ホークアイは自身に対して興味を示す光の司祭に、焦れたように声を荒げます。
「オレの話はいいんだよ! なぁ、光の司祭サン、あんた死の首輪って知ってるかい?」
「死の首輪じゃと? 封印された古代呪法の禁忌ではないか」
「オレの妹分が死の首輪をつけられちまって、手出しができないんだ。死の首輪と呪香。こいつらをなんとかできないのか?」
「ふぅむ……呪香については、腕利きのクレリックならばなんとかなるじゃろう。ウェンデルにいる神官たちが治癒を施せば可能性はある」
光の司祭の言葉にホークアイの顔が明るくなります。
「しかし死の首輪を解呪できる者は、もはやこの世におらぬ。取り付けた者が外すか、その者が死ぬまで外れぬはずじゃ……」
「そんな!? あんたでも無理だっていうのか」
「ワシにも無理じゃ。マナの女神様であればあるいは……」
ホークアイにとって、それはもはや絶対に不可能と同義でした。
しかし光の司祭はホークアイをなだめるように言葉を続けます。
「ホークアイよ、これもマナの女神様のお導きかもしれぬ。おぬしらと入れ違いでフェアリーを伴ってきた者たちがいると言ったであろう? 彼らと共に八精霊を集める旅に出るがよい。彼らの目的こそが、マナの聖域で眠りにつく、女神様の覚醒なのじゃ」
「なんだって!?」
「今、彼らは滝の洞窟で光の精霊を探しておる。戻ってきたら、他の精霊たちの場所について詳しく教えるつもりじゃ。彼らと共にマナの女神を目覚めさせれば、死の首輪を解決してもらえるかもしれぬ」
ホークアイが右拳を左掌に打ち付けました。
「ここまで来たんだ。誰とだって、どこへだって行ってやるさ。絶対に死の首輪を解呪して、ナバールのみんなも元に戻すんだ! それで司祭サンよ、そいつらは何者なんだい?」
「フォルセナのファイター、デュラン。アルテナのマジシャン、アンジェラ。そしてワシの孫娘のクレリックである、シャルロット。いずれも過酷な旅を潜り抜けられるであろう才気に溢れた若者たちじゃ」
「ふぅん、ファイターにマジシャンにクレリックね。バランスの取れたパーティだが、シーフが入る余地はあるな」
「……ホークアイよ、よく聞きなさい」
俄然やる気が出てきたホークアイへ、光の司祭が厳かに、しかし柔らかな声で告げます。
「今この世界のマナが減少の一途を辿っておる。これは世界の危機なのじゃ」
「ああ、砂漠でも水が枯れ始めてる。それが関係してるんだろう?」
「うむ。水が枯れ、風が滞り、やがて森も大地も力を失ってゆくであろう……その未来で待つのは神獣の再来じゃ」
「神獣?」
「かつてマナの女神様と敵対した、大いなる獣たち……マナストーンに封印された神獣たちが、マナの減少と共に復活すれば、この世界は破壊し尽くされてしまうのだ」
光の司祭の言葉に、誰もがごくりと喉を鳴らしました。
「そのために聖域へのトビラを開き、マナの女神様を目覚めさせねばならぬ。トビラを開くための大きな力が要るが、減少してしまったマナではもはや望みが薄い。そこで世界の各地に散らばる精霊たちの元へと訪れるのじゃ」
「精霊の力を借りるって、そういうことなのか」
ホークアイが納得する様子に、光の司祭が頷きます。
「過酷な旅になるじゃろう。しかし……ナバールの誇りを受け継ぐそなたならば、きっと成し遂げられるはずじゃ」
その言葉にホークアイは強く勇気づけられる思いでした。
光の司祭はひどくナバールの者を評価する表現の仕方をします。
しかしホークアイには、どうもホークアイ自身に言葉と期待をかけてくれているように聞こえてなりませんでした。
世界的な権威が、いちシーフにかけるものとしては過大と言わざるを得ないでしょう。
とはいえ、道は他にありません。
ホークアイは拳を握りしめて応じます。
「やってやるさ。必ずナバールのみんなを、ジェシカを救う!」
「その旅に私も同行させてください」
ホークアイの決意に、間髪入れずに上がる名乗りがありました。
リースもまた決意を瞳に燃やして前に出ます。
「ローラントの再興の助言を賜りにここまで参りましたが、世界の危機ともなれば捨て置けません」
「おお、そなたも加わってくれるか、リース王女」
リースから漲る義気に、光の司祭も頼もしそうな顔です。
しかしフェアリーがリースの眼前にふわりと浮き上がり、悲し気な眼差しで宿主を見上げてきます。
「リース……」
「そんな顔をしないで、フェアリー。これは、私の意思。あなたに巻き込まれたせいじゃないわ。確かにローラントは大事だけど……ローラントの前に世界が滅びてしまえば、何もかも無意味になってしまいますもの」
リースを宿主としているフェアリーには、この気持ちの本当だとはっきりと理解できます。
もちろんローラントに専念したい気持ちも抱えていますが、リースは強い意志と理性が正義を選び取ってくれているのです。
フェアリーはその気持ちに、万感の思いが溢れてリースに頬を摺り寄せます。
「ありがとう、リース」
「いいんです。それに、世界を巡る旅になるのでしょう? もしかすると、さらわれたエリオットの手がかりも見つかるかもしれませんもの」
しかし、リースはフェアリーの様子をよく見つめながら心配げな顔になります。
「むしろあなたこそ大丈夫なの? ずっと疲弊しているわ。ねぇ、後のことはたち私に任せて、ウェンデルで体を休めれば……」
「それはできぬのじゃ」
リースの提案に割って入ったのは光の司祭でした。
その瞳には深い悲しみを湛えます。
「フェアリーは宿主に選んだ者から離れられぬのじゃ。もしもフェアリーをウェンデルに残しても、すぐに消滅してしまうであろう」
「なんですって!?」
リースが瞠目すると、フェアリーは観念したように首を振ります。
「……黙っていてごめんなさい。でも、私は長くないから……迷惑をかける時間は、きっともうほんの少しよ……」
「あっ、最初に会った時……そんな意味で言っていたのね!?」
リースは泣いてしまいそうな、怒りだしそうな、ないまぜの感情で語気を荒げます。
「迷惑なんかじゃないわ。命を懸けて人間界までやってきて、世界の危機を伝えに来てくれたんですもの。この世界に生きるひとりの人間として、とても感謝してるいるわ」
「リース……」
「必ずマナの女神様を目覚めさせて、世界の危機を救いましょう」
あなたたちが命を懸けてくれたことに報いるためにも!
リースから溢れる熱意が、フェアリーの心にも伝搬してきます。
強く勇気づけられるように、フェアリーも瞳に力を宿します。
「ありがとう。わたしも……消えてしまうまで、精いっぱいあなたたちの旅を支えるわ」
「フェアリー!」
こうしてホークアイとリースがフェアリーと共に精霊を巡る旅へ発つ決意を固めたのです。
さて、こうして話がまとまったホークアイとリースに隠れた、ケヴィンへと光の司祭が目を配ります。
「それで、おぬしは……」
「こいつはケヴィン。獣人王の息子らしいぜ」
口下手なケヴィンに代わって、ホークアイが紹介を切り出します。
光の司祭はまたも驚愕の声を上げました。
「なんと、ガウザー殿の!?」
「ビーストキングダムから来たんだが、ウェンデル侵攻を企んでるヤツらとは対立してる穏健派さ。あんたと会うために来たんだ。な?」
ホークアイがケヴィンの背中を叩いて、そこからは自身の口でと促します。
「ウウ……あの、オイラ、ケヴィン。カ、カールを生き返らせて欲しくて、ここまで来た。カール……ちびウルフの、大切な、トモダチ……」
「なんと、友達を生き返らせて欲しいと?」
光の司祭はこの手のお願いをされることも多いのでしょう、厳しくも優しくケヴィンを諭し始めました。
「ケヴィンよ、よく聞きなさい。命あるものには、いつか必ず死というものが訪れる。それは避けては通れない、生きるモノの宿命なのじゃ。
命はひとつ。かけがえのないモノだからこそ尊い……だが、それはまた新たな命の誕生につながっている。カールの命は戻らぬが、その魂は、今もおぬしの心に生き続けておるじゃろう」
慣れた口ぶりですが、しかし決しておざなりではなく、真摯にケヴィンの心に向き合った説法でした。
とはいえその言葉には、ケヴィンの心があっという間に悲しみに染まります。
「そ、それじゃあ、カールはもう……?」
「おぬしの心の中にカールが生き続けてさえいれば、いつかきっとおぬしの前に、カールの生まれ変わりが現れる日も来るはずじゃ……」
「そんな……オイラ、ウソつかれたのか……光の司祭なら、カール生き返らせることができるって、言われたのに……」
ひどく気落ちするケヴィンに、光の司祭は嘆かわし気に首を振ります。
「ムゴいウソじゃ……獣人王の息子であるが故に、なにかに利用されたのかもしれぬのう」
「違う! 獣人王……! 全部、獣人王が仕組んだんだ……カールを殺したの、獣人王のワナだった。ウソついた死を喰らう男も許せないけど、獣人王、もっと許せない! 絶対に、カールの仇、うつ!」
「カールの命を取り戻す方法が、あるかもしれないわ」
そんなケヴィンの眼前に、フェアリーがふわりと身を躍らせます。
「マナの女神様なら、カールの失われた命を取り戻してくださるかも」
「ほんとう!?」
「フェアリー、それは……」
喜色に満たされるケヴィンと、しかしその一方で光の司祭が難色を示します。
フェアリーが、厳しい双眸で光の司祭を見返します。
この時、光の司祭の考えはこうです。
すなわち、傷心のケヴィンに目的を与えるにしても、定かならぬ話をすべきではない、と。
いかにマナの女神と言え、一度マナに還った命を完全に取り戻せるかは未知数でした。
むしろ、できない公算の方が高いでしょう。
フェアリーもその勘定ができるはずです。
必ずしも嘘であるとは言えない話です。
カールの命というエサで釣り上げる真似とも見ることができ、完璧に誠実とは言えない話でしょう。
しかし光の司祭にはフェアリーの思惑もよく分かりました。
つまり、ケヴィンという珠玉の人材をマナの聖剣を巡る旅に加えたいのです。
獣人王という破格の王の息子であり、既にして見事に鍛えられた肉体を見ればその腕前は疑いようがありません。
アルテナのマジシャンやウェンデルのクレリックという、か弱い者も参加するパーティに、これほど頼もしい男もそういません。
誠実さか、実利か。
難しい顔をしていた光の司祭でしたが、やがて悟ったように流れを受け入れました。
「これもマナの女神様のお導きかもしれぬ」
「オイラ、行く! 精霊たち、探す!」
漲るやる気でケヴィンの鼻息が吹き荒れました。
「それに、ホークアイとリース、オイラの命を助けてくれた。カールの命の前に、オイラふたりのために戦いたい」
急に名前を挙げられて、ホークアイとリースが驚いたような顔になります。
「世界が滅びる、オイラ難しくて、想像できない。でも、ふたりが死んじゃうの、ダメ。カールの命、惜しい。けど、今を生きてる命、たぶんもっと大事」
「ケヴィンがいると頼もしいぜ」
「ケヴィンさんと肩を並べられるなら、心強いです」
三者が見つめ合い、熱いまなざしで頷き合いました。
その様子に、光の司祭はまばゆいものを見る眼差しとならざるを得ませんでした。
確かにカールの命というエサを使いはしましたが、ケヴィンはきっと信念を胸に抱き旅立つのです。
光の司祭とフェアリーは、顔を見合わせて自らの打算を少し恥じ、それ以上にこの素晴らしい若者たちの出発に立ち会えることを誇らしく思いました。
「それに、オイラまた獣人王に挑まなきゃいけない。フェアリー、世界を旅する、強くなれる?」
「たくさんの危険があるはずよ。それを乗り越えるたびに、きっと強くなれるはずだわ」
「オイラ、獣人王を倒す。そのためにも、この旅で強くなる」
フェアリーの返答に、ケヴィンは鼻息をふんすふんすです。
その双眸には強い意志が燃えていました。
こうして、ホークアイとリース、そしてケヴィンもまた精霊を巡る旅に加わったのです!
後はデュランたちが戻ってくるのを待ち、六人を合流させれば。
光の司祭がそう考えていた時です。
「司祭様! 来ました!」
神官のひとりが鬼気迫る顔で駆け込んで、大声で叫びました。
「ビースト兵たちが、滝の洞窟を越えて押し寄せています!」