ワッツの後を追って、デュランたちはトンネルを進みました。
トンネルは入り組んでおり、魔物の数もずいぶんと多い様子です。
これまで戦った経験のあるゴブリンやバットム、モールベアなどの中に、珍しい魔物もいました。
「なんだこいつ?」
緑色の軟体生物、スライムです。
地を這うようにうにょうにょとしていたかと思うと、突然デュランへと粘液を飛ばしてきたのです!
「うわっ!? 汚ぇ!?」
咄嗟に剣で叩き落しますが、べったりと粘液が刃に張り付きます。
返す刃でスライムを突き刺すと、核を破壊できたのか、スライムは緑の粘膜となって地に溶けていきました。
デュランが血払いの要領で剣を振りましたが、粘液は頑固な汚れのように離れてくれません。
ぶんぶんと振り回したりしてもなかなか滴ってくれません。
「なんだこりゃ!? 取れねぇ!?」
「ばっちいでちね!?」
たっぷりと張り付いた粘液を拭う布があるでなく、地面にこすりつけたり、道中の地下水にさらしてみてもべったりです。
鞘にも入れられず困っていると、アンジェラが道中の壁に掲げられたたいまつを指さします。
「炙ってみたらどうかしら?」
「ええ~それで取れるのかよ」
デュランが半信半疑で剣を火に近づけると、
じゅわ~
緑の粘液がみるみる落ちていくではありませんか!
「おお! こりゃいいや! やるなアンジェラ」
「ふふーん、まったくしょうがないんだから、さっきのヤツは私に任せなさいよ。ホーリーボールでやっつけてあげるわ」
「ああ、頼む。たぶんあいつを切り続けていると刃が悪くなる一方だ。お前の魔法が頼りになるぜ」
デュランの言葉に、アンジェラは胸が熱くなるほどどきどきしました。
あれほど魔法のできない駄目王女だった自分が今、魔法で誰かの頼りにされているのです。
こんなに嬉しいことはありません。
それを察したのかシャルロットがぎゅっと手を握ってくれて、にししと笑いかけてきました。
アンジェラに、握った手をふりふり、輝く笑顔です。
さて、ドワーフのトンネルはとても長く、あちこちに枝分かれして広大です。
ワッツを探して奥へ奥へと進みますが、なかなか見つかりません。
「くそ~どこに行ったんだあいつ」
デュランがイライラし始めた頃、シャルロットも疲れを覚えながらも、思いつくことがありました。
「ワッツしゃんはノームしゃんをさがしにいったじゃないでちか? じゃあ、シャルロットたちもノームしゃんをさがせばあえるんじゃないんでち?」
「ノームを探すってどうやって……あっ! そっか、おいフェアリー!」
そうです、フェアリーなら精霊の気配を感じ取れるはずです。
デュランが呼びかけると、フェアリーがふわりとすがたをあらわしました。
しかし残念そうに首を振ります。
「ダメなの。ノームさんの気配を私も探ってるんだけど、何かに隠されてるような感じがして」
「隠されてる?」
なんだか穏当ならざる言葉にアンジェラが眉をひそめます。
「そう、隠されてる感じがするの」
「ワッツはノームがいなくなったって言ってたけど、閉じ込められているとか?」
「分からないわ。でも、とにかくそのせいで気配を感知できないの、ごめんね」
フェアリーの言葉に、三人が唸ります。
「そもそもまたワッツしゃんにあってもおかねがたりないでちからねぇ」
「いや、そこは世界の危機だーって値下げをしてもらってだな」
「そうよ、このままだとマナが枯渇するのよ。地震だって、マナの減少で起きてるんじゃないの?」
アンジェラの疑問に、フェアリーが頷きます。
「それは関係していると思うわ。だから一刻も早くノームさんを探さないと」
「えーい、どっちをどう探せばいいんだよ!」
ガツン!
デュランが怒りのまま、近くの岩壁を叩いたその時です!。
がらがらがら~!
とその岩壁が崩れてしまったではありませんか!
「どええ~!? デュランしゃん、すっごいパワー!?」
「ち、違う!? この部分がモロかっただけ……あっ!?」
崩れた岩壁の奥は広い空間になっており、そこでゴブリンたちが焚火を囲んでいるではありませんか!
「ゴブリンたちでち!」
「見て、あそこ! すっごいお宝!」
さらにその奥!
そこにはどこからか奪って来たのか、金銀財宝が山と積まれているのです!
「な、なんだおまえらは! どうしてこのヒミツのアジトがわかったゴブ!?」
他のゴブリンたちよりも格の高そうなゴブリンが立ち上がります。
ゴブリンロード。
魔法も操ることができるという、ゴブリンの上位種族です。
「い、いやオレたちは間違ってここを開けちまって……」
「えーい、うるさい! おまえらやっちまえゴブ!」
「ゴブゴブ!」
ゴブリンロードの一声に、ゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきます。
その動きはつたないながらも統率が取れており、デュランをして「おっ」と目を見張りました。
「ふたりとも、オレの背中に隠れてろ。壁際に寄るんだ。アンジェラはあの頭目だけを狙え、シャルはオレが取りこぼしちまったら、そいつをぶん殴ってくれ」
デュランもゴブリンたちの対処に、ふたりへ指示を飛ばします。
ゴブリンたちが一斉にハンドアックスを投げてくるのを、デュランが冷静に軌道を見極め、剣で叩き落します。
全てを叩き落すことはできず、ハンドアックスで肩を深く斬り裂かれますがすぐにシャルロットのヒールライトが降り注ぎます。
ゴブリンたちはじりじりと距離を詰めてきますが、デュランは鋭い剣筋を縦横無尽に振り回して踏み込ませません。
その隙にアンジェラの完成させたホーリーボール八発が、ゴブリンの頭上を飛び越えてゴブリンロードを取り囲みます。
そして着弾!
「ぎゃっ!? ぎゃーー!?」
ホーリーボールに滅多打ちされて悲鳴を上げるゴブリンロードに、デュランを取り囲むゴブリンたちに動揺が走ります。
それでも流石は上位種族。
ホーリーボールのひとつふたつ叩き落し、それで仕留めきることができませんでした。
「ならもう一回よ!」
アンジェラが再びホーリーボールを練り上げようとすると、ゴブリンロードがハンドアックスを放り投げて手を地につけます。
「こうさん! こうさんするゴブ! もうやめてくれ! ゴブゴブ! ゴブゴブ!」
人間の言葉でも、ゴブリンの言葉でも完全降伏を叫ぶと、デュランを取り囲むゴブリンたちも戦意を喪失しました。
デュランたちもそこまで言われては剣を納める他ありません。
「おい、お前ら盗賊かなにかか?」
「そうゴブ、しょうにんとかをおそってるゴブ」
「やっぱりやっつけたほうがよくないでちか?」
「ひぇ~」
シャルロットの突っ込みに、ゴブリンロードは心底恐れるようにぶるぶると震えます。
「なんか調子狂うな」
その様子にデュランがばりばりと頭部をひっかきます。
「もう悪さをすんなよ。それが見逃す条件だ」
「は、はいゴブ」
デュランの言葉に、ゴブリンロードがぺこぺことしてゴブリンもそれに従います。
しかしシャルロットは懐疑的です。
「デュランしゃん、そんなんでいうこときくとおもうでち?」
「だけどもう降伏してるんだぜ?」
「ぜったいにシャルロットたちがいっちゃったらまたごーとーするとおもうでち」
「……ちょっといいかしら?」
デュランとシャルロットの会話から抜け出して、アンジェラがゴブリンロードの額に杖を突きつけて呪文を詠唱します。
光のマナがアンジェラの周囲で活性し、光りが溢れます!
「ハァッ!」
気合一声!
それから光が弾ければ……何も起きません。
ゴブリンロードが緊張して不思議そうにしていると、アンジェラが一喝します。
「今あなたに光の魔法をかけたわ。これから悪さをすると、あなたにホーリーボールが飛んでくるからね!」
「ひ、ひえ~!?」
それを聞いてゴブリンロードは震えあがりました。
その様子をきちんと見定めながら、杖で肩を叩いてアンジェラが尋ねます。
「それで……ねぇ、あなたワッツってドワーフがどこに行ったかしらない?」
「ワッツ? ああ、あのドワーフのことゴブ? このみちのおくに、これまでなかったみちができてるゴブ。そこにむかったはずゴブ」
「おお! てがかりでち!」
「さっそく行ってみようぜ」
「それじゃ私たちは、迷惑料としてこれをちょっともらっていくから」
アンジェラが5000ルクに相当しそうなお宝をピックアップすれば、デュランたちはゴブリンロードが示した道へ歩を進めます。
最後に、
「いいこと、悪さをすると、必ず聖なる裁きがくだるからね、覚えてなさいよ!」
アンジェラがきつく言い含めるとゴブリンロードが震えあがります。
さて、ゴブリンロードたちが見えなくなり、声も聞こえなくなった頃合い。
「……ほんとに時間差でホーリーボールが出てくるのか?」
デュランがアンジェラへ尋ねます。
「ばかね、そんなことできるわけないじゃない」
アンジェラがしれっと答えました。
「でもゴブリンロードしゃん、こころからしんじていたでちよ」
シャルロットの言葉に、デュランが「かなわねぇなぁ」とつぶやきます。
こうしてトンネルを進んでいくと、明らかに整備されていない道になったのを感じました。
トンネルの補強や、人工的な明かりがないのです。
幸い、発光する植物が随所に生えているので視界に問題はありません。
それでも鉱山や宝石を掘るために拡張したトンネルと違い、「ただ掘った」という道だと分かりました。
「あっ! みて!」
奥へと進んだ袋小路、そこにワッツの後ろ姿があるではありませんか!
大きく拓けたその場所で、ワッツは呆然としているようです。
「見つけたぜワッツ!」
「お、おめぇらか……ここ……こんな穴、今までなかっただ。オラ、何かいやな予感がするだよ……」
デュランたちを振り返るワッツの表情は非常に不安げなものでした。
ズシンッ!
ワッツの不安に応えるかのように、地響きがすぐ近くで聞こえてきたではありませんか!
「ひ、ひぇっ!? き、聞いた、今の!?」
ワッツの不安が最高潮に達したその時です!
袋小路の横穴から、巨大な舌がちょろちょろと見えたかと思うと、
ガオーーーー!!!
巨大なモグラが現れたではありませんか!
「でっかいモグラでち!?」
「ジュ、ジュエルイーター!?」
ワッツが戦慄していると、モグラが上体を起こします!
そしてどんどこと地面を叩いて、激しい地響きを起こしてきたのです!
がらがらがら!
するとどうしたことでしょう!
天井から大量に落石が降り注いできたではありませんか!
「危ない!」
デュランが咄嗟にワッツを吹き飛ばし、袋小路から退避をさせます。
致命的な落石のダメージをなんとか避けたデュランですが、這う這うの体から起き上がると、
「閉じ込められた!?」
なんと落石で袋小路の入り口が塞がれてしまったではありませんか!
デュランが険しい顔で剣を抜き放ちます。
「ふたりとも、こいつを倒して脱出するぞ!」
「ええ!」
「がってんしょーち!」
武器を構えた三人を、ジュエルイーターも獲物と認識したのでしょう。
長く巨大な舌を、鞭のように横薙ぎしてきたではありませんか!
「おりゃ!」
それをデュランが、斬り飛ばすつもりで剣のカウンター!
「ぎゅおおおおお!?」
ぶ厚い舌を切り飛ばすことまではできませんでしたが、深く傷つけ、ジュエルイーターがもだえます!
その隙に、デュランは正面から斬りかかり、シャルロットは横合いから殴りかかります。
アンジェラは距離を置いてホーリーボールの詠唱を。
敵は大物。
一発のホーリーボールに注げるだけ魔力を注いで威力を練り上げていきます。
「クソッ、毛が硬ぇ」
「ごわごわでち!」
デュランの剣でも肉に通すのを難儀する剛毛ですが、二度三度と切り返しては刃を肉まで届かせます。
シャルロットの打撃も、毛がクッションになっているようですが無意味ではないダメージを与えていました。
ぐおお!
それが煩わしいのか、ジュエルイーターが上体を大きく上げて、ばしん!
両手でデュランたちを圧し潰そうとしてきます!
「おっと!」
デュランとシャルロットが、ぺちゃんこにされないようにが飛びのきます。
「ホーリーボール!」
ジュエルイーターが両手をついたタイミングで。
アンジェラが太陽めいて充填したホーリーボールをその脳天に叩き込みました!
「ぎゅあああああああああああ!?」
その一発が効いたのか、ジュエルイーターがぐわんぐわんと頭を揺らします。
「今だ!」
デュランがジュエルイーターの手を足場に、その眉間へと剣を振り下ろします。
やはり毛が邪魔で一息に断つことはできませんでしたが、血が噴き出すダメージを与えることに成功します。
それを嫌がったジュエルイーターが体を大きく震わせてデュランを振り落とします!
「ぐわっ!」
背中から地面に落ちたデュランの息が詰まり、痛みに歯を食いしばっていると、
「やだ、アイツ何かしようとしてる!?」
「デュランしゃん! あぶない!」
ジュエルイーターが両手両足を激しくばたつかせているのです。
デュランも危険だと理解しているのですが、咄嗟のことで反応しきれません。
途端!
どかーーーーーん!!
ジュエルイーターが高速で前進!
デュランにタックルをぶちかましてきたではありませんか!
「がはっ!?」
その重量級の威力に、デュランが吹き飛んで岩壁に叩きつけられてしまいました!