡す一枚岩を通り、瀑布が滑り落ちる景観を過ぎると外の光が見えました。
「洞窟、終わった!」
ケヴィンが嬉しそうに駆けだして、外に飛び出していきます。
リースとホークアイがそれに続くと、
「止まれ! 何者だ!」
なんと洞窟の外に待ち構えていた男たちに、制止されてしまいました!
見ればウェンデルの神官たちで、武装をして物々しい雰囲気で三人を睨みつけてきます。
「待ってくれ、オレたちは怪しい者じゃないぜ」
あわあわと何も言えなくなってしまったケヴィンを押し退けて、ホークアイが神官たちに声を上げます。
「獣人たちにアストリアが焼かれたんだ。ヤツら、もうすぐウェンデルに攻めてくるって伝えに来たんだよ」
ホークアイの言葉に、神官たちは「もう知っている」とばかりに冷静です。
しかし警戒がいくらか解けたのは見て取れました。
神官たちはお互いにささやき合い、武器を降ろしました。
「わざわざ伝えに来てくれたことには感謝しよう。しかし、獣人たちがウェンデルを狙っているはこちらも把握している。だからこうして警戒していたんだ」
「なんだよ、もう知ってたのか」
ほっとするやら、拍子抜けするやら。
ホークアイの次に、リースが手を挙げました。
「光の司祭様とお会いすることはできるでしょうか? 危急の話があります」
「獣人たちのことか?」
「いえ、」
「……もっと重大な話なの」
リースが説明するよりも先に、その胸元からするりと抜け出した燐光が神官たちの前に浮遊します。
燐光が妖精の姿を象ると、神官たちがあっと声を上げます。
「またフェアリーが!」
「ふたりめのフェアリー!?」
神官たちが口々に上げる驚きの声に、フェアリーもまた驚きをあらわにします。
「ふたりめって……まさか!」
「うむ、君たちよりも先にウェンデルへ来た者たちがいたのだが、その者もまたフェアリーを伴っていたのだ」
「ほんとうに!?」
フェアリーが飛び上がらんばかりに喜びの声を上げます。
リースが不思議そうに問いかけます。
「フェアリー、どういうことなの?」
「マナの聖域から出発したフェアリーは、わたしだけじゃなかったの。でも、人間界にやってくるまでにどんどん脱落して……みんな、最後まで飛び続けた子に力を託して落ちていったわ」
「それじゃあ、先にウェンデルまで来たというのは、最後まで飛び続けたフェアリー?」
「たぶんそうだわ。わたしも、その子に力を託して落ちていった。そのまま力を使い果たして消えてしまうはずだったけど……」
──風に、運ばれたの。
フェアリーはそう表現をしました。
しかしそれは物理的な風に乗ってという以上に、運と縁が重なり、命をつなぐことができた。
そんな風に言いたげな言葉でした。
リースがフェアリーの言う、風という言葉のニュアンスを感じ取ろうと反芻します。
「風に……」
「そう。そうして私は、リースと出会えた……」
風が止まったせいで父を、仲間を、国が失われてしまったリースにとって。
風が新しい出会いを巡らせる。
その機縁に、リースは改めて複雑な想いを抱かずにはいられませんでした。
「そのフェアリーは、光の司祭様に会ったの?」
フェアリーが問いかけると、神官が頷きました。
「もちろんだ。フェアリーを伴った者たちは、今は滝の洞窟でウィル・オ・ウィスプを探している」
「ウィスプさんを? どうしてまた?」
「……ふむ、少し長くなる話だ。光の司祭様と直接お話をした方がいいだろう。ついてきてくれ、君たち。光の神殿に案内しよう」
神官のひとりが、リースたちを先導します。
フェアリーはリースの体に戻りながら、三人がその後についていきます。
ケヴィンも、ホークアイも、リースも。
そもそもフェアリーとは別の目的でウェンデルを目指したのです。
光の司祭に会わせてくれるというのならば、願ってもありません。
滝の洞窟の出入り口は、ウェンデルの郊外といった位置にありました。
見渡せば堅牢な門もすぐに目に入りました。
道行は左手側が川、右手が山。
交通には十分ですが、大軍では難のある間道のような一本道、といったところでしょうか。
ウェンデルに入るとケヴィンは露骨に声を上げ、ホークアイとリースもその街並みに感じ入るものがありました。
街の造りは整然としており、見目にも美しい洗練された都会なのです。
しかし武装した神官たちが険しい顔で行き来して、強い警戒態勢が敷かれているのが分かります。
「完全に臨戦態勢ですね」
「アストリアの獣人たちを見た感じ、これくらいしないとダメだろうな」
リースのつぶやきを拾って、ホークアイが答えます。
もっとも、頭の中で勘定した限り、わずかに兵力が足りないのではないかとホークアイは感じました。
神官たちが光の魔法を駆使したとしても、アストリアの惨状を思い返すと、一枚だけ獣人たちが勝っていると感じたのです。
もちろんホークアイは戦を専門にしているわけでもなく、鉄火場は水物です。
光の司祭の差配次第では、獣人たちを退けることもできるかもしれないと思わせるには十分でした。
一方でケヴィンはウェンデルのぴりぴりとした空気に、気が滅入る一方でした。
半分獣人の自分は、ここにいるだけで申し訳がない。
さらに見知った顔がここを攻めてくるのですから。
そんなケヴィンに、フランクに肩を組んでホークアイが笑いかけます。
「そんな顔しなさんなって。ウェンデルの危険を教えに来たんだ、邪険にはされないさ」
「ウウ……ウン……」
それでもケヴィンは緊張した様子で、リースも励ますような言葉を投げかけます。
「そうです。それに光の司祭様ならば、ビーストキングダムの対処も上手くやってくれるはずです」
そうしてケヴィンの気がまぎれた時分、光の神殿に辿り着きました。
やはり神官たちが慌ただしく働いており、武装した者たちと何度もすれ違います。
奥にある礼拝堂は、完全に戦時の作戦会議室の様相を呈していました。
並べられたいくつもの長テーブルには地図が広げられ、人の配置や道の情報が次々と書き込まれていきます。
壁際にはかき集められたマジックアイテムが大量に並べられており、振り分けられた神官たちがひっきりなしに掴んでは出動し、その都度補充されているようでした。
そして、祭壇で入れ替わり立ち代わりやってくる神官たちに指示を飛ばす人物がいます。
ケヴィンたちは紹介されずとも、その人物こそが光の司祭なのだと直感します。
「光の司祭様、緊急でお伝えしたいことが」
ケヴィンたちを先導していた神官が、他の者たちを割って光の司祭に声をかけます。
光の司祭と、周囲の神官たちの顔が一斉に険しさを増しました。
「ビーストキングダムの獣人たちがやって来たか!」
「いえ、ふたりめのフェアリーを伴う者たちがやってきたのです」
「なんじゃと!?」
これにはその場にいた誰もが驚きました。
神官に促されて、ケヴィンたちが祭壇までやってきます。
それと同時に、フェアリーがリースから姿をあらわします。
「光の司祭様、ここに別のフェアリーがやってきたというのは本当ですか?」
「おお、本当にふたりめのフェアリーがおったとは!」
光の司祭が目を丸くして驚き、居住まいを正します。
「うむ、フェアリーよ。先日おぬしとは異なるフェアリーを宿した若者がここに来て、マナの樹が枯れ始めている危機を教えてくれた」
「ではその若者が?」
「聖剣の勇者として、マナの剣を抜く使命を担ってくれた」
それを聞いてフェアリーは、心の底から安心した様子でした。
それと同時、リースにはフェアリーがずっと張り詰めていたものを緩めてしまったように感じました。
それはそのまま、フェアリーの存在感がどこか薄れてしまったような……
「でも司祭様、マナの聖域へのトビラを開くチカラがあの子にも、もちろんわたしにも残っていないはずです」
フェアリーが続けて光の司祭に質問をします。
「先のフェアリーもそう言っておった。そこで精霊たちの力を借りることにしたのじゃ」
「あっ! それならトビラを開けるわ!」
光の司祭の方策に、フェアリーはますます安心した様子です。
そして力なく、しかし清々しい様子で頷きました。
「ありがとうございます、光の司祭様。あの子がきちんと使命を果たす道筋を見つけたのなら、もうわたしの役目はありません……」
「おぬし……まさかもう力が……」
「ええ、残る力をあの子に託した今、わたしはもうからっぽなんです。でももう、いいんです。未来につながる道が示されたのなら……」
フェアリーの顔はいっそ安らかと言えるものでした。
しかしそんなフェアリーを、そっと包み込むような手が伸びます。
リースの手でした。
「フェアリー……そんな言い方、ちょっと寂しいです」
「リース……あなたには感謝しているわ。あなたに出会わなければ、こうしてあの子の無事を確認できずに消滅していたのだから……」
「私だってあなたと出会えて、絶望的な哀しみの中を独りでいるよりもずっと心強かったんです……だからフェアリー、もう消えてしまっていいなんて言い方、やめてください」
「……うん、ごめんね、リース……」
フェアリーを包み込むようにしながら、リースが光の司祭へと向き直ります。
「光の司祭様、私はローラントの王女リースと申します。フェアリーを連れてきたのは成り行きで……本日は司祭様にお導きいただきたく参りました」
「おお、ジョスター殿とミネルヴァ殿のご息女であったか! それは遠路はるばるよく来てくれたのう。父君からの使いであろうか?」
しみじみとしたあたたかい眼差しの光の司祭に対して、リースが呼吸を整えます。
「ローラントは滅びました」
光の司祭の顔が凍り付きました。
ホークアイが、視線を逸らします。
「先日ローラントがナバール盗賊団に襲われ、王は討たれ、城が燃やされてしまったのです。弟のエリオットもさらわれて行方が知れず……」
「まさかあのローラントが? しかも相手はナバール盗賊団じゃと?」
続くリースの説明に、光の司祭は驚きを隠せません。
「その王女サマの言ってること、信じて欲しい」
ホークアイも会話に参加します。
「オレはナバール盗賊団のシーフ、ホークアイだ。最近、イザベラって女が首領のフレイムカーン様に取り入ったんだが、呪香による洗脳を受けて傀儡にされちまった。おかげでナバールはあの女の意のままだ! 水の枯れる砂漠を捨て、新天地ローラントを手に入れるためと煽られてナバールのみんなはいいように操られちまったんだ!」
光の司祭はさらに驚愕に目を見開きます。
その顔は、種類が異なるいくつかの驚愕がないまぜになっているような奇妙さがありました。
光の司祭は何度か口を開閉して、慎重に言葉を選ぶように、思考を整理しながらホークアイを見つめます。
「お、おぬし、ホークアイというのか……」
「? ああ」
「ナバール盗賊団に所属しているというのは本当か?」
「そうだよ、オレは誇り高きナバールのシーフだ」
「……両親もナバールの者なのか?」
ことさら慎重そうな言葉使いでした。
光の司祭の言及にホークアイが不思議そうな顔をします。
「孤児だよ。フレイムカーン様に拾われたんだ」
「…………そうか」
たっぷりと時間をかけて光の司祭がホークアイの言葉を咀嚼します。
その様子は、どこかしみじみとしたものでした。
まるでそれは、かつて会ったことのある幼子が成長した姿を、思いがけず目の当たりにするかのような──