大地の裂け目を後にしたデュランたちは、一路マイアへと戻ります。
今度はアンジェラの訓練を主軸にしない分、行きの半分ほどの時間で到着してしまったのです!
むしろアンジェラの魔法が目覚ましい活躍で魔物たちを蹴散らして爽快な旅程ですらありました。
マシンゴーレムRとの戦いでコツを掴んだのか、ホーリーボールを自在に八分割して、遠近隙のない魔法運用!
これにはシャルロットも目を見張りました。
「アンジェラしゃんはのさいのーはとどまるところをしらないでちね!」
こうしてマイアへと戻って来たデュランたちは、街の東部に居を構えるボン・ボヤジを訪ねるのでした。
「おーい、ボンのボヤジ! いるか!」
どんどんと館の扉を叩くと、ほどなくボン・ボヤジが現れます。
「君たちゃ誰だ?」
まるで初対面のような物言いに、少し違和感を覚えながらデュランが説明します。
「ああ、大地の裂け目の吊り橋が落ちちまってよ。あんたの大砲ならフォルセナに行けるんだろう? もう出来上がってるかい?」
「なに!? 吊り橋が落ちた!」
ボン・ボヤジがぴょいんと飛び跳ねてこらえきれぬように笑いを漏らします。
「んっふっふっ……ついに、ワシの『ハイパーデラックススペシャルキャノンV2』の、出番じゃな!」
「このまえと、なまえちがうでち……!」
「えーい、うるさい! そんなことはどうでもよろしい! とにかく、裏庭に行って待っていてくれ! さぁ、行った行った!」
ボン・ボヤジが三人の後ろに回ると、ぐいぐいと館の中に押し込んできます。
されるがまま館に入り、勝手口を出て裏庭へと足を踏み入れます。
ボン・ボヤジも一拍遅れでそれに続き、先行して大砲へ駆けます。
「さあ、ついに完成した、ワシの『ウルトラゴージャスターボキャノン2号』のうちぞめじゃ! まずはこの筒の中に入って……あ!」
砲尾を開いて乱暴に三人を押し込めようとしたボン・ボヤジですが、ふとその手が止まります。
「なんだ、どうした?」
「作るのに夢中で忘れておった! 火薬だ火薬! 『ニトロの火薬』がないぞよ! すまんが君たち、『ニトロの火薬』を取って来てくれ!」
「な、なんだそりゃ?」
「ワシは次なる発明で忙しいのでの! さぁさぁ、行った行った!」
こうしてボン・ボヤジは自分勝手に、デュランたちを置き去りにすったかーと行ってしまいました。
「ちょっ、おい! 待てよ!」
デュランがそれを追いかけて館に戻りますが、ボン・ボヤジはどこにもいません。
ボン・ボヤジの妹ボン・ソワールが何事かと顔を覗かせます。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇよ、ボンのオヤジはどこだ?」
「アニキなら、出かけちゃったわよ」
「おいおい、ニトロの火薬ってなんだよ、どこにあるんだよ……」
「ははぁん、またアニキが無理なこと言ったんだね、ごめんよ。でも、そっか。ニトロの火薬か……」
ボン・ソワールが何か思い出すような仕草をすると、こう言いました。
「確かドワーフたちが持っている火薬だね。連中、トンネルを掘るために火薬を使うんだ」
「本当か!? それでドワーフってのはどこにいるんだ?」
「大地の裂け目に秘密の入り口があって、その奥にドワーフの村があるって聞いたことがあるね」
「だ、大地の裂け目~!?」
デュランががっくりと肩を落とします。
せっかく戻って来たというのに、また大地の裂け目まで行かなければならないなんて!
アンジェラとシャルロットも気疲れした顔です。
「しかし、ドワーフの村の入り口なんて大地の裂け目にあったか?」
「だから、秘密の入り口なんだって。隠されてるらしいわよ」
「おいおい、そんなもんどうやって見つけりゃいいんだ!」
デュランが声を荒げると、その隣でシャルロットがあっと声を零します。
「もしかしたらシャルロット、いりぐちにこころあたりがあるかもでち」
「ほんとか!?」
「た、たぶんでちけど……」
デュランに詰められるとシャルロットも不安そうに両手の指をいじいじしますが、何もないよりはるかにマシです。
「ねぇ、なら早く大地の裂け目に戻りましょうよ。こうしいる間にもアルテナが……」
アンジェラが気を急いたようにデュランに促します。
その目には、隠しようのない鬼気と焦燥が浮かんでいました。
デュランもまたフォルセナの危急に、せっかくマイアまで戻って来た脱力感を飲み込みます。
「よし、じゃあまた大地の裂け目に……」
デュランが意気込みながら、アンジェラとシャルロットを見渡して、ハッとしました。
「……いや、明日出発しよう。今日はマイアで休息だ」
まだ太陽が登り切っていない時刻でした。
この提案にアンジェラが眉をひそめます。
「ちょっと待ってよ、アルテナがもうすぐにでもフォルセナに攻めようとしてるのよ! そんなのんびりしてられないわよ!」
「……シャルはどうだ?」
アンジェラの言葉に頷きながらも、デュランがシャルロットに問いかけます。
「えっと……えっとぉ……」
もじもじした様子のシャルロットに、デュランが肩を叩きます。
「これまで強行軍だったからな。疲れてるだろう? 隠さなくてもいい。正確に体調を把握することも、大事なことなんだ」
「……うん」
シャルロットが、アンジェラを慮るように上目遣いになりながら頷きます。
そこでようやくアンジェラがはっと気づきます。
シャルロットの成長は普通の人間よりも遅く、四肢も未発達です。
すっかり体つきが整っているデュランやアンジェラに比べて、いかに整備された黄金の街道と言え、披露の蓄積は大きいものでした。
加えて魔物との戦い、アルテナとの緊張状態。
シャルロットの疲労は、かつてないほどに蓄積されていました。
「でも……」
アンジェラが何か言いかけて、言葉をつぐみ首を振ります。
その脳裏には、光の司祭の顔が思い浮かびます。
「そうね、私シャルのこと見えてなかったわ……ごめんなさい」
「アルテナとフォルセナのせんそーのせとぎわなんでち、アンジェラしゃんがいそぎたいのは、わかるでち」
だから黙って強行に従おうとしていた……
そんなシャルロットを見て、アンジェラは胸中にきゅーんと溢れる想いを留めきれません!
シャルロットをぎゅーっと抱きしめて、
「デュラン、今日の私はシャルと一緒に女子会バカンスだから!」
「分かったよ」
ふんふんと鼻息荒くするアンジェラに、デュランが苦笑します。
「あっ! ねぇ、フェアリー! フェアリーもこない?」
シャルロットと手をつないで、今にも街に繰り出そうとする直前。
アンジェラがデュランの胸元に語り掛けました。
「えっ、でも……」
燐光を伴ってふわりとあらわれたフェアリーが、戸惑ったような顔をします。
「マイアで自由に行動するくらいはできるんじゃないか?」
デュランの問いかけに、フェアリーもおそるおそる頷きます。
これまでの旅で、フェアリーはデュランの庇護のもとでマナを蓄えることができています。
この状態ならば、一日くらいは宿主から離れて活動することも無理ではないでしょう。
「たぶん……だいじょうぶだと思うんだけど、いいのかな?」
「いいのよ! フェアリーだって女の子でしょ?」
「う、うん。そうなんだけど……」
「だったらもんだいないでちね! デュランしゃんとウィスプしゃんは、おとこふたりでむさくるしくたのしむといいでち! こっちはキラキラじょしかいでち!」
アンジェラとシャルロットに誘われて、デュランに背中を押されてフェアリーがふわりとアンジェラたちの方へと浮遊します。
嬉しそうに迎え入れられて、フェアリーも戸惑いながらも心が弾んでいるのをデュランは感じました。
「さぁ、行くわよシャル、フェアリー! まずは美味しいものからよ!」
「がってんしょーち!」
こうして、デュランを置き去りに、女性陣はマイアの街に繰り出しました。
それを見送って、デュランも歩き出します。
「いや~あっちは華やかッスね、デュランさん!」
するとふわりとウィル・オ・ウィスプがあらわれて微笑んできました。
「へんっ、オレは男でツルんでる方が気が楽なんだよ。ホッとするぜ」
「光の司祭サンの言葉を思い出して、あのふたりを休ませたんッスね」
「あっ! このヤロー、お前もオレの記憶を読んだな!」
「カンベンッスよデュランさん! 精霊として、これまでの経緯をきちんと理解していたかったッス!」
「……そうだよ。焦ってるアンジェラを見てると、オレの方が冷静になってな。思い出した。アンジェラのヤツも、途中で光の司祭の顔を思い出したんじゃないかな」
デュランたちがウェンデルに辿り着いた時、ビースト兵団が迫る一刻の猶予もない状況でした。
すぐにでもウィル・オ・ウィスプを探しに行かなければならない喫緊の事態。
しかし光の司祭はデュランたちに一晩の休息を言い渡しました。
ウェンデルとビーストキングダムの戦争直前。
そこで心身の調整を優先させたことは、滝の洞窟でフルメタルハガーに勝利した大きな要因だったのは間違いありませんでした。
デュラン自身も、今の状況にひどく焦っています。
なにせ故郷がアルテナに攻められる目前なのです!
それでもアンジェラの焦燥が鏡となってデュランは己を俯瞰し、ウェンデルの光の司祭の視点を倣うことができたのです。
「アンジェラも今は気持ちで保っているが、どこかで糸が切れるかもしれない。ここが休み時だ」
「ウィッス! オレもそう思ったッス!」
ふよふよ~っとウィル・オ・ウィスプが高度を上げました。
遠くにはアンジェラとシャルロットとフェアリーが、テラス席で楽しそうに食事をしているのが見えます。
フェアリーも、おそるおそる人間の食べ物を口にして舌鼓を打っているようでした。
「三人とも、楽しそうにしてるッスよ!」
「そりゃ何よりだ。オレたちも何か食うか? ……食えるのか?」
「ものによるッス!」
こうしてデュランとウィル・オ・ウィスプもまた港街でしっかりと休息を取るのでした。
次の日、しっかりと英気を養った一行は改めて大地の裂け目へと出発します。
気が急いていたアンジェラはシャルロットを気遣う余裕が生まれ、シャルロットも小さな体に残っていた疲労をおおむね取り除けていたようです。
地形もすっかり把握した道のりを、一行は軽快なスピードで踏破してしまいました。
大地の裂け目へ近づいていくと、商隊とすれ違うことが多くなりました。
フォルセナへ向かおうとしていたのに、吊り橋が落ちてどうしようもなくなった者たちです。
マイアから出発した者たちはマイアに戻ろうとして、他の街からやってきた者たちも、物をマイアで売ろうと進路を変えざるを得ませんでした。
ちょうど大地の裂け目に到着した時も、大きな商隊が困ったように出てきたところでした。
「君たちもフォルセナへ行くつもりかい?」
「ああ。ただ、吊り橋に用があるわけじゃないんだ」
デュランの言っている意味が分からない商隊の者たちは、不思議そうな顔をするばかりです。
さて、そうして前回やってきた時、シャルロットが違和感を覚えた場所へと辿り着きました。
洞窟を広くくりぬかれて造られた通路で、片隅にぽつんとマナの女神像が安置されています。
「前に何か気になったのはここだったよな?」
「う、うん……だけど……」
シャルロットが自信なさげに指を絡ませてうつむきます。
「どうやらボクの出番ッスね!」
そこにウィル・オ・ウィスプがふわりとあらわれます。
「ここの岩肌には水晶とか小さな宝石の成分がたくさん含まれてるッス。どうやら、ここらへんって土のマナがたっぷり豊富みたいッスね」
「そーはみえないでちけど……」
シャルロットがまじまじと岩肌を見ますが、ピンとこないようでした。
「人間の目には見えないくらい成分が小さいッス。きっと、もっと奥の方には分かりやすい宝石なんかが生えてると思うッス」
「ああ、この近くには宝石の谷って呼ばれる場所があるんだ。自然の宝石があたり一面に転がっていて、まぶしいくらいキラキラしてるって話だぜ」
「あたり一面に宝石!?」
「でち!」
デュランの話に、アンジェラとシャルロットの瞳がキラーンと輝きます。
女の子の美しさに対する執着にデュランは苦笑します。
「危険な魔物も多いから、フォルセナの騎士が一般人立ち入り禁止で警備してるよ」
「なーんだ」
つまらなそうなアンジェラたちに、ウィル・オ・ウィスプが話の続きを継ぎます。
「そういう岩だらけな訳ッスから、岩の配置で光を屈折させて幻をみさせているんスよ! シャルロットさんは、人間とエルフのハーフなんスよね? なら、ちょっとだけ人間と違う感覚で、それを感じ取ったんじゃないッスか」
「幻?」
デュランがぺたぺたと岩肌の壁を触りますが、しっかりとした感触が返ってきます。
「あ~あ~そこじゃないッスよ! まぁ、見ていてください!」
ウィル・オ・ウィスプがふわりと岩壁に近づけば、ピカッと光を放ちます!
するとどうしたことでしょう!
壁の一角がなくなって、奥に続く道が見えたではありませんか!
「みちができたでち!」
シャルロットもびっくり仰天!
デュランとアンジェラもおおと感嘆の声を上げます。
「じゃーん、これが真実の姿! ドワーフのトンネルへの入り口ッスよ! さぁ、行ってみましょう!」
こうしてデュランたちは、新たに開かれた道へと足を踏み入れたのでした。