かつて人間に迫害された獣人たちは、『月夜の森』に隠れ住むようになっていきました。
ファ・ザード大陸の中央からやや西に位置するそこは、夜が明けない不思議な森でした。
常に満月が森を照らす、月のマナが満ちた土地。
月夜の森でひとときの平和を得た獣人たちでしたが、迫害とそれに抵抗できなかった鬱屈で、ひどく厭世的になっていたと言います。
しかしそんな獣人の集団の中、一人の男が立ち上がりました。
獣人王。
彼は、漲る覇気と力強いリーダーシップで、獣人たちの国家ビーストキングダムを建国。
いつの日か人間界に復讐すべしと、獣人たちに檄を飛ばして獣人たちを鍛え上げ、導く王として君臨していました。
そんな獣人王のもとへ、ある日、不思議な男がやってきました。
「……イッヒッヒッヒッ……お初にお目にかかります、獣人王様……ごきげんうるわしゅう……」
まるで道化師を装った枯れ木のごとき、ひどく不気味な男です。
玉座の獣人王に恭しく礼をするその男に、侍らせていた二匹のケルベロスたちが唸り声をあげて、威嚇を始めます。
匂いにも音にも敏感なケルベロスたちは、いつもならこんな怪しい男、玉座の間に現れるまでに警戒をし始めるはずでした。
それが不思議なことに、声をかけてくるまで何の反応もなかったのです。
「……」
獣人王はじろりと男に視線をくれました。
並みの人間ならばその一瞥だけでたじろぐ迫力。
「獣人王様、お聞きください! いよいよ人間どもに復讐する時がやってきたのです! 世界に満ちていたマナが減少の一途を辿っておりますです。そう、まさに今がチャンス……! 人間界を攻め滅ぼす、絶好の機会なのです! ウヒ……」
しかし不気味な男は、芝居がかった所作で飄々としたものです。
それどころか、肚の底にある感情が漏れ出るかのように笑う声すら零れる始末。
「……貴様、何者だ?」
「申し遅れました。ワタクシは死を喰らう男と呼ばれております。ワタクシもまた、人間どもへ復讐を誓った身。獣人王様と目的を同じくする、いわば同志と言える者でございます、ハイ……及ばずながらお手伝いをさせていただきたく、参上いたしました……ウヒヒ…」
「よそ者の力はいらん。失せろ」
獣人王が右手を払うようにしました。
瞬間、二匹のケルベロスが死を喰らう男に飛び掛かりました!
「ひえ、ひぇぇっ!? お、お、お助けぇ……!」
みっともなく慌てふためく死を喰らう男ですが、果たしてどういうことでしょうか。
ケルベロスたちの牙がまるでその体をすり抜けてしまいました!
それどころか、ケルベロスが狂暴化して、お互いに牙を向け合い始めたではありませんか!
ひょっこりとケルベロスたちから抜け出した死を喰らう男は、わざとらしく額を拭う仕草をします。
「ふぅ~いやはや、気難しいと聞いておりましたが、ウワサにたがわぬようですな。分かりましたよ。しかし、もしもお気持ちが変わって、ワタクシの闇の呪法の力が必要とあらば、是非ともお声かけを。すぐに参上いたしますよぉ~」
死を喰らう男がしぶしぶ踵を返します。
「……待て。死を喰らう男といったな。チャンスをくれてやろう……」
「イヒヒヒ、さすがは獣人王様、懐が深い! 何なりとお申しつけください! 必ずや、ご期待に沿う仕事をさせていただきますヨ~!」
まるで声がかかると分かっていたかのように、死を喰らう男は再びふりかえり、慇懃な礼をしました。
◇
獣人王には息子がいました。
名前はケヴィン。
獣人王と普通の人間だった母親の間に生まれましたハーフの男の子です。
その母も、幼かったケヴィンをおいて去っていったと伝え聞かされています。
そのことを聞いたケヴィンは、子供心に深いキズを負い、母を引き留めなかった獣人王に心を塞いだまま成長していきました。
しかし獣人王は、ケヴィンを自らの後継者にさせるため、冷徹な戦闘マシーンとして厳しく鍛えました。
ケヴィンはそんな獣人王にますます心を閉ざし、憎しみを覚えるようにすらなったのです。
ところが、そんなケヴィンも森で母ウルフに死なれて、一人ぼっちになったちびウルフのカールと出会い、優しさと愛に目覚めました。
ある日、ケヴィンとカールは月夜の森で一緒にお昼寝をしていました。
共に遊んで、共に食べて、共に眠る。
ケヴィンたちにとって、いつものことでした。
「くぅーん、くぅーん……ぺろぺろ……」
カールが先に起きた時、決まってケヴィンの顔を舐めてきます。
一匹でいるのは寂しいから、いつもこうして甘えてくるのです。
「ウウ……う~ん! おはよう、カール!」
「わんわん!」
ケヴィンはひと吼えするカールに笑い声をあげました。
「あっはっは、カール、また犬の鳴き方、してる! おまえ、チビだけどウルフ! 誇り高きウルフの鳴き方は、こうだ!」
ケヴィンが腹から吼え声を轟かせました。
その遠吠えは力強く月夜の森に響き、方々から共鳴するように、遠吠えが返ってきました。
「……おまえ、ウルフなのに犬みたい……オイラ獣人なのに、人間の血、流れてる。カールとオイラ、すごく似てる……どっちも母さん、いない……」
「くぅ~ん」
ケヴィンの言葉のトーンに、カールも悲し気な声を漏らします。
「でも、だいじょうぶ! カール、おいらの大切なトモダチ……おまえの母さんの分まで、オイラ、カールを守る!」
「わんわん!」
「あはっ、また犬の鳴き方、なってる!」
笑うケヴィンの周囲を、カールが嬉しそうに駆け回ります。
その左の前足には、ケヴィンが丹精こめて作ったアンクレットがはめられています。
こうしてひとしきりじゃれ合ったり、森で獲物を共に狩ったり、楽しい一日を過ごした帰り道。
ビーストキングダムの城が見えたあたりのことでした。
「ウウ~! ガルルル……」
ケヴィンの後ろを歩いていたカールが立ち止まり、唸り声を上げ始めました。
「どうした、カール? 具合、悪い?」
振り返ったケヴィンがかがんで、心配げに様子を見ます。
すると顔を上げたカールの瞳には、正気を欠いた狂暴な光が灯っているではありませんか!
「ガルルルルッ!」
「カール!?」
なんとカールが口腔からよだれをまきちらし、ケヴィンに飛び掛かってきたのです!
いつものようにじゃれて飛びつくのとはワケが違いました。
本気でケヴィンを噛み殺すための牙ではありませんか!
「どうしたんだ、カール! やめて!?」
さっとガードした腕に噛みつかれ、その牙の鋭さに顔をゆがめながらケヴィンが叫びます。
「ガアア!」
ケヴィンは力任せに牙を振りほどきますが、カールの興奮状態はますますヒートアップするばかり。
首や腹を爪で抉り、牙を突き立てようと何度も襲い掛かってきます。
ケヴィンも反射的に打ったり蹴って引き離しますが、カールはすぐに飛び掛かってきます。
というのも、カールを傷つけたくない一心でどうしても手加減をしてしまうからです。
しかしそのせいで、カールは止まらないのです!
「カール! しっかりしろ! どうした!? やめるんだカール!」
防戦一方のケヴィンは、困惑と混乱の中であっという間に血まみれになってしまいました。
そしてカールの痛烈な頭突きで、ケヴィンは地を転がされたのでした。
「……うっ、うう、ううう! ……やめろ……やめろって言ってるだろおぉぉ!!!」
歯を食いしばり、ケヴィンはおぼつかない足でどうにか立ち上がります。
いよいよ流血の量が致命的になりかねない頃合い。
ケヴィンは朦朧とする視界の中が赤く染まり、血が沸騰するほどに熱くなるのを感じました。
(……ウギギギ……体が……体が勝手に……!!)
それと同時に、沸き上がる破壊衝動に自分の心が塗りつぶされてしまう感覚も!
「グルルガアアア!!」
その時です、膨れ上がる衝動が物理的に筋肉を膨らませるかのように、ケヴィンの体に力がみなぎりました!
メキメキと音を立てて肉体が盛り上がり、体毛が生えそろい、獣と人とを掛け合わせたかのような、獣人の姿へと変貌を遂げたのです!
もはやケヴィンに穏やかな自我はなく、狂猛な衝動のまま、カールを一撃のもとに沈めてしまいました!
獣人の姿から元に戻り、ケヴィンが正気を取り戻した時、カールは力なく地に伏して動かなくなっていました。
途切れた記憶と、それでも手に残るカールを打ちのめした感触に、ケヴィンは呆然と立ちすくみます。
ようやくケヴィンはカールに歩み寄れるようになれば、片膝を衝いて震える手をカールの鼻先に伸ばします。
「……くぅ~ん……ぺろ……ぺろ………」
最後に、その指先をカールは甘えるように舐めている途中、力尽きて、その呼吸が止まってしまったのです。
「……あ……あああああああ! ……そ、そんな……そんな……カール!! カール!! ああ、ああああ……なぜ……どうして……こんなことに……」
ケヴィンは声を押し殺して、涙が枯れ果てるまで、涙が枯れ果てても、泣き続けました。
突然わきあがった、野性の血。
獣人に変身したケヴィンは、カールを手にかけてしまいました。
カールとよく行った思い出の花畑に、小さなお墓をつくり、ケヴィンは悲しみにくれました。
「……ごめんよ、ごめんよカール……ごめんよぉ……」
それからどれぐらい、森を彷徨ったでしょうか。
いつのまにか、ビーストキングダム城に戻りついたケヴィンは、ただたたずむばかりでした。
「……オイラ……カール、守ってやる、言ったのに……カールを……この手で……」
ケヴィンはわななきながら、自らの両手を見下ろします。
「血だ……オイラに流れる、獣人の血……でも、今まで、なかった……なれなかったのに……オイラは……なぜ……オイラは……あの時、獣人なんかに……」
城の中、窓に映る己へ自問しても答えは返ってきませんでした。
これまでケヴィンは、己が獣人の姿になれるのか知りませんでした。
半分は人間の血なのだから、姿が変わらなくても不思議ではないのだろう。
そんな風に思っていたのです。
それがあんな最悪の形で発露してしまい、ケヴィンは己の体について、そらおそろしく感じずにはいられませんでした。
やがて悩みつかれたケヴィンは、とても気は進まないけれど、獣人王に話を聞いてもらおうと、のろのろと歩き出します。
思い返せば、獣人王はケヴィンが獣人の姿になれると確信していたふしがありました。
何度も限度が過ぎた修行を強いられ、追い詰められたものです。
獣人の姿を経験した今のケヴィンにならば分かります。
あれは、人間の肉体を越えるためのきっかけを与えるための負荷だったのだろう、と。
ケヴィンは父である獣人王が苦手でした。
誰よりも強く、王としての器量は尊敬しています。
しかしケヴィンを戦闘マシーンのように鍛えようとするときの、冷徹な指導には嫌悪感を覚えずにはいられませんでした。
何よりも、母が出て行ったのは獣人王の非情さが原因だとケヴィンは思っています。
きっと獣人王は、母の夫ではなく、ケヴィンの父ではなく。
ただ王であることを選んで、他に目もくれない男なのでしょう。
だからケヴィンは獣人王が苦手でした。
しかし、王としての獣人王ならば、獣人としての血に目覚めたケヴィンに対して的確なアドバイスをくれるはず。
そんな確信のような信頼はありました。
ケヴィンが玉座の間にやってくると、獣人王は不在でした。
「獣人王様なら、いらっしゃらないよ。外国から来たっていう、ヘンなヤツと出て行かれたぞ?」
ケヴィンを見つけた警備兵が声をかけてくれました。
「ヘンなヤツ?」
「ああ、ピエロみたいな恰好をしたやつでな。なんでも我々獣人に手を貸したいと言ってきたんだ」
「……あやしい。獣人王、そういうヤツ、キライ」
「オレもそう思ったよ。普段ならそんなよそ者、摘まみだしてるはずなのに。でも獣人王様、そいつとちゃんと話をしていたんだ。何者なんだろうな?」
ケヴィンは少し驚きました。
気難しい獣人王をちゃんと対話するなんて、よほどの人物かもしれません。
しかしそんなヘンな人物とどこに行ったか、警備兵もケヴィンも見当がつきませんでした。
仕方なくしらみつぶしに獣人王を探して城内を歩いていると、大きな歓声が聞こえてきました。
城で最も大きな広間でを覗き込むと、ルガーという男が檀上で演説をしていました。
「皆、待たせたな! 獣人王様より正式な命が下った! 我ら獣人軍は、これより人間界に侵攻を開始する! 目標は、聖都ウェンデルだ!」
「うぉーっ!」
整列してそれを聞いているのは、獣人王の親衛隊です。
「これまで人間たちに虐げられた恨み、今こそ晴らすべし! 聖都ウェンデルなる人間たちの心のよりどころをまっ先に叩きつぶし、人間たちの精神的な支柱を破壊するのだ!」
ルガーが力強く拳を振り上げ、親衛隊の面々も熱狂の吼え声を上げました。
獣人王は人間たちに復讐するため、ビーストキングダムを打ち建てたと言われていました。
ついにその時が来たのだと、ケヴィンの胸がざわつきました。
心優しいケヴィンにとって、戦争や侵攻という言葉すらも悲しく感じます。
カールを墓に納めたばかりの今の心境では、なおさら感情が重くなってしまいました。
覗き込んでいたケヴィンを見つけて、ルガーが胸を張って近づいてきました。
「くっくっく、ケヴィンよ、獣人王様はオマエじゃなく、このルガーを人間界侵攻の隊長としてお選びになった! おまえじゃ頼りにならんとさ! ハッハッハ!」
腕を組んでいかにも自慢げなルガーに、ケヴィンはあいまいに頷きます。
ルガーは獣人たちの中でも指折りの実力者でした。
ビーストキングダムで最強なのは獣人王において他なりませんが、二番手は誰か。
そんな話題になれば、必ず名前が上がるほどのつわものでした。
「ルガー、強い。きっと獣人王が一番信頼してるのも……たぶんおまえ」
ケヴィンはルガーのことが苦手でした。
ルガーがケヴィンを見る目は、きっと弱虫を見る目なのだと思っていました。
しかしケヴィンは、ルガーが激しい修行を繰り返しているのを知っていました。
自分のように獣人王に強制的に指導されているわけでなく。
己の意志で、己を限界まで追い込んでいるのです。
ルガーのそんなとこをは、好悪を越えて尊敬していました。
「当然だ! それでオマエ……オマエはそれが悔しいと思わないのか? 人間討伐隊に選ばれず、後継者としてどう思ってるんだ!」
「え……なんで……? オイラ、人間討伐なんて……したくない……選ばれなくて、ほっとしてる……」
「チッ!」
嫌悪感もあらわに、ルガーが舌打ちをしてケヴィンをひと睨み。
それからずかずかと大広間を出て行きました。
親衛隊の面々も出て行き、遠巻きに演説を聞いていた者たちも続きます。
「ようケヴィン、おまえの母親って人間だったよな?」
そんな見物人の中から、うきうきした様子で声をかけてくる者もいました。
「おまえを捨てて逃げてったって言うじゃないか。母親が憎いだろ?」
「よかったじゃないか、これで復讐できるぜ!」
どうやら彼らは当然ケヴィンが人間討伐隊に編入されていると思っているようでした。
言った者たちはそのまま行ってしまいましたが、言われたケヴィンは少し困惑しました。
母親が憎いだろうか。
自問しても、そもそも顔も知らない母親に対して、ケヴィンは何か感情が動くことはありませんでした。
ただ、もしも自分に母親がいれば。
あるいはカールに母親がいたならば。
何かが変わっていたのだろうか。
ケヴィンはそう思い、胸が締め付けられるような気持ちになりました。
それからケヴィンは再び獣人王を探しにほうぼう歩き回ります。
しかし間が悪いのか運が悪いのか、どうにも見つかりません。
どこにいるのだろう、と城の外郭の一角で壁にもたれて座り込んだ時です。
「あれ? この壁の向こう、話し声、聞こえる……この声って……」
ふと、背後の壁ごしに聞こえる声を、もっと聴きとろうとケヴィンは立ち上がり、耳を壁にひっつけました。
「──……ご苦労であった……死を喰らう男よ……」
「イヒヒヒ、そりゃあもう! 獣人王様のご命令ですから! これからも是非、なんなりとお申しつけください。ご期待にお応えさせていただきますとも、ハイ……!」
壁ごしで聞き取りにくいですが、それは獣人王の声でした。
会話している相手は、どうやら外国から来たヘンなヤツのようです。
「……フン! たかが子供の狼一匹を狂暴化させただけではないか……だが、これでようやくケヴィンの野性をひきだせた。これでヤツに課す修練の段階を上げることができる……おい、おまえはもう帰っていいぞ……」
「へ!? そ、そんな! 獣人王様ぁ~!!」
その会話を耳にしたケヴィンの頭に、かつてないほどに血が上り、髪が天に逆立つような錯覚に襲われました。
「……獣人王……獣人王オオオォォッ!」
そして怒りに任せて壁を殴り砕き、向こう側にいたふたりを追いかけます。
「待て、獣人王ッ!!」
「あヒッ! ケ、ケヴィン……!!」
さしもの死を喰らう男も、怒りをあらわにやってくるケヴィンに面食らいます。
一方、獣人王はケヴィンの様子に鼻を鳴らして不敵に唇を釣り上げました。
「……ほう……いい目だ! いいぞ、ケヴィン! その憎しみ、己の体内を駆け巡る血の熱さ、それこそおまえの本当の力を発揮するための原動力だ! 忘れるな、その感覚!」
「うおぉぉぉっ! うるせぇえええ!!」
目から炎が噴きださん形相で、ケヴィンが獣人王に襲い掛かります!
「ふんっ、だが今は……少しアタマを冷やしてこい!」
しかしなんということでしょう!
悠然と腕を組んでいた獣人王は、猛獣のごときケヴィンの襲撃に、雄々しくも流麗な掌底でカウンターを繰り出しました!
ケヴィンの突撃の威力と、獣人王の掌底の威力。
そのふたつが掛け合わさったかのように、ケヴィンの体が吹き飛んでいきました!
その威力はすさまじく、城からすっ飛んで月夜の森まで落ちていくではありませんか!
「おい、おまえ」
獣人王が一瞥すると、死を喰らう男が平伏せんばかりにかしこまります。
「へ、へへーっ!」
「……ケヴィンをオマエにまかせる……好きにしてみろ」
獣人王はそっけなくそれだけ言って、何事もなかったかのように行ってしまいました。
「はあっ!?」
死を喰らう男は、その背に唖然とするしかありませんでした。
さて、ケヴィンは獣人王の一撃で、カールのお墓のすぐ近くに吹き飛ばされてしまいました。
落下の衝撃の痛みと、カールにひどいことをした獣人王に簡単にあしらわれた悔しさで身動きが取れずに呻くばかり。
それでもようやく立ち上がれるようになれば、土が盛られて木の枝が刺さったカールのお墓が目に入ります。
「ごめんよカール……オイラじゃ……まだ……仇討ち……とどかない……」
ケヴィンはカールのお墓でうなだれて、これからどうすればいいのだろう。
そう、落ち込んだ気持ちで踵を返しました。
この月夜の森で修業を繰り返し、いつか獣人王に復讐をする。
まず思い浮かんだのはそんな目標です。
でも、できるだろうか。
自分ができる修行を繰り返しても、あの強い獣人王にいつまで経っても届かないイメージしか沸きませんでした。
ケヴィンの気分は沈んでいく一方です。
「あっ!!」
そんなケヴィンの視界に、森にそぐわない派手な色合いが映りました。
獣人王の隣にいた、外国から来たというヘンなヤツ!
ケヴィンに見つかったと気づいた死を喰らう男は、慌てて逃げていきます。
しかしどうやら月夜の森を歩きなれていない様子。
死を喰らう男は、木々が絡まった行き止まりで立ち往生になったしまいました!
「おい! おまえ、カールに何した!! カールを……カールを返せ!」
死を喰らう男を追い詰めて、ケヴィンは険しい剣幕で問い詰めます。
「ひぃぃぃッ! お、おたすけ~! ワ、ワタクシは……獣人王様の、お言いつけで仕方なく……」
慌てふためき、死を喰らう男は哀れっぽくケヴィンに言い繕います。
その様子に、ケヴィンの怒気がますます膨れていき、今にも殴りかからん形相で拳を構えました。
「あひッ! お、お待ちください!! こうして、あなたの後を追いかけてきたのは、お詫びにカールさんを生き返らせる方法をお教えしようと……」
「!?」
その言葉はケヴィンの想像をはるかに超える言葉でした。
あっけにとられたケヴィンから、怒気も何もかもが抜けていきます。
「ふーっ……ウェンデルの光の司祭! コイツなら、カールさんを生き返らせる方法を知ってるはずなのです!」
「ウソだ!」
「いやいや、ホントですってば! でもでも、お急ぎにならないと……ルガーさんたちが、先ほど出発されましたからねぇ。目的は聖都ウェンデルなんでしょう? ルガーさんたちに、司祭は殺されてしまうかも!」
激昂して疑いを向けたケヴィンですが、確かに会話を聞く限りこの男は獣人王に命令されただけに思えました。
ならば、本当に?
「ほ、本当に……? 本当に、カール、生き返るのか……?」
「ええ、ええ、ホントウですとも!」
「どうやって? カール、どうやって生き返るの?」
ケヴィンの、純粋な問いかけに逆に死を喰らう男が戸惑ったようでした。
「え~、魂、そう、魂ですヨ、ケヴィンさん!」
「魂?」
一拍を置いて、死を喰らう男から転がり出てきた言葉に、ケヴィンはきょとんとします。
「魂というものはね、宝珠なんです。水晶なんですよ」
死を喰らう男が、手でまんまるを形作ります。
水晶の珠。
死者の魂が、水晶の珠となる。
ケヴィンにはその言説が、とても腑に落ちて、親しく感じられました。
なによりも。
妙にウサンくさいこの男にしては、なぜか言葉の芯に信じられる真を感じられたのです。
「満月みたいな?」
「え~え、そうですともそうですとも! 魂は、満月のように美しい、水晶の珠なのです。そこには記憶や精神が詰まっている。それをカールさんのお墓に奉げれば……」
「カール、生き返る!」
ケヴィンの表情が、ぱっと明るく輝きました。
「それ、どこにある? 光の司祭が知ってる?」
「そう! そこで光の司祭というワケです、ハイ!」
いよいよケヴィンの中で話がつながっていきます。
しかし、もしもそれが本当だとすれば。
ルガーたちに先を越されるのは非常にまずいことになるのもよく分かりました。
「……聖都ウェンデル、どっち!?」
「イヒヒヒ! どうぞどうぞ、こちらにおいでくださいませ……」
死を喰らう男は、どこからか巨大な鎌を取り出して、 絡まった木々を一閃!
なんとも鮮やかに行き止まりに道を通してしまったではありませんか!
「この月夜の森を進み、港のあるミントスから海沿いに東へ進んでいけば、城塞都市ジャドに出ます。ジャドから南に下って行けば、ウェンデルへと辿り着くでしょう……」
死を喰らう男がニタリと笑います。
「さぁ! 急がないとルガーさんたちが先にウェンデルを滅ぼしてしまいますヨ!!」
そうして死を喰らう男は道を見つめているケヴィンとすれ違います。
城の方へと行く足取りです。
「ワタクシも、ケヴィンさんがウェンデルに導いてる姿なんて見つけられたら……」
ああ、恐ろしい!
そんな口調ですが、ケヴィンにはその心の奥には微塵も畏怖などないように思えてなりませんでした。
「それでは、ワタクシも忙しいのでね。シツレイしま~すヨ!」
ケヴィンはその逆へ。
拓かれた道を、真っ直ぐに駆けだしました。
「……カール……待ってろ、ウェンデルの光の司祭に、生き返りの方法、聞いてくるから……オイラの大事なトモダチ……カール……」
道を進む途中。
ケヴィンは溢れる思いを口にせずにはいられませんでした。
進む場所、進む場所でカールとの思い出がよみがえります。
共に駆けた場所。
共に狩りをした場所。
共に眠った場所、共に修業した場所。
いくつもの思い出を抱えて、ケヴィンは進みます。
そしてそんな風に溢れる思いほどに強く、獣人王に対する怒りと憎しみが沸き上がるのです。
「……獣人王……ひどいヤツ! あんな男だから、きっと母さんも、逃げ出した……母さん……どこかで生きているのかな……?」
父を思うほど、ケヴィンは乱れに乱れた心が安らぎを欲しました。
顔を見たこともない母に、それを求めるのも無理なからぬことでした。
「……会いたい……」
会ってみたい。
カールをよみがえらせて。
そして母にも出会い、会わせてやりたい。
自分の母になら、カールもきっと母として懐いてくれるのではないだろうか。
そうして、人間の世界で、獣人の血が流れていることなんて忘れ果てて。
幸せに、生きたい。
獣人なんて。
獣人の血なんて!
そんな、瑕疵ひとつない甘やかな夢へと手を伸ばすように、ただひたすら月夜の森を進んでいきました。
ケヴィンは心の底から父、獣人王を憎みました。
同時に大切な友である、カールに手をかけた自身の獣人の血を呪ったのです。
光の司祭に会って、カールの命を取り戻した時。
この呪われた血を許すことができるだろうか。
しかしウェンデルへ向けて旅立つケヴィンと時を同じくして、獣人の軍が聖都ウェンデルへ侵攻を開始したのです。
果たして、間に合うのだろうか。
そんな焦燥を胸に、ケヴィンは旅路を急ぎます。
しかし、この時ケヴィンは、世界の命運をかけた戦いにやがて自分が巻き込まれていくことなど、知る由もありませんでした……
物語は、まだ始まったばかりなのです……