第一話「脱出」
「この街はこれより、獣人軍が占領する! 反抗的な態度を取らなければ危害は加えぬ! おとなしくしていることだな!」
二階層の縁に足をかけ、街全体に轟々と鳴り響く声は、なんと占領の宣言でした!
ここは要塞都市ジャド。
聖都ウェンデルへの玄関口と言える街でした。
諸外国から聖都ウェンデルへ向かう場合、ほとんど要塞都市ジャドを経由することになるのです。
フォルセナを旅立ったデュランは、モールベア高原を南下し、大地の裂け目を通って黄金の街道に出ました。
街道を北上して自由都市マイヤで船に乗り、そうして要塞都市ジャドまでやってきたという運びです。
後はジャドを南下して、滝の洞窟と呼ばれる洞窟を潜り抜ければ、目的地の聖都ウェンデル!
船旅が終われば、工程の大半は終了したようなものです。
そのはずでした。
そんな新しい土地に挑む、新鮮な気分で船着き場からジャドに足を踏み入れたデュランは、まさか占領宣言を最初に聞くとは!
見れば、粗野で強そうな男たちが妙に多く、鋭い目つきで街を闊歩しています。
「よう、にいさん運がなかったな。ヤツらはビーストキングダム獣人たちだ。この街に攻めてきたと思ったら、あっという間に領主の館を制圧しちまいやがった。あいつら、やりたい放題さ。港も閉鎖され、ジャドから船が出て行くことが許されず、城門も開かねぇ。もう、どこにも行けやしねぇ!」
船着き場の出口で、樽に座って酒を飲んでいた船乗りが、やけっぱちな様子でデュランに説明をしてくれました。
「城門も? ってことはウェンデルに行けねぇのかよ!」
「ああ。みーんな閉じ込められちまった。今は我慢してやり過ごすしかねぇよ」
港も閉鎖されてしまった今、やることがなくなってしまったのでしょう。
船乗りは酒瓶を傾けて不満そうな顔をするばかりです。
「おいおい、ウェンデルまでもうあとちょっとだってのに」
同じ大陸とはいえ、西にあるフォルセナと中部にあるジャドはやはり気候も大きく違います。
新しい土地に足を踏み入れる新鮮な気持ちだったのがこれでは、なんとも出鼻をくじかれた気分でした。
どうすりゃいいんだよと、城門をうかがうと、獣人たちががっちりと守りを固めています。
デュランが近づくだけで、じろりと睨まれる始末。
──……強行突破は無理だな。
門だけでなく、街全体を闊歩する獣人の数の多さに、デュランは溜息を吐きます。
手持無沙汰に街を歩いていると、武器屋の看板が見えました。
せっかくなので、外国の武器を拝んでみるか。
看板を目指して方向を転換したデュランですが、道行、怯えた顔の人々が目につきます。
ジャドの住人や、閉じ込められた外国人たちです。
デュランは街を歩いているだけでムカムカしてきました。
どうして外からやって来た獣人たちがえらそうにして、平和に暮らしていた者たちが身を縮めなければならないのか!
乱暴に武器屋の扉を開けば、店主もやはりおびえたようにデュランに視線を向けてきます。
獣人でないことに、露骨にほっとした様子です。
「なんだこりゃ?」
店内を見渡したデュランが素っ頓狂な声を上げます。
陳列されるべき武器が、武器屋にまったくないのです。
空っぽの棚を見て、デュランが店主に声を掛けます。
「おいおい、ここは武器屋じゃなかったのか?」
「この街を占領した獣人たちが持っていっちまったんだ。反乱させないために没収する!ってな」
「冗談じゃないぜ、せっかく外国の武器が見られると思ったのによぉ。武器屋が武器を売れないなんて、あんたも災難だな」
「早く商売を再開できないと、干上がっちまうよ」
あー!っとデュランが声を荒げて、頭をがしがしひっかきます。
「獣人のヤツら、アッタマに来るぜ! そもそもなんだって獣人がジャドを占領なんてしやがるんだ!?」
デュランの疑問に、店主が声をひそめます。
「それがウワサじゃ、ヤツらウェンデルに侵攻をしようとしているらしい」
「ウェンデルに!?」
「戦争さ。うちの武器も、おそらくヤツらが使うつもりなんじゃないかってハナシだよ」
「おいおい、オレはウェンデルに行くためフォルセナから来たんだぜ!? 戦争だなんて冗談じゃねぇぞ!」
いよいよ殺気立ってきたデュランに、店主が心配げな声をかけます。
「あんた、ずいぶんと強そうだな。気持ちは分かるが、獣人たちは数も多い。あまりヤツらを刺激しない方がいいぞ」
「分かってら。えーい、ハラが立つ!」
デュランはむすっとした顔で、「邪魔したな」とだけ言って武器屋を後にしました。
自然とぶっきらぼうな歩き方になりながら、他にこの街はどんな店があるのかデュランは適当にぶらつきます。
ジャドは船着き場や城壁の出入り口がある一階層と、店舗が多く並び、城壁の中に入ってメンテナンスする出入口がある二階層。
そして領主の館があり、城壁の回廊の高さに及ぶ三階層という構造をしていました。
外から見る限り、三階層は獣人しかいないようで、回廊を巡回しては厳しい目でジャドの内外に睨みを利かせています。
一階層のデュランは、三階層の獣人を見上げて、フンッと鼻を鳴らして目を逸らします。
しかし獣人たちの目的の無法さに、デュランは腹がぐつぐつと煮えたぎるような怒りが沸いてくるばかりです。
ふと、騒がしいがなり声が聞こえてきました。
「おまえ、反抗的な目つきだな!」
「や、やめてください!」
見れば、獣人が住人の胸倉をつかんでいるではありませんか!
「この街はもう獣人のものだってことを分からせてやる!」
「ひぃ!?」
獣人が拳を振り上げたその時、
「そこまでにしとけよ、おっさん」
デュランが獣人の肩を叩きました。
そして振り返った獣人の顔面に鉄拳を一発!
派手に殴り飛ばされた獣人は尻もちをついてデュランを見上げます。
「おまえらの態度にはムシャクシャしてたんだ。よそから来たくせに好き勝手しやがって、何様のつもりだ!」
いきり立って獣人が跳ね起きて、デュランの顔面を目がけて拳を打ってきます。
それを頬にかすめる見切りで躱し、デュランが痛烈なボディブロウ!
悶絶して体を折る獣人は、ちょうどデュランにお辞儀をするような格好です。
すかさずその後頭部を両手で掴んで、顔面に膝蹴りを入れれば、獣人は意識を失って倒れました。
「へっ、たいしたことないぜ」
デュランが拳を開いて、手首をぷらぷらとさせました。
一方的に押し込めた形ではありますが、打った獣人の筋肉の感触に、内心でデュランは驚きを隠せません。
紙一重で躱した拳の重さも、耳元の風切音で威力の高さをうかがえました。
怒り任せだったからあしらえましたが、複数人の獣人に囲まれれば成す術もないでしょう。
「貴様! 何をしてる!」
そして、まさに複数人の獣人たちがデュランを取り込みました。
「はぁー……やっちまった……」
自分のけんかっ早さに目元を抑え、舌打ちしながら覚悟を決めて唇を引き結びます。
「くそっ、なるようになれだ!」
先制の一撃でひとりを倒したのは覚えています。
それからは、前後左右から殴る蹴るの暴力の嵐でした!
拳足の嵐の中、デュランもしゃにむに抵抗しましたが、最終的にずたぼろで倒れ伏す結果になってしまいました!
剣を使えれば違っていたかもしれませんが、流石に街中での抜剣はできません。
それでも囲んできた獣人を、先制の一撃分でひとりと抵抗の中でひとりと、ふたりもノしているので、大した腕っぷしでした。
「そこまでにしておいてやれ」
薄れゆく意識の中で、デュランは横合いから新しい声が加わるのを聞きます。
いえ、これは占領の宣言をしていた獣人の声です。
「こ、これはルガー隊長」
「殺さなくていいんですか?」
「上から見ていた。人間につっかかった、こいつが発端だろう」
ルガーは、デュランが義憤で殴りつけた獣人を一瞥します。
「それでやられたのは自業自得だ、情けないヤツめ。この上でこいつを取り囲んで殺したとなれば、獣人の沽券にかかわる」
「は、はい……」
「だが獣人に手を出せばどうなるか、見せしめにはなったであろう。おい、こいつの剣は没収だ」
手で合図をして引き上げ様、しかしルガーは「もっとも」と言葉を続けました。
「獣人にケンカを売る度胸と腕っぷしの強さは、キライではないがな」
それだけ言って、行くぞ、と他の獣人たちと一緒に行ってしまいました。
剣をはぎ取られた感触に、起き上がろうとしましたが、力が入らずデュランは意識を失いました。
次に気づいたのは宿屋のベッドの上でした。
「いっつつ……」
身を起こせば手当てがされていました。
怪我人が起きた気配に、宿屋の主人が顔を覗かせます。
「気づいたかい? ムチャをするなぁ、あんた。獣人にケンカを売るなんて、死んでてもおかしくなかったよ」
「あんなヤツらにやりたい放題されてるなんて、気に食わねぇじゃねぇか。だからつい……」
「ふふっ、話を聞いた時は、オレも嬉しくなっちまったがね」
バツが悪そうな顔をするデュランに、宿屋の主人が柔らかく微笑みました。
「あんたが助けたヤツも感謝してたよ。あんた、外国から来たんだろう? 行先はウェンデルかね?」
「ああ、光の司祭って人に会いに」
「そりゃ、こんなところで足止めはやきもきするだろう。あんたが助けたのは、この街に昔から住んでる男なんだが、脱出の助けになってくれるかもしれないぜ」
「本当か?」
宿屋の主人は、デュランに助けられた男の家の位置を教えてくれました。
さっそくデュランが宿屋を飛び出すと、もうすっかりシェイドの刻になっていました。
天には綺麗なお月様が浮かんでおり、雲もなくよく見えます。
ふと、遠吠えが聞こえました。
それもひとつやふたつではないようです。
しかも近い。
ふと見れば、なんと門の前に人型の狼がうろうろとしているではありませんか!
そうか、噂に聞く獣人の変身!
デュランはいつだったか、誰かに聞いた話を思い出しました。
いわく、獣人はシェイドの刻に変身して狂暴化するんだとか。
なるほど、狂暴化して本能的にじっとしていられないのでしょう。
門番たちはひどく集中を欠いているようです。
デュランは、もしかしたら策を巡らせれば突破できるかもしれないと考えましたが、剣がないことには強行できません。
忸怩たる思いを抱えながら、デュランは教えられた男の家を訪れました。
「ああ、あなたは!」
デュランを出迎えた男は、嬉しそうに相好を崩します。
「昼間は助けていただいてありがとうございました」
「体が勝手に動いただけだ。アイツらの態度が、気に入らなかっただけさ」
「でも、助けてもらったことには代わりありませんから。傷、だいじょうぶですか? ぼくの応急処置だったんですが……」
「なんてことねぇ。手当て、ありがとうよ……それより、オレはウェンデルに行きたいんだ。なんとかならないか? あっ、それと取られちまったオレの剣も……」
「……ついてきてください」
男が声を潜めて歩き出します。
デュランがついていくと、二階層の片隅に辿り着きました。
そして男は慎重に周囲を見渡して、城壁の中に通じる扉を開けて中に入ります。
デュランもそれに続くと、中はまっくらです。
男がたいまつに火をつけると、倉庫のようになっており、階段もありました。
「へぇ、壁の中はこうなってるのか」
「外から攻撃された時、頑丈さに影響しない部分のスペース活用です。ぼくは細工師なんですが、この中をメンテナンスする仕事を任されることもあるんで」
階段を降りていくと、やはり倉庫に使われており、行き止まりでした。
男がその一角を押すと、壁の一部が動いて、なんと通路になったではありませんか!
「もしもの時の脱出路なんです。ジャドの急所になるかもしれない場所なので、ごく限られた人にしか知られてないのですが」
「!? お、おい、そんなもんオレに教えていいのかよ!?」
「今がもしもの時ですよ。あなたに、お願いがあるんです」
倉庫の隅から、なんとデュランの剣を取り出して、力強く渡してくれました。
「オレの剣!? 取り戻してくれたのか!」
デュランは顔を輝かせて父の剣を握り締めます。
「ヤツら管理が雑ですので。剣一本だけならばなんとかなりました」
「ありがてぇ! この剣は大切なものなんだ。もう、なんでも言ってくれ、力を尽くすぜ!」
「ありがとうございます。では、ジャドのこの状態をウェンデルの光の司祭様に伝えてくれないでしょうか」
「オレはもともと光の司祭を訪ねて来たんだ。そんなことならお安い御用だが……」
デュランはそんなに簡単に信用してもいいのか?という顔です。
男はクスッと笑いました。
「格好で分かります、フォルセナから来た方でしょう? 一本気な人が多いと聞きますが、獣人から助けてくれた正義感をこの目で見ましたから。きっと、やってくれると信じています」
そうまで言われれば、己もそれに応えねばなるまい。
デュランはそう思える男でした。
「分かった、必ずジャドのことを光の司祭に伝える」
「お願いします……それともうひとつだけ」
男が指を一本立てて、にっこり笑います。
「ぼくの名前はサイ。あなたのお名前を教えてもらえますか?」
「フォルセナのファイター、デュランだ」
「では、デュランさん。ご武運を」
「サイも無事でいてくれよ!」
こうしてデュランはジャドから脱出を果たします。
通路を通った先は、掘りを越えた地上に出ます。
北が海に面しているジャドは、南にラビの森と呼ばれる森林に面しています。
ラビの森を南下して、滝の洞窟を通り、そしてウェンデルに辿り着くというのが古来よりのルートでした。
さっそくデュランはラビの森を進んでいきます。