聖剣伝説3 TRAILS of MANA   作:モティ

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「ホークアイ」

 

 砂の都サルタン。

 

 ファ・ザード大陸の南東に位置する砂漠地帯において、もっとも栄えている都市でした。

 

 大きな港が砂漠地帯の玄関口として機能し、貿易によって人と物が集う場所。

 

 そのため成功を収めた豪商や権力者が多く住んでおりました。

 

 しかしそんな金持ちの中には、外道な行いで更なる金儲けのために弱者を虐げる。

 

 そんな悪人も少なくありませんでした。

 

 しかし、光が強ければ影もまた濃くなるもの。

 

 砂漠の闇から闇を渡り、裏の道に生きる者たち、ナバール盗賊団。

 

 彼らは悪党から金品を盗み出し、その半分を貧しい者たちに振舞う義賊でした。

 

 今宵もまた、ナバールの盗賊たちがサルタンを音もなく駆け抜けます。

 

 今日の獲物は、何人もの同業者を泣かせたという、無法な儲け方をしていた商人です。

 

 四人一組となり、その家に通じる道を固めた上で、ひとりの青年が鮮やか手口で扉の解錠をしてしまいました。

 

 彼の名はホークアイ。

 

 ナバール盗賊団でも一、二を争う盗みの技を持つ男でした。

 

 家から漏れる明かりで見えるよう、他の三人にハンドサインで合図をすると、ホークアイはするりと潜入を開始します。

 

 音もなく忍び込み、鋭い視線で家宅を見渡します。

 

 一階に貴重品はないと見たホークアイは、素早く二階へ駆けあがっていきました。

 

「すぴー……すぴー……ぐひひ、金……金だぁ……お金の山だぁ……ぐー」

 

 ひげ面の商人が気持ちよさそうに眠っている寝室までやってくると、ベッドの近くに重厚な宝箱が置いてありました。

 

 抜き足、差し足、忍び足。

 

 ホークアイが宝箱まで辿り着けば、手早く解錠。

 

 静かに宝箱を開けば、金貨がたっぷりと詰まっているではありませんか!

 

 中身に満足したホークアイがにやりと唇を釣り上げました。

 

「んあ……おしっこ……ああー! こ、こここの! 泥棒!! わしの金に触るな!!!」

 

 しかし運悪く商人が起きてしまい、ベッドの上で仰天しているではありませんか!

 

「ちぇ、お早いお目覚めじゃないか。朝はまだだぜ? まぁ、せっかくだ。ナバール盗賊団からありがた~い説教を聞いてきな! おほん、」

 

 既に宝箱の中身をズダ袋に移し終えていたホークアイは、わざとらしく咳払い。

 

「悪銭身につかず、ってね! あんた、界隈じゃ悪い噂で持ち切りだぜ? でももう安心! こうして、金を巻き上げられることで、人の苦しみがちっとは身に理解できたんだからな! これからは、あんまりあくどい商売はするんじゃないぜ!」

 

「泥棒に説教なんてされたくないわい!」

 

「あっはっはっは! もっともだ。それじゃあな、地道に働けよ~!」

 

 颯爽と二階のテラスへと身を翻し、そう釘を刺してサルタンの夜に消えていきました。

 

「泥棒ー! 誰か! 盗賊だーーー!!」

 

 商人が悔しそうにわめいているの声をBGMに、ホークアイが指笛を鳴らして撤収の合図を出します。

 

 四方を監視していた三人が風のように持ち場から離れて、ホークアイも脱出を図ります。

 

 鮮やかに二階から飛び降りて、仲間のひとりと合流しました。

 

「アニキ~今日も上手くいきましたね!」

 

「こーら、サルタンから脱出するまで私語は厳禁だぞ」

 

「にゃは、アニキの手口が見事なもんにゃからつい~」

 

 猫獣人のニキータです。

 

 まだ若輩で、ホークアイをアニキと慕う可愛い後輩でした。

 

「ま、オレにかかればざっとこんなもんさ。おまえも技を磨いて、早く指揮を取れるようになれよ。おまえならできると、見込んでるんだからな」

 

「ア、アニキ~オイラ、がんばりますニャ~!」

 

 こうして盗賊団は、砂の要塞ナバールへと帰っていくのです。

 

 砂漠の嵐。

 

 悪人たちはナバール盗賊団をそう呼んで震えあがり、善良な人たちは畏怖と感謝を込めてそう呼びます。

 

 首領フレイムカーンの厳しい規律の元、人里はなれた砂漠の中に要塞を築いて根城としていました。

 

 今回の仕事で陣頭指揮を執っていたホークアイが、要塞の最奥、フレイムカーンが詰めている部屋へとやってきます。

 

「ホークアイ、戻りました」

 

 ひざまずくホークアイにフレイムカーンはうむ、と低い声で頷きます。

 

「ご苦労……」

 

 ひどく抑揚を欠いた声で、ホークアイを見ているのか見ていないのか、どこか茫洋としています。

 

 ここ最近、フレイムカーンはこのような様子でした。

 

 以前は静かに威厳を放ち、鋭いまなざしでホークアイを射抜いたものです。

 

 そんなフレイムカーンの背後より、するりと美女が現れました。

 

 匂い立つ美貌を持つ、野性的な女でした。

 

「仕事に出ていたお前たち以外には、もう通達しているが……」

 

 イザベラという、ここ最近、盗賊団の実権を任されている女でした。

 

 その辣腕ぶりは、たった数か月でナバールつわものたちを納得させるほどの成果を上げました。

 

 指示は的確、情報は精密。

 

 彼女の采配で稼ぎは倍増し、不可能だと思われた仕事を次々と達成することができたのです。

 

 最初は「女の命令なんて」と反発していた者たちすら、すっかりイザベラを認めていました。

 

「本日よりナバール盗賊団は解散。フレイムカーン様を王として統治する、ナバール王国の建国を目指す!」

 

 ホークアイはイザベラの言葉を、ひととき理解ができませんでした。

 

「世界規模でのマナが変動していることは知っていよう? その影響で、オアシスの水が枯れ始めている……このままでは遠からずナバールは立ち行かなくなるであろう」

 

 さらにイザベラは続けます。

 

「だが、ナバールは強い。我々が分析した情報によれば、北の山岳地帯にあるローラントならば攻め落とすことができるだろう。新天地に、ナバール王国を築くのだ!」

 

「そんな……そんなこと……」

 

 うめくようなホークアイに、イザベラは妖艶に笑みます。

 

「これからより綿密に戦略を詰めていく。次の命令まで、お前たちは休んでいるがいい」

 

 それだけ言うと、イザベラとフレイムカーンが席を外しました。

 

 ホークアイは息をのんで困惑しました。

 

 それはナバール盗賊団の正義と、まっこうから反対する志です。

 

 思わずフレイムカーンを凝視しますが、当の首領はどこか虚ろな眼差しで遠くを見ていました。

 

「フレイムカーン様、今のお話は本当なのですか!?」

 

 ホークアイの硬質な言葉に、フレイムカーンは鷹揚に頷くばかりです。

 

 すれ違いざま、イザベラの強い香水のにおいが鼻を突く不快感にまみれながら、ホークアイはその背中を呆然と見送るしかできませんでした。

 

 ようやく動けるようになり、自室に戻る途中ホークアイは連絡路の途中で足を止めます。

 

 吹きさらしの窓から夜の砂漠を眺め、混乱する頭を整理しようと努めます。

 

 そんなバカな。

 

 王国だって?

 

 あのフレイムカーン様が?

 

「ホークアイ!」

 

 そんなホークアイの背後から、聞き馴染んだ声がかけられました。

 

 フレイムカーンの娘、ホークアイとは幼馴染のジェシカでした。

 

「おかえりなさい……ど、どうしたの? 怖い顔よ……」

 

「ジェシカ、お前も聞いたのか、ローラント侵攻のことを?」

 

「……ええ、突然の話で驚いたけど……」

 

「最近のフレイムカーン様はどうなさったんだ……以前のフレイムカーン様からは考えられない。盗賊であることを誇りにしていた。なのに、こんなに簡単に盗賊団を解散するだなんて……」

 

 それに、イザベラ。

 

 今では盗賊団の実権を任されてしまっている、あの女がホークアイには引っかかってなりませんでした。

 

「イザベラだ……イザベラが来てから、変になっちまった。命の恩人というだけで、自分の右腕として盗賊団の実権を握らせている……何かがおかしいとしか思えない!」

 

「……パパは、きっと将来を見据えて決めたのだと思うわ。井戸の水が枯れてしまったら、ここで生きていくことができなくなるのよ。だから……」

 

「だから? だからあんなに嫌悪していた『王様』になるって? ふん、フレイムカーンの名が泣くぜ! ナバール盗賊団は、貧しい民から税で搾るような真似をする、『王制』に組しないことを信条にしていたはずだ」

 

「やめて! パパにもきっと考えがあるはずよ!」

 

 ジェシカは、ホークアイの言葉を理解しながら、父を信じたい気持ちで板挟みになり、悲しい気持ちで声を上げます。

 

「おいおい、まさかジェシカまで、『お姫様』にあこがれちゃってるんじゃないだろうな?」

 

 ホークアイの皮肉が言い終わる前に、ジェシカの平手がその頬を叩きました。

 

 怒りと悲しみをない交ぜにした顔で、ジェシカがホークアイを上目遣いに睨みつけて、踵を返して去っていきました。

 

 ──言い過ぎちまった……

 

 我ながら情けない八つ当たりをしたと思いながら、ジェシカの後を追いかけました。

 

 ジェシカの部屋まで辿り着けば、扉をノックします。

 

「誰?」

 

「オレだ。ホークアイだ、さっきはすまなかった…」

 

「……」

 

 扉越し、ジェシカの不機嫌な気配が伝わってきました。

 

「オレも混乱していたんだ……頭が冷えた。すまない、入るぞ」

 

「入ってこないで!」

 

 扉を開けようとすると、ひときわ大きな声が返ってきました。

 

 立ち尽くすしかないホークアイに、さらにジェシカの怒声が叩きつけられます。

 

「来ないで、ホークアイなんて知らない!」

 

 大きなため息と共にしゃがみ込んで、こりゃまた話を聞いてもらうまで長くなりそうだ……と眉間を押さえました。

 

「とにかく……ごめん。許して欲しい……また時間を置いてくるよ……」

 

「……」

 

 扉の向こうのジェシカに、誠意をもって優しい声音を投げかけます。

 

「あんたジェシカに何かしたの?」

 

 通りがかり、女の同僚が白い目をホークアイに向けてきます。

 

「あの子を泣かせたらタダじゃおかないよ!」

 

「分かってるよ……」

 

 前髪を引っ掻き回して、ホークアイはのろのろと退散するのでした。

 

「よう、ホークアイ! たんまりと儲けてきたんだって?」

 

 要塞の内部にある酒場でにも顔を出そう。

 

 そう思っていたホークアイですが、道中で声をかけられました。

 

 振り返る間もなく、ビルとベンが左右からがっしりとホークアイをホールドします。

 

 ナバールでも屈指の使い手で、戦闘において彼らほど頼りになる者はいないほどの、双子のニンジャマスターです。

 

「やあ、ビル、ベン。ぼちぼちさ」

 

「なーにがぼちぼちだ。おまえの盗みの技は最高だからな」

 

「今回もたっぷりと巻き上げてきたんだろう?」

 

「おいおい、人聞きが悪いな。オレは金をあるべき場所に納まるよう手助けしただけだよ」

 

「なら、今日もオレたちとダイスで勝負してもらおうか。オレの負け分を、もう一度オレの懐に納め直さないとな!」

 

「ここ最近、おまえには負けが込んでるからな……」

 

「まったく、オレたちでも見切れないイカサマを連発しやがる」

 

「いいニンジャになれるぜ、おまえなら」

 

 ビルとベンの誉め言葉にホークアイは肩をすくめます。

 

「よしてくれよ、オレはシーフさ」

 

 ホールドされたまま、ホークアイはされるがままに酒場へ連行されていきます。

 

 そこではシーフやニンジャたちが酒を飲み交わしたり、ギャンブルに興じたりしていました。

 

「よーうビル、ベン!」

 

「ホークアイもいっしょか!」

 

「こっちに混ざれよ!」

 

「マスター、お代わりだ!」

 

 三人が混ざると、酒の勢いもギャンブルの熱もますます盛り上がります。

 

 ホークアイにとって、この空気はいつものことでありながら、かけがえのないものでした。

 

 孤児であるホークアイにとって、仲間との時間は何よりの宝物だったのです。

 

 ギャンブルはもっぱらダイスを使ったゲームでした。

 

 カップの中で隠したダイスの合計値を当てたり、偶数か奇数かを当てるゲームだったり。

 

 特にホークアイは強く、胴元をするとひとり勝ちすることもしょっちゅうでした。

 

 歴戦のニンジャマスターすら欺くイカサマと、ここぞという時はイカサマ抜きで博打を張る勝負強さ。

 

 イカサマかと思ったらフェアなプレイだったり、フェアなプレイだと思ったらイカサマだったり。

 

 誰もがホークアイの手管に翻弄されたものでした。

 

「ぐあ~っ! 外しちまった!」

 

「ようし、倍づけ!」

 

「駄目だ~! 飲まなきゃやってられねぇ!」

 

 博打もたけなわ。

 

 酒も回り、金の動きも激しくなってきた頃合い。

 

 ホークアイが胴元で、ビルとベンも張っていた時分のことでした。

 

「……ビル、ベン……おまえたちはどう思う?」

 

 ホークアイが切り出します。

 

 他のみんながすっかり酔っぱらった中、ビルとベン、そしてホークアイだけは素面でした。

 

 ビルとベンも薄々、ホークアイがこの話題をメインにしたがっているのは察していました。

 

「……ローラントに攻めるって話か?」

 

「そうだ」

 

「おー! ローラントの話か!」

 

 酔っぱらったひとりが、酒臭い息で食いついてきました。

 

「戦の準備をせねば! うおお、久しぶりに燃えてきたぜ!」

 

「いやあローラントのアマゾネス軍ってのは、きっと色っぽいネーちゃんたちだよ。うへへ、ダガーでつんつんしちゃおかな?」

 

「馬鹿野郎、きっとゴリラみたいなムキムキのやつらに違いねえ!」

 

 連鎖してみんなして好き勝手に言い合い、バカ騒ぎのバカ笑い。

 

 そんな酩酊した喧騒の中で、三人だけが冷静です。

 

「……オレは、戦争なんてゴメンだな。オレ自身が孤児だ……ナバールに拾われたことには感謝している。しかし孤児を増やすような真似に……手を貸したくはない……」

 

 ホークアイが、喧騒に掻き消えそうな声量で、しかしハッキリと断じます。

 

「だが井戸の水が枯れているのは事実だ」

 

 そこに厳しい声を挟んだのはベンです。

 

 ホークアイは苦い顔をします。

 

「だからって、平和に過ごしている国に攻めるなんて……」

 

「おまえが殺しや戦争が嫌いなのは知っている……しかし他の列強も動き出していると聞く」

 

「このままではナバールは、砂漠の片隅に埋もれてしまうのだ、ホークアイ」

 

 ビルもベンに同調します。

 

「……ふたりとも、この話に賛成なんだな……」

 

 気落ちしたホークアイに、ビルとベンは難しい顔をします。

 

「……まあ、賛成だ」

 

「マナが減少し続けている今、きれいごとだけじゃ最初に滅びるのはナバールだ……だが、まだ間に合うはずだ」

 

「そうだ。ナバールのニンジャ軍は、世界でも有数の強さを持っている。ローラントを足掛かりに、もっと広い世界に打って出ることだってできるはずだ!」

 

 ビルとベンの言葉に、熱がこもるのを感じました。

 

 よくない熱だと、ホークアイは思います。

 

「……しかし、これまでのやり方をこんなにも変えちまうなんて……あんなにも『王』を嫌っていたフレイムカーン様が……どうして……」

 

「フレイムカーン様も、このままじゃダメだと悟ったのだろう」

 

 ビルの言葉に、ホークアイは納得できませんでした。

 

 ホークアイの知るフレイムカーンならば、例え滅びの道に進もうと、信念を曲げることはなかったはずです。

 

 もはや、別人になってしまったようにしか感じられませんでした。

 

 そんなホークアイに、ビルが励ますように肩を叩きます。

 

「ホークアイ、おまえの優しさや哀しみをオレたちも分かっているつもりだ……オレたちだって、双子の捨て子だったんだ……だが、だからこそ、育ててくれたナバールを第一に考えていることが分かるだろう?」

 

「……ああ、分かってる……オレだって、もしも他の国とナバールのどちらかが今にでも滅びちまうけど、どちらかが助かると言われたら……そりゃナバールが助かる方を選ぶさ……」

 

 しかしそれが本当に今であるのだろうか。

 

 ホークアイは苦悩します。

 

 ビルとベンは、ホークアイよりも先にきっぱりと割り切っているというだけの話なのでしょうか。

 

 もうすっかり他の面子は酔いつぶれ、三人がひそひそとしゃべるばかりになりました。

 

 気づけばダイスゲームも途切れて、会話だけになっていました。

 

 ホークアイにとって、仕事終わりに酒場でサイコロのゲームに興じる。

 

 それは日常の象徴でした。

 

 手の中でサイコロを弄びながら、それが崩れてしまう実感が、ホークアイをひどく寂しい気持ちにさせるのです。

 

「だがまあ、イーグル様もおまえと同じ意見のようだぞ」

 

 そんなホークアイへ、慰めるようにベンがぽつりとそう言いました。

 

 イーグルはフレイムカーンの息子でした。

 

 ジェシカの兄であり、そしてホークアイにとって、子供のころから共に育った無二の親友でした。

 

「イーグルが?」

 

「ああ、砂漠で踏みとどまる道を探るべきだとな……」

 

 そう言いながら、ベンがバツ悪そうな顔をして続けます。

 

「……オレたちとて、他国を攻め滅ぼすことが最善だとは思っていない……ただナバールが助かる、最短の道だと思っているだけだ。状況はもう複雑になっている。とにかくナバールが生きながらえさせる。話はそこからのはずだ……」

 

「おまえとイーグル様が、フレイムカーン様とイザベラ殿を説き伏せて、みんなが納得できる道を示すことができれば……オレたちも尽力したい気持ちはあるよ……」

 

「……イザベラか……」

 

 思えばナバールがおかしくなったのは、イザベラが来てからだという確信がホークアイにはありました。

 

 ビルとベンの顔をうかがうと、イザベラの名に不信感はないようです。

 

「ふたりはイザベラについて、どう思う?」

 

「? フレイムカーン様の恩人なんだ。感謝している」

 

「行方不明から帰還され、容体がすぐれないフレイムカーン様に代わって差配に口出しをしてきたが、見事に仕事を回してみせたからな。認めるしかあるまい。大したものだと思っているよ」

 

「うむ、国内外の見識も深いようで、ナバールが生き延びるにはあの御仁の力が不可欠となるだろう」

 

 ビルとベンはすっかりイザベラを信用しているようでした。

 

 ホークアイはそれを否定しても、ビルとベンの心象が悪くなるだけだろうと、自分の考えは黙しました。

 

 やがて酒場の集まりが解散してから、ホークアイはさっそくイーグルの部屋へと赴きました。

 

「イーグル。オレだ、いるか?」

 

「帰っていたか、ホークアイ!」

 

 出迎えてくれたイーグルは、ホークアイの顔を見て安心したような顔で部屋に入れてくれました。

 

 それから外に誰かいないかを確認してから、慎重に扉を閉めます。

 

 ふたりきりになると、さっそくイーグルが切り出しました。

 

「ホークアイ……ローラント侵攻の件、おまえも聞いただろ? ……オヤジがこんな決断をするはずがない。おかしいと思わないか?」

 

「ああ、思っている」

 

「ふふっ、やっぱりオレたちは考えることも同じだな!」

 

 イーグルが嬉しそうに笑い、ホークアイもつられて微笑みました。

 

「……様子がおかしくなったのはイザベラに助けられてからだと確信している。そこで、可能な限り部下に監視させたり、行動を調査していたんだが……決定的な証拠はまだない……」

 

 しかし、とイーグルが続けます。

 

「このことについて、旅の占い師に相談する機会があったんだ。そこで、呪香に操られているのではないか、という話になった」

 

「呪香?」

 

「それをかぎ続けると、呪術師の意のままに操られてしまうって魔法の香さ。占い師が言う操られる者の症状と、オヤジの様子に符合するところが多くあるんだ。それどころか、」

 

 イーグルが自分とホークアイを交互に指さします。

 

「どうも、オレたちにも呪香がふりかかっているらしいぜ」

 

「なに!?」

 

「その占い師がそもそもオレに話しかけてきた時も、「おまえさん、呪いの香りがするのう」って声をかけてきたんだ。占い師が言うには、まだオレたちに強い影響はない。効果が薄い段階だ。この状態だと、特に意識をしていなければイザベラに好意的になったり、肯定的になるという程度なんだと」

 

 ホークアイの脳裏に、ビルとベンがいやにイザベラを持ち上げていた会話がよみがえります。

 

「心当たりがあるな」

 

「つまりイザベラのヤツは、普通に暮らす分には気づかないほど少しずつナバールに呪香をふりまいているのだと思う。少しずつ、賛同者を増やしているんだ」

 

「……乗っ取りか」

 

 イーグルが頷きました。

 

「しかしこの人数にこの広さだ。ナバール全部を取り込むには時間がかかり過ぎる。だからヤツは、オヤジに狙いを絞っている」

 

 ホークアイは、フレイムカーンのどこか茫洋とした眼差しや、けだるげな足取りを思い返します。

 

 そして、ずっと一緒にいるイザベラの香水の匂い。

 

「ナバール全体には、薄めて気づかれないくらいの匂いにできるかもしれないが、オヤジひとりに集中させると誤魔化せないんだろう。だから自分の香水でカモフラージュしている可能性が高い」

 

「……ここ最近、フレイムカーン様はイザベラと一緒にいることが多い。あの女、香水の匂いやたら強いと思ったが……」

 

「……呪香は、禁忌の呪法の類だ。使われ続けると、オヤジの心身が元に戻らなくなるかもしれないらしい」

 

「お、おい……じゃあフレイムカーン様は……」

 

「旅の占い師が言うには、まだ間に合うらしい……だが、だからこそ、慎重にことを運んだ方がいいとは思っている。思っているんだが……」

 

 イーグルが、大きく息を吐きだしました。

 

「もうガマンの限界だ! 今からでも、アイツの化けの皮をはがしてやりたい!」

 

 強い憤りの気持ちで、イーグルはホークアイを見つめました。

 

「必ずあるはずだ、呪香や、あるいはそれに類する現物が……! ホークアイ、おまえと一緒に行動をしようと思っていた。おまえを待っていたんだ! おまえとなら、きっとなんでもできる……ついてきてくれるか?」

 

「当たり前だ。ガキの頃から兄弟のように育ってきたんだからな?」

 

 イーグルとホークアイは、ふっと笑い合い、腕を立てた握手をがっしりと交わしました。

 

「ふたりはどこに?」

 

「フレイムカーン様の部屋のはずだ。ローラント侵攻を綿密に詰めていくと言っていたが……」

 

「……呪香は効果的に使うため、周期的に使うものらしい。占い師の話では、そろそろ呪香が使われる計算になる」

 

 イーグルは今からでも突っ込みたいという顔です。

 

 ホークアイとしても、フレイムカーンが取り返しのつかない容体となる前に動きたいと思っています。

 

「行こう、イーグル。今すぐにだ」

 

「流石だぜ、兄弟! そう言ってくれると思っていた……いや、だがちょっと待てよ……見張りを欺きたいな。騒ぎにならないためには……そうだ、これを使うか」

 

 イーグルがしばし頭を悩ませ、やがて部屋にあった本棚から、地図や築城の資料を引っ張り出してきます。

 

「なんだそりゃ?」

 

「外国の地形図や城の設計資料だ。フォルセナやビーストキングダムのものだが、ナバールを強くするため、外国に学ぼうと取り寄せたものでな……これを使う」

 

 資料を抱えたイーグルが、さっそく部屋を出て、ホークアイもそれに続きます。

 

 フレイムカーンの部屋の前には、ふたりの見張りが立っていました。

 

「これはイーグル様、異常ありません」

 

「ああ、ご苦労。オヤジに話があるんだ、通してくれ」

 

「え? しかしフレイムカーン様には誰も通すなと……」

 

「ローラント侵攻の作戦を詰めているんだろう? そのための地図や城の情報が手に入ったんでな、持って来たんだ。オヤジがオレに命令していたものでな。さっさと渡して退散するよ」

 

 イーグルが持って来た資料を見張りに見せました。

 

 しかしフォルセナやビーストキングダムの言葉で書かれているし、見張りはローラントの地形も知りません。

 

 すっかりそれが本物と騙されてしまいました。

 

「分かりました、お通りください」

 

 こうしてホークアイとイーグルはフレイムカーンの部屋に入っていきました。

 

 扉を開けるとすぐに居間や寝室というわけでなく、マナの女神像を祀る祭壇があったり、広い造りになっていました。

 

 音もなくふたりが進んでいけば、奥の間が覗き込める位置で止まります。

 

 ふわりと独特な匂いが広がっており、えも言えぬ妖しい雰囲気が漂います。

 

 そっと覗き込むと、フレイムカーンはベッドで眠っており、イザベラはひどく顔色の悪い、身なりの良い貴族めいた謎の男としゃべっています。

 

 そして、謎の男と包みの受け渡しをしていました。

 

「……分かった。……様に……報告を……もう……時間の……」

 

「……うむ……、これ……呪香……使い切れば……フレイムカーンの人格も……」

 

 途切れ途切れにしか聞こえない会話の中、ホークアイとイーグルは確かに呪香という言葉を聞き取りました!

 

 ふたりはダガーを手に、同時に奥の間に飛び込みます!

 

「そこまでだ!」

 

「イザベラ! その呪香、これ以上オヤジに使わせないぞ!」

 

 イザベラと謎の男は、虫でも入って来たようにふたりを見遣ります。

 

 特に男の瞳は血のように赤く、目を合わせただけでぞっとする妖気をたたえているようでした。

 

「……威勢のいい愚か者たちのようだな……」

 

「ふん……まだまだ青いボウヤたちさ。あたしが始末をつけておくよ。もう行きな」

 

 イザベラに顎で示されると、謎の男は面倒くさそうに身を翻しました。

 

 すると、すぅと虚空に消えてしまったではありませんか!

 

 ホークアイとイーグルがそれに驚いていると、イザベラがくすくすと忍び笑いを漏らします。

 

「探偵ごっこかい、ボウヤたち? 世の中には知らなければ幸せだったことがたくさんあるんだよ。秘密を知られてしまった以上、フレイムカーンのようになってもらうしかないねぇ……」

 

「くそッ! オヤジを元に戻せ!」

 

「フフ……アハハ……ハーーーッハッハッ! ばかな子だねぇ!」

 

 イザベラの手から、重厚な妖気が立ち上ります。

 

 謎の男から受け取った包みが、その妖気に中てられて四散したかと思うと、濃い紫の煙となってイーグルに巻き付いてしまったではありませんか!

 

「ぐああ!? く、る、しい……」

 

「イーグル! どうした、イーグル!」

 

「……うがあ……く、ホークアイ……早く……ニゲ……」

 

「無駄な抵抗はやめな、イーグル! ……さぁ、ホークアイを殺すんだよ!」

 

 霧散することなくまとわりつく煙越しに、苦しみもがくイーグルの瞳からどんどん正気が零れ落ちていくのが分かります!

 

「グ……ギ……グガ……コロ……ス……ホークアイヲ……コロ、ス……」

 

「イーグル! しっかりしろ! やめるんだ!」

 

「クックック、もう聞こえやしないよ。さぁ、どうする? やらないとやられちゃうよ? もっとも、この量の呪香だ。どのみちイーグルは、明日にゃ使い物にならなくなってるだろうがねえ……」

 

 いよいよ正気を失ったイーグルが、ダガーを構えてホークアイに襲い掛かってきました!

 

「イーグル! 目を覚ませイーグル!!」

 

 ホークアイの必死の叫びも届かず、イーグルは必殺の軌道でダガーを振り回してきます。

 

 たまらずに部屋から後退しようとすると、ホークアイは何か見えない壁のようなものにぶつかりました。

 

 なんと、結界で部屋がおおわれて脱出ができなくなっているではありませんか!

 

 どうやら音もそれで遮られているようでした。

 

 ギィン!

 

 イーグルのダガーを、ホークアイも自らのダガーでなんとか受け止めます。

 

 しかしなんというパワーでしょうか!

 

 ホークアイはこらえきれずに膝を衝き、床を転がってその刃から逃げるしかできませんでした。

 

 それでも躱し切れず、腕がざっくりと裂かれてしまいました!

 

 広くはない奥の間の中、イーグルの危険なダガーを躱しながらホークアイは活路を見出そうと必死で考えます。

 

「なら、これで……!」

 

 ホークアイがダガーを構えて、イザベラへと斬りかかろうと駆けだしました。

 

 しかしなんということでしょう!

 

 イーグルは自分の身や、ホークアイを殺すこと以上に、イザベラを守るために尋常ではないパワーを発揮します。

 

 あっという間にホークアイに追いついて、我が身を盾にイザベラの代わりにダガーを受けるのです。

 

 ホークアイに追いつく動きは明らかに異常で、四肢や筋肉を傷めないはずがない動きでした。

 

 イーグルの体が崩壊しても構わない。

 

 イザベラはそんな操り方をしているのです!

 

「この外道が!」

 

「なんとでも言うんだねえ。そうら、大切なイーグルか、自分の身か……どっちを選ぶか見ものだねえ、ホークアイ!」

 

 イザベラが指をちょいと曲げ、イーグルをホークアイに突撃させます。

 

 イーグルのスピードはおぞましいほどで、構えたダガーも正確に急所を指し示しています。

 

「イーグル……耐えてくれよ!」

 

 ホークアイは、すんでのところでその一撃を躱し、イーグルの首筋にダガーを叩きつけました!

 

 すれ違いざま、ホークアイはイーグルのダガーで胸部を斬り裂かれますが、致命傷を潜り抜けました。

 

 代わりに、イーグルが力なく床に倒れました。

 

「イーグルっ! だいじょうぶか!?」

 

「……うう、ホークアイ、……すまん……」

 

 絶命必死と思われたホークアイの一撃ですが、なんとイーグルは生きていました!

 

 そう、ホークアイはとっさにダガーの刃を返して、峰でイーグルを打ったのです!

 

「ちッ! みねうちか……こざかしいマネを! ならこうさ!」

 

 しかし激昂したイザベラが右手にマナを収束させます。

 

 大地の元素を凝集して作り出す宝石の刃、ダイヤミサイルです!

 

「が、あああああッ!!」

 

 宝石の刃はダガーの刃ほどのサイズとなり、次々とイーグルを貫き、そして凶器はマナの流れに還元されて消えていきました。

 

「イーグルーーー! イーグル! しっかりしろ、イーグル!!」

 

 ホークアイが駆け寄りますが、流血していくその体がどんどん冷たくなっていくのが分かりました。

 

 おびただしい量の血と共に、イーグルの命も流れていく!

 

 必死でホークアイがイーグルの血を止めるため、傷を押さえつけようとします。

 

 そんな程度では、止まるはずがないと分かっていながら!

 

 やがて、イーグルが震える手で、ホークアイの腕を掴みます。

 

 震える唇が、命を零しながらかろうじてイーグルはホークアイにささやきます。

 

「……ホー……アイ……ジェシ……たの………」

 

 痛みや、後悔などではなく。

 

 ただ、残された者を想って──……イーグルはホークアイの腕の中でこと切れてしまいました。

 

「ああ……! あああああ!!!」

 

 腕の中のイーグルに、ホークアイは心が焼き尽くされるような灼熱感を胸に覚えます。

 

 呼吸すらおぼつかない揺らぐ視界の中で、イザベラが高笑いをしていました。

 

 ぐらつく視界と、臓腑が裏返るような不快感の中で、ホークアイが咆哮して、駆けだしました!

 

「きさまぁぁ! よくもイーグルを!!」

 

「……フン、お遊びはここまでよ!」

 

 イザベラが嘲るように右手を手繰れば、突っ込んできたホークアイが闇の波動に跳ね飛ばされてしまいました!

 

「誰か! 誰かおらぬか! ホークアイの乱心だ! ホークアイがイーグルを殺した!!」

 

 ホークアイが壁に叩きつけられ、床を転がる様を見下ろしながら、イザベラが叫びます。

 

 気づけば内外を遮断する結界は既に解かれていました。

 

 どたどたと、人が集まってくる気配がします。

 

「どうされましたか!!」

 

「なッ!」

 

「ホークアイ!? 貴様、よ、よくもイーグル様を……!」

 

「神妙にしろ!」

 

 見張りや、近くにいた兵たちがわらわらと集まりホークアイを取り囲みます。

 

 つい先ほどまで会話をしていた、ビルとベンも信じられん、という顔でその中にいました。

 

 そしていつの間にか起き上がっていたフレイムカーンが、茫洋とした眼差しでホークアイを指さします。

 

「……ホークアイが……イーグルを殺した……」

 

 その言葉は決定的でした。

 

「違う! オレじゃない! オレじゃないんだーッ!」

 

 こうして、抵抗むなしく、ホークアイは捕らえられてしまいました。

 

 すぐさま牢屋に入れられ、イザベラとフレイムカーン、そしてお付きの兵たちがそれを見届けます。

 

「くそっ! 出せ! 出しやがれ!」

 

「仲間殺しは重罪! 日をあらためて、処刑を執り行う。それまでそこで、おとなしくしているがいい!」

 

 ぴしゃりとイザベラが叱りつけ、ホークアイの投獄を見届けたフレイムカーンは、興味なさげに踵を返しました。

 

 お付きの兵たちは、侮蔑の目ややはり信じられないものを見る目で、やがて去っていきます。

 

 ひとりイザベラが残り、鉄格子ごしにホークアイをあざ笑います。

 

「ホホホ、あの部屋であったことは黙っているんだねぇ、ボウヤ。もしも真実を話せばジェシカの命はないよ」

 

「貴様! ジェシカに何をした!」

 

 ホークアイが鉄格子から手を伸ばしますが、イザベラには届きません。

 

「ふふん、ちょっとしたプレゼントをしただけさ。あんたさえおとなしくしてれば、可愛いジェシカは平和に暮らしていけるんだよ……ふふふ」

 

 それだけ言い含めて、イザベラも愉快そうに去っていきました。

 

 呪香を使ってフレイムカーンとイーグルをああも操った魔女の言うことです。

 

 ホークアイは言うことに従うしかありませんでした。

 

「くそーっ! 出せー!」

 

 勢いをつけて体当たりをしても、鉄格子はびくともしません。

 

「ちくしょう! 誰か……誰かいないのかー!?」

 

 力任せに牢を破ろうとするホークアイの元に、近づいてくる足音がありました。

 

 またイザベラかと警戒していたホークアイですが、

 

「……ジェ、シカ……」

 

 親友の妹が姿を見せて息をのみました。

 

「……うっ、うっ……ホークアイ、あなたが兄さんを殺したなんて、ウソでしょう!? あんなに仲が良かったのに、あなたがそんなことするはずないわ! ウソだって言って!」

 

 涙ながらに訴えるジェシカに、ホークアイは唇を噛み締めます。

 

「教えて、本当に兄さんを殺したのは誰……誰なの!?」

 

「そ、それは……」

 

 ──もしも真実を話せばジェシカの命はないよ。

 

 ホークアイの脳裏に、イザベラの嘲笑が鮮明によみがえります。

 

 見れば、ジェシカが見たことのない首飾りをしているではありませんか。

 

 ホークアイは直感的に、あれが呪いのアイテムだと気づきました。

 

「ねぇ、ホークアイ! なんとか言ってよ!」

 

「………」

 

「ど、どうして、だまってるのよ! 本当のことを話して!」

 

 黙りこくってしまったホークアイに、ジェシカの顔がみるみる青ざめていきます。

 

「……ほ、本当に……そうなの……!? ウ、ウソよ……! そんなのウソよ! ホークアイが兄さんを殺しただなんて……」

 

 嗚咽をこらえるように、ジェシカが走り去ってしまいました。

 

「……ジェシカ……ジェシカ……!」

 

 それをホークアイは、ただ見送るしかできませんでした……

 

 それからどれだけ時間が経ったでしょうか。

 

 力任せの脱獄は不可能とあきらめたホークアイは、牢屋の壁にもたれかかり、腕を組んで瞑目していました。

 

 脱出の道筋を、ずっと考えているのです。

 

 せめて誰かと接触できれば……

 

 そう思案を巡らせていると、かすかに音がしました。

 

 壁ごしに誰かが何かをしている。

 

 耳を壁に密着させ、音の正体を探っていると奥の一角の向こう側から聞こえるようでした。

 

 手で押したり軽く叩いてみますが、異常はありません。

 

 何の音だ? と小首をかしげたその時です!

 

 なんと壁が崩れてしまったではありませんか!

 

 崩れた穴からひょっこり顔を出したのは、弟分の猫獣人ニキータです!

 

「お待たせしましたニャ、アニキ! オイラ、アニキじゃないって信じてますから! こんなところに、ながいはむよー! とっととずらかりましょう」

 

「ニキータ……!」

 

 ニキータの真っ直ぐな信頼に、ホークアイは万感の思いで胸がいっぱいになりました。

 

 ニキータの手引きで脱出したホークアイは、要塞の一室に辿り着きます。

 

 ここはニキータにあてがわれた部屋で、雑貨屋のような造りをしていました。

 

 何か物を売っているわけではなく、要塞内の備品を管理するための部屋なのです。

 

 以前は持ち回りで備品の管理を担当していましたが、猫獣人はもともと商売が得意な種族でした。

 

 なのでニキータも金勘定や棚卸が得意で、ついつい任される比重が大きくなっており、今では彼の個室のような扱いになっていました。

 

 つまりここまでくればまずはひと安心というわけです。

 

「アニキ、オイラも今回の話を自分なりに調べたニャ。イーグル様を殺せたのはアニキか、フレイムカーン様か、イザベラのヤツにゃ……アニキ、イーグル様をやったのは……」

 

 ホークアイは言い淀みました。

 

 どうやら、ニキータは真犯人をイザベラと見越しているようです。

 

 しかしニキータを巻き込んでしまっていいものか。

 

 神妙な顔で口ごもるホークアイに、ニキータは安心させるような頷きを返します。

 

「……分かりましたニャ。アニキ、この一件には呪いが関係しているのではニャいですか?」

 

「なんだ!? ど、どうしてそれを……?」

 

「アニキ、オイラもうひとつ気になったことがあるのにゃ。ジェシカさんが最近、妙な首飾りをしていて……その特徴が伝説に聞いた呪いのアイテムと一致していて、毛という毛が逆立ったんにゃ。あれはきっと古の『死の首輪』ですにゃ!」

 

「死の首輪だって!?」

 

「死の首輪は、身につけると死ぬまで二度と外すことができにゃい上に、呪いをかけた術者の呪文ひとつで死んでしまうにゃ。さらに厄介なのが、術者を殺しても、首輪をしている人がいっしょに死んでしまう恐ろしいアイテムにゃ!」

 

 その情報にホークアイは苦々しい顔になります。

 

 イザベラを暗殺できればいい、という話ではなくなってしまったのですから。

 

「アニキとフレイムカーン様がイーグル様を殺すはずないにゃ……そしてジェシカさんは、死の首輪をイザベラにもらったと言っていたんにゃ。これはもう、誰がやったか明白にゃ! フレイムカーン様、イーグル様、そしてジェシカさん。この三人はナバール指導者の血族にゃ。あの女はきっと、ナバールを乗っ取ろうとしているにゃ!」

 

 たったひとりそこまで辿り着いてしまった後輩に、ホークアイはついつい感心のまなざしを向けてしまいました。

 

「ニキータ……死の首輪を外す方法がないのか?」

 

「聖都ウェンデルにいる光の司祭様なら、にゃにかいい知恵があるかも知れにゃいにゃ……アニキ、イザベラに不信感を持っている仲間もいるけど、かなりの人数がイザベラに好意的だにゃ。ローラント侵攻に血が騒いでいる者たちがかなり賛同しているのにゃ。アニキはナバールから離れた方がいいにゃ……」

 

「待ってくれ。賛同している者たちについては、イーグルがネタを掴んでるんだ。呪香って魔法のアイテムがナバールに薄く撒かれているらしい。イザベラに支持が多いのは、そのせいなんだ」

 

「呪香? 人を操る魔法の香のことですかにゃ?」

 

「すごいな、そんなことまで知ってるのか」

 

 ホークアイが驚くと、ニキータはてれてれとしました。

 

「商売上手の一族ですからにゃん。でも、これでもっと理解が深まったにゃ。どうりでみんにゃ、どんどんイザベラに肯定的になるのにゃと不思議に思っていたのにゃ。呪香の力だったのにゃ」

 

「……イーグルも、呪香の力で……クソ……!」

 

 ホークアイがテーブルを叩くさまはなんとも痛ましく、ニキータも悲しい顔をするばかりです。

 

「フレイムカーン様はかなり深く呪香に操られている。そしてナバールも、少しずつ影響されているようだ」

 

「分かりましたにゃ。きっと一族のツテを辿れば、呪香に抵抗するアイテムがあるかもしれないにゃ。あっ! もしかしたらウェンデルの光の司祭に聞けば、死首輪も呪香も一気に解決する方法が聞けるかもしれないにゃ!」

 

 ニキータがそんな都合のいいひらめきを口にします。

 

 ホークアイも、つられて微笑んでしまいました。

 

 しかしすぐにニキータは真剣な表情をします。

 

「……これだけ知っているアニキを、イザベラがこのまま放っておくわけないのにゃ。アニキ、早く逃げてしまった方がいいにゃ!」

 

 ホークアイは葛藤しました。

 

 このままナバールから旅立っていいものか。

 

 ナバールが奪われそうな今、ホークアイだけが逃げるなんて許されるのでしょうか。

 

 これまで育ててくれた恩に報いるためにも、闘うべきなのではないだろうか。

 

 ──……しかし同時に、今の自分の力がどれほどのものか、とホークアイは冷静に自己分析をします。

 

 イザベラは確かに卑劣な手段でホークアイを追い詰めました。

 

 しかしそんな手段を使わずとも、はるかに及ばない相手であるのは肌で感じていたのです。

 

 イザベラにあしらわれた悔しさを鮮明に思い出せるからこそ、ホークアイは葛藤を断ち切りました。

 

「……分かったよ、ニキータ。聖都ウェンデルに行く」

 

「アニキ! アニキならきっと、ナバールにかけられた呪いを解く方法を持ち帰ってくれると信じてるにゃ!」

 

 ホークアイが悩みながらも踵を返し、外へ通じる扉に手を掛けます。

 

 ドアノブを捻る前に、ホークアイは一度だけニキータを振り返りました。

 

「……すまない、ニキータ……後を頼む」

 

「アニキ、お気をつけて……ジェシカさんのことは、オイラにおまかせくにゃさい!」

 

 ホークアイが部屋から出て、身を隠しながら岩陰を伝っていると、

 

「脱走だ! ホークアイが脱走したぞ!!」

 

 そんな大きな声が聞こえてきました。

 

 小さく舌打ちをして、いっそう神経を研ぎ澄ませて、音と姿を隠しながら脱出を図ります。

 

 しかしナバールの兵たちも要塞を知り尽くしていました。

 

 ホークアイが取るべき経路に、迅速にニンジャたちが立ちふさがります。

 

 それどころか、どんどん身を隠せる場所が少なくなっていくではありませんか!

 

 このままではいずれ見つかってしまう。

 

 岩陰に潜みながら、ニンジャが近づいてくる気配を感じて、強行突破をするため、ダガーを握りしめたその時です。

 

「ホークアイはあっちだ! 向こうに逃げた!」

 

 ホークアイを追い詰めようとしていたニンジャたちに、何者かが号令をかけます。

 

 その声に他のニンジャたちが一斉に遠のいていく気配を感じました。

 

 それから、ホークアイのいる岩陰にかかる声がありました。

 

「……いるんだろう?」

 

「……ビル、ベン……」

 

 ホークアイは慎重に身をさらします。

 

 そこには、ふたりのニンジャマスターが立っていました。

 

「ひとつだけ聞くぞホークアイ」

 

「イーグル様は、おまえがやったのか?」

 

 ホークアイは首を振りました。

 

「……言えない事情があるんだな?」

 

 ホークアイは、ビルとベンをまっすぐ見つめながら頷きました。

 

 ビルとベンが、顔を見合わせて頷き合います。

 

「ジェシカ様とも話をした。おまえはずっと、黙りこくっていたとな……」

 

「何かがおかしいと思ったよ……おまえがイーグル様を殺すはずがない」

 

「しかし、フレイムカーン様が名指ししたのだ……それも、間違いない……」

 

「だからどうしても、おまえかフレイムカーン様に確かめたかったのだ。しかし、あれからフレイムカーン様は部屋にこもっている」

 

「そして牢にも近づけなかった」

 

 ビルとベンが、溢れる困惑を交互に吐き出し、じっとホークアイを見つめます。

 

「まだ真相は分からない……だが、どう見てもおまえがおかしくなったとは思えない」

 

「だから……おまえを信じたい。仲間を信じる。それがオレたちの結論だ。ナバールの、流儀だ」

 

 ビルとベンもまた疑心暗鬼の中にいるようでした。

 

 しかしその上で、ナバールの仲間に対する確かな信頼に、ホークアイは心が熱くなるのを感じずにはいられませんでした。

 

「今は時間がない。ニキータだ……ニキータから話を聞いてくれ! 頼む! そうすればどう動くべきか、方策を立てられるはずだ」

 

 今はきちんと話をしているヒマもありません。

 

 伝えられたニキータという名に、ビルとベンが少し意外そうな顔をしますが、すぐに頷きます。

 

「分かった。とにかく今は、脱出に専念しろ。オレたちも必ず真相を明かし、納得できる道を探す」

 

「ビル……ベン……恩に着る」

 

「忘れ物だ」

 

 ビルが何かをホークアイに投げてよこします。

 

 キャッチしたそれは、ホークアイのサイコロでした。

 

「行け、ホークアイ」

 

 ホークアイは一度だけ頷き、走り出しました。

 

 やがて。

 

 砂の要塞ナバールから脱出を果たしたホークアイは、一度だけ振り、己の故郷を瞳に映しました。

 

「……イーグル……友よ……ジェシカは、必ず助けてみせる! だが、今ここに留まっていられない。オレは旅立たねばならん……」

 

 風。

 

 風が一陣、ホークアイを通り抜けていきました。

 

 それはまるで灼熱の砂漠が彼を激励するかのように。

 

「……友の仇を討つため、そしてジェシカを守るため、そして……ナバールと言う家族のために、オレは必ずここに戻ってくる!」

 

 そんな決意を誓い、ホークアイは駆けだしました。

 

「……ジェシカ……オレが戻ってくるまで、どうか無事でいてくれ……」

 

 友を失ったホークアイは、それでもまだ手の中に残っている大切なもののため、聖都ウェンデルに向け旅立ちました。

 

 しかし、この時ホークアイは、世界の命運をかけた戦いにやがて自分が巻き込まれていくことなど、知る由もありませんでした……

 

 物語は、まだ始まったばかりなのです……

 

 

 

 

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