魔法使いの杖を携えたその女性は、デュランに気づいて、ぷりぷりと怒りながら声をかけてきました。
「あら、あなたもウェンデルに行きたいの? おあいにくさま、結界が張ってあるわ。せっかくここまで来たのに、アッタマきちゃう!」
「それなら、フェアリーが入れるようにしてくれるらしいぜ。おい、出てこいよ」
デュランが自分の胸をぽんと叩くと、ふわりとフェアリーが姿を現します。
「これが結界ね。うん、これならわたしも解けるわ!」
「あら、妖精!?」
立ち往生をくらっていた女性が、まぁと驚きの声を上げます。
「フェアリーっていうんだ。結界を外せるらしい」
「へぇ~、じゃあ早く洞窟に入らせてちょうだよ! それから、私をウェンデルに連れてってね。ずっと独りで、疲れちゃったの」
「わ、わがままな女だな……」
えらく強引な女性に、デュランはたじたじです!
「なによ、男でしょ。女を守ってエスコートくらいしなさいよ! 私の名前はアンジェラ。こう見えても、魔法王国アルテナの王女なんだからね!」
アンジェラが豊満な胸を張って己を大きく見せようとします。
しかしデュランは瞠目して、鬼気を放ってくるではありませんか!
「おまえ、アルテナの人間か!? 紅蓮の魔導師の仲間か!」
今にも掴みかからん剣幕に、アンジェラはむっとした顔で言い返します。
「バカ言わないでよ! 誰があんなヤツと! あいつは、お母様と一緒になって私を殺そうとしてきたのよ! あんなヤツ、仲間でもなんでもないわ!」
アンジェラのその怒気は予想外だったもので、デュランは逆に冷静になってしまいます。
「そうか……スマン、アルテナの人間だからって、全部が一緒じゃないよな。なぁ、教えてくれ。紅蓮の魔導師は、いったい何者なんだ?」
「……以前は魔法がまるでできない落ちこぼれだったわ。それが国から逃げるように旅立って、帰って来た時にはアルテナで一番の魔法使いになっちゃってたの。今じゃお母様の側近として威張り散らして、王女である私を呼び捨てよ! ああん、もう! 思い出してもハラが立つわ!」
「そんなヤツが、なんだって王女様を殺そうとするんだよ?」
「……私も、その、魔法はてんで使えなくって……だからお母様と紅蓮の魔導師は、マナストーンのエネルギーを解放するイケニエとして私を使おうとしたのよ。命からがら逃げだしたけど、これからどうしたらいいか分からなくなって……聖都ウェンデルにいる光の司祭様なら、どうしたらいいか教えてくれるって聞いてここまできたのよ」
アンジェラは一転して、暗い口調で身の上を語りました。
その言葉も真に迫ったもので、デュランはすっかりアンジェラを疑う気持ちをなくしていました。
「ちょっと待って、マナストーンのエネルギーを解放するですって!? そんなこと、絶対に許しちゃダメよ!」
アンジェラの経緯に、フェアリーが目を白黒させながら抗議の声を上げます。
「知らないわよ……お母様と紅蓮の魔導師が、マナの聖域への扉を開くにはそうするしかないって……」
「なんてこと!? 聖域に行くためマナストーンを解放しようだなんて! ほ、本当に、早く光の司祭様にお話をしなきゃ……」
慌てふためくフェアリーの隣で、デュランは改めて紅蓮の魔導師と邂逅した夜を思い出します。
「あいつ、アルテナで一番の魔法使いだったのか……」
あの魔法の冴え、なるほど、国で一番の使い手と言われれば納得です。
それが魔法王国アルテナの一番ならば、それはもう世界で一番の魔法使いと言って過言ではありません。
しかしデュランの父もフォルセナで一番の騎士でした。
つまり、世界で一番の騎士だったということです。
世界一の騎士の息子として、負けられない!
デュランはそう、決意を新たにしました。
「アンジェラって言ったな。ひとつだけ聞かせてくれ、アルテナはフォルセナに戦争を仕掛けるつもりなのか?」
「……そう、フォルセナにももう知られてるのね……お母様と紅蓮の魔導師は、そのつもりみたい……アルテナが生き延びるには、各国のマナストーンを解放しなきゃダメなんだって。だからそれには、フォルセナも含まれてたはず……でも、おかしいの。お母様がそんなことを始めるはずない。なにか、間違ってる……」
そのおかしさや間違いを止められない己が、アンジェラはもどかしく思いました。
今にも泣きだしてしまいそうなほどに必死なアンジェラに、デュランは後頭部をがしがしとひっかいて溜息を吐きます。
「分かった。オレはフォルセナのファイター、デュランだ。以前、紅蓮の魔導師と戦って敗れた。だからヤツを越えるため、ウェンデルで強くなる方法を聞きに行くんだ」
「あいつに? や、やめなさいよ。剣士がアルテナの魔法使いに勝てるはずがないじゃない」
「勝てないなら、それまでのことだ。だけど負けっぱなしのままじゃ、オレの魂は死んだままだ。このままじゃ、いられないんだよ」
道を失ってしまっているアンジェラに対して、デュランはハッキリと往く道を見据えていました。
その固い意志に、アンジェラは気圧されてしまいます。
「ついてきな。洞窟の中は魔物が多いらしい。オレがウェンデルまで、おまえを守ってやるよ」
「う、うん……」
しかしその意志強いまなざしは、こうして守る者として見てくれるには非常に頼もしいものでした。
アンジェラはついつい「男らしいじゃない……」などと心の中でつぶやきながら、デュランについていきます。
しかし先を行くデュランが、ごづんと結界に頭をぶつけてしまいました!
頼もしいと思ったとたんに、間抜けな場面を目の当たりにして、アンジェラが大きく吹き出しました。
「もう、せっかちね! 今、結界を解くから!」
フェアリーが呪文を唱えて、結界に向けて光を放ちます。
すぅと目に見えない壁が消えていく感覚が、デュランにも分かりました。
「これで問題ないわ」
なんだよぉ、おまえがアンジェラの話を聞いて焦ってたから……
なんてぶつぶつと言うデュランに、フェアリーもごめんごめんと戻っていきます。
「ふぅん、フェアリーってすごいのね」
「マナの聖域から来たらしいぜ」
「え? 紅蓮の魔導師たちも、そこに行きたいって言ってたわ……マナの聖域ってなんなのよ?」
デュランも気になっていたことですが、頭の中でフェアリーに問いかけても答えが返ってきません。
どうやら、結界を解くのに力を使って休眠状態のようです。
「ダメだ、フェアリーのヤツ、寝てるみたいだ」
「なによ、気になるわね!」
こうしてデュランは、アンジェラと共に行くことになりました。
さっそくふたりが滝の洞窟に足を踏み入れると、中は想像以上に明るく見通せました。
もう夜が明けて太陽の輝きが地上に注ぐ時刻。
どうやら洞窟の天井部分は、山から流れてくる川の水に侵食されて、穴が多く、大きく空いているようです。
その穴から日の光が差し込んで中が明るいようです。
道なりに進んでいくと、巨大なコウモリの魔物バットムや、狂暴な亜人であるゴブリンなどが徒党を組んで襲い掛かってきます!
バットムは超音波で攻撃を仕掛けてきて、ゴブリンは旅先で出会う初めての人型の魔物です。
「んのやろう!」
超音波でぐわんぐわんと頭が揺れる中、ゴブリンのなかなか強力な斧を剣で受け止めます。
そして返す刃でゴブリンを切って捨ててしまいました!
続いて、お次はおまえだ!とばかりに空中のバットムへと剣を振り回します。
しかしすばしっこいバットムのこと、デュランの剣は届きません。
ジャンプをして攻撃を繰り出しても、デュランは空を自在に動き回るバットムをなかなか捉えられませんでした。
「くっそ~ちょこまか動き回りやがって!」
デュランがバットムを睨みつけながら、ゴブリンのハンドアックスを拾い上げます。
そしてバットムめがけて放り投げました!
ハンドアックス自体は回避されましたが、逃げた先を見越して跳躍したデュランの剣が、見事にバットムを両断しました!
「ふぅ、空を飛ぶモンスターは厄介だな」
「あなた、強いのねぇ」
後ろで見ていたアンジェラが感心したように言いました。
デュランが自慢げに剣を掲げます。
「ふふん、これでも剣術大会で優勝したことがあるんだぜ」
「へぇ~フォルセナの剣術大会っていったら、レベル高いんでしょ。すごいじゃない」
「まぁな……なぁ、あんた魔法がまったく使えないのか?」
デュランのうかがうような問いかけに、アンジェラがむっとした顔になりました。
「……そうよ。これまで使うことができたのは……一回だけ! お母様と紅蓮の魔導師にイケニエを強要されて、必死で魔法を使って逃げ出したけど……できたのは、その時だけ! なによ、悪い!」
コンプレックスを揶揄されると思ったか、威嚇するようなアンジェラにデュランがぷるぷると首を振ります。
「違う違う、それが悪いんじゃなくて、逆だ。魔法を使えないのに、アルテナからこんなところまで……」
「そりゃあ、命がかかってたんですもの、必死にもなるわ」
「それでも女の細腕だろう。よく来られたなぁと思ったんだよ」
「ふーんだ、女の子だからって、ナメないでよね!」
強がる口調ですが、すっかり威嚇のニュアンスは鳴りを潜めていました。
独りきりで旅をしてきたアンジェラにとって、デュランの悪意ないコミュニケーションは、とても人間らしい喜びに満ちていました。
誰かと一緒に旅をするのは、こんなに楽しいんだ!
ウキウキと弾む胸で、ついついデュランを隣から覗き込みます。
「ねぇねぇ、フォルセナってどんなところ?」
「豊かな国だよ。草原の国の名の通り、緑が多いんだ。野菜も豊富だが、オレは肉が好きだ。牧草にも事欠かないからな、畜産に向ているんだぜ」
「へぇ~」
「なぁ、アルテナは雪国なのに寒くないって本当なのか?」
「それはねぇ、お母様の魔力で──」
道なりに進んでいる時は、こんな風に他愛ない会話を。
魔物が出れば、アンジェラは一歩引いて、しかし時折デュランを手伝って。
滝の洞窟をふたりは順調に進んでいきます。
ずいぶんと奥までやってくると、大きな崖に行き会いました。
瀑布とも呼べる水が流れ落ちる場所で、滝の洞窟の名は、きっとここから来ているのだとふたりは直感します。
崖には対岸があり、向こう側がウェンデルにつながっているようでした。
崖と崖つなぐ巨大な一枚岩が橋のように渡されているのです。
デュランが五人横に並んでも余裕がある幅ですがとはいえ、もしもつるりと足を滑らせれば、滝つぼにまっさかさま!
大自然の壮観な眺めにデュランとアンジェラがほーとかへーとか言っていると!
「だれかー! だれかたすけてー!」
なんと、女の子の悲鳴が聞こえてくるではありませんか!
急いで声の方向に駆けよれば、なんと岩でできた橋から女の子が落ちそうになってしがみついています!
「お、おい!? だいじょうぶか!」
「はやくたすけて~!」
慌ててデュランが手を差し伸べると、女の子は必至でしがみつき、無事に引き上げられました。
「ふぅ~~~、もうだめかとおもったでち。あんたしゃんがきてくれて、たすかりまちた! あんがとさんでち。あたちはシャルロット。このさきの、ウェンデルにすむびしょうじょでち」
救出された女の子は、力が抜けたようにへたり込みながらも、へんにゃりと笑ってピースサインをします。
「子供がこんなところで遊んでちゃ危ないぜ。もうウェンデルまで、遠くないだろうが、送っていってやるよ」
「ぶ~! シャルロットはもうこどもじゃないでち! いいでちか、シャルロットがこんなめにあったのにはわけがあるんでち」
「わけ?」
「そうでち。きくもなみだ、かたるもなみだのものがたり! ……びぇ~~ん!!」
何か経緯を説明されるのかと身構えていると、なんとシャルロットが語る前から泣き出してしまいました。
どうあやせばいいものか、デュランとアンジェラが顔を見合わせます。
シャルロットは涙を流しながらも、ぽつりぽつりと話し始めます。
「シャルロットはおさないころにぱぱとままをなくした、はっこうのびしょうじょでち。そんなシャルロットに、いつもやさしくしてくれた、ウェンデルのしんかんヒースはとってもとっても、すてきなひとなのでちた。
あるひ、ふしぎなことがおこっていると、おじいちゃんにいらいされたヒースは、アストリアへしらべにいきまちた。シャルロットはみょ~なむなさわぎがして、おじいちゃんにはないしょで、けなげにもヒースのあとをおいかけたのでち。
こうして、そらともりをだいぼうけんしたシャルロットは、ついにヒースとさいかいをはたしたのでち!
しかし、ああ、うんめいはざんこくなものでち。とつじょあらわれた、へんてこりんなオヤジが、だ~いすきなヒースをゆうかいしてしまったのでありまちた! ううう……
ウェンデルにかえりたかったでちが、どーくつはヒースのはったけっかいでとおせんぼされていたでち。よわりはてたシャルロットは、もういちどおそらをとべないか、なぞのバネバネをさがしてもりでうおーさおーしていまちたが、アストリアがもえて、ほんとのほんとにきけんだとおもって、もういちどどーくつにやってきたんでち。
すると、とおめにあんたしゃんがけっかいをといてくれたのがみえて、シャルロットもどーくつへととつげきしまちた。ところが、みちをまちがえて、おっこちてしまったでち」
ちらりとシャルロットが上の方を見上げると、デュランたちが通って来た道の、一段高いところに横穴がありました。
あそこから足を踏み外して、岩の橋にしがみついたというわけです。
「そこへあんたしゃんたちがやってきて、シャルロットをたすけてくれまちたとさ! めでたちめでたち!」
壮大な語り口調に、デュランはついつい聞き入っていました。
「ヒース。アストリアで聞いた名前だ。結界を外してもらおうと、オレも探していたんだが……誘拐されたとはなぁ」
「そうでち! あのへんてこりんなオヤジ! ぜったいにみつけだして、タダじゃおかないでち!」
ほっぺを風船のように膨らませて怒るシャルロットに、デュランは後頭部をがりがりひっかきます。
「しかし、とりあえずウェンデルに帰るんだろう? オレたちも光の司祭のところに行く途中なんだ。送って行ってやるよ」
「ほへ? ウチのおじいちゃんがもくてきでちたか! なにをかくそう、シャルロットはひかりのしさいの、おまごしゃんなんでち!」
シャルロットが小さい胸を張ってふんぞりかえります。
「わかったらシャルロットをウェンデルまで、てーちょーにつれていってくれたまえでち」
「こ、こいつ……!」
調子に乗るシャルロットへ、デュランは拳を握りしめてゲンコツでもくれてやろうかと頬をひきつらせました。
「生意気なガキんちょねぇ」
「シャルロットはガキんちょじゃないでち! じゅーごさいなんでちよ!」
アンジェラの言葉にシャルロットが抗議すれば、ふたりともびっくり仰天!
「十五歳ですって!?」
「嘘だろ!?」
偉ぶったシャルロットが、てちてちと先を歩き始めます。
「こーみえても、もうりっぱなれでぃーなんでち。ほら、こぶんたち、さっさといくでちよ! ウェンデルまでもうちょっとなんでちから!」
こうして、シャルロットを連れてデュランたちは滝の洞窟を通り抜けていきました。