ホークアイとリースは、急いで北上してジャドを目指しました。
しかし獣人たちも連絡や引き上げに行き来するラビの森のこと。
慎重さと大胆さを兼ね合わせた北上にならざるを得ませんでした。
時にはホークアイが見つけた獣人たちを、リースが先手必勝で気絶させるなんて荒っぽい手段も取りながら。
危険を踏まえた甲斐もあり、ふたりは引き上げる獣人の大半よりも、大幅に先んじてジャドへ到着することができたのです。
時刻はそろそろ日が落ち始めようという頃合い。
木々に隠れて城門の様子をうかがうと、獣人たちの慌ただしい様子が見て取れました。
ふたりも急いで北上したとはいえ、流石に順当な道を戻って来た獣人たちには及びません。
ホークアイとリースがジャドの城門をうかがえる場所まで辿り着くと、獣人たちが忙しく行き来しているのが見えました。
戻ってくる部隊の受け入れでてんてこ舞いな様子です。
隠れながら様子をうかがっているホークアイとリースですが、小さくあっと声を零します。
なんと、ぐったりと気絶したケヴィンがジャドへ搬入されているではありませんか!
ルガーの指示通りならば、これから牢屋に入れられるはずです。
ケヴィンが搬入されてからも、城門を出入りする獣人の数は減る様子がありません。
城門を抜けるのは難しいと見たホークアイは、脇道に逸れて一本の木を掘り始めました。
「なにをされているんですか?」
不思議そうなリースに、ホークアイは悪戯小僧の笑顔です。
「じゃーん。これなーんだ」
掘り出したのは、なんと熊手を結び付けたロープではありませんか!
ホークアイがジャドを脱出した際に使ったものです。
「あっ、すごいです! これで城壁を登るんですね」
「そういうこと。ついてきてくれ」
ホークアイが水の満ちる堀に沿って歩き始めました。
ついていくと、ジャドの側面。
「たぶんこのあたりだな。巡回の死角になってるはずなんだ。この角度でロープをひっかけりゃ、見つからずに侵入できるはずだ」
ちょっと離れてくれ、とホークアイがロープを頭上で振り回し始めました。
先端に熊手のついたロープです。
危険だと判断してリースが大きく後退して、木々に隠れる位置取りをします。
「あら?」
ふと、リースは視界に違和感を覚えて、茂みの奥を覗き込みます。
「きゃっ!?」
するとどうしたことでしょう!
そこには巨大な鷲が複数、まったりと休んでいるではありませんか!
縄で木々につながれており、じろりと鷲たちに睨まれてリースが息を飲みます。
「どうした?」
いったんロープを置いて覗き込みに来たホークアイも驚きの声を上げます。
「そうか、こいつらが獣人たちの乗って来た鳥か」
ホークアイは、ジャドの酒場で聞いたマスターが話を思い出します。
曰く、獣人たちはこの大鷲でジャドを上空から襲撃して、電撃制圧したとか。
「こんなところにつながれていたんだな。大人しいもんだ」
「きちんと躾けられているようですね」
大鷲たちは警戒している様子ですが、騒いだりはせずに大人しいものです。
気を取り直して、ホークアイがロープを城壁の最上段へとひっかければ、ふたりは手早く登り始めます。
ホークアイが登り切る前に城壁の向こう側を覗き込めば、上手く巡回に隠れる位置です。
素早くジャドへと身を躍らせて、リースの潜入に手を貸します。
リースが登り切ればロープを回収して巻き取れば、そっと近くに隠します。
ホークアイが身を隠しながらジャドの三階層の状況を確認すると、どうやら獣人たちは巡回などに手が回っていないようでした。
慌ただしく獣人たちが街を駆けまわっています。
住民たちも見かけますが、ホークアイがジャドにやって来た時よりも明らかに落ち着いている様子です。
獣人たちの圧力に慣れたのだろうか?
ホークアイが違和感を覚えていると、街の二階層へ至るルートを見ている者がいなくなりました。
リースに手で合図をして音もなく飛び出せば、何食わぬ顔で住民たちの往来に混ざります。
「ふぅ、ここまで潜り込めば大丈夫だろう」
「さっそくケヴィンさんを探しましょう。おそらくそこにデュランさんたちもいるはずなんですよね?」
「ああ、牢屋に放り込まれているはずだ。おそらく領主の館か、あるいは城壁の中、地下……そこらへんだと思うんだが、ここは知ってそうなヤツに聞くのが一番だな」
ホークアイが先導するように歩いていけば、道具屋にたどりつきました。
「オヤジ、いるかい?」
中では腰の曲がった偏屈そうな老人が、何やら道具をまとめているようでした。
ホークアイをちらりと見ると、おおっと驚いた顔をします。
「なんだお前さん、戻ってきたのか」
「ウェンデルまで行ったんだがね、仲間がジャドで囚われちまったんだ。なぁ、この街の牢屋ってのはどこにあるんだ?」
「そりゃ領主の館だよ。館の奥にある、階段を下ると牢屋が並んでるってハナシだ」
道具屋の店主が、三階層の方を顎で指します。
「詳しい構造なんかは分かるかい?」
「流石に中まではなぁ」
ホークアイの問いに、店主が首を振ります。
「それよりお前さん、今夜に港で船が出る。街のもの総出で脱出するんだ」
「なんだって?」
「行先はマイヤだ。ウェンデルの神官が潜り込んできてな。その主導さ。獣人たちが慌ただしい今夜しかないって話だぜ」
オレはその荷造りだよ、と止めていた手を動かし始めました。
もうすっかり夕方の時刻!
ホークアイとリースが顔を見合わせます。
マイヤといえば、フォルセナへアクセスするために最も適した港です。
これを利用しないわけにはいきません!
「こりゃ渡りに船だ! でもまずいな、時間がない!」
「急いで領主の館へ行きましょう!」
「いや、しかし情報が何もない状態では……」
リースの言葉にホークアイは少し躊躇します。
領主の館を下調べや、獣人たちの動きを把握したい。
そんな衝動にかられたのです。
「何を言ってるんですか、間に合わなくなりますよ!」
しかしリースは踏み込まずにはいられないという気持ちに漲っています。
確かにここは、時間と踏ん切りの分水嶺でした。
慎重になり過ぎて失敗した経験もホークアイにはあります。
しかし、情報が足りずに失敗した経験もまた脳裏をよぎるのです。
こと建物の中に侵入する場合は構造や見取り図の把握ができるかどうかで成否に各段の違いが出ます。
ガシガシと頭をひっかいてから、ホークアイが唸り……
「……分かった、行こう」
意を決する言葉にリースがにっこりと微笑みます。
「本当にこれから行くのか? もう時間がないんだぞ?」
ホークアイたちに道具屋の店主が不安げにうかがってきます。
「仲間ですから」
「仲間だからな」
それにふたりは、はっきりと頷きます。
道具屋の店主は、ぽかんとした後、ふっと笑いました。
そしてホークアイに玉をひとつ投げ渡します。
「おっと、これは? 煙玉か?」
「お前さんが行った後、余った材料がもったいなくてな。もうひとつ作っちまった。持っていけ」
「恩に着るよ!」
こうしてホークアイとリースは道具屋を後にして、領主の館へと走ります。
第三階層でも獣人たちが慌ただしく行き来する姿はあるのですが、はっきりとその人数は少ないと感じました。
ジャドに詰めていた者たちが、ウェンデルで負傷した者たちの代わりに編成しようとしているのが分かりました。
さらに夜が近づき、獣人たちはじっとしていられなくなっている様子です。
ホークアイが先行、手引きしながら、ふたりは獣人たちの意識の隙間を縫って領主の館に潜入を開始します。
まずホークアイは身軽に屋根へと昇り、リースに手を貸して引き上げます。
ジャドで最も高い位置ではありますが、それでも身をかがめて視覚されないようにご用心。
ホークアイが素早く屋根の上を移動しながら、天窓を覗き込んで内部構造を斥候します。
基本的なところはこれまで盗みを働いてきた館などと変わりません。
しかしこれだけの規模と堅牢さは初めてで、どうしても地下牢の道を特定しきれませんでした。
おまけにちょっと覗いただけですが、番犬としてかなりの数のバウンドウルフが放されているようです。
「すまない、ルートをふたつに絞れたが、どっちか断定できない」
「……ひとつずつ確認していくか、二手に分かれるかですね」
「中はバウンドウルフがうじゃうじゃいる。ここは安全に、」
「二手に別れましょう」
またも強気なリースの発言に、ホークアイが軽く呻きます。
「しかしリース」
「駄目です、もう時間がありません」
天を見上げればもはや暗くなっていました。
時間がないのはホークアイとて分かります。
しかしそれで助けるために潜入した者も補足されては本末転倒ではありませんか!
リースもそれを理解しています。
その上でホークアイをまっすぐに見つめて揺るぎない意志を示すのです。
ホークアイはこの瞳が、得意ではありませんでした。
後ろ暗い道を歩いてきた自分と比べて、どうしようもなくまばゆいのです。
「……分かったよ」
ホークアイが折れました。
悩む時間すら惜しい。
そんな状況です。
地下に下りる階段は二か所で、ちょうど館の両サイドに配置されている構造でした。
直接階段のある部屋には降りる事が出来ず、いったん近場の部屋に下りねばなりません。
まずはリースがホークアイの手を借りて下りる手筈に決まりました。
ホークアイが隙間にシーフの道具を使って、閉ざされていた天窓を音もなく開きます。
「危険だと感じたらすぐに逃げるんだ。君はフェアリーに選ばれた者なんだから」
「ありがとうございます。でも、フェアリーに選ばれた者はもうひとりいますから」
「リース」
「あっ……すみません、フェアリーにも怒られてしまいました」
ホークアイの硬質な声に重なるように、リースは胸中にフェアリーの悲し気な声を聴きます。
それでもなお胸元に手を添えて、リースが微笑みました。
「大丈夫です、見つかって追い詰められても、派手に暴れて持ちこたえてみせます。その隙にみなさんを助けて……そして私を助けにきてくださいね、ホークアイさん」
勇ましさと茶目っ気とを織り交ぜた顔で、リースが軽やかに館に下りていきます。
ホークアイはなにか気の利いた返しをしようと思いましたが、それよりも先に行ってしまいました。
つい、リースといると調子がひとつ外れてしまう。
ホークアイはそう感じてしまわずにはいれませんでした。
呼気をひとつ吐き出して気を取り直し、ホークアイはリースが降りたポイントと真逆の部屋に急いで潜入します。
音もなく部屋を出て通路を覗き込むと、幸い誰もいない様子でした。
階段まで、少しばかり距離があります。
バウンドウルフに見つかれば、かなり面倒な手間がかかるでしょう。
見つかるなよ、誰もいるなよ。
ホークアイはそう祈りながら少しずつ目的の階段へと、慎重に進んでいきます。
幸いにもトラブルなく下り階段に飛び込むことができれば、その先で派手な物音や話し声が聞こえます。
その声の中には、ケヴィンのものが混じっていました。
声は弾んでいるようで、どうやら自力で脱出したようではありませんか!
それでも慎重にホークアイは階段を下り、身をひそめながら様子を伺いました。
そこには鉄の牢が並んでおり、ケヴィンが数名の何者かと会話しています。
その様子にホークアイが安堵した瞬間、ケヴィンがこちらに気づいて振り返りました。
「オレだ、ケヴィン」
ホークアイが姿を現すと、ケヴィンの表情がぱっと明るくなりました!
「ホークアイ!」
「助けに来たんだが、自力で脱出してたとはな。やるじゃないか。そいつらも牢屋仲間かい?」
ホークアイがケヴィンの牢屋仲間たちを見渡します。
牢屋仲間たちもまたホークアイのたたずまいを注意して見返してきました。
「ホークアイ、この人たち、もうひとりのフェアリーの宿主!」
「なんだって!? そりゃちょうどいい、オレたちを同行させてくれないか!」
「オレが宿主のデュランだ。ケヴィンから話は聞いてるぜ」
ずいとデュランが前にでて自らを指します。
「こうなりゃ五人でも六人でも同じだ。ついてきたいんならついてこいよ。それで、リースってヤツは?」
「ケヴィンを探すために、二手に分かれたんだ。オレはリースと合流する。おまえたちは先に港へ行ってくれ。もうすぐジャドに住人たちが、マイアに逃げる船が出るんだ」
「そうでち! ウェンデルからはけんされたしんかんが、てはずをととのえてくれたでちね!」
小さなクレリックも嬉しそうに声を弾ませます。
マイア。
ファ・ザード大陸の西側に位置する自由都市です。
多くの住人をなんとか受け入れる余地を持ち、なおかつ最も近い街と言えばそこしかないという場所でした。
「ここはジャドの三階層、領主の館にある牢屋だ。獣人たちが留守番代わりにしているのか、バウンドウルフが大量に放されている。気を付けて脱出してくれ」
「……バウンドウルフ、集団で狩り、する。人数、多い方が、いい。オイラ、ホークアイに、ついていく」
ケヴィンの申し出に、ホークアイがちょっと思案します。
それからデュランたちのメンバーを見渡して頷きます。
「すまん、実は二手に分かれてから、ひやひやしながら潜り抜けてきたんだ。ケヴィンがいれば安心だ。そっちは両手に華だが、あんたは強そうだから行けるだろう?」
「ああ、こいつらは必ず守る」
ホークアイの軽い調子に、デュランがクソ真面目に返すとアンジェラとシャルロットがきゃーっと赤面しました。
「よし、じゃあ港で落ち合おう」
こうして、ホークアイたちが階段を駆け上りました。
階段を上がると、豪奢な造りの広い部屋に出てきました。
そして、かなりの数のバウンドウルフが集まってきてくるではありませんか!
音もなく忍び込んだホークアイですが、どうやらその匂いを追われていたようです。
階段を上がってきたホークアイたちに、さっそくバウンドウルフたちが襲い掛かってきます!
ホークアイやデュランが前に出て応戦を始めます。
しかし人を相手にするのは慣れたものですが、獣の相手は得意とは言えません。
鋭い牙と爪に踏み込み切れず、決定打を与えられません。
「あいつ、リーダー! まずは、あいつ、叩く!」
しかし、ケヴィンがバウンドウルフの扱いをよく分かっているようでした。
先陣を切ってひときわ大きなバウンドウルフへと飛び込みます!
牙と爪でダメージを受けるのも構わず、その脳天を殴りつけて、あっという間にダウンさせてしまいました!
それを見た他のバウンドウルフたちの勢いが明らかに削がれます。
各段に対処しやすくなったバウンドウルフを片づけると、ホークアイがいくつかある扉のひとつを指さしました。
「あの扉をくぐって直進していけば外に出る。後は、一階層まで下りて港まで走るんだ」
「バウンドウルフ、グループで固まる。おまえたちが、進む先にも、きっと固まり、ある。気を付けて!」
「ああ、そっちも早くしろよ!」
こうして、デュランたちと別れて、ホークアイとケヴィンがリースの潜入した方向へと走ります。
途中、館に詰めていた獣人と鉢合わせもしましたが、必ずケヴィンの顔にぎょっとして隙をさらします。
そこを突いてケヴィンが一撃で気絶させて、スムーズに進むことができました。
「リース! どこだ!」
リースが下りて行った地下室へと駆け下りていくと、奥で戦いの音が聞こえてきます。
階段を下り切るとそこは広い倉庫のようでした。
なんとそこでリースが三人の獣人たちに囲まれているではありませんか!
二人ほどの獣人がリースにやられて倒れているようですが、それでも多勢に無勢、劣勢に追い込まれているようでした。
「リース!」
ホークアイとケヴィンが、その戦いに飛び込みます!
「ホークアイさん、ケヴィンさん!」
心強い援軍にリースの顔が輝きます。
ホークアイとケヴィンが背後から襲い掛かり、目の前にはリース。
これでは数が互角であろうとも並みの獣人ではどうすることもできません。
あっという間に制圧してしまい、三人が手を取り合います。
「リース、よかった!」
「お二人ともありがとうございます。ケヴィンさんも脱出できたのですね」
「それに、デュランたち、いた! フェアリー、ほんとにもうひとり、いたよ!」
「ほんとう!?」
ケヴィンの言葉に、リースの中からフェアリーが姿を現します。
その顔には、溢れて零れるほどの嬉しさが滲んでいます。
「ほんとう! 向こうのフェアリーも、すごくよろこんでた! 早く、会おう!」
「はい、きっともうすぐ船が出ます。デュランさんたちもそちらに向かっているのですよね?」
「ああ、急ごう」
そう言いながら、ホークアイは倉庫のあちこちを物色していました。
「ウ? ホークアイ、何か探してる?」
「獣人の連中、ジャドのマジックアイテムを接収していたんだ。もし溜め込むならここで、もしそうなら……あった!」
ホークアイが引っ張り出してきたのはロープの束でした。
ケヴィンとリースが小首をかしげながらそれを見つめます。
「それは?」
「魔法のロープさ。このまま無事に脱出できればいいが、もしもの時のために使えると思ってね」
ロープの束をたすきがけするよう肩にかけるホークアイですが、ケヴィンとリースはピンとこない様子でした。
「使わなければ使わないでいいさ。さぁ、脱出だ!」
こうしてホークアイたちは、デュランたちに遅れて館を脱出するのでした。