初日はすぐにダウンしていたアンジェラですが、何度目かの夜営では食事をしても溌溂とした様子がうかがえました。
今日は焚火を囲んで、シャルロットとウィル・オ・ウィスプと話をしています。
「そこで、おじーちゃんはろくじゅうよんこのホーリーボールをじゆーじざいにあやつり、ウェンデルにせまりくるモンスターをやっつけたんでち!」
どうやら光の司祭の武勇伝を、シャルロットが自慢しているようでした。
「しかも、きいておどろくでちよ! そのホーリーボールいっこいっこが、ふつーのウェンデルのしんかんのホーリーボールのいりょくにそーとーしちゃうかみわざで……」
「六十四個って、それはちょっと盛り過ぎじゃないかしら?」
「しかもそれひとつずつが普通の神官の一発分って」
アンジェラとウィル・オ・ウィスプは顔を見合わせて訝し気です。
シャルロットは不満そうに頬を膨らませます。
「ぶー、ほんとーのことなのに!」
「ふーん、私はどのくらい分割できるのかしら?」
興味をそそられたアンジェラが、ホーリーボールを練り上げて、いくつに分割できるか試し始めます。
ウェンデルの神官はホーリーボールを八分割して、敵に集積して叩き込むのが慣例でした。
取り囲むように操作することで敵を取り逃さず、十全に命中させきれずともダメージを与えられるという利点があるのです。
八個を散弾めいて展開することで、広い範囲に攻撃することもできるといい、ウェンデルの兵数の少なさに起因する運用と伝えられています。
そして熟練するほどに分割したホーリーボールひとつひとつの威力も底上げされる、幅広い魔法技術なのです。
一方、アンジェラが学んだアルテナ式は一発のホーリーボールに力を注ぐ運用を旨とされていました。
シンプルゆえに、力量と術者のセンスが問われる技術の体系と言えるでしょう。
さて、アンジェラは完成したホーリーボールを杖の上に維持して、息を詰めて分割に集中します。
その様子をシャルロットとウィル・オ・ウィスプは固唾を飲んで見守ります。
ず、ずずず……
そうしていると、時間をかけずにアンジェラのホーリーボールがゆっくりとふたつに分かれてゆくではありませんか!
「おお! すごいでち!」
「もう少しッスよ!」
しかしホーリーボールがふたつに分かれた時、ぱちんと霧散してしまいました!
ぶはっ! っとアンジェラが肩で息をします。
「難しいわよ! これ!」
「う~ん、すごいとはおもうけど、ウェンデルのやりかたとなんかちがうかんじでちねぇ」
「アンジェラさんのは一発のホーリーボールを分けようとしてるけど、ウェンデル式は1/8のホーリーボールを別々に展開していくんじゃないッスかね?」
ウィル・オ・ウィスプの見解に、シャルロットがおお! と声を上げます。
「きっとそうでち!」
「そんな細かくなんてできるかしら?」
訝し気にアンジェラが再び集中すれば、小さなホーリーボールがふわりと生み出しました。
それを維持しながら、さらにもうひとつ、小さなホーリーボールを練り上げていきます。
「あら? なんだ、思ったより簡単ね」
すいすいと小さなホーリーボールを展開していくアンジェラですが、四個目になっておや、という顔になります。
そして五個目を展開したところで手が止まりました。
五個も展開してゆくと、最初のホーリーボールの維持が難しくなり、それに気を取られると他のホーリーボールも揺れてゆく。
どれかに集中しようとすれば、どれかが薄れていくのです!
結局、五個のホーリーボールを維持できなくなり、ひとつずつほどけるように消えていいきました。
「なによ、難しいじゃない!」
「なにいってるんでちか! よっつてんかいできるようになるにも、なんねんもしゅぎょーするのに、すごいでちよアンジェラしゃん!」
シャルロットが呆れたような声を上げます。
ウィル・オ・ウィスプも感心げです。
「オレは人間が魔法を使う理論なんてサッパリ分からないッスけど、アンジェラさんが初心者にしてはメチャクチャすごいことやったのは分かるッス!」
「アンジェラしゃんなら、はちこのホーリーボールをすぐにコントロールできちゃえるでちよ!」
「ふんだ、こんなことしなくても、強いホーリーボールを一発当てればいいのよ。私はアルテナ式でいーの!」
アンジェラがつーんとしますが、言葉とは裏腹に再び小さなホーリーボールを練り上げていきます。
シャルロットとウィル・オ・ウィスプが顔を見合わせて微笑みます。
さて、焚火を挟んだ対面でデュランとフェアリーがそんな彼女たちの様子を見守っていました。
「随分と余裕になったなぁ」
「もともとアンジェラの魔力はすごいもの。アルテナで学んだ魔法の理論をどんどん体で理解して、すごい速さで上達してるわ」
「実戦でも無駄な力がどんどん抜けているのが分かるよ」
この数日で、すっかりアンジェラが頼もしくなりました。
三人での連携も非常に円滑になり、それに伴ってデュランの想定していた旅程もどんどん前倒しになっていきました。
「ねぇデュランしゃん、このおーごんかいのどーってまだおわらないんでち?」
旅程について考えていると、ちょうどシャルロットが声をかけてきました。
「いや、この調子なら明日には大地の裂け目につく。大地の裂け目を通って、モールベア高原に出て北上していけばフォルセナだ」
「フォルセナってどんなところなんでち?」
「草原の国さ。英雄王様の統治の元で、騎士たちが国を守ってるんだ」
「野菜も豊富だけど、牛とかもたくさん食べるのよね!」
アンジェラも、以前デュランと交わした会話から得た知識で話に加わります。
「あ、そうだ! デュランって妹がいるんですって!」
「そうなんでち?」
「私はフォルセナでお父様を探したいけど、デュランの妹も見てみたいわね」
「いもうとしゃんは、デュランしゃんと似てるんでちか?」
「う~ん、あんまり似てないかな。ウェンディはオレよりもしっかりして、将来は美人になると評判で……」
こうして、デュランの妹話を聞きながらフォルセナに思いを馳せ、一行の夜は更けていきました。
そして次の日の午前のうちに大地の裂け目へと辿り着いたのです。
黄金の街道は南北に横たわる山脈の狭間に敷かれた街道ですが、北部へ抜けるため山に徹された洞窟がありました。
その洞窟の奥、大地を引き裂いたような巨大な断崖が広がっているのです。
「かぜがびゅーびゅーでち!」
洞窟を進んでいくと、シャルロットが声を上げました。
断崖による高低差から生じる突風が、洞窟にまで反響している音でした。
掘り抜かれた壁面には、旅人のためにたいまつが燃やされていますがそれでも薄暗いもので、シャルロットはおっかなびっくりです。
アンジェラはシャルロットが無意識のうちに自分の服の裾をつまんでいるのに気づいて、くすりと微笑みます。
そしてその手をつないであげたのです。
「だいじょうぶよ、何か出てきても私のホーリーボールでやっつけちゃうんだから」
「べ、べつにシャルロットはこわがってないでちけど? でもでも、ホーリーボールはオバケにこうかばつぐんでちからね! アンジェラしゃんにかつやくのばをあたえるのもやぶさかではないでち!」
ふーんと強がるシャルロットに、先頭を歩くデュランも笑ってしまいました。
「何も出たりしないさ。ほら女神様も見守ってくれてるんだから」
デュランが顎で示す先、洞窟の片隅にマナの女神像が建てられていました。
道中、旅人の安全を祈願したものでしょう。
柔和に微笑みかけてくる美しい女神の姿に、シャルロットもほっと心が安らぎます。
「あり?」
ふとシャルロットが違和感を覚えて立ち止まってしまいました。
何がどう違和を持っているのかを説明できませんが、とにかく違和感があったのです。
「どうしたの?」
手をつないでいた手前、一緒に立ち止まったアンジェラが小首をかしげます。
「えっと……な、なんでもないでち!」
しかし自分でも何がおかしいか説明できないシャルロットは、不思議そうに首を振ってまた歩き出しました。
そして、洞窟の出口が見えてきたのです。
「ほら、あれが大地の裂け目だ。あそこにあるつり橋を渡ればフォルセナの領土で……って、なんだあいつら?」
洞窟から出ると、とてつもない断崖が姿を現します。
そして断崖と断崖を渡す巨大で丈夫な吊り橋が見えたのですが、大人数がそこを通行しているではありませんか!
その格好は一様に魔法使いで、いくつもの馬車を渡している途中のようでした。
「あれってアルテナ兵じゃない!」
デュランとシャルロットが訝し気に見ている隣で、アンジェラが悲鳴を上げました。
「なんだって!? アルテナのやつらが、こんなところで何してやがる!」
気づけばデュランが走り出していました。
「何者だ!」
それに気づいたアルテナ兵たちが警戒をあらわにします。
「フォルセナの傭兵だ!」
駆けながら答え、剣を抜き放つデュランに最後尾のアルテナ兵たちが慌てて魔法を繰り出してきます。
アイススマッシュ!
氷の弾が都合六発デュランに撃ち込まれました!
しかしデュランはこれをことごとく剣で叩き落しながら肉薄。
斬り伏せてやる! そう思いましたが、アンジェラがいる手前それは思いとどまりました。
急所を避けた、剣の殴打!
一息にふたりを気絶させ、次の一呼吸でさらにふたりを気絶させます。
「なんだ、何が起きている!?」
「フォルセナ兵だ! フォルセナ兵が来ている!」
前にいるアルテナ兵たちも騒がしくなってきます。
しかしどうやら統率の取れているようで、てきぱきと指示をする者がいるようです。
まずは吊り橋の途中まで進んでいた馬車の荷台を横にして、素早くバリケードを作ります。
つり橋は横にデュランが五人も並んでなお余裕のある広さだからできる迎撃態勢でした!
「見られたからには生かしておけん! この場で抹殺する!」
そしてバリケードの向こうから、アルテナ兵たちが魔法を撃ちこんでくるではありませんか!
「チィッ!」
統率の取れた魔法攻撃はもはや氷の弾の雨!
吊り橋の真ん中ほどで足を止めてデュランが剣を構えれば、ダメージ覚悟で腰を据えます。
「ホーリーボール!」
すると着弾間際、後方から巨大な光が飛来したかと思えば、氷の弾の雨を巻き込んで炸裂!
デュランに届く氷の弾が、対処できる量に激減しました!
剣で氷の弾の残りを叩き落せば、その背後にアンジェラとシャルロットが合流します。
「助かったぜアンジェラ!」
「もう、ひとりで突っ走らないでよ!」
「あんたしゃんたち! こんなところでなにやってるでちか!」
シャルロットが抗議の声を上げますが、アルテナ兵たちはそれどころじゃありません。
「アンジェラ王女!?」
「馬鹿な、アンジェラ王女がなぜここに!?」
「まさか! 今、魔法を使った!?」
「あのフォルセナ兵も強いぞ!」
「静かにしろ!」
指揮官らしい者の一言にぴしゃりと声が鎮まります。
そして重々しく、沈痛ながらも厳しい声がアンジェラへと放たれたのです。
「アンジェラ王女、理の女王様より反逆罪で抹殺命令が出ております」
「なんですって!?」
アンジェラが目を白黒させて驚きました。
アルテナから逃げ出し、賞金首としてお尋ね者扱いにはなっていましたが、まさかそんな罪まででっちあげられているなんて!
「私が何をしたって言うのよ!」
「問答無用! おい、あれを使うぞ! こいつらを橋の上に閉じ込める結界を張れ!」
吊り橋の向こう側、フォルセナ側の対岸でアルテナ兵たちに動きがありました。
見れば、吊り橋から出られないよう魔法の障壁が張り巡らされたではありませんか!
「クソッ、好き勝手させるかよ!」
デュランが踏み込もうとしたその時です!
ドガーン!
二台のバリケードを粉砕して、四つの拳が飛んで来たのです!
「うわっ!?」
幸いバリケードを壊した拍子に狙いがブレたのか、咄嗟にかがんだデュランたちへ直撃しませんでした。
食料やマジックアイテムなどを積んでいた荷台のバリケードを吹き飛ばして、現れたのはゴーレムの姿!
こぢんまりとしたフォルムですが、重厚感のある鋼のボディ。
まるで鉄で造り出された小悪魔のような風貌ではありませんか!
それが二機! デュランたちに迫りくるのです!
「ゆけ、マシンゴーレムR! ヤツらを倒すのだ!」
「ピーピピー!」
「な、なんだこりゃ!?」
「アルテナの魔兵器よ! 気を付けて、呪鍛した合金でできてるの! 生半可な攻撃は通じない!」
「こんなおもちゃみたいなのに!?」
ガシーン!
マシンゴーレムRたちが力こぶを作るようなポーズを取り、デュランたちに攻撃を開始します!