雪にはしゃぐ県の住民です
非現実感を味わう代わりに交通網が麻痺したり水道の凍結でエラい目に遭いました(隙自語)
ゲヘナ学園の校舎内。窓の外でちらちらと雪が舞っている。白くふわふわとした粒は地面に吸い込まれるように溶けては消えていく。
(この調子なら、雪かきの必要はなさそうですね)
深町シヲは廊下の窓際で足を止め、横目で空を確認してからモモトークを開いた。
雪、と聞いて最初に浮かぶ学園は決まっている。レッドウィンター連邦学園。そして、そこにいる人物も。
『こんにちは。深町です。本日、ゲヘナ学園近辺では積雪が確認されています。其方はどうでしょうか』
業務連絡にも似た文面。句読点がきっちり揃った、感情を抑えた文章を送信。
……数秒。既読。
さらに数秒後。
『こちらも結構積もっている。いつもより量が多い』
送られてきた写真は真っ白な銀世界だった。レッドウィンターの制服である赤色がちらほらと映っている。画像の奥で大炎上している建造物が気になるところだが。
『またクーデターですか?』
『首謀者は既に我ら保安委員会が捕らえた。後は残党だけだ』
『当てましょうか、今回の首謀者は安守ミノリじゃない』
『良く分かったな』
『ミノリならもっと上手くやるでしょう。少なくとも、ミノリが率いるのならこうしてモモトークを返す余裕なんてなくなりますよ』
レッドウィンターでクーデターはゲヘナにおける銃撃戦と同じくらい日常だ。だからモモトークを返す余裕すらある。レッドウィンター内の保安委員長であり、実力者である池倉マリナにとってこのクーデター(未遂)は容易に鎮圧可能だった。
通知音と共にいくつかの写真が追加で送られる。高く積まれた雪の山。道に残る多くの足跡と、泥が混じって少し黒くなった轍。誰かの作った髭付きの雪だるま。シヲはじっとそれを見てから、保存ボタンをタップする。
『もし時間が空いたら、そちらに伺ってもよろしいですか?』
『ゲヘナの生徒ではなく、友人として』
少し間を空けてから送った言い訳じみた文面は、彼女自身の意思であることを示していた。
……数秒。
既読は付くが、返事はすぐには来ない。
送信後、万魔殿関連の通知が一件、画面の上部に表示された。それに目を通しながら待つ。今週の週刊万魔殿は休刊である旨の通知だった。
(やはり、急でしたか)
(マリナは保安委員長。私よりもずっと忙しい筈だから、当然)
そう思い始めた頃、返信が届く。
『歓迎する』
『雪は逃げないが、こちらの敷地内は生徒ですら遭難する。来るときは必ず教えてくれ』
『友人を迎えに行く時間くらいは作れる』
それだけだ。だが、それはシヲの胸を正確に穿つ弾丸であった。
(友人……)
じわじわと胸の奥が熱を帯びる。
シヲは、無意識のまま端末を胸元に引き寄せていた。
■
数日後。シヲは持っている上着の中で一番暖かいものを羽織り、耳と角をまるごと隠すニット帽を被り、厚い手袋を嵌めていた。
(それでも、寒いですね)
年中雪が降っているイメージのレッドウィンター連邦学園。シヲの想像する通り、寒さはキヴォトスの中でも群を抜いて厳しかった。
そんな気候の中、規律正しくキビキビと動くレッドウィンターの生徒は特別な訓練を受けているのだろうか。いや、クーデターが日常茶飯事のレッドウィンターにいること自体が一種の訓練だろうか。
保安委員会の
事務局近くの建物の、軒下で待っている間に、シヲは足元に積もった雪へと視線を落とした。
踏み固められていない部分は、表面がさらさらとしている。風に煽られ、細かな粉雪がわずかに舞った。
(……白い)
そう思った次の瞬間、無意識に雪を掬っていた。厚い手袋はシヲの手に雪の冷たさを感じさせない。掬うと僅かに固まった。手の中の重みが妙に心地よかった。
(これを丸めると、どうなるのでしょう)
掌の中で転がす。力を入れすぎると硬すぎる氷の塊になる。力が弱すぎてもまとまらない。
何度か失敗して、少しだけ形になったそれを、じっと見つめる。
(……思ったより、難しいですね)
綺麗な球体にするにはどうするのか。試行錯誤していると、寒さのことを忘れていた。手袋が水分を含み、少しだけ重くなる。それでもシヲは手を止めなかった。
転がして、崩れて、また掬う。
同じ動作を何度も繰り返すうちに、掌の中の雪は少しずつ形を覚えていった。
(……なるほど。圧を均等にすれば……)
無意識のうちに、力加減を調整している自分に気づく。理屈が分かれば、後は再現するだけだ。
そうして出来上がった、やや歪な雪玉達を見下ろしたときだった。
「何をしている」
頭上から、落ち着いた声が降ってくる。反射的に、シヲは手の中の雪玉を握り潰しかけてしまった。
「っ……」
慌てて顔を上げると、そこには池倉マリナが立っていた。ベリーショートに揃った亜麻色の髪。シミひとつ無い白と赤の制服と、背筋を伸ばした姿勢はレッドウィンターの規律を守る者としての凛々しさに満ちている。
「マリナ……」
「待たせたな。寒くなかったか?」
短く、それだけ言ってマリナはシヲの横に立った。視線はシヲではなく、足元に散らばった歪な雪玉に向いている。
「急に押しかけたのはこちらの方です。お構いなく」
「……それは」
指先で一つを軽く転がす。
「雪玉だな」
「……はい」
否定のしようもなく、シヲは小さく頷いた。
「作り方を、研究していました。均等な圧を掛けるのが難しくて……」
言い訳じみた説明をしながら、シヲは潰れてしまった雪を掬い直す。 マリナはそれを咎めるでも、笑うでもなく、しばらく黙って見ていた。
「……貸せ」
そう言って、マリナは自分の手袋を外す。
「最初は固めすぎない。芯を作ってから、外を整える」
白い雪が丸く形を変えていく。慣れた手つきで、無駄のない動き。シヲは思わず見入っていた。
「……なるほど。慣れているのですね」
「いざというときの投擲武器としても使えるからな。銃火器ほど脅威ではないが弾薬を使わない。いくらでも補給出来る。私達が投げる状況になるのはあまり考えたくないが……」
何か心当たりがあるのか、マリナの言葉には経験者の重みがあった。
ゲヘナ学園で言えば石ころを投げるようなものだろうか。確かに、レッドウィンターの敷地内で雪の無いところは探さないと見つからない。何か鬱屈を抱えたときに、銃器を持ち出さない程度で不満を示す際にも使われるのだろう。
「だが、多くの生徒はああやって『平和的』な使い方をしている」
マリナが視線をやった先には、レッドウィンターの書記長(と諸々の委員長)を務めるチェリノの雪像やその足元に多くの雪だるまが立っている。何故かチェリノの雪像からは本人よりも威圧感がある気がするが……。立派な髭があるからだろうかとシヲは思った。
「もちろん、ひとつくらい増えても大丈夫だ」
「……そうですか」
そう答えながら、シヲはもう一度雪を掬った。
先ほどよりも、少しだけ手つきが慎重になる。均等に、圧を掛ける。転がしながら、歪みを整える。
(投げるためではなく。壊すためでもなく)
形を揃えるためだけに、雪を丸める。
出来上がった二つの雪玉は、マリナが作ったものよりも僅かに小さく、少しだけ歪んでいた。
それを、チェリノの雪像の足元――既に並んでいる雪だるま達の列の端に、そっと置く。不格好でずんぐりむっくりした、歪な形の雪だるま。
「……控えめだな」
マリナが、そう言った。咎めるでもなく、評価するでもない。事実を述べただけの声音だった。
「目立つのは、本意ではありませんので」
シヲはそう返しながら、並んだ雪だるま達から一歩下がる。自分の作ったものが、きちんとその場に収まっているかを確認するように。
「それでも、ここに置いた。シヲらしくて良いと思うぞ」
マリナの言葉に、シヲは一瞬だけ視線を揺らした。
「……はい」
短く答える。
銃も、命令も、評価もない。ただ一体増えただけの雪だるま。
それだけのことが、シヲには妙に落ち着かない出来事だった。
マリナには書記長と一緒にレポート掘りや合同火力演習でお世話になってます。大量に敵を巻き込みながら前線押し上げてくれてとても助かります。チーパオ?うちにはいないよ。