お前も万魔殿最高と叫びなさい!   作:竹製手桶

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いつの間にかお気に入り数や閲覧数が自分史上最高を出しててヒェッ……となっています。

つまり羽沼マコトは最高だね!ドレス実装あくしろよ(圧)


11.存在しない椅子

例の古びたポストの中に入っていた封筒を回収したシヲは、少し歩いた先にある自販機の前にいた。

 

治安が最悪なゲヘナ学園で生き残っている貴重な自販機だが、これはラインナップが独特過ぎるから使われていないだけだ。人気のものや流行りのものは置いていない。定番商品と、極端に尖ったコンセプトのものが置いてあるだけのそれ。

 

シヲはそこに併設されているベンチがお気に入りだった。ここが銃撃戦の舞台になることは滅多に無いし、他人が滅多に足を止めないだけあって静かだ。

 

(ここで、私はあの聖遺物を手にした。神話の文脈であれば聖地と呼ばれるのでしょうか)

 

彼女の脳内を覗ける者がいたら、聖遺物とは何のことだと思うに違いない。羽沼マコトがシヲの言葉に初めて返答を寄越したそれを、シヲは心の中で聖書とか聖遺物とか仰々しい名前で呼んでいた。原本は自分の愛銃や学生証よりも厳重に保存している。

 

自販機で買った缶ジュースを開け、甘ったるく安っぽいフルーツの味を堪能しながら思考を巡らせる。

封筒の中身の精査。どこに回すべきか。誰が動けるか。今動かすべきか、時間を置くべきか。

 

(これは風紀委員に回すほどではない。ですが、放置するには少し重いものですね)

 

照明の交換。人員は二人で足りる。あの辺りが一番静かなのはいつか。夜間作業になるなら、風紀委員の巡回ルートと被らせる。資材は旧校舎倉庫にまだ残っていたはずだ。あそこの資材は無断で持ち出されることがある代わりに、誰が持ち出しても黙認される。

 

そこまで考えたところで、缶を煽る手が止まった。

電子決済が成立した小気味良い電子音と、背後でガコンと缶の落ちる音がしたからだ。

 

(私以外の利用者……?)

 

愛銃をしまっているアタッシュケースを手元に引き寄せつつ振り返ると、風に揺れる臙脂色の髪が見えた。ボリュームのあるそれの上には、シヲもよく知るデザインの帽子が乗っかっている。

 

「棗さん……」

「やめて下さい。一応同級生なんですから」

 

ベンチから立とうとしたシヲを、現れた彼女は缶コーヒーを持たない方の手で制した。彼女は万魔殿の議員であり、戦車長の棗イロハであった。溜め息をつきながら当然のようにシヲの隣に座る。

 

(万魔殿の議員であり、羽沼さんの右腕のように働いている棗イロハさん……)

(実質羽沼さんの一部が、目と鼻の先に、いらっしゃる)

 

悲しいことに、この場にシヲの認識を正せる者はいなかった。イロハはそんなシヲの内心を知ってか知らずか、缶コーヒーのプルタブを引く。

 

「……最近、やけに静かだと思いません?」

「そう、でしょうか」

「銃声は減ってないのに、面倒な案件が表に出てこないんですよ」

 

イロハは一口飲んで、苦そうに顔を歪める。思いの外苦いそれは微糖ではなく無糖の缶コーヒーだ。

 

「風紀委員に投げるほどでもない問題が、勝手に消えてくの、正直助かってるんですよね」

 

(把握されている)

 

シヲは口を開かなかった。

 

「マコト先輩も言ってましたよ。『こちらが動く前に拾われてる声がある』って」

 

イロハはちらりと横目でシヲを見る。マコトの名前が出た瞬間、シヲは露骨に挙動不審となった。手がガタガタ震えているが、缶ジュースを溢してイロハの服を汚さないよう全神経を使っているのが分かる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()のなら助かりますね。私も、マコト先輩も」

 

あくまで感想の形を装った言葉だった。依頼でも、要請でもない。評価ですらない。ただ吐き出されただけの声。

 

それでも。

 

(羽沼さんが、助かる)

(羽沼さんの大事な万魔殿の皆さんも、助かる)

 

その言葉が、シヲの中で重く反響した。

 

自発的。動いてくれている。助かる。

 

どれも否定の余地がない。事実として述べられただけの言葉だ。

 

「……」

 

シヲは一瞬だけ視線を落とした。返答を考えている、というよりも、考える必要があるかを確認しているような間だった。

 

(これは、指示ではありません。選択肢を提示されているわけでもありません。現状確認と、今後の期待の共有です)

(応える以外の行動を取る理由、ありますか?)

 

「私としては」

 

言葉を選び、慎重に口を開く。

 

「生徒が上げた声が、適切な場所に届くのであれば……。()()()()()で問題はないと考えています」

 

イロハは少しだけ目を細めた。

 

「ですよねぇ」

 

軽い調子でそう返しながら、飲み終わったコーヒーの缶を揺らす。

 

「じゃあ、窓口が一人いる分には、困らないですよね」

 

疑問形だったが、確認ではなかった。

 

「名簿も、役職も、予算も無し。責任は……。まぁ、形式上は発生しませんし」

 

(形式上)

 

その言葉に、シヲの中で何かが静かに噛み合う音がした。

 

存在しない組織。存在しない役職。存在しない責任。それでも、判断と行動だけは存在する。

 

「……対応可能です」

 

答えは、すでに決まっていた。

 

「今までと同じ範囲であれば。()()()()()()、周りをよく見ることも、情報の整理と振り分けを行うことも出来ます」

 

イロハは一瞬、驚いたように瞬きをしたあと、小さく息を吐いた。

 

「思ってた以上に即答ですね……」

「羽沼さんが変わらないことを望まれるのであれば」

「……はぁ」

 

イロハは天を仰いだ。

 

(やっぱりこの子、マコト先輩が関係すると判断速度がおかしいな……)

 

だが、その感想を口に出すことはしなかった。イロハは立ち上がると、ゴミ箱の中へ缶を入れる。箱の中で缶同士が擦れる音がした。

 

「じゃあ、これからもお願いしますね」

「……これは確認ですが、今の内容は羽沼さんの元へ届くのですか?」

「さあ。噂話を鵜呑みにするほど私達(万魔殿)は暇ではありませんが……。『世間話』をする余裕はありますので」

 

イロハの足音が遠ざかる。静けさが戻った自販機の前で、シヲはしばらく動けずにいた。

 

(世間話)

 

それは、報告でも、命令でもない。だが、イロハは否定しなかった。羽沼マコトの耳に届く可能性が、否定されなかった。

 

(誰かが拾っている声がある)

(自発的に動いている生徒がいる)

(助かっている)

 

それらが、自らの名と結びつく未来を、シヲは容易に想像してしまった。

 

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。指先が、わずかに震える。

 

(あの人に評価される必要はありません。いいえ、褒められたいと思うことも烏滸がましい。そもそもこれは評価されるために行ったことではありません)

 

そう思おうとするたびに、別の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『投書、確かに受け取った』

 

あの文字。あの判断。あの人は、拾う。自分の周りに散らばる言葉を集めて、組み上げて、事実へ繋げてしまう。

 

エデン条約のときだってそうだ。羽沼マコトは(結果的に裏切られたとはいえ)ティーパーティーですらはっきり存在を認知していなかったアリウスの生徒と接触し、共謀してトリニティを潰そうとしていたのだ。

 

そんな彼女なら。自身の縄張りであり、秩序と混沌が同居するこの学園で起きている異変に気づかないはずがない。

 

イロハがシヲと接触したのも確認のためかもしれなかった。

 

羽沼マコトは空崎ヒナへの嫌がらせなど、その場の思いつきで痛い目に遭う軽率な面があるが、自身の手札を把握せずに盤面を進めるほど無防備でもない。もしも付け入る隙があったら、こんな不安定な学園で議長などやっていられない。

 

――風紀委員よりも先に拾われている声がある。誰かが命令されずに動いている。それが万魔殿の動きを間接的に助けている。

 

それらを一つの現象として切り分けたとき、中心に立つ存在が誰なのか。羽沼マコトが辿り着かないはずがない結論だった。

 

(……届いてしまう)

 

シヲは、そう理解した瞬間に息を詰めた。

評価されたいわけではない。名を呼ばれたいわけでもない。期待されたいなど論外だ。

 

だが。

 

(あの人の広げる盤面に、私という駒が、存在する)

 

それを知っているからこそ、怖かった。自分の行動が、すでに手札として数えられている可能性が。自分の一挙一動があの人を評価する物差しになることが。

 

同時に、恍惚とした思いも、確かにそこにあった。

 

(認識されている)

 

その事実だけが、胸の奥を熱くする。

 

役に立つからではない。忠誠を示したからでもない。ただ、()()()()()というだけで、羽沼マコトの視界に入る可能性がある。

 

それは、選ばれることとは違う。選ばれなくてもいい。使われなくてもいい。ただ、見落とされない。

 

たった一点だけが、異様なほどに甘かった。

 

シヲは、わずかに唇を噛んだ。

 

これは危険だ、と理性が告げている。思考の速度が上がり過ぎている。判断が、羽沼マコトを基準に傾いている。

 

それでも。

 

(あの人のいる世界は、美しい)

 

混沌を混沌のまま放置せず、秩序に回収し切れないものすら受け入れる。壊し、奪い、踏み越えることを躊躇わないくせに拾い上げた声や同胞は意外なほど丁寧に扱う。その矛盾がシヲの思考を深く絡め取っていく。

 

(私は……)

 

ここで初めて、言葉になりかけた思考を、シヲは自ら切り捨てた。

 

名付けてはいけない。理由を与えてはいけない。

これは忠誠ではない。崇拝でもない。恋などでもはない。

 

あるのはただひとつ。

 

(あの人の世界に、ノイズとして消されない位置に在りたい)

 

それだけだ。

 

シヲは深く息を吸い、胸の内側に湧いた熱を押し殺す。胸の奥にある深い海の底に気持ちを沈めていく。

 

今日拾うべき声がある。振り分けるべき情報がある。だから動くだけ。

羽沼マコトがそれを知るかどうかは、関係ない。関係ないはずだ。

 

そう自分に言い聞かせながら、深町シヲは再び歩き出した。

 

止める理由は、どこにもなかった。

拾われた声がある。ならば、拾い続ける。

それが誰の耳に届こうと、それがどんな意味を持つことになろうと。

 

「私は、ゲヘナ学園の一生徒。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

そうでなければならなかった。少なくとも、深町シヲの中では。

 

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