第一話「マイアの錬金術師」
さて、話はマイアに到着したデュランたちへと戻ります。
マイアに辿り着いて二日、ジャドの住人たちの衣食住に目途が立った頃合いでした。
デュランたちはその間しっかりとした休養と旅の準備を済ませます。
自由都市として名高いマイアは旅の必需品に事欠きませんでした。
ウェンデルの神官たちからも手厚く支援もされ、すっかりと準備は万端。
そしてこの二日の間に、改めて神官たちから混迷する世界情勢を改めて話を説明されます。
ビーストキングダムとウェンデルの詳細な戦いの推移。
ナバールに滅ぼされた風の王国ローラント。
外部との接触を完全に絶ったアルテナ。
軍事的な緊張感を高めるフォルセナ。
他にも、不穏な世界情勢を警戒してこれまた外部との接触を絶った商業都市バイゼルなど。
不安定な世界の在り様に、デュランたちはこの旅の重みを改めて認識しました。
さてこうして準備を整えた出発の朝。
その集合時間前に、集合場所の城門前へと最初に到着したのはデュランでした。
朝の鍛錬や朝食のしっかりと時間をかけるデュランと、朝が弱くて身だしなみに時間をかけるアンジェラではどうにも足並みが噛み合いません。
シャルロットも朝は早いのですが、お祈りや聖職者としての日課などで三人の朝はてんでバラバラでした。
ですのでこの二日、朝はそれぞれの自由に行動をして集合時間に合流して行動するという流れができていました。
デュランは開かれた城門の向こう、黄金の街道と呼ばれる道へ視線を巡らせます。
一度、通って来た道でした。
フォルセナからクラスチェンジを求めて旅立ち、この城門をくぐってジャドへ向かう船に乗ったのです。
それがフェアリーを伴い、クラスチェンジが叶わぬままフォルセに出戻りするなんて。
「気恥ずかしい?」
ふわりとデュランからフェアリーが姿をあらわします。
「……ちょっとな」
デュランがバツの悪い顔をします。
「でも神官たちから世界情勢を改めて教えられて、今はオレ個人のこだわりよりも重要なことがあると思ってるよ」
ウェンデルとローラント。
力の強い国がこうも立て続けに攻められているのです。
きっと、次はフォルセナ。
この混沌とした状況の元をたどれば、おそらくマナの減少に行きつくのでしょう。
ならばこの旅は、揺れる世界を正す旅になるのだとデュランは自覚します。
ぶるりとデュランが身を震わせました。
「緊張してる?」
「武者震いさ」
「……デュラン、ごめ」
「おっと」
フェアリーが言いかける途中、デュランがそれを掌を突きつけて遮ります。
「もう謝るのはなしだぜ、フェアリー。オレは自分の意志でオマエの話に乗ったんだ。そして、オマエの意志も夢で見せてもらった。なら後は一緒に全力を尽くす! それだけだ」
「うん……ありがとう、デュラン」
フェアリーがにっこりと微笑みます。
「お待たせ、何を話していたの?」
そんな折、アンジェラも集合場所へとやってきました。
「やってやろうぜ! って話さ」
「なによ、それ」
デュランのざっくりとした物言いに、アンジェラがくすりと笑ってしまいました。
「シャルロットは一緒じゃないのか?」
「違うわよ。出ていく前に神官の人たちに挨拶してるんじゃないの?」
まだまだジャドの住人やマイアとの調整に、ウェンデルの神官たちは大忙しです。
昨日きちんとお別れは済ませたので、この朝は見送りも要らないという話にはなっていました。
とはいえウェンデル出身のシャルロットですから、最後の挨拶に顔を出したいのは自然なことでしょう。
しかし集合時間になってもシャルロットはやってきません。
どこかで迷子にでもなっているのか、とデュランが探しに行こうとした時です。
「た、た、たいへんでち~!」
当のシャルロットが大慌てで城門へと走ってきました!
「ふたりとも、たいへんでち! フォルセナ! フォルセナにばびゅ~ん! ってどっかーん! って!」
身振り手振りで伝えようとするシャルロットですが、デュランたちは何がなんだかさっぱりです。
「落ち着け、フォルセナがどうしたってんだよ?」
デュランがシャルロットの背中を叩きながら尋ねます。
深呼吸をしたシャルロットが、マイアの東の方角を指さします。
「フォルセナまであっというまにたどりつくほうほうがあるんでち! ほらほら、ついてきてちょ!」
シャルロットがデュランの手を引っ張って走り出します!
仕方なくデュランはそれに従い、アンジェラもそれに続きました。
こうして辿り着いたのは、マイアの東の端にある大きな屋敷でした。
シャルロットは扉をどんどんと叩きます!
「もしも~し! たいほー! フォルセナへひとっとびのたいほー! おねがいするでちよ!」
「えーい、うるさい! なんだなんだ!」
シャルロットが執拗に扉を叩くので、中からの声は抗議めいたものでした。
出てきたのはずんぐりむっくりとした中年男性です。
技師めいた格好をして豊なおヒゲがチャーミング。
「でまちたねボンボンオヤジ! さっきいってた、フォルセナまでとんでいけるってたいほーでち! たいほー!」
「ワシはボン・ボヤジだ! ……おお、君はさっきワシの発明を熱心に聞いておった女の子ではないか!」
ボン・ボヤジがおヒゲをねじねじしながらシャルロットを見遣り、デュランとアンジェラへ視線を巡らせます。
そしてにんまりと笑いました。
「んふっふっ! ワシの発明品が見たいのだな! 見たいのだろう! よかろう! ついてきたまえ! こっちだ!」
なんだか何かを自慢したそうにウズウズとしたボン・ボヤジが、勢いよく屋敷の中に駆けていきます。
慌ててデュランたちもそれを追いかけると、勝手口を通って裏庭へと出ました。
そこにはなんと、一門の巨大な大砲が鎮座しているではありませんか!
「な、なんだこりゃ?」
デュランが戸惑った様子で大砲に近づくと、ボン・ボヤジが自慢げに大砲をぽんぽんと叩きます。
「君たち! マイアとフォルセナの間は、吊り橋が一本しか道がない! これでは遠回りなうえ、魔物だらけの危険な黄金の街道を通らねばならず、不便だと思わんかね!」
「ああ、そりゃ……まぁな。フォルセナからここに来るまで、一直線に移動できればと思いながら旅をしたよ」
ボン・ボヤジの言葉に、デュランが頷きます。
これにボン・ボヤジがよりいっそう笑みを深めて、ぴょい~んと飛び跳ねます。
「そうだろう、そうだろう! だが、しかーし! ワシが今作っている、『スーパーキャノンマーク2』なら、ひとっとびで行けるようになる! これからの時代はキャノントラベルだ!」
「なに!? そりゃすげぇ! こいつで飛んでいけるようになるのか!」
「そのとーり!」
「頼む、これを使わせてくれ! オレたち、早くフォルセナに行かなきゃならねぇんだ」
デュランが期待したように頼み込むと、ボン・ボヤジがおヒゲをねじねじ。
「まだ無理だ。なにせまだ未完成だからな」
「なんだよそりゃ!?」
これにはデュランがずっこけてしまいました。
「シャ、シャルロットにも、フォルセナまでひとっとび! ってじまんしてたでち!?」
「うむ、だからこのキャノンが完成したら、ひとっとびになる! と自慢をしておったのだ」
ボン・ボヤジの言葉に、三人ががっくりと脱力します。
「じゃあ、いつ完成するのよ、このスーパーキャノンマーク2は」
「さぁ? 明日か明後日か……もうちょっとなんだが、びちょーせーちゅーなのだ!」
アンジェラの疑問に、ボン・ボヤジは大まじめ。
これはいつになるか分かったものではありません。
デュランが首を振って、アンジェラとシャルロットに戻ろうと促します。
「またワシの自慢話を聞きに来たまえ~」
ボン・ボヤジの呑気な声を背に、三人は屋敷を通ってもと来た道に戻ります。
その途中、部屋ですらりとした美人が声をかけてきました。
「あら、お客さん?」
「いや、帰るところだ。邪魔したな」
「ははーん、アニキの自慢話に付き合わされたクチか。ごめんね、アニキは変な発明をしてそれを自慢するのが生き甲斐なんだ」
「あんた、あのオヤジの妹なのか?」
「そうさ。アタイは妹のボン・ソワール」
にっこりと微笑むボン・ソワールは、あの兄よりはまともそうな人物でした。
「アニキは錬金術師なんて呼ばれてるけど、ただのマッドサイエンティストでね。金なんて作れやしない。けど、たまーに役に立つ物も作るんだよ」
「あのたいほーも、ほんとーにかんせーしてたらべんりでち」
「そうだね、あの大砲はアニキの作品でも一番……になるかもしれないんだ」
シャルロットの言葉にボン・ソワールも嬉しそうです。
「だからこれに懲りず、アニキに付き合ってくれたら嬉しいな」
そうして笑いかけてくるのだから、三人も邪険にはできません。
顔を見合わせて苦笑します。
「ああ、もしも完成したら使わせてもらいてぇ」
「うん、アニキにも言っておくよ」
こうして三人は屋敷から出て、城門へと向かいます。
出発前に、なんだか奇妙な物を見た気分です。
「まったく、シャルロットが大慌てで連れてくるから来てみたら」
「しょーがないでち! あのオヤジ、かんせーしていないことをかくしていたでちよ!」
アンジェラのちくちく言葉に、シャルロットも抗議の声を上げます。
「隠してたっつーか……」
デュランが少し違和感を覚えます。
「ねぇ、シャルロット。もしかして全部の説明を聞く前に飛び出しちゃったんじゃないかしら?」
「うっ!」
フェアリーがふわりとあらわれて、デュランの違和感を言語化します。
当のシャルロットもそれを自覚していたのか、図星を突かれた顔です。
「あはは、あわてんぼうなんだから、シャルロットは」
アンジェラの笑い声に、シャルロットはつーんとします。
「へーんだ、あるいてたどりつけばいーんでち! ほらほら、いそぐでちよふたりとも!」
先頭に立ってシャルロットが足早に城門の外へと向かいます。
デュランたちもそれを追って、マイアから出発をしました。
マイアを出ると、商業都市バイゼルにつながる黄金の街道と呼ばれる交通路です。
整備された道路はバイゼルとマイア、そしてフォルセナも含んだ交易圏における重要な動脈でした。
しかし昨今は魔物も多くなり、商人たちも困っているというのです。
黄金の街道の道中、北上して大地の裂け目を通り抜け、モールベア高原を越えてフォルセナへ辿り着く。
これが今回のデュランたちの旅程でした。
「ここが黄金の街道なのね」
「いしだたみもばっちりで、あるきやすいでち!」
舗装された道路は歩くのに快適で、女性陣は感心した様子です。
右手に岩場、左手には森。
豊かな自然に囲まれた道路は、ふたつの山脈のちょうど狭間を通りやすく工事されたものでした。
整備具合にこれは楽ができるのでは? そう油断をしていたアンジェラですが、突如デュランが剣を抜き放ちます!
そして一閃!
からん
アンジェラのすぐそばで、ふたつになったダーツが地に落ちました。
それはアンジェラに射られたダーツ!
咄嗟にデュランが叩き落したのです!
「あんまり油断するなよ。森にはポロンって魔物が潜んで、ダーツでこっちを狙ってるんだ」
ダーツが飛んできた木々の方をデュランが睨みながら警告します。
アンジェラがこくこくと言葉も出せずに頷くばかり。
その隣で、シャルロットもらくちん旅気分だったのが一気に引き締まった様子です。
「まぁ安心しろよ。お前らは必ずオレが守る。ただ……ちょいとばかり訓練道中にしようか」
デュランが剣をかつぐようにして、ふたりに笑いかけます。