「ふたりとも、魔法をどのくらい連続して使える?」
デュランの問いかけに、アンジェラとシャルロットがきょとんとした顔になります。
「えぇっと……どのくらいかしら」
「シャルロットは、やすみなしでヒールライトをさんかいもつかえるでちよ!」
アンジェラが困った様子に比べて、シャルロットは明快です。
シャルロットはさらに付け加えます。
「アンジェラしゃんは、ホーリーボールをやすみなしならろっかいくらいつかえるはずでち。でも、まりょくをちょーせーすれば、かいすうはゆーずーがきくはずでちよ。だからばっちりきっちり、このくらいつかえる! っていいにくいんじゃないでちかね」
これにはデュランとアンジェラどちらも感心します。
特にアンジェラは、自分では言語化が追いつかなかった説明をされて嬉しげです。
「そうなのよ! シャルロットったら、私よりも私に詳しいじゃない」
「でへへ、これでもひかりのしさいのおまごさんでちから。ホーリーボールについてはいっかげんがあるでちよ!」
胸を張るシャルロットですが、それから舌をぺろりと出します。
「おじいちゃんには、まだきけんだからーって、ホーリーボールをおしえてもらえてないでちけど!」
「オレは魔法なんてからっきしだから、魔法を使えるってだけで大したもんだと思うぜ」
デュランも素直に感心して続けます。
「それでも、練習と実戦は勝手が違うってのは魔法も剣も同じだと思ってる。だからこの道中、アンジェラの魔法の訓練をしながら進めていくことにする」
「それってあたしが攻撃を担当するってこと?」
「ああ。基本的にオレは守りだ。もちろん、危険を感じればすぐに切り換えるつもりけどな」
「魔物に向けて、思いっきり魔法を撃てってことよね?」
「ああ」
そう言われてアンジェラは腕がむずむずする気持ちになりました。
船でやっていたホーリーボールの練習は海に向けて放つばかりでした。
動いているもの、しかも悪い魔物を魔法で倒す。
それもまたアンジェラが夢に思い描いていた魔法の使い方のひとつではありませんか!
「分かったわ、任せてよね!」
「シャルロットはアンジェラの隣で、様子を見てやってくれ。それと、必要そうならオレを回復してくれ」
「がってんしょーち!」
こうしてデュランたちが黄金の街道を進み始めました。
空は陽気で風も爽やか。
絶好の旅日和と言える天候でした。
そのままほのぼのと進めていればよかったのですが、そう時を経ずに突如として道を防ぐように魔物が現れます!
ラビの森やウェンデルにつながる洞窟でも見かけたアサシンバグとゴブリンです!
魔物たちは活きの良い獲物を見つけたようにいきり立って駆けてくるではありませんか!
「まずは思う通りにやれ、オレが合わせる」
慌てて杖を構えるアンジェラに一声かけて、デュランが魔物たちに飛び込んできます。
そう知能が高くない二匹の魔物は、近づいてくるデュランにターゲットをロック。
上に下にと攻めてきます。
しかしデュランはアサシンバグのカマを躱し、ゴブリンの斧を剣で軽くいなします。
このあたりの敵などは、デュランにとっては相手になりませんでした。
「よ、よーし! やってやるわよ!」
デュランが敵を引き付けている合間、アンジェラがホーリーボールを練り上げます。
杖の先に聖なるエネルギーが膨れ上がっていきます。
船で何度も練習した甲斐があってか、ホーリーボールの完成は非常にスムーズでした。
しかしどうにも狙いが定まりません。
アサシンバグは機敏に宙を舞い、ゴブリンは鈍足ですがそれでも絶えず動き回っています。
さらにデュランがかぶさってしまうタイミングもあり、放つタイミングが掴めないのです!
「アンジェラしゃん! いまでち! あ~かくれちゃったでち! ほらほら! いま!」
横でシャルロットがうるさく指示してきますが、アンジェラの呼吸とどうしても一拍外れてしまいます。
「ちょっと、うるさくしないでよ! 気が散るでしょ!」
やっぱり狙いはゴブリンよね、アサシンバグは動きが速いわ。
でもでも、デュランのヤツが邪魔でゴブリンに当てられるか心配だし……
焦りでホーリーボールが揺らいでいるのも分かるほど、アンジェラが動けなくなってしまっていると、
「いいから、思い切りやってみろよ!」
デュランが背中越しに大きな声を上げました。
怒声でも、切羽詰まった声でもありません。
それはまるで友達を遊びに誘うように、気楽で気さくな声でした。
ふっとアンジェラから肩の力が抜けます。
「分かったわ!」
そして自然なフォームで杖を振り、ホーリーボールを発射することができたのです!
狙いはゴブリン!
デュランを巻き込まないばっちりなタイミング!
射線が開いたと同時の発射でした。
しかしゴブリンはデュランを追うように動き、ホーリーボールの軌道から外れてしまいました!
当たらない!
アンジェラがそう直感した瞬間のこと、
「当たってろ!」
デュランがゴブリンを蹴り飛ばし、強引にホーリーボールの軌道に圧し戻してしまいました!
着弾!
清廉な音と光が広がり、ゴブリンは派手に吹き飛んでしまったではありませんか!
その威力にデュランが口笛を吹きます。
「やった! 当たったわ!」
「すっごいいりょくでち!」
アンジェラが飛び跳ねて喜び、シャルロットと手をつないでふりふり!
「いいぞ、その調子だ!」
残るアサシンバグを引きつけながら、デュランも声が弾んでいます。
「よーし!」
興奮が冷めやらぬうちにアンジェラがもう一発のホーリーボールを練り上げます。
今度は動きが早く、しかし宙に浮いているアサシンバグです。
アンジェラはじっくりと狙いを定めて、その挙動を観察します。
「今!」
引き絞った弓矢を射る心地でアンジェラが二発目のホーリーボールを解き放ちました!
一発目よりも精度が良くなっているのが、隣のシャルロットにはよく分かりました!
「やったでち!」
シャルロットが先んじて声を上げましたが、なんとアサシンバグは素早い機動でホーリーボールを躱してしまいました!
それでもその羽根の端っこにかすったようで、複眼がアンジェラを捉えます。
狙いをアンジェラに変えて一直線に飛翔!
「ひっ!?」
アンジェラが杖を構えて硬直して、シャルロットもフレイルを振りかぶって緊張します!
……しかしその途中で、アサシンバグが胴で両断されて地に落ちてしまったではありませんか!
もちろんデュランの剣による一撃です。
はぁ~とアンジェラとシャルロットが脱力します。
一方で剣を担ぐようにして、デュランはこともなげでした。
「いい狙いだったぜ。今みたいな感覚で続けていけば、すぐに命中させられるようになるだろう」
「デュランしゃん、まほーのしょしんしゃのあつかいがてなれているでちねぇ」
シャルロットが感心したように言いました。
「魔法使いの扱いが慣れているわけじゃねぇさ。傭兵仲間とフォルセナ周辺の魔物退治なんてしょっちゅうだったからな、新兵との付き合い方を知ってるだけだよ」
それに、とデュランが続けます。
「覚えたての技は、実戦で飽きるまで繰り返して体に馴染ませなきゃいざという時、本当の意味で使い物にならねぇ」
「それは……分かるわ」
アンジェラが、複雑な気持ちでつぶやきます。
その胸中には、実戦で魔法を使えた嬉しさや興奮。
なんだかデュランにおんぶだっこされているような面白くない気持ち。
最後に、船の上で完璧に使いこなせるようになったと思い込んでいたけれど、実践するとこんなにも勝手が違うという実感。
そんなたくさんの気持ちがないまぜになっているのです。
デュランがアンジェラのそんな胸中を見透かしたようにニヤリと笑います。
「悔しかったら、早く上達するこった」
「言われなくても、すぐに百発百中になってやるわよ!」
アンジェラがぷりぷりとする様子に、デュランとシャルロットが顔を見合わせて微笑みました。
それからの道中も、同じような戦闘を繰り返します。
デュランが引きつけ、アンジェラがホーリーボールで攻撃をする。
シャルロットが適宜回復や、魔物が多いようならフレイルで迎撃にも参加です。
休憩を何度か挟みながら、こうしてアンジェラは少しずつ魔法の実践に慣れていきました。
やがて日が落ちる頃合い。
三人は街道から少し外れて、川のほとりで野営の火を熾します。
「つ、疲れた……」
アンジェラがへとへとになって横になります。
杖を振るって戦っている時とはまったく違う、精神的な疲労です。
「オレは魔法を使い感覚なんて分からないけど、よくやっていたと思うぜ。メシの支度をするから、ゆっくりしてるといい」
「そうでち。ウェンデルのしんかんでも、あんなにホーリーボールをれんぱつできるひとはそういないでちよ。たいしたもんでち」
「う~ん、そうかしら? 自分ではもっとやれると思ってたんだけどなぁ」
威力は申し分ありませんでした。
しかしアンジェラのホーリーボールは、命中率は五割弱といったところです。
完璧に制御しきれているとはまだ言えない数値です。
もちろんデュランが引き付けてくれた上でのことなので、真に実践的とも言えません。
むしろ杖を振って戦っていた方が楽で、なおかつ役に立てていたのではないかと思わずにはいられませんでした。
「でもアンジェラしゃん、なんだかとってもたのしそうでちたね」
「そりゃ……ねぇ」
シャルロットの言葉に、アンジェラがはにかむような表情になりました。
ずっとあこがれ続けていた魔法。
諦めきっていた魔法。
それを思う存分に行使する喜びは確かにありました。
少しずつ上達していくのが分かる感覚すら愛おしい。
今、アンジェラは魔法と共に在る。
夢のような、心地なのです。
「ずーっと使えなかった魔法なんだもの。夢中にもなるわよ」
「ちょっと分かるな。オレもできなかった剣技をできるようになったり、強くなっているのを実感している時は剣を振るのが楽しくて仕方ないんだ」
「シャルロットも、ヒールライトをおぼえたころは、いみもなくおじいちゃんにかけていたもんでち」
「みんなそうなのね」
三人はなんだか不思議な連帯感を覚えて、にっこりと微笑みます。
そうして食事を済ませると、まずアンジェラがすぐに寝入ってしまいました。
「まったく、アンジェラしゃんはすぐねちゃってしょーがないでちね」
それを見たシャルロットが、なんだかお姉さんぶって胸を張ります。
しかしそのまぶたが重そうなのをデュランは見逃しません。
「お前も朝は早かっただろう? オレが火を見ておいてやるから、寝ていいぞ」
「そうでち? じゃあおことばにあまえて……」
シャルロットがぽてぽてとアンジェラの近くで横になると、すぐに寝息が聞こえてきました。
ふたり仲良く寄り添って眠る姿を眺め、デュランがひとり焚火を見守ります。
「お疲れ様……っていうのも、ちょっとだけ違うみたいね」
そんなデュランの内側から、フェアリーが燐光を伴ってふわりとあらわれます。
「ああ……って、その口ぶり、オレの心を読んだのか?」
「ごめんなさい、流石に今回は伝わっちゃったから」
「まぁ……しょうがないか」
デュランも不可抗力と受け入れました。
「私も出来る限り手伝うよ! デュランが見ていない方を確認する」
「そりゃありがたいな、頼むぜ相棒」
その言葉にフェアリーがとても嬉しそうに微笑みます。
デュランが立ち上がって剣を抜き放ちます。
そして、街道の方を睨みます。
近づいてくる気配があるのです。
デュランはフェアリーと共に、暴れてもアンジェラとシャルロットが起きてこない程度の距離を取りながらも、何かあった時に急行できる範囲へと歩を進めます。
がさりとデュランの前に現れたのは人型の魔物!
腐臭を伴い、夜にのみ地から這い出てくるゾンビです!
黄金の街道は昼に活発な魔物が夜には眠りにつきます。
しかし夜になるとゾンビやバットムといった魔物が活発になるのです!
「悪いがここから先には行かせないぜ。土に帰りな!」
こうしてデュランとフェアリーは、夜を徹して断続的に近づいてくる夜の魔物たちを迎撃しました。
やがて夜が明け。
朝日の光でアンジェラとシャルロットが目を覚まします。
「ふぁ……もう朝ぁ……」
「う~ん、よくねたでち!」
アンジェラはまだ目が開き切らない様子ですが、シャルロットは溌溂としたものです。
武器の手入れをしていたデュランが、ふたりに声をかけます。
「よう、おはよう。川で顔を洗って来いよ、朝食にしようか」
「はぁい」
アンジェラとシャルロットが顔を洗い、髪に櫛を通し合えばデュランが朝食の準備を完了していました。
「体調はどうだ?」
食事をしながら、デュランがアンジェラの様子を尋ねました。
アンジェラがへとへとになるまで魔法を使ったのは初めてのことです。
一晩の休息でどのくらい回復したか、調子を見ながら進まなければならないと考えてのことでした。
「それがもう、すっごく快調! 昨日の夜に空っぽだった魔力も、もう満タンって感じだわ!」
目が覚めてきたアンジェラは、元気のいい返事です。
今すぐにでも魔法を使いたい!
そんな気力に満ち溢れており、デュランは少し笑ってしまいました。
「分かった。それじゃあ今日も昨日みたいに進んでいこう、頼むぜアンジェラ」
「……逆に、あなたは大丈夫なの?」
じとっとした目でアンジェラがデュランを見つめます。
デュランがおや、という顔で問い返します。
「ああ、大丈夫だぜ? なんでだよ」
「……いーわよ。カッコつけさせといたげる!」
アンジェラがそう言いながら朝食をかきこみます。
シャルロットが不思議そうに聞いていましたが、あっと声を上げました。
「デュランしゃん、ねてないんでち?」
「まぁ、そうだな」
デュランが苦笑をすると、アンジェラがシャルロットを肘でつっつきます
「こーら、私がせっかく黙ってたげたのに! 男はこういう時、黙ってるのがカッコいいなんて思ってるのよ!」
「はえ~デュランしゃんはかっこいいでちね! ねずのばんをしてくれてありがとさんでち!」
シャルロットの素直な言葉に、デュランが声を上げて笑ってしまいました。
さて、そうして食事を終えれば一行は再び黄金の街道を進み始めます。
やがて出発からそう時間も経たないうちに、森からアサシンバグとゴブリンが飛び出してきました。
奇しくも昨日訓練を始めた時と同じ魔物の組み合わせではありませんか!
「よし、昨日と同じように行くぞ!」
デュランがアサシンバグとゴブリンに飛び込んで、魔物を引き付けようとした時です。
「ホーリーボール!」
それよりも早く、アンジェラが動き出したのです!
ホーリーボールはあやまたずアサシンバグに着弾!
アサシンバグも反応をしたのですが、その挙動も読みきって一発で撃墜してしまったのです!
ゴブリンが慌ててこちらに向けってくるのを、デュランが剣で通行止め。
その隙にホーリーボールをもう一発練り上げたアンジェラが鋭い声を上げます!
「できたわデュラン! どいて!」
デュランが体を開けばホーリーボルがすれ違い、ゴブリンに着弾!
一撃で吹き飛ばしてしまったのです!
鮮やかなまでの魔法捌きに、デュランとシャルロットが目を丸くします。
「昨日よりも各段に上手くなってるじゃないか!」
「すごいでち、あのすばやさであのいりょくとねらい! アンジェラしゃん、さてはてんさいでち!?」
アンジェラ自身も、自分の魔法の展開速度や制御に驚いていました。
昨日あれこれ考えながらできなかったことが、意識し過ぎずできるようになっているのです!
魔法が体に馴染んでいる、という実感が後からじわりとアンジェラに広がってきました。
「私、上手くなってる?」
「そう言ってるじゃないか。大したもんだ」
「~~~~!」
デュランの答えに、アンジェラは感極まったように身を震わせました。
「私、もっと上手くなれる気がする!」
「頼りにしてるぜ……っと!」
がぎん!
デュランが話の途中、突然剣を振り上げました。
音と共に弾き飛ばされたのは、ダーツです。
森の奥から、アンジェラを狙って魔物が投げてきたものでした!
ダーツに対処した時には、がさがさと魔物も逃げていく途中。
さしものデュランも、後を追って森に突っ込むのは危険が過ぎました。
「チッ、またポロンか。隠れながら女を狙うなんて卑怯な……」
デュランの舌打ちと、
「ホーリーボール!」
聖なるエネルギーが森に飛んで行ったのはほとんど同時でした。
木々を縫って飛んでいくホーリーボルが森の奥で炸裂したと思うと、ぎゃっ!と悲鳴が上がります。
「まさか!?」
デュランが慎重に確認に行けば、なんとポロンがホーリーボールによって倒されているではありませんか!
シャルロットが驚いてアンジェラを見上げます。
「みえていたんでち?」
「はっきりと見えていたわけじゃないんだけど……でも、なんだか当てられる気がして……」
デュランとシャルロットが顔を見合わせて、ううむと唸ります。
「ほんとに大したもんだな……」
「さすがはまほーおーこくのおうじょさまでち!」