第一話「獣人王の試練」
大鷲を駆り、ケヴィンとホークアイ、そしてリースはジャドから脱出を果たしました。
しかしビーストキングダムの領空内で邪眼の伯爵による襲撃を受け、ケヴィンは海に不時着。
その後、バイゼルに泳ぎつき、マイアを経てフォルセナへとケヴィンは飛んでいきます。
こうしてデュランたちとの合流を果たしたケヴィンは、次の目的地を風の王国ローラントに定めたのです。
では、その一方でホークアイとリースは?
話は月夜の森に不時着して、月読の塔に辿り着いた時へとさかのぼります。
「獣人、王……」
ホークアイとリースの眼前に、突如上空から着地した男は漲る覇気が人の形をしたような男でした。
はち切れんばかりの筋肉に覆われた肉体。
視線で人をい殺せそうなほどに鋭いまなざし。
堂々たる威風を前に、ホークアイはひるまずにはいられませんでした。
「あなたが獣人王」
ホークアイが後ずさりそうになるのを堪えている横で。
リースが前に出て獣人王を睨みつけます。
「答えなさい、どうしてウェンデルを攻めたのですか! 今、世界がどうなっているのか分からないのですか!」
獣人王が鷹揚にリースへと視線を定めます。
「あなたたちの身勝手で、どれほどの被害が出たと思っているのです!」
槍を構えんばかりの気勢に、ふんと獣人王が鼻を鳴らします。
「それで、世界は今どうなっておるのだ?」
リースが怪訝な顔をしてまなじりを釣り上げます。
「世界中のマナが減って、各国が対応しようとしているのですよ! それなのに戦争なんて!」
「……おい、フェアリー」
獣人王はリースに興味を失ったようにその手元に視線を巡らせます。
そこには、疲弊したフェアリーが横たわっていました。
邪眼の伯爵の襲撃に、多大な力を使った影響で今にも消えいりそうなほどの儚い存在感。
それが、懸命に身を起こして獣人王を見上げます。
「貴様はどれだけのことが分かっている?」
「私の話を聞いているんですか! それに今、フェアリーは……」
獣人王の横柄な態度に、リースがますます怒気を強めます。
「黙れ」
獣人王の返答は、一言でした。
しかしその一言が物理的な重みを持っていると錯覚するほど、獣人王の圧力は凄絶でした。
さしものリースも、これには凍りつくしかできません。
さて、リースの手の中でフェアリーが、少し困ったような顔をします。
「獣人王様、マナの樹が枯れ始めているのです。私たちフェアリーは、眠りについているマナの女神様に代わって、マナの剣を抜いてくれる人間を探しに……」
「……ふん、フェアリーではその程度か」
フェアリーの言葉の途中、獣人王が興味を失ったように視線を外しました。
そして改めてリースを見つめ、言葉を続けました。
「貴様、今の世界がどうなっているのかと聞いたな? いつの世も変わるものか。強きものが勝ち、弱きものが滅びるのだ」
「そんな身勝手……!」
「聞け」
食って掛かるリースに、獣人王は再び強い語調で制します。
「強きものが勝ち、弱きものが滅びる。それは真理だ。だがこの混迷には裏で糸を引いている者らがいる。無用に競わされておるのだ」
「なにを……言って……」
「……イザベラ」
眉をひそめて困惑するリースの隣で、ホークアイが震える声でつぶやきます。
獣人王が少しだけ興味を示すように、ちらりとホークアイに視線を巡らせます。
ホークアイが瞳に力を込めて、獣人王を見返します。
「なぁ、ナバールがローラントを滅ぼしたのは知っているのか?」
「当然だ。そのいでたち、貴様ナバールだな?」
「そうだ。だけどナバールの兵たちはイザベラってヤツに操られていただけなんだ!」
ホークアイが強い気持ちで一歩だけ獣人王へ詰め寄りました。
「なぁ、教えてくれ、裏で暗躍しているヤツらってのが、ナバールを……ローラントをメチャクチャにしたってのか?」
獣人王がホークアイを静かに見下ろし、何か考えるように目を細めました。
「断定はできん」
しかし、獣人王の考慮する可能性のひとつにはある。
ホークアイはそう受け取りました。
「裏で動いている者たちは、どうやら複数いるのだ。オレはそれを掴み切れておらん」
「複数……あっ、アルテナ!」
獣人王の言葉に、リースも思い至るものがあったようです。
アルテナもまた、不穏な動きを見せている国でした。
このままではローラントのように、フォルセナもアルテナに侵攻されるかもしれない。
そんな風聞がそこかしこに広まっているのです。
「アルテナにも、裏で暗躍してる誰かがいるって言うのか?」
ホークアイの言葉に、獣人王が肩をすくめます。
「さてな。だがビーストキングダムのことならば言える。うちにもネズミが一匹、入り込んできたのだ」
ふと、ホークアイとリースの脳裏にケヴィンの話が想起されました。
そして同時にその名を思いつくのです。
死を喰らう男。
ホークアイとリースが顔を見合わせます。
「どうやら何か知っているらしいな」
それを察してか、獣人王が鼻を鳴らします。
「オレは独自の調査で暗躍している者たちを探っていた。しかし、なかなか尻尾を出さんのでな。ネズミの誘いにあえて乗り、少し強硬に行動に出たのだ」
「それがウェンデル侵攻だと言うのですか!」
リースの言葉に、やはり獣人王は微動だにしません。
その態度が全てを物語っていました。
再びリースに怒気が沸き起こります。
「敵が見えないからって! 無辜のウェンデルを襲っていい道理はありません!」
「では、このまま手をこまねいて、世界の全てが蹂躙され尽くされるのを待っているか?」
「ッ……!?」
リースが言葉を詰まらせます。
獣人王の視野は非常にシンプルでした。
すなわち国と世界を天秤にかけて、世界を選んでいるということ。
そのために国がひとつふたつ、滅びるのを冷徹に見捨てようとしているのです。
それは紛れもなく王の差配でした。
そしてそれを執行する気概が獣人王には漲っているのが分かります。
リースは王族として、この決断と意志に一定の理解と敬意を覚えずにはいられませんでした。
しかし、その全てに納得しきることはできませんでした。
「だからって、どうしてすぐに侵略行為なんですか! 各国に相談ができたはずです!」
「オレにとってウェンデルが生き延びようが滅びようが、どうでもいいことだ。ただ敵の正体を探るため一石を投じただけに過ぎん」
リースがかっとなって槍を引き抜きました。
その槍を、ホークアイが掴みます。
しかしホークアイが見ているのは獣人王でした。
「何をすればいい?」
初めて、獣人王が笑いました。
「さっきまで怯えていた男が」
「……オレはナバールを取り戻したい。そのためなら、なんだってする。アンタに……納得していない部分もある。だけどアンタは多分、光の司祭ですら見えていなかった部分が見えているみたいだ」
「貴様に用はない。用があるのは聖剣の勇者だけだ」
だが、と獣人王はぶっきらぼうに続けます。
「いつの時代にも聖剣の勇者は仲間と共に聖域を目指した。貴様は貴様の勝手にするがいい」
その言葉に、ホークアイは熱い気持ちで頷きます。
「聖剣の勇者よ。オレはこの武力でこの混迷を解決するつもりだ」
「それは……」
「ウェンデルを侵攻しただけの成果はある。おそらく、遠からずオレはやつらの正体を突き止めるだろう」
だが、と獣人王は続けます。
「マナの聖剣以上の解決策は、ない」
獣人王の言葉に、リースが息を飲みます。
この傲岸不遜な男をして兜を脱ぐ。
改めてマナの聖剣のすさまじさを感じずにはいられませんでした。
「奇縁があってな。オレは二度マナの聖剣を見たことがある。アレならば、世界を救うに足るであろうよ。オレに納得をしないなら、早々に聖剣を抜いてこい」
「……そのために、精霊たちを集めているんです」
ぐったりとして、ずっとしゃべれなかったフェアリーが会話に入ってきます。
弱々しい声でした。
しかし、芯には強固な信念を確かに感じる声。
「聖域のトビラを開くためのマナが、もう残っていないんです」
「なるほど、だから八精霊か」
マナの聖剣を二度も見たなどと言うだけあり、獣人王の理解は早いものでした。
「フェアリー、もう私の中で休んでいて……」
「うん……ありがとう、リース」
獣人王に話すべきことを話したフェアリーは、燐光にほどけてリースの内へと入っていきます。
さて、獣人王はリースとホークアイを見渡し、眉をひそめます。
それから仕方なく、といった風に獣人王が顎で月読の塔を指し示します。
高く、高くそびえたつ塔は巨大かつ壮大。
見る者に畏怖を抱かせずにはいられないすがたです。
「月のマナストーンは、この塔の一階にある。月の精霊ルナもそこにいる」
「それじゃあすぐに、」
「だが、」
急ぐようなリースの言葉を遮り、獣人王が強い語調で続けます。
「貴様らが本当に聖剣を抜くに足る強さと気力を備えているのか、はなはだ疑わしい。最上階にまで登ることがかなわぬ限り、ルナには会わせん」
「そんな!? 時間がないんですよ!」
「貴様、暗躍している者たちの狙いが分かっているのか?」
「狙いって……国……」
いや、違う。
無意識に言葉がつながります。
「……じゃない……」
リースの顔色がさっと青くなりました。
「マナストーン……」
「そうだ。神獣を復活させたいのか、エネルギーが欲しいのかまでは分からんがな」
暗躍している者たちの不透明さに、獣人王も不愉快そうな顔です。
「精霊はマナストーンの近くにいる。ならば貴様らは、必ず裏で動いている者たちと行き会うであろう」
「だから……強さ」
ホークアイの独白に、獣人王が鷹揚に頷きます。
「そうだ。月読の塔を登り切る程度の強さがないならば、話にならん。それだけだ」
そうして獣人王は踵を返し、
「そういうわけだ。これ以上のことは、当の最上階に来ることができればだ」
獣人王は月読の塔へ入っていきました。
待って、などと声をかけても止まる男ではないのは十分に理解できました。
獣人王がいなくなった途端、重圧すら感じていた空気が軽くなるような気分で、ふたりから緊張が抜け落ちます。
自然とリースとホークアイが長い息を漏らします。
「……どうする?」
そして、ホークアイが切り出します。
「登りますよ」
リースの語気には怒りがふんだんに混じっていました。
獣人王の横暴な物言いが気に入らなかったのは明らかです。
少しだけ、ホークアイがくすっと笑います。
「なんですか、何かおかしかったですか?」
「いや、すまない。オレも獣人王のやり方は気に入らないよ。それより……フェアリーは大丈夫か?」
ホークアイがリースの胸元へ視線を巡らせます。
リースが手をあてがい、少し眉をひそめました。
「ダメ……反応がないわ。でもまだ消えてはいない。それだけは、分かります」
「……ちょっとでもマナ、濃い方が楽になるかな?」
「あっ、マナストーンのすぐそば?」
ホークアイがウィンクをします。
ふたりはさっそく月読の塔の扉を開きました。
巨大な塔のこと、扉もまた大きなもので、開けるのにもふたりがかりです。
獣人王は楽に入っていたもので、獣人の腕力のすさまじさを感じずにはおれませんでした。
「わぁ……」
月読の塔は、質素な造りをした内装でした。
一階は全てが解放されたホールとなっており、その中心に神秘的な石が浮かんでいるのをふたりは目にします。
「これが、マナストーン……」
淡い輝きを放つ巨大な岩石でした。
リースが手に触れると、微かなぬくもりが伝わってきました。
「フェアリー、大丈夫?」
少しだけそうしていると、リースの中でフェアリーが目覚める気配を感じます。
「よかった……うん、うん。そうね……分かったわ」
しばらくリースがフェアリーと会話をして、それからホークアイに微笑みかけます。
「少し元気になったみたい。マナストーンの近くじゃなくても、この塔にはマナが充実してるから、自分のことは気にしないで、って」
「そっか……」
ホークアイも安堵を覚え、それから、
「なら、さっさとこんな塔、登り切ってルナを仲間にしようぜ」
勇ましくリースに笑いかけるのです。
リースもまた、凛とした面持ちで力強く頷きます。
こうして、ふたりは月読の塔に挑むこととなったのです。